Chapter 5 〜 アジアへの航海


プロ・プラバンというのはもちろん架空の島ですが、マレー半島の先にある設定のようです。海賊の多い島だそうですが、このあたりの海賊っていうと、ご存知のように21世紀もばりばり現役。「カリブの海賊」とかと違って、現実感がありすぎてロマンティックどころの騒ぎじゃないですけどね(笑)。

3巻・5巻に続いてアジアへ行く二人ですが、今までと違って、今回はアジアが主な舞台になります。ジャックとスティーブン、アジアへようこそ!(と言っても、日本までは来ないのですけど。鎖国してるし…)

5章は英国からジャワまでの、長い長い航海のあれこれ。章自体も49ページあるのですが、えーと…後に繋がらない話は飛ばさせていただいて、さくさくっとゆきたいと思います。

ディアンヌ号、まったく寄港せずに大西洋・インド洋をひた走る(艦上生活のあれこれ)

・こんなに長い航路(半年ぐらい?)をどこにも寄らずに行けたのは、途中でよくスコールがあって、帆できれいに雨水を集めるシステムを作ったから。飲み水だけは、航海の終わりまでの分を積んでゆくわけにはいかないのですね…莫大な量だろうから。

・スティーブンはディアンヌ号には「艦長の客」という身分で乗っているので、軍医は他にちゃんといました。しかし、プリマスで何日も風待ちした挙句、やっと吹き出した順風を逃すまいと緊急出航したので、ブルー・ピーターに気づかず帰艦しなかった軍医を置いてきてしまいました。(上陸している時も、自艦の旗の見えるところにいて常に注意を払っていなければならないのですね)で、結局、スティーブンが軍医をしています。

ディアンヌ号の乗員は、スティーブンが軍医をやってくれて喜んでいます。それは、キリックとボンデンが「ドクターはプリンス・ウィリアムにも呼ばれた偉い医者だ」ふれ回ったからだけではなく、彼が性感染症に罹った患者に薬代を払わせないからだけではなく(性感染症の場合、海軍の規定では患者が薬代を負担しなければならないそうです。他の病気やケガと違って「自業自得」ってことかしら?でもドクター・マチュリンは、そんな規定があると患者が初期の段階で申告することをためらい、結果として重症になってしまうと思っているので)、彼が献身的で有能な医者だということがわかったから。

いじらしいほど恩に着ているディアンヌ号のみんな。いつも思うけど、ドクターって幸運のお守り(ヨナの逆)みたいに思われいてるような気がします。

・その、ディアンヌ号のみんなですが…総じていい士官、いい水兵に恵まれているし、毎日火薬と弾丸を贅沢に使って砲撃訓練を行っているおかげもあって、結束も高まっているのですが…そこは海軍なので、新米もいれば、無理やり乗せられて隙あらば脱走しようとする水兵もいるし、サプライズ号のように全員が強制されなくても熱心なプロ中のプロの船乗り(「唯一の心配が船を降ろされること」)というわけにはゆきません。

副長のフィールディング、二等海尉のエリオット、三等海尉のリチャードソン(4巻と11巻に出てきた「スポテッド・ディック」)はみんないい士官だけど、やっぱりプリングズとは違うし…私設戦闘船サプライズ号の理想的な雰囲気を味わった後では、海軍の雰囲気は堅苦しく、厳しく、特に強制徴募のからむところは残酷にも感じ…と、海軍に戻ることにあれほど恋焦がれていたくせに、戻ってみるとサプライズ号が懐かしかったりもするジャックでした。

・スティーブンは、フォックスに紹介してもらってアーメッドという新しいマレー人のサーバントを雇っています。彼を雇ったのは、マレー語を教えてもらおうという意図があったのですが、アーメッドは礼儀正しすぎてスティーブンの間違いを正してくれず、あまり先生には向いていません。でも、スティーブンは基本的に語学の才能があり、耳がいいので、しばらく後には問題なく話せるようになりました。さすが。

・今回のジャックはフトコロに余裕があるので、海尉と士官候補生をひとりづつ順番に朝食とディナー(昼食)に招待する習慣を復活させていました。これは海軍の昔からの、でも今は廃れつつある習慣だそうです。

ここでついでに「ディナー」についての薀蓄をちょっと書いたのですが、入らなくなってしまったので別ページに。

・ディアンヌ号は喜望峰にも寄港せずにずっと南の方の航路を通っていたので、氷山や流氷がたくさん目撃されました。

ある昼食の席で−たまたま、その昼食の時は士官候補生はいなくて、三等海尉のリチャードソンとスティーブンとジャックの3人だったのですが−ジャックは「あの氷山はケルゲレン島から流れて来るんだ」という話をしていました。

「ケルゲレン島というと、荒涼島(Desolution Island)と呼ばれる島ですか?」「そうだ。でも、われわれの荒涼島じゃない。おれたちのは、もっと小さくて南東にある島だ。そう呼ばれている島は他にもある。われわれの荒涼島は悪くなかった。ディック、君もレパード号にいたらよかったのに。新しい舵板をつけるのは楽しかったなあ。最高に正確な天測もできたし。」

「荒涼島」でレパード号に新しい舵板を取り付けた一件というと5巻10章…あれ、楽しかったかなあ?でも、あれを「楽しかった」と言い切れる楽天性が、ジャックの素敵なところですね。

一方のスティーブンはといえば、「君がいたら、あの動物たちを見せてあげられたのに…ゾウアザラシ、ヒョウアザラシ、ペンギン、サヤハシチドリ、アオメウ、ミズナギドリ、アホウドリ…」そう、彼は確かに楽しんでいたわね。

・もうひとつ、軍艦の私設船との重要な違いは、士官候補生が乗っていること。ディアンヌ号には、最年少の金髪美少年リード君から、この航海が終わったら海尉任官試験を受ける航海士二人(ベネットとシーモア)まで、6人の士官候補生がいます。

この方面には責任感の強いジャックは、艦長として士官候補生の教育に力を入れています。長い航海のうちに、航海術・数学・天文学といった分野は軌道に乗ってきたのですが…ディアンヌは教員を乗せていないので艦長がみている国語や一般教養は難航中。それに、このシリーズに出てくる士官候補生たちのご多分に漏れず、この子たちもかなり愛すべき天然ボケで…

「前回のアメリカと戦争(独立戦争のこと)が起こったきっかけは何か?」近代史の授業をしながら、ジャックがフレミング士官候補生に質問しました。「はい、それは紅茶のことです。」フレミングは堂々と答えました。「彼らは紅茶の税金を払うのを拒否したのです。『性交なくして生殖なし』(No reproduction without copulation)と叫びながら、ボストン湾に紅茶を捨てました。」「そうだったか?」ジャックは首をひねりました。

「スティーブン、1775年のアメリカ人のスローガンは何だった?」「『代表なくして課税なし』(No representation, no taxation)だ。」「生殖じゃなくて?」「違う。あの頃のアメリカ人は生殖には大賛成だった。」「性交なくして生殖なしじゃなくて?」「それは古い博物学者の格言だが、間違っている。性交なしで生殖する生物がいることはとっくに証明されているのに、いまだにそういうお題目を唱えるオウムみたいなやつがいる。」

"Representation"(代表)と"Reproduction"(繁殖)−"Repr"しか合ってないんですけど。どこで習ったか知らないけど、10代の少年には、"copulation"(性交)という言葉がよっぽど印象に残ったのでしょうね(笑)。それとも、格言をごっちゃにする艦長の癖がうつったか?

フォックス、艦上では孤独で体の調子も悪い

さて、ディアンヌ号の重要な乗客、この任務の責任者であるフォックス大使ですが…海の上では、あまり調子がよくないようです。

と言っても、船酔いをするわけではなく、船の揺れには早々に慣れて、スティーブンよりよっぽどしっかりした足取りで揺れる甲板を歩いているのですが…

それでも、フォックスはスティーブンに、いろいろな体の不調を訴えてきました。スティーブンは原因が精神的なものだと考え、気休めの偽薬を出して対応しているのですが、原因は「孤独」だと思っていました。

フォックスは船乗りたちに嫌われ気味。特に露骨に出すわけではないけど、フォックスが彼らを「一段下の存在」と見ているのは、そこはかとなく感じられるので…そうでなくても、船乗りは「おかもの」を嫌うものですし。

スティーブンはオカモノだけど好かれているのは、医者として役に立っているということもあるけど、いつまで経っても目を離すと海に落ちそうな不器用なところが、船乗りの母性本能(?)と優越感をくすぐるのでしょう。フォックスさんが嫌われるのは、揺れる甲板もすぐにスタスタ歩けるようになった運動神経の良さも一因かも。一言でいうと「可愛げ」の有る無しの差というか。

フォックスの秘書(エドワーズ)は上司を煙たがって、どちらかと言うと年齢の近い海尉たちと付き合いたいみたいだし、ジャックも、これほど長い間生活を共にしているのに、仲が悪いってわけじゃないけど、なんとなく堅苦しい関係のままでした。

フォックスが一番付き合いやすいのは多分スティーブンで、彼とフォックスは一緒に射撃の練習をしたり(フォックスはスティーブン以上の凄腕)、チェスをしたり(これは比較にならないほどフォックスが上)もしているのですが…砲撃訓練や荒天のせいで怪我人が多いこともあってドクターは忙しく、あまりフォックスの相手ばかりもしていられません。

それにスティーブンは、フォックスが孤独のあまり「とにかく誰かと話したい」という気持から、ごく個人的な話をしてくるのも「まずい」と感じていました。陸に上がって普段の自分に戻れば、フォックスはぶっちゃけた告白をしすぎたをしたことを後悔し、そのためにスティーブンを疎んじるようになるでしょうから…そうなれば、プロ・プラバンに着いてからの任務で協力するのに障害になるから。

それと、艦の支給食を「人間の食べ物ではない」と言ったりするフォックスの階級差別的なところが、「若い頃は革命家だった」スティーブンにはちょっとカンにさわるようで、友達になりたいタイプではないようです。

フォックスは悪い人ではないのですが、スティーブンが思うに「常に人より上の、特別な、有能な人物だと認められたがる気持ちが強すぎる」ようです。「実際に有能なのだが、尊敬を求める気持ちが大きすぎて、かえって船乗りたちには軽蔑されている。」悪い人じゃないのだけど、自意識が強すぎて、ずーっと一緒にいる長期間の航海はきついタイプなのでしょう。あと、プライドが高すぎて、一時的にでも役立たずの立場に身を置くことが耐えられないのかも。お客なんだから、どう思われようと気にせずにのんびりしていればいいのにねー。

スティーブンはフォックスとジャックを比較して、フォックスは「自意識が極めて少なくて、今までに役を演じたことはない」ジャックは逆のタイプだと思います。スティーブンはここで、そういうジャックを"integrity"(※)という言葉で表現しています。

スティーブンはフォックスさんから、なんとなく4巻に登場したある艦長を思い出しているようです。(彼は水兵たちに好かれていたから、そこのところは違うけど。)「ジャック…昔、クロンファートについて、『彼にとっては、人に信じさせることが真実なんだ』と言ったことを憶えているか?」「ああ、憶えている。」「あれは言い方が悪かった。あの時言いたかったのは、他の人に自分の言葉を信じさせれば、その言葉はいくらか真実を帯びる、彼らの信頼を反映して、その反映された真実は時が経ち、言葉が繰り返されるたびに強くなってきて、やがて確信に変わり、ほとんど普通の実際の真実と変わらなくなってくるということだ。」

今ごろ4巻のセリフの解説をされても…とも思いましたが、やっぱりこれも併せて読むと興味深いので引用してみました。

※Integrity:完全性 正直、高潔、健全という意味もあるが、ここでは"condition of being whole"(完全である状態)という意味で言っている。…システム関係の仕事をしていると、data integrity(データに整合性があって漏れがないこと)という意味合いを真っ先に思い出しますが。

ディアンヌ号、ジャワに着く

長い間陸地のかけらも見ず、毎日毎日、海また海また海…の航海の末、ディアンヌ号はついにジャワ・ヘッド(ジャワ島の岬)を視認。バタビア(現在のジャカルタ)に着いたのでした。