Chapter 7-1 〜 千階段


スティーブン、ヴァン・ブーレンから情報を得る

翌日、スティーブンはある計画のためにヴァン・ブーレンを訪ねました。

スティーブンのアイデアで、先に着いていたフランス側の有利を逆転するため、サルタンをディアンヌ号に招待して砲撃訓練を見せることになっています。駄目押しとして、たまたま近日にあるソフィア王女の誕生日にかこつけて、派手にロイヤル・サルートをぶっ放すつもり。英国側がいかに古い血統の王家に忠実であるかを誇示し、国王を殺した革命政府と自国を裏切った二人から構成されるフランス側との違いを際立たせて、自らの古い血統を誇るサルタンにアピールするつもり。それで、祝砲に文字通り「色をつけたい」という相談に来た彼に、ヴァン・ブーレンは中国人の花火屋を教えてあげました。

「ところで…サルタンは同性愛者だと考えていいのかな?」「そうだ。言わなかったか?まあ、この辺りでは、古代のアテネと同じぐらいありふれたことなんだ。今のお気に入りは酌人のアブドゥルでね、すっかり骨抜きだよ。」

サルタン、ディアンヌ号を訪問する

サルタンはもちろん従者たちを引き連れてやってきたのですが、問題は、その中に酌人のアブドゥル(例の美少年)がいたことでした。

ジャックはフォックスを通訳に、サルタンに艦内を案内しました。サルタンは砲に興味深々のようです。アブドゥルはサルタンの寵愛をいいことに普段からワガママ放題なのか、それとも今日は特に機嫌が悪いのか、艦上で勝手で無礼な振る舞いをして顰蹙を買いました。砲をいたずらしたり、アーメッドたちマレー人の召使を侮辱したり…「コックや通信係下士官のような、筋金入りの男色家たちまで首を振った。」とありますが、筋金入りって…いるんだね普通に。

アブドゥルは、フォックスが射撃練習の後キャプスタン・ヘッドに置きっぱなしにしていた銃に興味を抱いて、勝手にいじりまわし、仕方なくフォックスが撃ち方を丁寧に教えてやったのに、全然無視して勝手なやりかたで発射し、反動で頬を痛めてギャーギャー泣き喚く始末。サルタンが遠回しに希望したので、フォックスはこのクソガキに銃をプレゼントするはめになりました。どうやら、「骨抜き」というのは本当のようです。

そんな一幕はあったものの、その後行われたデモンストレーションの砲撃訓練は見事な成功でした。右舷と左舷の各11門に選りすぐりの水兵がつき、一斉に発射して、両舷各二つ、合計四つのターゲットを見事に粉々にしました。サルタンは興奮に目を輝かせ、フォックスを通じて「これに匹敵するほどすばらしいものは見たことがない」と言いました。気を張っていたジャックと副長は一安心。

日が落ちた後は花火大会。21発のロイヤル・サルートが色とりどりの美しい炎を放ち、サルタンはすっかり感銘を受けた様子。サルタンのディアンヌ号訪問は、まずは上首尾に終わったのでした。

スティーブン、再びヴァン・ブーレンと情報交換する

その夜、スティーブンは再びヴァン・ブーレン邸を訪ねました。「今日のところは上手く行ったが、サルタンはなかなかはっきりしたことを口にしないんだ。」「この地域では、結論が長引くのは普通のことだ。」「大臣やハフサ妃の一族など、サルタンの側近はほとんど味方につけたが、決まりそうになるとサルタンがひっくり返す。ひょっとしたら、サルタンが決定をしぶっているのはアブドゥルのせいかもしれない。サルタンは、他の面では威厳ある強い指導者なんだが、あの美少年には骨抜きだからなあ。」「しかし、アブドゥルがフランスの味方をして何の得があるんだ?」「アブドゥルはレッドワードの恋人だ。」「なんと!とすると、彼は非常に危ない橋を渡っていることになるな。ハフサ妃は彼を激しく憎んでいるし、妃の一族は有力だし、彼女自身も意志の強い女だ。それに、サルタンは嫉妬深い。」

スティーブンはヴァン・ブーレン夫妻と遅い食事をとりました。

「ロンドンで株が暴落したという噂は、どうやら本当のようだな。」ヴァン・ブーレンはヨーロッパの新聞や出版物を頻繁に取り寄せているので、情報が早いのでした。「銀行がばたばた潰れているらしい。あなたの財産は大丈夫か?」「失うほどの財産はないからね。」スティーブンは反射的に答え、その後思い出して、「いや、今はあるんだった。今まで、あまりに長いこと貧乏で、また独りだったから、今はそうではないことをつい忘れてしまうんだ。遺産を相続したからもう貧しくはないし、それより大事なことは、もう独り者ではないということだ。今は妻がいるし、帰る頃には娘も生まれているはずです。」

ヴァン・ブーレン夫妻はスティーブンのこの言葉を心から喜んでくれて、ミセス・マチュリンと赤ちゃんに乾杯してくれました。

「そういえば」ヴァン・ブーレン夫人のメヴロウ(マレー人のレディ)が言いました。「サルタンのお妃がご懐妊だそうよ。サルタンは、男の子が生まれるように巡礼の旅に出るご予定だそうで、たぶん、8日か9日はかかるんじゃないかしら。あなたの条約、少なくとも1週間は遅れそうね。」

それを聞いたスティーブンは、顔を輝かせて言いました。「クマイに行こう。

士官候補生のリードとハーパー、お仕置きされる

スティーブンが宿に帰ると、ホールに士官候補生の年少組、最年少のリードとその次のハーパーがいました。どうやらディアンヌ号では、前項でスティーブンとジャックが話していた計画が実行されていて、二人の少年は「教育的配慮」から上陸させられているようですが…配慮の甲斐はなかったようで、二人は中年の女たちにとりまかれ、片手に葉巻、片手に酒を持って、女性のなまめかしいダンスをじっと見つめています。

スティーブンが彼らのテーブルへ行くと、二人の少年は飛び上がりました。スティーブンは平然として、フォックスへメッセージを持って行くよう命じました。それはクマイへの旅にフォックスを誘うメッセージ。スティーブンは本当は一人で行きたかったのですが、礼儀として、クマイの仏教寺院に興味を持っているフォックスを誘わないわけにはいかなかったのです。幸い、フォックスは断ってきました。彼はサルタンについて巡礼旅行に行くことになっているそうです。

翌朝、スティーブンはフォックスとジャックと三人で朝食をとりました。「クマイに行けないのは本当に残念です。」「しかし、これは大きな前進ではありませんか?フランス側は一人も巡礼に呼ばれていないのでしょう?」「確かに、それは慰めにはなります。」「アブドゥルは行くのですか?」「もちろん行きません。巡礼には精進潔斎が必要ですから…」

ジャックは、お目付け役のフォックスを撒いて酒色にふけっていた少年たちにきつ〜いお仕置きを命じてきたところでした。「フォックスさん、あなたは外交官としては最高ですが、子守りとしては失格ですね。」「申し訳ない。まさか、あの年でいかがわしい女の所へ行こうとは、想像もしませんでした。」

最年少のリード君(この子は後に重要なキャラになってきます)、この時何歳ぐらいかな?せいぜい12から13ってとこだと思いますが。ジャックの部下の士官候補生たちは、みんなバビントン先輩の伝統を継承しているのかしら?(笑)

フォックスはスティーブンに「寺院の絵を描いて計測してきてほしい」と頼んだ後、巡礼に参加するため宮殿に向かいました。

スティーブン、ジャックたちと「千階段」のふもとまで行く

スティーブン、ジャック、宮殿の派遣してくれた二人のダヤク族の護衛の四人は、馬で田畑を抜けてクマイへ向かいました。暑い日で、ジャックはすぐに汗だくになりました。「1ストーンは痩せたな」と彼がぼやくと、「君にはそのぐらい痩せる余裕は十分にある。」とにべもないスティーブン。ジャック、すっかり体重戻っているのね…

クマイの仏教聖域に続く「千階段(Thousand Steps)」は、巨大な火山クレーターの外側に刻まれた非常に急な階段で、一段一段がひどく高い上、ゆうに千段以上はありそうでした。そのふもとには、ドリアンの木立と、熱心なイスラム教徒に壊されたヒンズー教の寺院がありました。

「ミアス(オランウータン)だ!」ダヤク族の護衛が叫び、ジャックがオランウータンに銃を向けましたが、スティーブンが「撃たないでくれ」と止めました。オランウータンは木から木へと伝って、驚くほどの速さで逃げて行きました。「あのオスの他に、メスもいたようですね。」オランウータンの糞を見ながら、護衛の一人が言いました。

一行はそこで一休みし、オランウータンがわずかに残したドリアンを食べました。「ジャック、今すぐ帰らないと、途中で日が暮れてしまう。」「ああ。」ジャックは千階段を見上げました。「すごい登りだなあ。さっき、上の方に誰かいたような気がしたけど、もう見えないな。」スティーブンはそこでジャックたちに別れを告げ、一人、険しい段を登り始めました。

それにしてもスティーブンは丈夫だな。マラソン選手体型?50段そこそこの駅の階段でばてている私には、とうてい真似できない…

スティーブン、クマイの聖域に通じる「千階段」を登る

百段、二百段と登って行くうちに、両側の森が深くなり、森の中でオランウータンが動き回っているのがわかりました。「あの動物を間近でゆっくり見られるなら、5ポンド出してもいい」とスティーブンは思い、その後自分が金持ちであることを思い出して、「もっとたくさん出してもいい」と思いなおしました。三百段を越えると、眼下に田園風景が広がり、遠くに川が光っているのが見えます。

スティーブンは、階段の上の方にもう一人、巡礼者がいるのに気づきました。汚い茶色の毛布をかぶっているようです。よほど疲れているようで、時々手をつきながら、ゆっくり登っています。四百段を越えると、イスラム教徒の偶像破壊の情熱もここまでは届かなかったようで、ヒンズー教の社が無傷で残っていました。

五百段、スティーブンの心に、ふいに強い喜びが沸きました。先を行く巡礼者が、人間ではなくオランウータンだと分かったからです。