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(「グラディエーター」の悪意あるパロディ〜Read At Your Own Risk!)

*「ロジャー」は「フレンズ」第1シーズン第13話「目には目を、歯には歯を!」(ビデオ第4巻収録)の登場人物です。彼は元恋人のフィービーに呪いをかけられ、帝政ローマ時代にタイムスリップしています。

(1)

A.D.176年 ゲルマニア ドナウ沿岸、フェリックス第3連隊基地

「ロジャー…さんですか。変わったお名前ですな。」

マキシマスは基地の客用テントの薄暗い部屋に、居心地悪そうに座っている小柄で大きな鼻をした男を眺めた。

「ここの司令官のマキシマスと申します。あなたは、ルッシラ…いや、姫君がローマから派遣して下さった医者…と聞きましたが。お疲れでしょうが、さっそく治療所のほうへ案内させます。昨日の戦闘で怪我人が続出しまして、猫の手も借りたいぐらいでして…いや、失礼。」

「いや、私は外科医ではありませんので。」ロジャーは言った。

「外科医ではない?それでは瀉血師か祈祷師ですか?」ルッシラは何を考えているのだ?

「精神分析医です。」小柄な男は猫背ぎみだった背をはじめてしゃんと伸ばして、誇らしげに言った。

「セイシン…?それは何ですか?」マキシマスは聞いた。

「私の扱うのはここ…と、ここでして。」男は右手を自分の額に、左手を胸に当てた。

「頭の医者?頭の医者を必要としている者は、この連隊にはいませんが…」マキシマスは途惑った。

ロジャーは満面の笑みを浮かべて、諭すように言った。「それは表面上のことです。このような辺境の荒地での生活、危険な戦闘の連続、兵士たちにストレス障害が起こるのは当然の事です。…性的抑圧は、いうやに及ばずですが。私はアメリカ海軍で、潜水艦乗務員のコンサルタントを務めたこともありまして。これはまた別の話ですが。しかし…ルッシラ姫が私にぜひセッションを頼む、と言われたのは、他の兵士ではなくて、あなたなんですよ、マキシマス将軍。」

「私??」マキシマスは心底、驚いた。

「私は海軍をクビに…いや、不当に解雇された後、ニューヨークで最新の分析理論を学び、また開業医として経験を積みました。ニューヨーク中の人間が、私の分析を受けたがったものですよ。私は人の役に立つのが、なにより好きな人間ですから、無料でいくらでも分析してあげたものです。とても喜ばれましたよ。…そして…このへん、何がどうなったのか自分でもよく憶えていないんですが…」男はふと不安そうな顔になったが、すぐに自信たっぷりな表情に戻って続けた。

「気がついたらこの時代…いや、ローマにいまして。酒場で知り合った元老院議員…たしか、グラックスさんとか言う方でしたか…彼の性的嗜好を分析してあげましたら、すぐに気にいられましてね。皇帝ご一家に紹介していただきました。ルッシラ姫とコモドゥス殿下のセッションは大成功でしたよ。殿下なんかはまあ、教科書的事例で、楽なもんでしたが。紙に自分の長所を思いつく限り書かせる、なんていう初歩的手法が、あんなに効くなんてね。」彼はくすくす笑った。「『自分に自信が持てるようになった』と、言ってましたな。ルッシラ姫はご自分と弟君の治療成果にとても満足されまして、ぜひあなたにも、と望まれまして。ルッシラ姫の治療は、これは難物でしたが…」

「ちょ、ちょっと待って下さい。『にゅーよーく』って何です?」マキシマスは途惑ったあまり黙り込んでいたが、ようやく口を開いて言った。

「世界の中心です。」

「世界の中心は、ローマでは…あ、ローマの別称ですか?」

「まあ、そう思って頂いても結構です。」ロジャーは面倒くさそうに言った。

「そうですか。」都会の人間は、次々に新しい言葉を発明するらしい。まったく、ついて行けない、とマキシマスは思った。それに、これは、何だ?精神分析?「とにかく、ですね。私は心身ともにいたって健康です。治療は必要ありません。」ルッシラとコモドゥスは知らんが、と、心の中で付け加える。「ローマにお帰りになって、ルッシラ姫に、お気持ちだけいただきます、と…」

「ルッシラ姫とは、10年以上お会いになってないそうですね。それほど不愉快な別れ方をなさったのですか?」ロジャーは、いきなりこう聞いた。

「何?」マキシマスは目を瞬いた。

「不自然だと思いませんか?それともあなたは、男女が別れた後友人になれるというのは信じないタイプで?」

「何を仰ってるのか、さっぱり分かりませんが…」マキシマスはいらいらして言った。「私とルッシラ姫の事は、もう昔話で、今はよくも悪くも何の感情もありません。私は今は結婚して、子供もおりますし…」

「しかし、お宅にもあまり帰っていらっしゃらないのではないですか?最後に帰郷されてから何ヵ月になります?」

「1年と172日と半…」マキシマスは咳払いした。「それは関係ないでしょう。」

「家にも長く帰っていない。」ロジャーは我が意を得たり、と言わんばかりに微笑んだ。「関係ない、と思っていらっしゃるだけかもしれませんよ。過去の恋愛関係の失敗に決着をつけていないことが、現在のリレイションシップに悪影響を及ぼすのはよくあることです。恋愛関係だけではありません…すべての人間関係が、です。特に、親子関係ですね。あなたは幼いころに、ご両親を亡くされたのではありませんか?」

「ルッシラ姫に聞いたのですか?」そんなことをルッシラに話しただろうか?

「いいえ。あなたと話していてすぐにピンと来ましたよ。典型的事例です。教科書的、と言ってもいい。あなたが家庭へのコミットメントを避けて、この戦場に逃避していらっしゃる原因は、いろいろ考えられますが…」

「避けている??私は、軍務のために…」駄目だ、この男のペースに巻き込まれてはいけない。

ロジャーは彼を無視して言った。「あなたが潜在意識的に、ご自分のすべてのリレイションシップを失敗に導こうとしている原因については、私も可能性を絞りきれていないのですよ。まず、お母様の話から、うかがいましょうか。これはあてずっぽうですが、ご家族の死に対して、あなたは何か責任を感じていらっしゃるのではありませんか…」


(2)

翌朝。

キケロが将軍のテントから出てくると、すぐに百人隊長のペトロニウスがやって来て、彼の肩をつかんで言った。

「おい、将軍はどうしちゃったんだ??」

「お前も気づいたか…と、いうことは、連隊全員が気づいているんだろうなあ…」キケロは憂鬱そうに言った。

「どういう意味?まあいいや。とにかく、将軍が朝の点呼に遅刻されるなんて、おれが連隊に入って初めてだよ!遅れてこられたあげく、なんだかそわそわして、ぼーっとしていらっしゃるし…何か、ぶつぶつつぶやいていらっしゃったような…」

「おれにもよくわからないんだが、」キケロは答えた。「昨日、ローマから来たロジャーとかいう医者がいたろう?昨夜将軍は、あいつと朝まで話しこんでいらしたんだ。酒も飲まずにだぞ!考えられるか?それで、昨日は眠っていらっしゃらないようだ。今朝着替えをお持ちした時も、なんだかうわのそらで、わけのわからないことをつぶやいておられた。」

「どんなこと?」

「奥さんとポプラの区別がどうのこうの、と仰っていたようだ。全然、意味がわからん。」キケロはため息をついた。「とにかく、あのロジャーとかいう医者と話してみるよ。原因がつかめるかもしれない。」キケロは、客用テントの方へ歩いて行った。


…その夜。

マキシマスはようやく落ちつきを取り戻しつつあった。結局、あの男の言っている事のいくらかは、真実なのかもしれない。しかし、だから何だというんだ?精神分析?あれは、分析でなく、破壊だ。それとも、それは同じ事なのか?彼はキケロが持ってきたワインを一気に飲み干し、もういちどゴブレットを満たした。昨夜のうちに、何度あの男を叩き斬りたくなっただろう?生まれてから、理由もなく人に殺意を抱いたことなど一度もないのだが…それとも、理由はあるのか?マキシマスはちょっと考えたが、すぐにやめた。それとも、これが、あの男の言う「戦場で発散されている、内なる凶暴性」ってやつか?どうやら発散は充分ではないらしい。マキシマスはゴブレットをちょっと上げて、あの男を叩き斬らなかった自分の自制心に乾杯し、キケロを呼んだ。

「ワインをありがとう。お前も飲むか?」彼はゴブレットをキケロに手渡した。ふたりの手がちょっと触れあった。

マキシマスはキケロの反応に仰天した。

彼は耳まで赤くなり、手をぶるぶると震わせていた。気のせいか、目に涙がたまっている。

「キケロ、どうした?!」

「い、いえ、何でもありませんっ!」キケロはますます赤くなり、逃げるように戸口へ向かった。

「ちょっと待て。まあ、座れ。」マキシマスはキケロの手をつかんで引きとめ、座らせた。

「もしかしてお前、あのロジャーという男と話したのか?」マキシマスが聞いた。

「はい…今朝、失礼ながら将軍のご様子がおかしいのを拝察いたしまして、昨夜のあいつとのお話と何か関係があるかと思って…そうしたら、そうしたら…」キケロは今にも泣き出しそうになった。

「まあ、落ちついて。何を言われた?母親のこととか?」

「は?いえそれは何も。私は将軍のことを話すつもりで参りましたのに、いつのまにか私の過去の…その、女性とのつきあいの話になっていまして、根堀り葉堀り聞かれまして…」キケロは口ごもった。

「それでお前、正直に話したのか?」マキシマスが聞いた。

「正直に話すもなにも、話すような事は何もないんです。私は子供の頃から軍隊にいますし、地元のあばずれ女とのつきあいはどうも苦手で、どちらかというと男同士で飲んでいる方が落ちつく方なので…そうしたら…そうしたら、将軍にはどのぐらいお仕えしてるかと聞かれてまして、それから将軍への私の気持ちを聞かれて、それは正直に答えましたら、そうしたら、あいつは…何か、クローゼットがどうのこうの、とか言い出しまして、衣装戸棚がこれに何の関係があるのか、さっぱりわかりませんが…」一旦おさまりかけてきたキケロの顔色が、またおかしくなってきた。既に、真紅と言ってもいい。「いえ、これ以上は…とても私の口からは…」キケロはだしぬけに立ちあがり、マキシマスが止める間もなくテントを飛び出して行った。

マキシマスが唖然としてその後姿を見送っていると、クイントスが飛びこんで来た。いつも冷静な彼らしからぬ、興奮した様子だ。

「マキシマス!マキシマス!あいつを斬っていいか!?」クイントスは怒鳴った。

「クイントス、落ちつけ。あいつって誰だ?」本当は、聞かなくてもよく分かっていたのだが。

「あのロジャーとかいうニセ医者だ!」

「お前もあいつと話したのか?女のことでも聞かれたか?」マキシマスは、うんざりしはじめていた。

「女?そんなことじゃない!軍人として、最大の侮辱をされたぞ!」

「何を言われた?」ほんとうに、これはもう何なのだ。あいつは何だ、歩く凶器か?

クイントスはちょっと口ごもった。「…つまり、その、あいつが言うには、おれはお前に嫉妬するあまり、心の底ではお前の失敗を願っていると…おれが一昨日の戦闘でしくじったのは、そのせいだと言いやがった。おれは軍人だぞ!味方の失敗を願うなんてことがあるか!そうしたら、あいつは洗剤がどうのこうのと言い出した。あいつは頭がおかしいんだ!」

「同感だ。」マキシマスは笑った。

「それに、あいつはスパイだぞ!おれと兄のこととか…」

「ローマにいる兄上か?近衛隊長の…」クイントスの兄は、ローマでも指折りのエリート軍人だった。たしか、クイントスとは何やら確執があると聞いている。

「そうだ。それから、父のこととか、やけに詳しく知ってたぞ。調べ上げてるんだ!そう言ったら、あいつ、『私は何も知りませんでしたよ。あなたの話し方を聞いてれば、すぐに分かりますよ』とか、ぬかしやがった!そんなわけがあるか!おい、お前の許可さえあれば、あいつを叩き斬って…」クイントスは剣を抜いた。

「わかった、わかった。まあ、落ちつけ。あいつは今どこにいる?」

「おれのテントだ。話している途中でおれが剣を抜いたら、逃げようとしやがったんで、縛り上げて見張りをつけてる。」クイントスは剣を鞘におさめて言った。

「それは都合がいい。そのまま閉じ込めてろ。あ、それから、見張り役には耳栓をさせて、あいつとは絶対に話をさせるな。いいか、絶対、この連隊の兵士の誰も、あいつとは話をさせるなよ!」

マキシマスは立ちあがった。その時、きまり悪そうな顔をしたキケロが、戸口から戻ってきた。ようやくいくらか落ちついたらしい。外でクイントスの怒鳴り声を聞いていたのかもしれない。

マキシマスは言った。「とにかく、あいつはローマに送り返す。あいつは、カタパルトより危険だ。」マキシマスはふと立ち止まり、にやりとした。「おい、あいつはどんな言葉でも喋れるとか言ってなかったか?」

「はい、そうでないと作者の都合が悪いとか、魔女の呪いとか、わけのわからないことを申しまして。」キケロが言った。

「ローマに送り返すより、いいことがあるかもしれん。」マキシマスは独り言のように言った。


(3)

ドナウ川の水は静かだった。

マキシマス、クイントス、それに見張り役の兵士二人は、縄で縛りあげ、さるぐつわをしたロジャーを筏に乗せた。ロジャーは抗議のうめき声をあげたが、クイントスに殺意のこもった目つきで睨みつけられて黙った。兵士の一人が、筏に乗りこんだ。

「あなたには申し訳ないが、『幼児期のトラウマによる悪意の抑圧』が限界にきたようでしてね。」マキシマスがロジャーに、皮肉な口調で言った。「それとも、性的抑圧ですかな?とにかく、あなたの理論に従えば、これは悪いことではないはずです。つまり、『代償行為によるストレス発散』です。」マキシマスはにやりとした。

彼は筏に乗った兵士に言った。「向こう岸に着いたら、縄とさるぐつわをほどいてやって追い払え。お前はこの筏で、ひとりで戻ってこい。間違っても、こいつを連れて戻るなよ。それから、くれぐれも言っとくが、こいつの話を聞くな。お前も口をきくな。わかったな?」

「イエス、サー!」兵士は答え、それからにやりとして、筏を漕ぎ出した。

向こう岸には、部族民の篝火の煙が見え、彼らの怒鳴り合う声がこちら岸まで届いていた。彼らは筏を見送った。


…一ヵ月後。

「今日の戦闘は、いやに楽勝だったなあ。部族民どもに、いつもの猛々しさが感じられないというか、やる気がないというか…」クイントスがマキシマスに言った。「ものたりんぐらいだ。」

「おかげで、先月の戦闘で失った北岸の足場を取り戻せたし、負傷者も少なくてすんだ。感謝すべきだな。」マキシマスはにっこりした。

「それに、今回はやたらに捕虜が多い!いつもは、捕虜になるより戦死することを選ぶやつが多いのに。あいつらをローマに移送するだけでも一仕事だぞ。ローマはしばらく、剣闘士のなり手には困らないだろう…もっとも、あいつらアリーナに行ってもあっという間に殺されそうな様子だが。」クイントスは、「剣闘士」と聞いただけでマキシマスの機嫌がいくらか悪くなったのを感じて、言葉を切った。「…とにかく、珍しいことだ。捕虜の様子を見に行くか?」

ゲルマン人捕虜たちは檻の中に静かに座っていた。マキシマスは驚いた。いつもは、彼らは捕虜になっても、隙あらば敵の大将と刺し違えようという殺気に満ちていて、油断して近づくことができないほどなのだが…今日の捕虜たちは、なんだかおとなしく、いつもの殺気が感じられない。それとも、そう見せかけているだけなのか?マキシマスは警戒を緩めずに、檻に近づいた。捕虜のひとりが生気のない目で彼の顔を見て、静かな声で何か言った。

マキシマスは、部族民の言葉がいくらかわかるために通訳を務めている兵士の方を向き、説明を求めた。通訳は途惑った顔をして、首をひねりながら言った。「将軍、こいつは、訳のわからないことを申しております。頭がおかしいのかもしれません。」

「いいから、訳してみろ。」

「あの…直訳しますと、おれの真実の敵はローマじゃない、子供の頃、口減らしのためにおれを森に捨てた両親への怒りを、ローマにぶつけているだけだ、と…」

マキシマスは大笑いした。通訳はわけがわからず、きょとんとした顔をしていた。

マキシマスはクイントスの方を向いて言った。「ここは当分、安泰のようだな。しばらくおれの代理を勤めてくれるか?」

「もちろん。」クイントスは言った。

「おれは家に帰る。」マキシマスは微笑んだ。

End

この後、ロジャーはゲルマニア部族民の精神分析をしまくり、紙もインクもなかったのでカルテを石版に刻み付けた。約1700年後、この近くに住んでいた一人の少年がこの石版を発見してインスピレーションを受ける。この少年の名はジグムンドと言った−これはまた、別の話。(ヴァンドボーナって現在のウィーンなんです。)


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