プルーフ・オブ・ライフ Proof Of Life

出演:ラッセル・クロウ=テリー・ソーン(超有能人質交渉人) メグ・ライアン=アリス(普通の人妻) デヴィッド・モース=ピーター(アリスの夫、誘拐された建築技師)



アメリカのサイトに"Rotten Tomato"というのがあります。私は「くされトマト」と呼んで愛用しているのですが、これは全米の新聞・雑誌、およびインターネットに掲載された映画評の主なものをすべてチェックして「ほめている」と「ケナしている」に大別し、60%以上ほめられているものは「新鮮なトマト(きれいな赤いトマトの絵)」、それ以下のものは「腐ったトマト(潰れたトマトの絵)」として表わす−という、まったく身もフタもないほどわかりやすいサイトです。これを見るとその映画がアメリカで評判がいいのか悪いのかが明確にわかります。(「トマトメーター」というグラフを見れば一目瞭然。オススメです。)

さて、この「プルーフ・オブ・ライフ」、かわいそうにたった43%の「ホメ率」で「くされトマト」の烙印を押されてしまっています。このサイトでは「まあまあ」「イマイチだが見所もある」という論調でも「ほめている」に入れるので、43%というのはかなりヒドいです。(ちなみに「グラディエーター」は78%、「インサイダー」は95%)私はこの映画、「思っていたより全然いい」と思ったのですが、それはこの評判の悪さをあらかじめ知っていたからで、期待して観たらがっかりしたかも。
注:「ホメ率」は変化します。



クレジットの名前の並び順では一応主役のアリス(メグ・ライアン)は…うーん…何と言うか…普通の人です。背景はあまり描かれていないし、性格にもこれといった特徴がなく、イライラするような所は別にないのですが、「ここが素敵」という所もないし。夫が誘拐された時の反応も、感心するほど気丈にふるまっているというわけでもなく、過度に取り乱してまわりを困らせるということもなくて…リアルなのかもしれないけれど、印象の薄さは否めません。私はむしろ彼女よりも、ピーターのお姉さんの心配ぶりの方に、ぐっとくるものを感じたのですが。これがメグの演技のせいなのか、それとも脚本か演出のせいなのかは、よくわかりません。

アリスの夫、建築技師のピーター(デビッド・モース)は、それに比べると性格がはっきりしています。一言でいうとナイーブな人。誘拐された時、犯人たちに「僕はダムを作っているんだ、地元のためになっている」なんて言っている所を見ると、この人は誘拐グループ(ELT)が反政府ゲリラとは名ばかりで、純然たる麻薬&誘拐ビジネスになっているという事を知らなかったみたいです。地元の実情勢の認識がこんなにいいかげんで、家族を連れてくるのは無責任じゃないの?…と、私はこういうタイプにはつい厳しくなってしまうのですが、良く言えば純粋と言えないこともない。きっとアリスもそういうところに惚れてるんでしょう。

と、いう二人に対して、人質交渉人テリー・ソーン(ラッセル・クロウ)は、「自分のやってる事、言ってる事がよく分かってる人」です。プロフェッショナルです。周りがそうじゃないだけに、見ていてスカっとします。自分の会社がピーターの件から降りてしまったので、一旦は「I have a plane to catch.」とか言って帰ってしまうのですが、見捨てられずに戻って来きます。もちろん、彼が戻って来るのは観客全員よーくわかっているのですが(そうじゃなきゃ話が続かないし)、それでも彼がアリスの家の庭に現れるシーンは−いいんですよね、これが。

彼が戻ってきたのは、アリスに惹かれていたからじゃなくて、一度引き受けた仕事は最後までやるっていうプロの誇りの問題なのだと、私は思います。アリスに「自分の息子が誘拐されたらどうする?」と訊かれた時の、「信頼できる交渉人を雇ってすべて任せる」っていう答えもいいですよね。



さて、この映画からラッセルとメグのラブシーンが最終段階でカットされたことは、ラッセルとメグのロマンス(スキャンダル)と関連付けて報じられることが多かったのですけれど、もしそんな事がまったくなかったとしても、カットして正解だったと、私は思います。

この話の中に、テリーとアリスのロマンスというのはどうしてもハマらないのです。どう描いても。夫の身を案じて生きた心地がしない妻が、同時に−いくら目の前にあんなにいい男がいても−恋に落ちる、ってのはねー。頭では納得できても、画面で見て心情的に納得できるとは思えません。どう考えても、「おいおい、そんな事してちゃダメでしょう〜」となりますよねえ。アリスと仲の悪かった義姉が、ピーターを心配する気持ちで心が通じ合うシーンなんかが、けっこうジーンとくるだけに…やっぱり入り込む余地はないでしょう、不倫のときめきは。

そりゃ、いっそこの妻の心理の揺れに焦点をあててそれだけ2時間かけてじっくり描けば、ひょっとしたら納得できるかもしれないけど…別に観たくないし、そんな映画なら。

まったく逆のプロットのだった方が、まだ納得できると思う。(つまり、アリスたちの夫婦仲はとっくに破綻していて、アリスとテリーは元々愛し合っている→しかしピーターが誘拐されて、罪悪感にかられた二人は必死でピーターを救おうとする→そうこうしている内に皮肉なことにアリスの心はピーターに戻ってゆき→テリーは身を引く、というふうな。)



まあ、全体としてこの映画はそれほど悪くないけど、どちらかというと「この主人公で別の話が観たい」って感じ。テリー・ソーン…いいキャラなのに、惜しいなあ。この分じゃあ続編はないでしょうし、万一あったとしてもラッセルは出ないだろうなあ。残念至極。いろいろ気になる事があるのに…

父親を"Sir"と呼ぶ息子との関係はどんな風なんだろう?とか。

「父親への復讐が、オーストラリア人と結婚すること」だった前の奥さんのこととか。

ちょいネタバレ==>デビッド・カルーソさんと独立して設立した新しい会社の行く末とか、元の会社との確執とか。<==終わり



ラッセルとメグの実生活のスキャンダルのせいかどうか知らないけど、この映画は「夫を救いにきた男と恋に落ちた人妻の葛藤」という部分を大幅にカットして、純然たる「人質救出物アクション映画」に近くなっています。しかし、そのせいでかえって良くなっているような気もします。

観た日:2001.3.17 書いた日:2001.3.31

蛇足:このページの背景は、私が勝手に「ラッセルチェック」と呼んでいるものです。参照


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