Proof

出演:ヒューゴ・ウィービング=マーティン ジュヌビエーヴ・ピコット=シリア ラッセル・クロウ=アンディ

この映画、日本ではビデオも未発売で、Amazonででも購入しない限り見る方法がないので、そういう映画について書くのも…と思うんですが、とりあえず、私個人の覚え書き的感想と思って下さいませ。

題名の"Proof"というのは、「証拠」という意味です。主人公はマーティンという盲目の男。彼は、盲目であるにもかかわらず、写真を撮るのが趣味−というより、生きがいです。彼は、自分が居た場所−自分が、音や匂いや感触で感じ取ったその場所に、確かに自分が居た「証拠」として写真を撮ります。そして、誰かにその写真を言葉で描写(describe)してもらって、それを点字シールで写真の裏に貼って整理しています。

ひょんなことから、その「描写」してあげる役を引き受けることになったのが、レストランで皿洗いをしている青年、アンディ(ラッセル)です。マーティンにしてみれば、写真に何が写っているかは描写する人の言葉を信じるしかないので、相手を信用できるかどうかは重要です。

彼が子供の頃、母が彼に窓から見える庭の様子を描写してくれるのを聞いていたのですが、その時に母が嘘をついていたのではないか、とずっと疑っています。その疑いは、彼の心に深刻な影響を残しています。だから余計に、相手が「絶対に嘘をつかない」と信用出来ることが重要なのですが、アンディはマーティンにその絶対的信頼を与えられます。

しかし人間、そんなふうに絶対的に信頼されるというのは、かえってしんどいものです。アンディはマーティンに「君を信用してる」といわれて、「信じない方がいいかも」と、言ったりします。そして実際、アンディはマーティンにある事で嘘をつくはめになります。

その嘘がばれたとき、マーティンはアンディが信用できなくなってしまいます。しかし、アンディは言います。「人間は嘘をつくものだけど、いつもついてるわけじゃない。それが肝心なんだ。あんたは今迄に嘘をついたことがないかもしれないけど、そうでない人間に、少しは同情してくれ。」

"Proof"というのは、「証拠」という意味もありますが、「保証されている」という意味もあります。結局のところ、友達でも誰でも、我々の聞く言葉が絶対に真実であるなんていう保証は、得られないもの。それでも時には信用すること−常に100%真実であることを要求せずに信用しつづけること−大事なのは、そういうことかな?難しいですけどね。



この映画について私が知っている2、3の事柄

・なんでも、「ハーケンクロイツ/ネオナチの刻印(Romper Stomper)」の監督は、この映画のラッセルを見てハンドー役をオファーしたそうで、インタビューでラッセルの語るところによると、
「おれは『心優しい皿洗い青年』の役だったんだけど、監督はこれを見て『こんなに凶悪な「優しい皿洗い青年」は見たことない』と思ったそうだ。」

この映画を観る前にこれを読んで私は「ふーん」と思っていたのですが、今回やっとこれを見て思いました。「ラッセル、あんた、冗談言ってたのね!(笑)」どこが凶悪なんだ、どこが!超かわいいじゃないか(笑)。

でも、「ハーケンクロイツ」の監督が本当にこの映画観て決めたんだったら、慧眼といわざるを得ないでしょうね。


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