ハーケンクロイツ ネオナチの刻印 Romper Stomper

出演:ラッセル・クロウ=ハンドー ダニエル・ポロック=デイビー ジャクリーン・マッケンジー=ゲイブ

この映画はご存知の通り、本国では大ヒットとなり、ラッセルにオーストラリア映画協会賞の主演男優賞をもたらしたのみならず、アメリカでも限定公開され、それを観たシャロン・ストーンが「きゃっ、このヒトと是非共演したいわん」言いだし、「LAコンフィデンシャル」のハンソン監督が「これこそ私のバド・ホワイトだ!」と叫び、「グラディエーター」のスコット監督は「この映画の彼には『動物』を感じた」とのたまわった…という、彼のキャリアにとって非常に重要な作品です。

たしかに、それも納得の演技です。この映画前後の彼の出演作品(私の観たのは「ザ・クロッシング」「For The Moment」「人生は上々だ!(The Sum Of Us)」だけですが)とあわせてみると余計にすごい。ほとんど、同じ俳優だとは信じられないぐらいです。

彼の演じるキャラクターは「ハンドー」と呼ばれる青年。ヒトラーの「我が闘争」に心酔し、白人の他人種に対する絶対的優位を信じている人種差別主義者。ベトナム人の女の子を殴りとばしたりするのも平気です。メルボルンのスキンヘッドのネオナチ・グループのリーダーで、仲間を率いてベトナム人移民グループとケンカを繰り返しています。

ハンドーは凶悪な奴ではありますが、たしかに禍禍しいカリスマ的魅力があり、仲間がくっついてくるのも納得です。街で拾った女の子が、閉店した店のウィンドーに飾られているジャケットを「すてき」と言うと、いきなり消火器をガラスに投げつけて、警報が鳴り響くのもかまわず盗み出す…というクレージーさにも、いっそ爽快さを感じさせます。(実際にまわりにいたらやだけどね。)

しかし、映画が進むうちに、彼が実はとんでもなく弱い人間だということも見えてきます。なにしろ、仲間とつるんでいないと、ひとりでは何もできない。自分の面倒さえみられない。かといって、仲間に対する思いやりがあるかというとそうでもない。ガールフレンドのゲイブが看破した通り、「負け犬」なのです。それが自分でもどこかでわかってるから、彼女にそう言われたときあんなに怒ったんだろうなー。(考えてみれば、「負け犬」だからこそ、より見下せる存在を求めて人種差別主義に走るんでしょうか。あー、いやだなあ。)

そういった部分も含めて、このキャラクターは実にリアルです。この映画、作りの粗さを感じさせるところもあるのですが、それでも実に面白いのは、彼のキャラクターに負うところが大きいと思います。



この映画について私が知っている2、3の事柄

・この映画は、本国オーストラリアでは「ブロックバスター」と言える程の大ヒットとなりました。そして、実際の「スキンヘッズ」と呼ばれるネオ・ナチのグループも、たくさんこの映画を観に来たそうです。そしてその事は、かなり微妙な反応を引き起こしたようです。

・この映画に関するラッセルのコメント

「この映画がオーストラリアでしたことは、人種差別の話題を朝食のテーブルに載せたってことだ。みんなが、自分の持っている偏見について考えさせられた。それは、とても健全なことだよ。…それなのに、オーストラリアのある有名な批評家は、そういった(スキンヘッズが観に来るといった)反応に関して、(この映画の)ネガを焼いてしまうべきだ、みたいなことを言った。映画の創り手としては、そういう事を言われると悲しく首を振るほかない、ってもんだろう?…この映画の中でナチの思想を信じている連中は、最後には死ぬか、刑務所に行くかしている。それを見ればわかるはずだ。ライト監督は力のある映画作家だから、映画を見てるうちに観客が連中に感情移入してしまうということはあるかもしれない。…しかし、この映画はいかなる意味においても、ああいう思想を持っている組織を支持するものではないんだ。」 (「ターニング・ラブ」のページのリンクのインタビューより)



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