ビューティフル・マインド A Beautiful Mind



出演:ラッセル・クロウ(ジョン・ナッシュ、数学者) ジェニファー・コネリー(アリシア・ナッシュ、ジョンの妻) エド・ハリス(ウィリアム・パーチャー、政府諜報員 ポール・ベタニー(チャールズ、ジョンのルームメイト) クリストファー・プラマー(精神科医) アダム・ゴールドバーク(ソル、ジョンの同僚)



最初に…この感想はネタバレを含みます。観るまでは絶対に読まないでね。

映画に出てくる数学者といえば、映画ファンなら思い出すはず…「ジュラシック・パーク」のイアン・マルコム博士を。マルコム博士は私のお気に入りのキャラなんですが、彼は恐竜天国の崩壊から何から、世の中の森羅万象をすべて「カオス理論」でもって説明していました。(映画ではよくわからないけど、原作を読むとそうなんです。)

若き数学者、大学院生のジョン・ナッシュの目標は、そういう理論を発見することです。彼はそれを、"Governing Dynamics"(全てを支配する力学)と呼びます。フットボールのゲームから餌を取り合う鳩、酒場でのナンパまでの原理を説明し、理論づける"Truely Original Idea"(真に独創的なアイデア)を…彼はそのために悩み、苦闘しています…頭を窓にぶつけて血ぃ出すほどに。

しかし、理系科目全滅の私などは思う…人間の行動や自然界の動きを、数学で理論づけることなんか出来るのか?鳩を見てもフットボールを見ても、私たちには共通する法則性なんて見えないけど…?しかし、ナッシュには見える。『一見ランダムに見えるモノの、裏に隠されたパターン』が。そしてその能力が、彼に不滅の業績を打ち立てさせ、同時に彼を狂気に導いてゆくのですが…


映画の楽しみのひとつは、自分とは別の視線で世界を垣間見ること−『世界はこんな風にも見えるのか』っていうところを発見することだと思います。この映画の前半は「ナッシュの目から見た世界」と、「現実=観客の見る世界=カメラの視点」とが区別なくぐちゃぐちゃになっています。この(見ようによってはルール違反ともいえる)手法のお陰で、我々はナッシュの「感覚」をちょっと味わうことが出来ます。「隠されたパターン」を発見した時のぞわぞわ感とか、目の前にはっきり見えるものが現実かどうかわからないという恐怖…その「感覚」が、私がこの映画に引きつけられた主な理由でした。

そして、最初は「ナッシュの視点」で見ていたシーンを「客観的」に思い返してみると、また別の世界が見えます。微笑まししかったシーンが、後から見なおすと怖かったり、怖いはずのものが微笑ましく見えてきたり、ジョンとアリシアが夜空に「雨傘座」や「タコ座」を描き出す最高にロマンティックなシーンが、実はぞっとするような狂気の兆候を示していたり…そういう所が、また面白い。

まあ欲をいえばちょっとまとまり過ぎ、個人的にはもっとぐちゃぐちゃの狂気の世界を追求して欲しかったような気もするのですが…「メメント」ぐらいに。「メメント」という映画は「記憶が10分しか続かなかったら、世界はひょっとしてこんな風に見えるんじゃないか…?」という感覚を観客に経験させるために、もっとルール違反の凄い手を使ってるんですが、この映画も「メメント」ぐらい徹底してこのセンだけを追及してみたらどうだったかなあ…?全然違う話だから、無理なんですが。

この映画はそういう映画ではないので、わりと早くネタを割って、後半はまた別の映画のようになります。でも、そこからが面白くないかと言ったら、そんなこともない。そっからはサクセスストーリーです。でも、宣伝から想像されるような「愛(heart)の勝利」の物語というより、実は「知性(mind)の勝利」のサクセスストーリーだと、私は思います。ナッシュは自分が精神病だということを認めてからでさえ、自分のMind(頭脳、知力)の力を信じています。というより、他に頼るものを知らないのです。だからナッシュが、あくまで問題を"Reason the way out"(合理的に解決)しようとます。(「解答のない問題に解答をみつける、それこそ、僕の仕事なんだ。」)医者には「人生は数学じゃない、そもそもその頭が病んでいるんだから無理だ」と言われながら…その姿は、最初かなり痛々しいのですが、長い長い年月をかけて少しずつ、少しずつ、それを成し遂げてゆく…キャンパスをてこてこと歩き、図書館の窓で数式を解きながら。そして、ノーベル賞を取ったことが勝利なのではなく、勝利はもっとさりげない日常の中にある…教鞭を執り、図書館で学生とサンドイッチを分け合ったりすることとか。

『ナッシュとアリシアは今でもプリンストンに住み、ナッシュは教鞭をとり、徒歩で大学に通っている。』(ラストシーンのテロップより)




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