Chapter 1-1 〜 戦争が終わって


題名解説&前巻のおさらい

さて、20巻。未完の21巻を除けば、最終巻まできてしまいました。

えーと、これを書くのは本当に久しぶりで、何から書いたらいいのか、とっかかりが掴めない感じなのですが…まずは題名由来の解説からゆきましょうか。

「Blue at the Mizzen」の"the Mizzen"は、ミズンマスト(後檣)、三本マストの帆船の、一番後ろのマストのこと。"Blue at..."というのは、この場合、「そこに青い旗を掲げる」という意味です。

青い旗とは、英国海軍の「青色艦隊」の旗のことで、それをミズンマストに掲げることは「青色艦隊の少将(rear admiral of the blue)」になることを意味します。(艦隊の旗を、少将はミズンマスト、中将(vice admiral)はフォアマスト、大将(admiral)はメインマストに掲げる。)

青色艦隊少将は、海軍の将官(flag officer)の中では一番下の階級。つまり、「ミズンマストに青の旗を掲げる」とは、勅任艦長(post captain)の階級を無事に卒業して海軍の頂点に足を踏み入れることであり、全ての海軍士官にとって(もちろんジャックにとっても)、士官候補生の頃からの夢がついに実現することを意味しているわけです。

詳しくは、17巻感想の第一章に書いたことをご参照下さい。

英国海軍のすべての勅任艦長は、勅任艦長になった年月日の順に「先任順位(seniority)」というのがついていて、その後はコネも能力も手柄も関係なく、とにかく上の人が死ぬか引退すれば順番に将官になれる…はずなんです、本来は。しかし、いつの時代も世の中そう上手くゆかなくて、だいたいどこでも、「ポストの数」より「それを望む人の数」の方が、ずっと多くなるようになっているんですよね〜。

勅任艦長リストのトップにたどり着いた時点で、これといって誇れる手柄もなく、またコネもない場合、名目だけ「少将」ということになって仕事(指揮する艦隊)はなし、という身分にされてしまうことがあります。これは、「(存在しない)黄色艦隊の少将になる」または「黄色くされる(yellowed)」と呼ばれ、勅任艦長より上のすべての海軍士官が死ぬより恐れていることなのです。

この20巻の初めの時点で、ジャックは勅任艦長リストのトップに近いところ、つまりもうちょっとでミズンに青い旗を掲げられるところまで来ています。しかし、なんともタイミングの悪いことに、戦争が終わってしまった!

戦争が終わって、しかも勝利で終わったのだから、めでたいはずのことなんですけどね。でも、戦争が終わったということは、海軍は縮小されてポストは少なくなり、目立つような手柄をあげるチャンスもなくなるということで…ジャックの前途は多難なのです。

果たしてジャックは、このハンデに負けず、「ミズンマストに青の旗」を高々と掲げることができるのでしょうか?…というのが、この巻のテーマとなっています。

次に、久しぶりなので、ざっと前回のおさらいをしておきましょうか。実のところ、私も忘れかけているので(汗)…

19巻は、ナポレオンがエルバ島から脱出して戦争が再発し、マデイラ島で家族とバカンスを楽しんでいたジャックが急遽呼び出され、小規模艦隊を率いることになるところから始まりました。

アドリア海でナポレオン軍が建造中の軍艦を破壊するという任務を果たした後、ナポレオンの軍資金を積んだガレー船を追いかけ、アフリカ沖で首尾よく拿捕してジブラルタルに戻ったところで、連合軍がワーテルローの戦いでナポレオン軍を破り、戦争が終わったということを知らされる…というところで前巻は終わっていました。

しかし、そういうことより…19巻において重要だったのは、シリーズの初期から登場し、読者に(少なくとも私には)長く愛されていた二人の登場人物が死んでしまったということですね。スティーブンの妻ダイアナと、ジャックの艇長バレット・ボンデンです。

ダイアナは重要人物とはいえ、サプライズ号の一員というわけじゃないので、登場するシーンは限られていたのですが…今まで何かというと登場していたボンデンがいないというのは、寂しいというより、なんだか変な感じです。そのへん、ジャックも同じように感じているようですが。

…というわけで、そろそろ20巻のストーリーに入りましょうか。20巻は、19巻の最後で拿捕したガレー船の金塊(ナポレオンの軍資金)の一部を、拿捕賞金として全員に分配するシーンから始まっています。

(p1〜p3)ジブラルタル沖に停泊中のサプライズ号甲板で、金塊を積んだガレー船の拿捕賞金が分配されている。みんなニコニコしていて、これもドクターの「栄光の手」と「一角獣の角」のおかげだ、ドクター万歳、と叫ぶ。

ジャックは、拿捕した船がプライズ・コート(拿捕船法廷)で正式に認められる前でも、拿捕船の積荷に金貨・銀貨など分配できるものがあった場合、乗員の士気を上げる一手段として、先払いでみんなに配ってしまうことがあります。(特に洋上にいて、この先長い間法廷まで行けそうもない場合など。)

しかし今回は、ジャックの友人(恩人)で地中海艦隊最高司令官(Commander-in-Chief)のキース卿が、特別に手続きを急がせてくれたので、ガレー船はすでに正式に拿捕船と認められていて、これは正式な分配です。

あ、ちょっと思い出したので余談ですが…このシリーズでコマンダー・イン・チーフ(略して「C in C」)といえば地中海・バルト海などの方面艦隊の最高司令官のことですが、アメリカの大統領のことも「コマンダー・イン・チーフ」と呼んだりするのですね。いずれにしても、カッコよくて、偉そうで、ちょっと物騒な呼称です。アメリカでは、よく大統領候補について「この人は『コマンダー・イン・チーフ』にふさわしいかどうか」という言い方で論評したりするのですが…個人的には、「そういう基準で選ぶから失敗するんじゃないの?」とか思うのですがね(笑)。いや話がそれました。

閑話休題。戦争が終わったことを、将来の出世の見込みが減ることとして憂鬱にとらえているのは艦長・士官・士官候補生だけで、平和になったら民間貿易船に転職できる平水兵たちにとっては、終戦は100%喜ばしいニュースです。しかも同時に、宝くじを当てたような莫大な拿捕賞金が入るという大ラッキー。上機嫌が爆発しそうな彼らは、幸運をもたらしてくれたと信じているドクターとそのラッキー・アイテムに思わず万歳三唱するのでした。

「栄光の手」とは、前巻でスティーブンと同僚のドクター・ジェイコブが解剖していた珍しい症例の「手」のこと。犬に食べられるという事故があったのですが、犬の腹から無事回収され(うええ)、今は骨だけになっています。

「一角獣の角」とは、2巻でジャックがスティーブンにプレゼントしたイッカクの牙のこと。これも、酔ったキリックが割ってしまうという事故にあったのですが、スティーブンの友人の技師がきれいに復元してくれました。

どちらも、縁起かつぎの激しい船乗りたちの間で「幸運のお守り」と信じられていたアイテムです。

船乗りたちの「縁起かつぎ」には、他の「迷信」と同じく、時として妙に根拠があることがあります。例えば、いざという時に判断を間違えて艦を危険にさらしそうな無能な上官は、「ヨナ」と呼ばれて忌み嫌われる率が高かったりとか。

この場合、この2つのラッキー・アイテムは、持ち主のドクター・マチュリン自身が「幸運のお守り」であるということと心理的に結びついているのかな、と思いました。

何といっても、腕のいいドクターが乗っていれば、怪我をしても助かる確率がぐんと高くなりますからね。