Chapter 1-3 〜 脱走


(p18〜p21)ジャック、提督のところから帰る途中でローチ大佐の言葉を思い出して憂鬱になるが、「陸兵と水兵は違う」と自分に言い聞かせる。ジャック、帰り道でディナーに出席していた技師のライト氏に会い、スティーブンと三人で、「クラウン亭」で夕食をご一緒しませんかと誘う。

人で溢れたジブラルタルの街を歩きながら、ジャックはサプライズの乗員たちが「もう戦時条例はない、おれたちは自由だ」と気勢をあげているのを見る。酔っ払った水兵たちが酒屋や売春宿を襲撃しているのを見て、「陸兵と水兵は違う」という彼の確信は揺らぐ。


ジャックには悪いけど…水兵が陸兵より良く見えるのは、モラルの高さの問題じゃなくて、単にたいていは海の上にいるので、乱暴狼藉しようにも相手がいないから、っていうだけじゃないでしょうかね。この場面だって、襲撃するのが普通の農家とかであるより、普段は水兵からお金を巻き上げている酒屋や売春宿である方が、だいぶんマシな感じがしますが。

それに、莫大な拿捕賞金がフトコロに入ったことも関係あるだろうけど、何といっても大きいのは戦争が終わったという事実でしょう。厳しい規律で縛ることは、別に個人の道徳を向上させるわけじゃないので、無理に押さえつけていればいるほど、解放されたときの反動も大きいのでしょう。

でも…「たぶん、(陸兵と水兵は)本当に違うのだろう。しかしおそらく酒が入ると - 大量の酒が入ると、違いはわかりにくくなるのかもしれない。」←このジャックの独り言(?)は、なんとなく「かわいい」と思ってしまうのは私だけでしょうか。

(p21〜p22)ジャックはスティーブンを病院に迎えに行く。スティーブンはジャックを見て「憂鬱そうだな」と言う。ジャック、「タイミングの悪い、莫大な拿捕賞金のおかげで、サプライズの乗員はバラバラになってしまった」と嘆く。

二人がライト氏を迎えに行くと、彼は酔った水兵に襲われて怪我をしていた。


病院でスティーブンを待つ間、ジャックはワインとオレンジジュースとレモンジュースのカクテルをストローで飲んでいるのですが、それがなんとなく美味しそうでした。

ちょっと余談ですが…私が先日旅行したポルトガルは、このジブラルタルとさほど遠くないところでした。19世紀初頭とくらべたら、現代の方がだいぶん暑くなっていると思うのですが、湿度が低いので、昼間は日差しが強くて暑くても、夕方になるとウソみたいに涼しくて、外でビールやカクテルなんか飲むと本当に気持ちいいのですよね〜。特に海辺や河辺なんかだと。あれは羨ましかったなあ。東京は暑くなると、夜だろうと夜中だろうとじと〜〜っと暑いからねえ。外でごはん食べて気持ちいい季節って本当に限られてますよね。

しばらくして出てきたスティーブンは、「病院の人たちが君が来ていることを教えてくれなかったから、つまらない世間話で時間を無駄にしてしまった」と言うのですが…それを「these infernal whores (直訳:いまいましい売春婦ども)never told me you were there....」と言っているのです。200年前の言葉だし、翻訳するとうまくニュアンスが出ないので、あまりピンときてなかったのだけど…ひょっとしてスティーブンって、今まで感じていた以上に、ものすごく口悪い?すごい「今さら何を」ですが(笑)。

この時ジャックとスティーブンの泊まっている宿屋のクラウン亭(The Crown)…イン(宿屋兼パブ)にはよくある名前で、英国のポーツマスにもメノルカ島のポート・マオンにもありますが、これはジブラルタルの「クラウン亭」。ジャックの定宿はどこへ行ってもだいたい「クラウン亭」みたいですね。

(p22〜p26)ライト氏を手当てしたスティーブンは、怪我はたいしたことないが、何しろ老人なのでショックがこたえていると言う。

翌朝、ジャックが朝食をとっていると、二等海尉のソマーズが青い顔をしてやって来て、水兵のほとんどが脱走してしまったと言う。ジャックはキース卿に相談に行くが、彼は英国の領地の方に法的問題が起こっていてそれどころではなさそうなので遠慮する。


技師のライト氏は19巻にも出ていましたが、ロイヤル・ソサエティのメンバーで、スティーブンがイッカクの牙のことで相談して、キリックが割ってしまった牙(一角獣の角)をきれいに修理してくれた人です。80歳を超えているらしい。お気の毒。

宿舎にしていた陸軍の空き兵舎から、ごっそりいなくなってしまった水兵たち。なにしろジブラルタルなので、ちょっと山を越えればそこはスペイン。漁船に乗って港へ行き、そこから英国行きの商船に乗ることができるのです。で、英国に帰れば、ずっと給料のよい貿易船の仕事が待っている。

貿易船の方が給料が良いのに、軍艦に乗る水兵がいるのは(有無を言わせず強制徴募された人は別として)、それでも戦時には拿捕賞金で一攫千金、という可能性がある、ってところが大きいのですよね。でも戦争が終わってしまうと、その可能性もないし。まして、軍に雇用された民間船で、危険なホーン岬を越えて海洋測量に行く…なんて、水兵にとってはまったく旨みのない仕事なのです。

まあだから、公平に言って…脱走しても無理はないのですが。

(p26〜p29)ジャック、修理待ちのサプライズ号で点呼をする。多くの名前にR(Run=逃亡した)がつけられるが、昔からの有能なサプライズ乗員はほとんど残っていたので、ジャックはほっとする。

ジャックは船匠と艦首の損傷を調べ、彼に「なんとかマデイラまで行けるだけの応急処置をしてくれる友人がジブラルタルにいないか」と聞く。船匠はいるがお金がかかると言う。ジャック、かかってもかまわないので頼んでくれと言う。

ジャック、スティーブンに、マデイラまで行ったらまともなヤードに直してもらって、その後英国に戻るという。サプライズを出航前に前面補修したプール(イングランド南部)のヤードに戻って、もう一度ちゃんと直してもらい、また英国でまともな乗員をそろえ直す。ホーン岬にも対応できるように。


正規ルートで修理してもらうには、なにしろ民間船の身分であることがネックで後回しにされてしまうし、キース卿のコネを使うのも時期が悪そうなので、コネがだめなら次は金。幸い、莫大な拿捕賞金が入ったばかりで、ジャックはお金には余裕がありますからね。

18巻の終わりでチリに向って出航して以来、戦争の再開やらなんやらで、ずいぶん遅れちゃってますね。この間にチリの事情が変わってしまうのではないかと、スティーブンは心配しています。

それでも、チリに行くにはどうしても難所のホーン岬(南米大陸最南端)を通らなければならないので、船の装備も乗員もしっかりしたものを揃え直さないとならないようです。チリ行きの前に英国に帰るってことは、サー・ジョセフや、ジャックとスティーブンの家族(ダイアナはもういないけど、ソフィーと子供たち)に、最後にもう一度出番があるってことで、私は個人的に嬉しいんですけどね。