Chapter 2-2 〜 マデイラ


(p40〜50p)サプライズ号、英国へ向かうための応急修理が済むまでしばらくマデイラに滞在することになる。前回、ナポレオンがエルバ島から脱出してマデイラから緊急に出航した時(18巻と19巻の間)、時間までに帰艦しなかったので「脱走」扱いになっていたワンテージという若い航海士が、ヨレヨレの格好で現れる。彼はマデイラの羊飼いの女性と恋仲になっていたのだが、村の羊飼いの男たちに捕まって去勢されてしまっていた。ジャックはワンテージの帰任を快く承諾する。

しかし、ジブラルタルで乗せた士官候補生たちの中に、ストアという名前の性質の悪い子供がいて、ワンテージを馬鹿にしていじめている。ワンテージはポルトガル語ができるので、資材の調達交渉を通訳するために大工助手と一緒に上陸して街を歩いていると、子分を引き連れたストアが後をつけながらボーイソプラノの声を真似してからかっている。それをたまたまジャックが目撃し、船に戻って罰として良いと言うまでマストヘッドに登っているよう命令する。

ジャックはスティーブンに、士官候補生の質が悪いことを嘆き、「良い艦(good ship)と幸せな艦(happy ship)はほとんど同じことで、幸せな艦ならほとんど何もしなくても自然にうまくゆくのに」と愚痴る。スティーブン、船の気質(ethos)は航海の間に形成され、船によってそれぞれ違うと語る。


「ハッピーシップでなければ、グッドシップにはなれない」というのはジャックの信念で、よく言ってますね。船(艦)の、共同体としての性質のことを、スティーブンはスティーブンらしくギリシア語の難しい言葉で「ethos」と表現し、ジャックに「ethos is not a Christian word.(ethosなんてちゃんとした言葉じゃないよ。)」と言われてます。200年前には、Christian(キリスト教徒)を「ちゃんとした、れっきとした」という意味で使っていたようで、このシリーズにはよく出てきますね。今はもちろん、そんな言い方はしませんが。

スティーブンは、共同体としての性質の違いということを、ロンドンのクラブの気質の違いを例に挙げて説明しています。「Boodles」クラブと、「Black's」クラブのメンバーの性質が違うように、と。「Boodle's」は11巻に出てきましたが、ジャックの父親やアンドリュー・レイたちが所属していたクラブです。「Black's」はスティーブンとジャック、サー・ジョセフなどが所属しているクラブ。父親と息子の入るクラブは同じなのが普通に思えますが、これは多分、陸軍はBoodle's、海軍はBlack'sに所属するという伝統なんじゃないかと思います。

スティーブンがクラブの気質のことを話すと、ジャックは「ブラックスはいいメンバーが大勢いるけれど、あんなに"Whiggish"でなければいいのにと思う」と言っています。「Whiggish」とは、政党の「ホイッグ党」っぽい、ということですね。当時のイギリス政界には、「ホイッグ党(Whig)」と「トーリー党(Tory)」の二大政党がありました。「トーリー党」は、現在の保守党の元になっている党です。「ホイッグ党」は今はなくなってしまい、現代は20世紀始めに結党された労働党が、保守党と二大政党を形成しています。

現代の政治のイデオロギーを200年前にそのまま当てはめることはできないですけど、今の言葉で言えば「ホイッグ党」はリベラル、「トーリー党」は保守的な政党であったようです。ジャックの言葉を翻訳すれば、「ブラックスがあんなにリベラルじゃなければいいのになあ。」ということになります。ジャックはまあ、保守的な方ですからね。

それはともかく…ジャックが嘆いているのは、戦争が終わったので若い海尉たちにとっては艦がもらえる可能性は、ますます低くなっている。で、どんなに出来の悪い候補生でも、父親が偉かったりすると、副長や海尉が厳しく叱ったりすると父親に「XX海尉にいじめられた」とか手紙を書かれてしまう。父親も息子に似て嫌なヤツだったりすると、その海尉はそれで一生艦がもらえなくなったりする。なので、うっかり叱れなくなる副長や海尉もアンハッピーなら、それで増長した士官候補生に不当に威張られる水兵たちもアンハッピー、艦全体がハッピーとは程遠い状態になってしまう、ということなのです。

(p51〜p53)サプライズ号に手紙が届く。スティーブンには、ジブラルタルで情報収集していたドクター・ジェイコブからの暗号の手紙が届くが、ジェイコブが暗号を間違えたらしく意味不明になっている。スティーブン、なんとか解読しようと試みるが、どうしてもわからない。チリの状況に関する重要情報だと思ったスティーブンは、一刻も早くロンドンの暗号専門家に見せなければならないと考え、修理にまだしばらくかかるサプライズ号を置いて、一足先にリングル号でロンドンへ向かうことにする。ジャックがリードを呼んで命令すると、それから30分もしないうちに、リングル号は出航する。

手紙が来たという知らせを受けた時、ジャックとスティーブンは山の上で、「本式の地中海流の」若いイノシシの丸焼きを食べていました。「こんなに美味しいポルコを食べたのは初めてだ、と料理人に伝えてくれ」と、間違った外国語を意味もなくとりまぜて喋ってスティーブンをイラっとさせているのも、ソースでブリーチを汚してキリックに嫌な顔をされているのも気にとめず、きれいにしゃぶった骨を火に放り込んでいるジャックは、ワイルドでなんだかかわいいです。

ジャックに届いた英国から手紙の手紙には、ジャックが英国に持っている荘園関係の話(ジャックが「従兄のエドワード」(12巻参照)から受け継いだ荘園が、貧しい土地でほとんど借地料も入らなかったのが、農業専門家に見てもらって改善し、順調に収穫を上げるようになった話)が、けっこう長々と書かれているのですが…

これって、何かの伏線のつもりだったのかなあ。わかりませんが。残念ながら、オブライアン氏の死によってこのシリーズはこの20巻で終わっているので、どちらにしてもこの伏線は回収されないまま終わっています。

大きな船や艦隊が出港するときは、修理したり装備を積んだり風を待ったりと、いろいろ遅くなってしまうのが普通ですが、さすがは小さくて身軽なリングル号、あっという間に出航できました。

「船の出港には時間がかかる」ということの例えに、オブライアン氏は「ノアの箱舟から、トロイへ向かう艦隊まで」と書いているのですが…それって、両方古すぎるんじゃないでしょうかね(笑)。

(p54〜p56)スティーブン、リングル号でロンドンに到着する。急いで出航したのでキリックがシーチェストを準備するヒマがなく、汚い服しか持っていないことに、スティーブンはロンドンに着いてから気づく。仕方なくそのまま海軍省に出向き、馬車の御者や門番からうさんくさそうな目で見られる。

いつものスティーブンです(笑)。

というわけで、次章はサー・ジョセフたちロンドンメンバー、最後の登場。