Chapter 3-2 〜 王子と少年


(p66〜p68)それからの日々、スティーブンはブリジッドをつれてウールコム周辺の囲い込みを免れた田園を歩き回る。この夏のウールコムはとりわけ鳥が多く、スティーブンはさまざまな鳥の名前を娘に教える。ブリジッドはもうかなり理解力が高くなっている。

終戦以来、税金や物価が高くなり、村の暮らしは厳しくなっているが、シモンズ・リーが囲い込みを免れただけこの村はましになっている。


スティーブンとブリジッドちゃんの親子のふれあい…しみじみと、いいなあ。ブリジッドちゃんは将来、女性博物学者になるんでしょうか。

18巻のブリジッドちゃんは動物観察よりフィリップお兄ちゃん(ジャックの年の離れた弟)と遊ぶことに夢中で、お父さんはあまりかまってもらえなかったのですが、お嬢ちゃんも少し成長したようです。といっても、前回も書きましたが、このシリーズは都合により、長期連載のマンガと同様に(あるいは逆に)、世の中の時の流れと個人的時の流れが矛盾してしまっているので、ブリジッドちゃんが何歳なのかもよくわかりません。でも勝手に、17巻が3歳ぐらい、18巻が5歳ぐらい、この20巻では7歳ぐらい…と想像しているのですが。

スティーブンは、ブリジッドちゃんが鳥好き・動物好きになりつつあるので喜んでいます。一方、ブリジッドちゃんは心優しい子なので、狩猟や魚釣りのシーズンが始まったらどう思うだろう、と心配しています。でも、彼女のまわりの人たちはみんな狩猟や釣りが好きなので、そのうちに慣れるだろう、とも考えています。

狩猟に関して言えば、このへんは時代の違いを感じますね。当時は、どんな自然愛好家・動物愛好家でも、狩猟に全部反対、という人はあんまりいなかったでしょう。今はイギリスでも、キツネ狩りが禁止になったようですし。

(p68〜p73)ある日スティーブンは、ジャックがきていないかどうかシェルマーストンまで様子を見に行くことにする。子供たちがついて来たがったので、スティーブンは子供4人とパディーンをつれてドッグカート(一頭立ての無蓋馬車)で出かける。シェルマーストンでなじみのパブの女将に聞くと、サプライズはつい今朝現れて、なじみの水兵を20人ばかりスカウトして、プールのステッピングス・ヤードへ行ってしまったと言う。

スティーブンは昔馴染みのシップメイトに酒をおごって様子を聞く。シェルマーストンは終戦で私掠船稼業ができなくなり、密輸も取締りが厳しくなったので不景気な様子。


戦争が終わって、あちこち不景気のようです。平和になったせいで貿易は前より盛んになっているようですが、シェルマーストンは航路にやっかいな砂洲があるせいで普通の貿易船が寄り付かず、密輸や私掠船で栄えていた港町なので…

(p73〜p78)翌日、一足先にリードがウールコムに来て、サプライズ号の修理は約10日で完了できると言う。ジャックはウールコムに戻って、クリケットをしながらしばしの休日を過ごす。そんなある日、ジャックとスティーブンにロンドンから呼び出しがかかり、二人は郵便馬車で出かける。

二人はブラックス・クラブに宿をとって食事するが、途中でウィリアム王子が声をかけてくる。王子は「死んだシップメイトの息子」のホレイショ・ハンソンのことを熱心に語り、後でお茶でも飲みながら話したいと言う。

人気のない個室でお茶を飲みながら、王子はホレイショをジャックの船に乗せて欲しいと頼む。ジャック、厳しい航海になるので、本人に会って適性を見てから決めたいので、後でグレープス亭によこしてほしいと言う。


ジャックは相変わらずクリケット好きですが、今回は何と、筋金入りのクリケット嫌いだと思っていたスティーブンが参加しているそうです!20巻にして、ついにスティーブンはクリケットのルールを理解し、しかもハーリングの技を応用してかなりの強打者になっているそうです。6巻の第1章でとんでもない勘違いプレーをしていた頃のことを考えると、夢のようですね。

ロンドンへ行ったジャックとスティーブン、「ブラックス」クラブで食事した後、ジャックはデザートに「完璧に焼いた」トーステッド・チーズを頼のですが、タイミング悪く、焼きたての完璧な状態で運ばれてきたところで、二人は食事を中断して直立不動になる羽目になります。紳士が食事を中断して立ち上がらなければならない相手はレディだけど、女人禁制のクラブにレディがいるはずもなく…いるのは王族。ウィリアム王子でした。

せっかく完璧な焼き具合だったったのに、王子が話し終わるころにはすっかり冷めてだめになってしまったトーステッド・チーズをうらめしげに見つめるジャック。12巻のサー・ジョセフの「鶏のオイスターソース」といい、どうして王子はひとが好物を食べるところを邪魔ばかりするのでしょうね(笑)。

それはともかく。私が今回ちょっと驚いたのは、王子がジャックに話しかける時、「オーブリー艦長、私はクラレンスと申します。一度お目にかかっているのですが、ご記憶でしょうか?」と、すごく礼儀正しい話し方をしていることです。

もちろんジャックはそれ以上に礼儀正しく応対するのですが…でも、頼まれたこと(ホレイショ君を艦に受け入れること)を一度でほいほい引き受けずにちゃんと条件をつけてますし、ホレイショと会うのが「ここ(ブラックス・クラブ)ではだめですか?」という王子に対して、「ここには反対党(ジャックはトーリー党なので、ホイッグ党のこと)の人もいるので、人に見られたら王族に取り入っていると思われます」ときっぱり言っています。(腐敗選挙区の選出で、航海優先でほとんど議会に出ていないとはいえ、一応議員ですからね、ジャックは。)

英国の上流の人々って、200年前ですら、王族に対してこれだけきっぱりモノを言えたんだなあ。ジャックは上流階級とはいえ、貴族でもないのに。と、ちょっとびっくりしたのでした。

(p79〜p83)月曜の午後、ホレイショ本人が従者を連れてグレープス亭を訪ねてくる。ガチガチに緊張しているが感じのいい青年で、しかも数学、天文学の知識が十分あり、才能もありそうで、スティーブンが話してみるとフランス語もラテン語もまあまあ話せる。ジャックは彼が気に入り、王子が条件を受け入れてくれれば艦に受け入れることにする。

ジャック、王子にホレイショを艦に受け入れるが、王族が後見人だからといって特別扱いをすると周囲に憎まれるし、よい士官になれないので、贔屓は一切なしです、という条件をつける。王子は喜んで、もちろん一も二もなく条件をのむ。


スティーブンは、ジャックに隠し事をさせるのはよくないので、ホレイショがウィリアム王子の息子だということはジャックには黙っていようと決めたようです。ホレイショという名前は、ウィリアム王子がネルソンにちなんでつけたのでしょうね。でも、「ホレイショが…」とか書いていると、私はどっちかというとホーンブロワーを思い出すけど。

(p83〜p86)ホレイショたちが馬車でロンドンを出発する日、王子が見送りにくるが、別れが辛そうである。彼は王族とは思えない汚い言葉で群集を追っ払い、馬車に乗り込むホレイショの手に何かの包みを押し付けて、巨体を涙・涙にふるわせて帰ってゆく。馬車の中でホレイショが包みをあけると、ちょうどスティーブンが持っているのと同じようなブレゲの高級な懐中時計と分かる。

ホレイショ少年は馬車の中でも、サプライズの乗員がいっぱい滞在しているウールコムハウスに泊まっていても、ずっとガチガチに緊張していたが、翌朝、いい人揃いのサプライズの仲間たちとキャプテンの子供たち(すっかり落ち着いた感じの双子と、ますます父親に似てびっくりするほど食欲旺盛なジョージ)と一緒ににぎやかに朝食を取ったあたりで、ようやく気持ちがほぐれてくる。

そこへ副長のハーディングが駆け込んできて、「Sir, we float!」(艦長、浮かびました!)と叫ぶ。それだけで、ステッピングスヤードが約束の日より早くサプライズの修理を仕上げたことが全員に分かる。ソフィーと双子は悲しみをこらえ、ブリジッドはこらえもせずにわんわん泣き出して食堂から連れ出され、乗員たちは直ちに、能率的に、出港準備にかかる。


王子様、群集をかきわける時、「Get out of my fucking way, you bloody cuckolds」(どきやがれ、この寝取られ男ども)とか叫んでます。こう、ピー音も伏字もなしにFワードが出てきちゃうと、「え、書いていいのかな」と一瞬びびりましたが…オブライアンさんは堂々と書いているので、私もそのまんま書きました(笑)。

しかしねえ、これが200年前の王子様ですよ。やっぱり、映画「Amazing Grace」(ヨアン・グリフィスが同時代の政治家を演じた映画・日本未公開)に出てきたウィリアム王子のイメージとは全然違う…ここに出てくる王子は、ちょっと下品だしあんまり知的ではないけれど、なんか憎めないです。ジャックのことを、艦長として崇拝してくれちゃっているからかな。