Chapter 8 〜 チリ


(p176〜p181)航海長のウッドバインが病死し、ダニエルが航海長代理になる。リングル、ピラー岬(太平洋の始まる地点)を視認する。ジャック、マストのクロスツリーまで登ってピラー岬を確認しようとするがわずかにしか見えない。

サプライズとリングル、ピラー岬を確認し祝杯をあげる。太平洋に出たサプライズ号とリングル号。次第に気候もよくなり、ようやく乗員たちに健康と陽気さが戻ってくる。


南米大陸最南端のホーン岬は回ったとは言え、まだまだ高緯度の寒〜い地域(しかもまだ季節は早春)を航海しているサプライズ号。ジャックは「すばらしく似合わないウールのボンネット」をかぶっているそうです。ボンネットといっても、昔の西洋女性(や今の日本の農家の女性)がかぶっているようなものじゃなくて、映画でラム船匠やネイグルがかぶっていたような縁なし帽子のことだと思いますが…「すばらしく似合わない」というのが想像するとかわいいですね。

厳寒の中、マストから降りてきたジャックに、珍しくもお世話やき側に回ったスティーブンが風邪予防の「mulled cralet」(モルドワイン)を飲ませています。モルドワインとは、赤ワインにスパイス(クローブやシナモン)と砂糖やハチミツ、生姜、あればオレンジやレモンなどを入れて温めたもの。身体があったまりそうですね。

(p182〜p186)スティーブン、睡眠薬(最近はアヘンチンキではなく、比較的無害なもの)を飲んでぐっすり寝ている早朝、たたき起こされる。サプライズ号はハル(ヨークシャー州の港町)から来た捕鯨船と遭遇したのだが、その船員のひとりが腕にひどい怪我をしている。

寝起きの悪いスティーブンは抵抗するが、捕鯨船がくれたコーヒーによってなんとか医者としての義務感を回復し、有能なポル・スキーピングのアシストのおかげで、とっくに壊疽を起こしている(怪我をしたのはもう3日前なので)腕を見事に切断する。患者は切られた瞬間もわからなかったほどで、捕鯨船は涙ながらに感謝して去ってゆく。

ジャック、捕鯨船長から聞いた話をスティーブンに伝える。ロイヤル・ソサエティのメンバーで昆虫学者のオースティン・ドブソンが遺産を相続し、その金で郵便船を買って、数人の博物学者仲間と一緒に世界一周の観察旅行に出ている。喜望峰を回ってインド、セイロン、東南アジア、太平洋ときて今はチリにいるらしい。スティーブン、それを聞いてうらやましくなる。


ぐっすり寝ているスティーブンを叩き起こすには、鉄の意志とカフェインが必要なのでした。でも、コーヒー数杯で医者の義務感を回復した後のプロぶりはさすがです。

プロといえば、スティーブンがカフェイン補給している間に先に捕鯨船に行って、「腕は切断が必要だが命は助けられそうだ」と診断を下し、必要な準備をさっさと整えて待っている看護婦のポルもプロです。「彼女は頭のいい女性だ…誰が何と言おうと、頭のいい女性というのは実在するんだ。」と、スティーブンは言っています。

当時の社会では、「頭の良い女性」というのは、ネス湖の恐竜かロズウェルの宇宙船並に実在を疑われている存在だったのですね。いや、実際にはいたわけだから、シュリーマンが発掘するまえのトロイア並に、と言った方がいいかな?

親戚の莫大な遺産を相続し、そのすべてを注ぎ込んで小さな郵便船で仲間と一緒に「世界一周・博物学の旅」に出たドブソンの話を聞いて、なんとなくメランコリーになるスティーブン。スティーブンもラモーンさんの遺産を相続しているから、やろうと思えば同じことができたのですよね。でも、こうしてジャックと一緒に政治的な目的で航海していて、そのついでで各地で動物観察もできるけど、やっぱり自由は利かないし…純粋に学問目的の旅をしている仲間が、なんだかうらやましくなってしまったスティーブンでした。

でも、いろいろ文句をいいつつも…本当に学問だけの旅になってしまったら、ひょっとしたらスティーブンは退屈なんじゃないかな。どうだろう。

(p187〜p191)サプライズ号とリングル号、捕鯨船が教えてくれたピリョンという補給地に着くが、最近あった地震で海底の水深が捕鯨船からもらった海図と変わっていたため、リングル号は座礁してしまう。サプライズ号が離礁させ、応急修理をするが、リードは恥じ入ってひどく落ち込んでしまう。ヤードでの修理が必要になり、二隻はサン・パトリシオという港ヘ行く。

ジャックとスティーブンは、そこで昆虫学者ドブソンの船「アイザック・ニュートン号」と出逢う。スティーブンとジャック、ドブソンの船でレモネードを飲みながらロイヤル・ソサエティの博物学者たちと楽しくお互いの航海の話をする。


サプライズ号とリングル号が立ち寄るこの「サン・パトリシオ」という港は架空のものです。一説によると、パトリック・オブライアンが自分の名前をつけたお遊びではないかということです。(パトリシオは英語にするとパトリック。サンは「聖」。つまり「聖パトリック」ということ。)

(p192〜p196)その後、スティーブンとジャックが彼らが推薦してくれたヤードを探して埠頭を歩いていると、ばったりリンゼイ卿に出会う。

マゼラン海峡を強行してジャックたちより早く着いたリンゼイ卿は、チリの共和主義者の海軍の司令官の地位についている。なぜか彼はジャックが彼の指揮下に入ると思い込んでいて、ジャックを憤慨させる。ジャックは自分は英国海軍の勅任艦長リストに載っている艦長だから、海軍外の人の指揮下には入らないと言う。リンゼイはここではジャックの乗員を強制徴募する権限があると反撃する。ここで二人が争ってはまずいと思ったスティーブンは、二人に落ち着いて話をするように言う。

スティーブンとジャックとサー・リンゼイ、近くのカフェに入ってアイスコーヒーを飲みながら話す。スティーブン、英国政府のチリに関する立場について説明する。

「政府は北の方の独立派グループ(junta)と懇意で、チリの独立を支持しているが、リンゼイが懇意な南のグループは承認していない。少しでも英国海軍と関係のある船に害を与えた場合、チリの独立に対する悪影響は甚大である。逆に、スペインの私掠船を攻撃するなどで協力した場合、よい影響があるだろう。サプライズ号の力を、サー・リンゼイが懇意にしているグループの幹部に伝えてもらえるとありがたい。」リンゼイは承知し、彼らは友好的に別れる。

ジャック、彼と別れた後、仮にも現役の海軍勅任艦長が、彼の下に入るなどとどうして考えたのかと憤慨する。


噂のリンゼイ卿、いきなり登場。悪い人ではないんだろうけど、やっぱり基本的に傲慢というか、あんまり感じのよくない人です。噂どおり。

ジャックたちが「アイザック・ニュートン号の学者たちとレモネードを飲んできたところだ」と話すと、「あんな学のある人たちとでは、君は何を話したらいいか途方に暮れるんじゃないか?」とか言ってます。ジャック自身が天文学と数学のエキスパートで、ロイヤル・ソサエティのメンバーなのを知らないのね。

チリはご存知のとおり、南北に細長い国です。当時はもっぱら船で行き来していたんでしょうけど、北の方と南の方であまり交流がなくて、連携が取りにくいということはありそう。