Chapter 10 〜 アイルランド


ジャックの艦隊、ランデブー地点に到着。フランス艦隊を発見、追跡する

シエラレオネを出航して以来、スティーブンはサー・ジョセフからの私信の謎を解こうと努力していました。いろいろなコードで分析しましたが、どういうわけかサーは暗号をどこかで間違えたらしく、「ダイアナ」という言葉以外は、意味不明なままでした。

一方のジャックは、相変わらずステートリー号とテームズ号の状態の悪さを気に病んでいます。アメリカから来る戦列艦を加えると、フランス艦隊はジャックの艦隊を戦力でかなり上回ることになる。ネルソンは二倍近い戦力の艦隊に圧勝したことがあるし、ジャック自身も14門のスループ艦で二倍近い大きさのフリゲート艦を拿捕したことがあるが…ネルソンは部下の艦長たちを熟知していたし、若いジャックも、ソフィー号の乗員ひとりひとりをよく知っていた。今のジャックは、部下の艦長たちを熟知しているとは言い難い…

そんなこんなで、ジャックは各局面でいろいろ気を揉むのですが…あまり詳しく書いている余裕もないので、10章の最初の15ページぐらいは、次の1パラグラフでごく大雑把にまとめます(スミマセン)。

ジャックの艦隊はフランス艦隊のランデブー地点に余裕をもって到着。広く展開して見張り、ある日フランス艦隊(戦列艦2、フリゲート2、輸送艦4)を発見。フランス艦隊は、アメリカから来る戦列艦とのランデブーを諦めて北東(アイルランド方向)へ向かい、ジャックの艦隊は長い追跡に入りました。

ジャックの艦隊、アイルランド沖でフランス艦隊に追いつき、戦闘になる

ジャックたちがフランス艦隊に追いついたのは、夜通しの嵐がやっと止みかけたある夜明け。すでにアイルランド西端の湾が視界に入り、浅瀬を示す白波があちこちに立っている海でした。

仏艦隊のフリゲート艦2隻と輸送艦4隻はもう湾に入っていて、戦列艦2隻は湾の外で、これが正しい目的地なのかどうか確認しようとしているようでした。ジャックはそれを見てにやりとしました。この風では、一度湾に入った船はなかなか出て来られないからです。つまり、敵の戦力は分散されている。

ジャックは、テームズ・オーロラ・カミラ・ローレルの4隻で湾に入った6隻を釘付けにして、その間にベローナとステートリーで敵の戦列艦2隻を攻撃します。2対2、戦力はほぼ互角。ベローナ号とステートリー号は、2隻のフランス戦列艦に向かって行きました。

ベローナ号は敵の旗艦と舷を接する接近戦に入り、短い壮絶な撃ち合いの末、敵のミズンマストとメイントップマストを倒しました。敵の旗艦は座礁し、身動きが取れなくなって降伏しました。

ステートリー号はもう一隻の戦列艦に大苦戦。もう少しで撃沈させられそうになりますが、旗艦を片付けたベローナ号が近づくと、敵はさっさと逃げ、あっという間に見えなくなりました。

敵が逃げたのはベローナが近づいたからではなく、他に3隻の英国軍艦が近づいて来たからでした。近くの港から砲声を聞いて駆けつけたのです。ジャックはリングル号に飛び乗って、その1隻(戦列艦ロイヤル・オーク号)へ行き、湾の中のフランス艦隊のことを話しました。「私が自分で拿捕すべきなのですが、そこに座礁しているフランス艦と戦って、かなりのダメージを受けてしまったものですから。」

湾のフリゲートの1隻は素早く逃げ出し、先に逃げた戦列艦と合流しましたが、残りの5隻は、圧倒的な戦力差を見てあっさり降伏しました。

スティーブン、アイルランドの村人たちを説得する

さて、その頃スティーブンは、座礁した敵の旗艦で働いていました。彼らの軍医が戦死したので、乞われて負傷者を手当てしていたのです。潮が引き、浅瀬に乗り上げた艦の陸側は、ほとんど乾いた地面が見えていました。

彼は負傷者を陸の病院に運ばせたのですが、その負傷者から病院の看護士へ、そして付近の村へと、噂が伝わりました。「ついにフランスが来た」と。1798年以来…いや1796年の、失敗したフランス艦隊の試み(アイルランド反乱に関するページを参照)以来、フランスの再度の武力介入を待ち望んでいるアイルランド人も多かったのです。

スティーブンが病院から神父を連れて艦に戻った時、艦のまわりには殺気立った男たちが(髪を振り乱した女たちも)集まっていました。艦の昇降梯子は、海兵隊が警備していたのですが、群集は今にも彼らに石や泥を投げつけそうです。

スティーブンが梯子を昇ろうとすると、海兵隊の一人が彼に囁きました。「今にも押し入って来そうです。」スティーブンは梯子を半分昇ったところで振り返り、アイルランド語で叫びました。「デュニリー(この付近の村)の人々よ、望みの武器はここにある。」「そうだ、我々はその武器を手に入れる。」群集の男たちが叫び返しました。

「君たちがこの武器を取るのなら…教皇を幽閉し、カイロでイスラム教に改宗した男の与えた武器を取るのなら、それは君たちの破滅と死を招くだろう。フランス艦隊の到着を聞いて、郡中の民兵組織が既に動いている。この艦から奪ったマスケットを持っているのを見つかったら、確実に絞首刑だ。夜までに絞首台は満員になり、焼かれずに残る家はないだろう。…ボイル神父、あなたも説得して下さい。このままでは、明日には何十人という女が未亡人になってしまう。この艦は君たちにとって毒の杯だ。」それだけ言うと、スティーブンは艦に入って行きました。

その夜遅く、民兵と陸軍兵士たちがデュニリー付近の農家を片っ端から家宅捜索しましたが、違法なものは密造酒ぐらいしか見つからなかった…と言うことです。

翌日、教会のミサに出席したスティーブンは、村人たちに敬意と愛情をもって迎えられ、艦には差し入れが届けられました。

スティーブン、昔の知り合いに会う

今やほとんどの手術を終え、患者は病院に入れて手が空いたスティーブンが、艦の回りを散歩していると、荷馬車に乗った男に声をかけられました。「マチュリン!マチュリンじゃないか。久しぶりだな。ダイアナに会いに来たんだな。三月の末に彼女とキツネ狩りをしたよ。いい狩りで、2匹仕留めた。一杯やっていかないか?」それはスタニスラス・ローシェという、スティーブンの昔の友人でした。

二人が入った酒場で、スティーブンはワインのグラスを上げて「神の祝福を」と言った後、唐突に懐中時計をテーブルの上に載せました。「何をしている?脈を測っているのか?」「そうだ。最近、感情を動かされることが多かったから、肉体的な影響を少なくとも数量的に把握しておきたいんだ。質的に測れないから…一分間に117だ。」「運のいい数字だ。素数だ。」「その通り。多すぎず少なすぎず、ちょうどいい数字だ。…スタニスラス、すまないがバントリーまで送ってくれないか。馬車か馬が借りられるところまで。」「それより、ドリモリーグまで送ってやるよ。バントリーは反対方向だ。」

一分に117って、ちょうどいいどころか頻脈ではないでしょうか。まあ、いきなりこんなことを言われてびっくりしている割には普通かな。しかし、ショックを受けた時、「自分の状態を把握しておきたい」と言っていきなり脈を測りだすところが、あまりにスティーブンで、開いた口がふさがりません。

スティーブン、ダイアナの住んでいる家を訪ねる

スタニスラスの荷馬車で送ってもらいながら、スティーブンは半ば呆然として、スタニスラスがダイアナと彼が参加したキツネ狩りについて長々と喋るのを、ただ黙って聞いていました。

ダイアナはずっと、この近くのビリャズ大佐のところに滞在していたのでした。ビリャズ大佐は彼女の最初の夫の伯父か何かに当たる老人で、スティーブンは会ったことがなく、昔インドに駐在していたことと、釣りが好きなことしか知りませんでした。

「ほら、ここだ。」スタニスラスは馬車を止めました。「そうだ、忘れる前に…今朝、バントリー港に行って、ベローナ号とステートリー号を見てきた。ステートリーに半旗が上がっていたから、ダフ艦長が死んだのかと思って、聞いてみたら、彼は片脚を失っただけだそうだ。半旗は、英国の王族が…王族に近い人が死んだからだそうだ。ハバッチュサル公爵が、木曜にロンドンで喉をかき切って死んでいるのを発見されたそうだ。

スティーブン、ダイアナの住んでいる家を訪ねる

「スタニスラス、僕はダイアナと長い間会っていないんだ。二人だけで会いたいから…」「いいとも、よく分かるよ。彼女も驚くだろう。」「神の祝福を、スタニスラス。」

友人が荷馬車で去ると、スティーブンはその家に近づきました。それは三階建ての大きな家で、古風なポルティコに階段が続いていました。スティーブンが階段の下まで行くと、ドアが開き、ダイアナの声がしました。「パン屋さん?」「ちがう。」「スティーブン、愛しい人、あなたなの?」

彼女は階段を駆け降り、最後の段を踏み外して、彼の腕の中に飛び込み、涙を流しました。「あなたの事を考えている時に、いつも突然現れるのね。でもスティーブン、マイディア、あなたずいぶん顔色が悪いし、痩せたのね。ちゃんと食事をもらっているの?病気だったの?休暇中なのね。ゆっくり滞在して、大佐の釣りの話を全部聞かないとだめよ。彼は昼食前には戻るわ。ああ、あなたに会えて嬉しいわ。来て、休んで−ずいぶん疲れているみたいね。私のベッドに来て。

「君のベッドでないといけないのかい?」「もちろん、私のベッドに来るのよ。そして、ずっとそこにいるの。スティーブン、もう海に行ってはだめよ。



17巻蛇足1:オフステージのサー・ジョセフ

ダイアナのセリフの余韻を台無しにしそうですが、蛇足を加えずにいられない。癖になっているのかな。

サー・ジョセフの意味不明な私信は、「ダイアナがアイルランドにいる」という知らせだったのでしょうね。それにしても、暗号を間違えるなんてサーらしくもないなあ。ダイアナの居場所がギリギリのタイミングで判明して、スティーブンがアイルランドへ向かう前に届くように一刻も早く手紙を出そうと、よっぽど焦ったのでしょうか。それとも何か、他に心乱される理由でも?

「H公爵」の死は、ある方がメールで「とてもオブライアンらしい」と書いていたのですが、私もそう思います。こういうラスボスが、こちらは何もしていないのに、他のことで忙しくしているうちに勝手に死んでくれると言うのも、それが全然関係のない人から全然関係のない四方山話の中で、さらっと告げられるというのも、オブライアン節だなあ。

H公爵の自殺の主な原因は、自分が使っていたヤクザに脅迫され、追いつめられたことにあるようです。私ははじめ、4章のサーとスティーブンの会話から邪推して、サーが手を回して謀殺させたのかと…そうであってもおかしくはないのですが、次の巻のサーの言葉では、本当に自殺であるようです。…いやでも、ホントのホントのところは分からないけどね。自殺であったとしても、彼が追い詰められた理由には、一枚噛んでいるのかもしれないし。スティーブンとジャックがアフリカ沖で奮闘している間、彼は彼でいろいろ奮闘していたのかもしれませんね。勝手な想像ですが。

私はサー・ジョセフを何だと思っているのでしょう(笑)。いやでも、諜報機関のボスだもの。敵が勝手に死んでくれるのを、ただ待っていたとは思えないのですよね。

17巻蛇足2:グランド・フィナーレ?

オブライアンには、それまでずっと一定のペースで話が進んでいたのに、最後の数ページで突然、怒涛のようにいろいろ起こって、登場人物と一緒に読者も混乱し、呆然としてしまう(いや、いい意味でね)ことがよくあるのですが…17巻もその一例でした。

何しろ、この巻ではずっと行方不明だった妻が近くにいることが突然分かると同時に、9巻ぐらいからずっとジャックとスティーブンを苦しめてきた敵(名前が出てきたのはこの巻からですが)が死んだことを突然知らされる。これが全て、最後の3ページにさくさくっと書かれているわけです。

しかし、17巻のラストが他の巻と違うのは、ここで「全てのプロットに解決がついている」ということです。敵が死んだことで、スティーブンの財産と地位は保持され、クラリッサとパディーンの恩赦も時間の問題だし、ブリジッドはスペインで元気に育っているし、ダイアナは見つかったし。一方のジャックも、ソフィーとも仲直りしたし、任務は大成功で、将来の展望も上々。

このことから、「ひょっとして、オブライアンはこのシリーズを17巻で終わらせるつもりだったのではないか?」と言う人もいます(Gunroomに)。古くからのファンには、「17巻を読み終わった時、『オブライアンはこれを最後の巻にするつもりなのか?』と思って焦った」という人もいるようです。その気持ちわかるな〜。

私はもちろん、最初から「全20巻」ということを知って読んでいたので、ここで終わりとは思わなかったのですが…でも、ダイアナの最後のセリフが気になって気になって…あわてて次を読み始めたものでした。

いつも「こんなところで終わらせるなんて、続きが気になるじゃないか〜」とか言いながら、プロットに決着がついたらついたで、やっぱりやきもきするわけで。どんな形にせよ、読者を振り回すのがうまい人です。


最後に。17巻の感想を書くにあたってたいへんお世話になったニキ リンコさん、ステキなイラストをお寄せくださったあまーのさん、そしてメールフォームでメッセージくださった方々に、もういちどお礼申し上げます。おかげさまで、今回は特に楽しかったです。ありがとうございました!