Chapter 2-1 〜 ロンドン、アッシュグローブ


雨の中に落馬して倒れているジャックを放っておいて、話はロンドンに飛んでしまうという…いつものオブライアン節(?)は健在です。

スティーブン、海軍省でサー・ジョセフと再会し、委員会で南米での活動結果を報告する

リングル号で一足早くポーツマスに入港し、そこから馬車でまっすぐロンドンに来たスティーブン。すぐにホワイトホールの海軍省へ行き、サー・ジョセフに面会を申し込みました。

サーはすぐに現れ、感激の面持ちで彼の手を両手で握り締めました。「スティーブン、会えてとても、とても嬉しい。元気だったか?」「はい、お陰様で…ディア・ジョセフ、あなたはお疲れのようですね。ちゃんと眠れていますか?食事は?」「あまり眠れないが、食事はちゃんととっている。」

おっと、再会していきなり「ファーストネームで呼び合い」攻撃ですかい。(…攻撃?)ちょっと照。(<私が照れてどうする。)スティーブン、「実は、手紙でファーストネームで呼んだのは、ちょっとしたうっかりミスだったのです」とは一生言わないでしょうね。それにしても、サーの感激ぶり、相変わらず愛らしい。

スティーブンはサーにおみやげ(汚いハンカチに包んだ昆虫)を渡しました。サーにおみやげを渡すのに、ちゃんと箱に入れるとか、せめてきれいなハンカチに包みなおすとかしないのが、スティーブンらしい。サーとの親しさを表しているというより、そんなこと考えつきもしないのではないかと思います。(でも、サーがわざわざ自分のハンカチに包み直し、汚いのはスティーブンに返しているのが可笑しいです。)

ラッピングは汚くても、中身は珍しいものだったので、サーは顔を輝かせます。が…それでも全体的に、疲れて、憂鬱そうな感じが滲み出ていました。いろいろ、ストレスの溜まることが多いようです。戦争中の国の諜報組織のトップとして、当然といえば当然のことですが…他にもいろいろ悩みがあるようで。

サー・ジョセフは、スティーブンを南米に送り出した「委員会」(11巻10章参照)を招集していました。「委員会の前に、ひとつ確認しておきたいことがある。フランスが君の祖国に再び侵攻した場合、君が複雑な立場になるなら…」「ナポレオンのフランスはアイルランドには害にしかならないと確信しています。私の立場は揺らぎません。」

ここでサーがスティーブンにこんなことを聞いた理由は…実は、ジャックのもらう予定の艦隊には、アフリカで奴隷貿易を妨害する以外に、もうひとつ秘密任務があるのです。それが、アイルランドとフランスに関わることなのですが…それは後で。「再び」侵攻する、という意味については、以前に書いたアイルランド反乱に関するページを参照されたし。

マチュリンは委員会で、今までの経緯を報告しました。サーをはじめ、メンバーはすでに大筋の結果(要するにペルーは独立しなかったこと)を知っているのですが、細かい点を把握しておく必要があったのです。

財務省代表からは、彼が持参した資金について質問がありました。「金の分配が行われる直前にウルタード将軍が手を引いたので、ほとんど使っていない。持ち運べる紙幣や債券はもちろん持ち帰って、今はリングル号でプリングズ艦長が管理している。金(きん)はリマのエージェント(ガジョンゴス)の元に残してあるので、チリで活動する際に役立てられる」という彼の報告を聞いて、委員会は満足しました。

スティーブン、グレープス亭でミセス・ブロードに再会する

委員会が散会した後、スティーブンはグレープス亭に行き、ミセス・ブロードにサラとエミリーのことを話しました。

二人を連れてくることになった経緯を話すと、ミセス・ブロードは涙を流しました。「きっとここに馴染めると思います。このサボイ自由区には、あらゆる肌の色がありますから…黒も、黄色、灰色、茶色…ないのは青ぐらいです。…まあ、私は礼儀知らずですね、奥様とブリジッドお嬢ちゃんはお元気ですか?」「まだ会っていないのです。しかし、明日には行くつもりです。」

ミセス・ブロードはいい人だなあ。サラとエミリーにも行き場所が確保できて一安心。でも、もし二人が男の子だったら、当然のように船乗りになって、スティーブンにくっついて回れたのだろうなあ。当時の女の子は、いろいろ大変です。

スティーブン、ブラックス(クラブ)でサー・ジョセフと食事する

その夜、スティーブンはサー・ジョセフと待ち合わせてクラブで食事しました。

ここで、スティーブンがクラブに入って来たとき、サー・ジョセフは暖炉に背を向けて立って「上着のすそを腕にかけてお尻を温めている」のですよね。…いや、特にヘンなことではないのですが、想像するとなんとなくオッサンくさい格好だと思ったので、印象に残っています(笑)。なんでだろ?スティーブンが同じことをしても、そういうふうには思わないのに…

また、この章でサー・ジョセフの表現として初めて(<たぶん)"portly"(恰幅のよい、太った)という言葉が出てきたり、スティーブンと話しながらほとんど無意識にプチフールを6個たいらげてしまったり…11〜12巻に続いて、またちょっとイメージが崩れて変わってきたサーです。

食事の席で、スティーブンはサーにサラとエミリーのことを話しました。

「二人には家事を覚えてほしいけど、召使にするつもりはありません。もし二人が結婚することを選ぶなら、しかるべき持参金をつけますが…できればカトリックの、腕のいい職人か薬剤師か外科医と結婚して欲しい。…船乗りは駄目です。何年も妻を放っておくから…」スティーブン、自分のことを考えているのね。ダイアナと会うことがよっぽど心配らしい。

「まったくその通りだ。船乗りは結婚すべきじゃない…しかし、それを言うなら、どんな男でも同じかもしれない。人類は滅びた方世界のためだ思うことさえある…」サーはサーで、彼自身の憂鬱な考えに陥っているようでした。かみ合っているような、いないような二人の会話。

「失礼、君は結婚しているのだったな。君はまだ奥方に会っていないし、最近の消息も聞いていないのだね?ミセス・オークスのことも?」「そうです。」二人は機密性の高い話をするため、人気のない書斎に場所を移しました。

サーの話によると、クラリッサは無事にサーと面会し、彼女のお陰でレイとレッドワードの黒幕がつきとめられたそうです。大陸の、現在はナポレオンが占領している地域に領地を持っている公爵で、名はHabachtsthal公爵。彼は高貴も高貴、ほとんど王族の一員と言ってもいい人で、確かな証拠なしに公に糾弾できる相手ではない。陸軍に名誉職を持っていて、国防委員会にも出席できる…

「…しかし、ホワイトホールなりのやり方で、間接的に脅すことはできる。とりあえず、ずっと敵に流れていた情報は遮断された。が、彼の影響力自体はまだ健在だ。彼はレッドワードに…レイにさえ愛着を感じていたらしく、君と私に復讐を考えているかもしれない。長く諜報活動にかかわり過ぎた私の被害妄想かもしれないが…

「君の頼みでパディーンとクラリッサの恩赦をとりつけようとしたのだが、普通なら簡単に行くはずなのに(クラリッサは海軍軍人の未亡人だし、君の影響力を考えればパディーンの恩赦ぐらい簡単なはずだ)、思わぬ抵抗に遭っている。とりあえず、二人が英国にいても拘留される危険はないが、正式な恩赦となると…これが彼の影響力のせいだという証拠はないのだが。」

「Habachtsthal」というのは、ハノーバーの方の地名らしいのですが…オランダ語?ドイツ語?…よ、読めん(汗)。(そういえば、当時のイギリス王家はハノーバー朝だっけ。)「ハバッチュサル」かなあ。自信ないので、今後は「H公爵」と呼ばせていただきます。すみません…

ジャック、アッシュグローブで寝込んでいる

さて、落馬したままほったらかしになっていたジャックですが…本当にほったらかされていたわけではなく(笑)、ちゃんと救出されて、ソフィーたちも知らせを受けて、大急ぎでアッシュグローブに帰って来てるのでご安心を。そういう場面はすっ飛ばして、次の登場ではすでに寝かされているのが、またオブライアンらしいですけどね。

ジャックが脳震盪で寝込んでいる上に、子供たちは三人揃ってハシカになり、アッシュグローブは大騒ぎ。

ソフィーと子供たちが帰って来たのはいいのですが、余計なことにミセス・ウィリアムズまで帰って来ています。しかもこのオバハン、しばらく見ないうちに性格の悪さに拍車がかかっているようで…

ソフィーとジャックの医者が「病人を心配させてはいけない」と止めたのにもかかわらず、ジャックに「ダイアナのひどい不品行」をいそいそとチクりに来た彼女。「もうすぐドクターが来るので、オーブリー艦長から彼にやさしく話してもらう」という口実で…

寝込んでいて逃げようのないジャックに、「あのばかな子供」が生まれてからのダイアナの派手な遊び方、特に男の噂について、べらべらとまくし立てるウィリアムズ夫人。ジャックが、「そんな話をドクターに告げる気はまったくない」と言うと、「それなら私から言います。」

「彼にこの話題を一言でも口にしたら、一時間以内に私の家から出て行ってもらいます。」ジャックはきっぱりと宣言しました。(いいぞジャック!)

ダイアナの男の噂については、ジャックはほとんど信じていないし、二人の結婚生活はこんなことでは駄目にならないだろうと信じていますが…あれほど楽しみにしていた娘については、彼がショックを受けるのではないかと思うと、心が痛むのでした。

スティーブン、ジャックを訪問する

ジャックが幸福と心配の混じった考えに沈んでいると、馬車の停まる音がして、スティーブンが部屋に入ってきました。

「かわいそうに、ジャック。耳と目は痛んでいないか?話をしても大丈夫か?」「大丈夫だ。頭は打ったが、心は弾んでいるよ。港湾司令官から素晴らしい知らせがあって…でもその前に、君の旅はどうだった?」「順調だったよ、ありがとう。シェルマーストンに寄ってサラとエミリーを連れてきた。トムも一緒だ。これからバーラム・ダウンズでダイアナに会って、女の子たちをグレープス亭へ連れて行くつもりだ。」

「港湾司令官の知らせについて聞きたいかい?」「もちろん。」「おれの艦隊のことだ。74門のベローナ号が旗艦になる。旗艦艦長にはトムを指名した。他に戦列艦1隻、フリゲート3隻、スループが5〜6隻…驚いただろう?おれは驚いた。あまりに素晴らしくて、現実とは思えなかったよ。」

「心からお祝いを言うよ、マイディア。」「君も来てくれるよな?奴隷貿易を止める任務だ。」「喜んで。でも今はとりあえず、君の子供たちを診察して、暗くなるまでにバーラムへ行かないと。」

それを聞いて、ジャックの心はたちまち暗くなりました。「ソフィーはもう長いことダイアナに会っていないそうだ。ダイアナとウィリアムズ夫人の間に諍いがあったらしい。もし彼女が家にいなくても、がっかりするなよ。帰ることは知らせていなかったのだから。」

スティーブンはにっこりして、「数日中にダイアナと二人で会いに来るよ。」

プリングズ、喜びに舞い踊る

部屋を出ると、トム・プリングズが満面の笑みを浮かべ、なんだかよくわからない身振り手振りをしながら、ぴょんぴょん飛び跳ねていました。

「艦長に会っていいですか?」「ああ。声は小さく、興奮させないように。」「艦長はベローナを旗艦にして、旗艦艦長に僕を指名してくれたんです!おかげで勅任艦長に昇進しました!ポスト・キャプテンです!もう一生だめかと思っていました。

「おめでとう。この分なら私は、君が提督旗を翻すのを生きて祝うことができるだろうな。」「ありがとうございます!そんなに洒落た、素敵なお祝いの言葉をもらったのは初めてですよ。」

スティーブンの家庭問題は心配ですが、とりあえず…トーマス・プリングズ君、勅任艦長昇進おめでとう!

海尉昇進で飛び跳ね(2巻)、海尉艦長昇進で酔いつぶれ(9巻)、勅任艦長昇進で舞い踊る人生(笑)。彼はかわいいです。その全てをスティーブンは目撃したわけですね。提督に昇進した時のダンスも目撃できるといいね。

ミセス・ウィリアムズ、スティーブンに嫌がらせを言う

スティーブンがソフィーに挨拶し、子供たちを診察した後に居間に戻ると、そこにいたのはミセス・ウィリアムズだけでした。

「サラとエミリーはどこへ行きました?」「黒ん坊の子たちですか?分をわきまえるように言って、台所へ下がらせました。レディに対する挨拶のしかたも知らない、礼儀知らずな子たちです。」「ずっと船に乗っていましたから。船にあまりレディはいませんでしたから、挨拶のしかたを知らないのは当然でしょう。」「あなたの持ち物ですの?英国では奴隷を持つことは許されていませんのよ。あなたは外国人ですから、我々の自由を愛する心は理解できないでしょうけど…払ったお金を無駄にしましたわね。」

ミセス・ウィリアムズは以前は一文なしで、娘婿に頼って生きていたのですが、どうやらダイアナのアドバイスと出資で、ミセス・モリスという友だちと二人で、上流婦人たちに馬券の取次ぎをする「素人ノミ屋」のような商売を始めたらしく、今はかなり羽振りがよくなっているようです。

そのせいで、前からの嫌な性格に磨きがかかっている…どころか、以前にはなかった、本気で嫌なところが出てきているような。以前は「憎めない俗物」って感じだったのですが、この巻のミセス・ウィリアムズには、マジでムカムカすることがあって。「すぐに追い出す」という言葉をジャックが実行してくれれば、と思いますが、そうするとソフィーがかわいそうだしなあ…

スティーブンは賢明にも、まるで相手にせず、クールに礼儀正しく挨拶してアッシュグローブを辞し、家族の待つバーラム・ダウンズへ向うのですが…