Chapter 8 〜 シエラレオネ


以前に17巻が「濃い」と書いたのは、楽しいネタ(ブリジッドの可愛さ、リード君の成長、夫婦喧嘩etc.)がたくさんあるのと同時に、考えさせられるネタが幅広く揃っているからでもありました。いや、「考えさせられる」というより、つい考えが広がってしまうというか。広がりすぎて収拾がつかなくなるというか(笑)。そのネタ元のひとつが、もちろんブリジッドちゃんのことなのですが、この奴隷船の話も、それに劣らず「考え出すとキリがない」ネタです。

で。ここで、ちょっと本筋からそれるし、退屈な話になるかもしれませんが、考えたことをちょっぴり吐き出しておこうと思います。

18〜19世紀ぐらいの奴隷船というと、映画とか昔のテレビドラマ(名作「ルーツ」など)で見たことはあったのですが、こうして文章で読むと、改めて考えさせられます。「牛馬のように」売られる、とはよく使われる表現ですが、牛や馬を売る時だって、「詰め込めるだけ詰め込んで3分の1は死んでもいい」なんていう運び方はしませんよねえ。ひどいとか、人道にもとるとかいう言葉では、とても言い尽くせない。

しかし、人道的な扱いをすればそれでいいという問題ではなくて、そもそも奴隷貿易自体がイカンのですけど。

しかし、こういう意見もあります。「奴隷船を拿捕して奴隷を解放したとしても、内陸にあるそれぞれの村まで戻してやることはできないので、結局、シエラレオネに解放するだけだ。同じアフリカというだけで、彼らにとっては言葉も通じない異郷に放り出されることになる。それだったら、奴隷船で中南米まで運ばれて売られた方が幸せではないのか。買い手は、少なくとも払った金をムダにしないために、彼らの面倒をみるだろうから。」これは、「隠れ奴隷制擁護論者」であるトーマス艦長の主張なのですけど…

たしかに、奴隷船から解放された黒人たちのことだけを考えると、一概には否定できないし、「人道的」なようでもある理屈です。またヒューエル君が言っていたように、「英国が奴隷貿易を禁止したために奴隷の価格が高騰して、かえってオイシイ商売になってしまった」ということもあります。(これはなんだか、現代の麻薬取引みたいですが。)

それでもやっぱり、ここでジャックとスティーブンがやっている仕事というのは良いことであり、重要なことだと思います。黒人たちを異郷に放り出すという悲劇を避けるためには、やはり最初から拉致させないようにすべきで、それには奴隷貿易を少しでも「儲かる可能性もあるけど、リスクが大きすぎて割に合わない商売」に近づけるしかないからです。

なんだか、200年前の社会問題を現代のことのように書いていますが、それはこの問題が現代に繋がっているような気がするからです。というのは「アフリカが現代に至るまでこれほど貧しいのは、この時代の奴隷貿易が影響を残しているせいだ」というのをどこかで読んだのですよね。考えてみれば、それももっともな話かな〜と思って。

19世紀って、世界の経済の仕組みとか、あり方が、大きく変化した時代です。その時代に、変化への適応力や体力にすぐれた若い男女ばかり何万人単位で拉致されたのでは、変化の波にとりのこされるのも無理はない。「奴隷制」というのは有史以来ずっとあったわけですが、奴隷貿易が産業としてこれほど大掛かりに、システマティックに能率的に行われていたのはこの時代だけじゃないかと思うし、それに(そもそも奴隷制がよくないということに加えて)ある土地を占領して住民を奴隷にするのと、かっさらって別の大陸で働かせるのとでは、大きな違いがありそうです。

まあ、現代アフリカの諸問題の原因が奴隷貿易だけって事はないだろうけど、悪循環の大元のひとつにはなっていそうです。こんなことを考えるのは、最近「ホテル・ルワンダ」「ナイロビの蜂」など、アフリカの問題をテーマにした映画を続けて観たせいかもしれないんですが…全ては繋がっているのかなあ、とか思います。

つながっている。そう考えると、これからジャックがする「示威行動」にも、よけいに声援を送りたくなるのです。

艦隊、アフリカ西岸の英国領シエラレオネに到着。ナンシー号を的に砲撃訓練する

上に書いたように、当時の英国領シエラレオネは、拿捕奴隷船から解放されたアフリカ人たちを定住させるプログラムに使われていたところでした。そういうわけで、シエラレオネの首都は「フリータウン(自由の町)」という名前になりました。当時のシエラレオネ総督は海軍のジェームズ・ウッド艦長、ジャックの古い友人です。

シエラレオネについては下のリンクを。特に「歴史」の、1772年〜1813年までを読んで下さい。
ウィキペディア シエラレオネ

ある暗い夕暮れ。旗艦ベローナ号とその艦隊は、ゆっくりとフリータウン沖に近づいていました。

湾には、先に回航されて来ていた奴隷船のナンシー号が停泊しており、ジャックからウッド総督への伝言により、数隻のパウダー・ホイ(火薬補給船)が艦隊を迎えました。大規模な艦隊の来訪に、フリータウンには野次馬が集まって、何人かは望遠鏡を向けています。

彼らの度肝を抜いたのは、その後に始まった砲撃訓練でした。ナンシー号を標的に、戦列艦二隻、フリゲート二隻、その他四隻が、順番に舷側砲を浴びせます。その光は夕闇を染め、轟音はフリータウンの街じゅうに響き渡り、街の背後の丘にこだましました。いつもより撃ちがいのある標的に思い切りぶちこんでストレス解消した水兵たちが、満足して砲を固定した時には、奴隷船は跡形もなく消いえていました。

街中の住民が、あっけにとられてこの壮大なショーを眺めていました。その後広がった街の噂は、「奴隷船の船員たちがマスト縛りつけられていて、船と一緒に吹っ飛ばされた、望遠鏡で確かに見た」というものでした。さすがにそんなことはしてないのですが。(してもよかったと個人的には思うけど。)艦隊もあえてその噂を否定しないのでした。あ、ちなみに奴隷船の場合、バラバラにしてしまってもちゃんと拿捕賞金は出ますのでご安心を。

奴隷貿易監視艦隊の到着を、この上なく華々しくデモンストレーションしたジャック。しかし、彼はスティーブンに「シエラレオネの住民を、明日にはもっと驚かせる」と宣言します。「ウィルバーフォースとマコーレー(奴隷制廃止活動家。上記「シエラレオネ」のリンクを参照)が、手を叩いてスキップして回るぐらいのことをやってやる。」

ジャックはついこの間まで、奴隷制に対しては賛成と言うわけではないけど特に反対でもない…というかあまり深く考えたことがない様子で、スティーブンも「彼と私の意見が大きく分かれる唯一の点」と言っていたのですが…実際の奴隷船を目撃したことで、考えが変わったかな?

ジャックって、理論より実体験に動かされるタイプだと思います。「そうすべきだ」と考えているわけじゃなくて、本能的にね。

ジャック、ヒューエルたちに奴隷船を急襲させる

ジャックは艦隊中の大型艇(ランチとかカッターとか)を集め、ヒューエル海尉をリーダーに、地元のクルー族(※)を案内係に雇って襲撃部隊を編成しました。フリータウンに近い沿岸や河口、または川を少しさかのぼったところで「荷積み」作業をしていた奴隷船たちは、まだ艦隊の到着を知らず、まったく警戒していませんでした。斬り込んだヒューエルたちは楽々と、1日でスクーナー5隻、ブリッグ2隻、シップ型中型船1隻を拿捕し、意気揚揚とフリータウンに凱旋しました。

この赫赫たる戦果は、フリータウンの人々の大歓声を浴びました。奴隷貿易に関わっている少数の人々は青く(または灰色や黄色に)なりましたが、奴隷解放活動家はもちろん大喜びですし、どちらでもない大多数の人々は、艦隊の乗員達が得る拿捕賞金−彼らが港で遊びまくって、落としていってくれるはずの金のことを思って喜んでいました。(船の拿捕賞金だけでなく、シエラレオネでは解放した黒人の頭数で賞金が出るからです。)特に、酒場や売春宿の関係者たちは。

※クルー族(Kroomen):アフリカの部族のひとつで、優れた船乗りが多いことで有名らしい。

スティーブン、乗員たちの夜間上陸を禁止する

もちろん船乗りたちとて、その期待に応えたい気持ちはやまやまで、上陸休暇に恋焦がれていますが…その日の夕方、上陸用の一張羅に着替えた水兵たちに届けられた命令はショッキングなものでした。「ドクターの命令により、夜の上陸は一切禁止」という命令だったので。

街の裏手にある沼から出る瘴気が、日が落ちた後はひどくなるので、彼らの健康を考えての措置だったのですが…みんなはそんなこと知らないので(いや、知っていたとしても多分)、「地獄に落ちろ、ドクター」「呪われろ、ドクター」という呪詛が、艦隊中に充満するのでした。

夜間の「瘴気」によって病気になる、というのは現代では否定されている迷信なのですが…さすがのドクターも、当時の常識から自由ではないのね。(それに、夜にうろついていると実際に病気を媒介する蚊にさされやすいから、同じことかも。)

スティーブン、フリータウンに上陸する

スティーブンは案内係として、ジョン・スクエアと呼ばれるクルー族の男をヒューエルに紹介してもらいました。スクエアはこのあたりの動物をよく知っていて英語も堪能、過去にもヨーロッパの博物学者を案内したことがあるそうです。スティーブンを残念がらせたことに、彼が案内した博物学者たちは、黄熱病にかかったりフランス軍の攻撃で研究成果を燃やされてしまったりで、みんな本を出さずに亡くなったそうですが。

スティーブンはまず、現地連絡員(諜報員)とコンタクトをとるためにマーケットへ向かいました。フリータウンにはアフリカのさまざまな地方から拉致され、英国が拿捕した奴隷船からここへ解放されたアフリカ人たちが集まっていました。アメリカ独立戦争で英国側について戦い、カナダ経由でここに来た元奴隷たちもいるそうです。なので、カラフルなマーケットに溢れる人々は、その顔色も漆黒から薄い茶色までさまざまでした。彼らにまじって、少数のアラブ人、ヨーロッパ人もいて、ワールドカップのように国際色豊か。スティーブンの連絡員はギリシア系ユダヤ人の両替商でした。

連絡員からサー・ジョセフの手紙を受け取って艦に戻るスティーブン。昼間の上陸を許されて港へ向かう水兵たちのボートとすれ違うと、彼らは嬉しさのあまり昨夜の恨みはあっさり忘れたのか、ニコニコとドクターに挨拶しました。

その午後、シックバースでの仕事を済ませたスティーブンは、これから沼を観察に行く、と宣言しました。「マイ・ディア・ドクター、」ジャックが彼に言いました。「もうすぐ日が落ちる。艦隊のみんなに夜間上陸を禁止しておきながら、自分が上陸するつもりかい?そんなことを許可するわけにはいかない。そんなことをしたら、艦隊で一番の嫌われ者になってしまうよ。」

スティーブンは大いに不満そうでしたが、これには反論できず、渋々折れました。「まあいい、明日がある。」「残念ながら、明日はないんだ。艦隊の噂が広まらないうちに、時間を無駄にせずに動かないと。夜明けの潮で出航する。ウッドによれば、フィリップ・アイランドに荷積み中の奴隷船がいるそうだ。」

ステートリー号とテームズ号の士官、喧嘩する

艦隊がフィリップ・アイランドに向かう途中のある日曜日、ベローナ号でディナーが行われました。このディナーはベローナ号のワードルーム(戦列艦の士官たちのこと。フリゲート以下の艦なら「ガンルーム」)の主催で、客は各艦の艦長以外の士官たち。プリングズは客として出席していましたが、ジャックは出席していませんでした。

ディナーの終わり頃、「陸地が見えた」という見張りの声に、プリングズ艦長は席を立ちました。残された士官たちの会話は、上官がいなくなったことと、そこまでに相当お酒が入っていたこともあって、ざっくばらんなものになり、この艦隊の場合には危険な話題も出ています−つまり、同性愛の話題。

士官たちの中には寛容な人もいましたが、それは少数派で、ほとんどの士官は(嫌悪感の激しさには差があるものの)同性愛に対して否定的でした。特にテームズ号の二等海尉は辛辣で、彼らはではない、規律は守らないし、戦闘の時には逃げ隠れする、と主張しました。

スティーブンが「この話の流れでは、アキレスとパトロクルスの例を出して反論してもムダだな」などと考えながら黙って聞いていると、酒の勢いか、前から腹に据えかねていたのか、テームズの海尉の話は、ますますヤバイ方向に向かうのでした。「もし私が同じ趣味を持っていたとしても、連中の『お仲間』が指揮を執っている艦で戦うのはごめんですね。たとえ、どんなに風格のある(ステートリー)艦でも。」

「それが私の艦に対する侮辱のつもりなら、すぐに撤回していただきたい。」ステートリー号の海兵隊長が、色をなして抗議しましたが、テームズの海尉は「あなたがステートリー号の方とは知りませんでした。」と言っただけで、謝罪はしませんでした。今にも決闘になりそうな二人を他の士官たちがあわてて引き離し、二人はとりあえず自艦に戻るのですが…

ステートリーのダフさんのおかげで(?)この巻ではこの話題が良く出てくるのですが、スティーブンがそのたびに必ずアキレスとパトロクルスのことを考えているのがおかしい。やっぱり代表格(?)なんでしょうかね。私の場合、他ではよく知らないので、映画「トロイ」の二人の顔が浮かんでしまいますが。

艦隊、フィリップ・アイランドに着く。スティーブン上陸する

艦隊はフィリップ・アイランドに到着しますが、奴隷船はまだ到着していないようでした。ジャックは奴隷船を警戒させないように、スクーナーやブリッグなどの小型艦だけを沿岸に残し、信号旗を中継する中型艦を間に配して、戦列艦二隻とテームズ号は沖に引き上げることにしました。

陸を目の前にしながら、ベローナ号が沖に引き上げると聞いて心からがっかりするスティーブン。さすがに哀れを催したのか、ジャックは彼に、二日間だけ上陸していい、と許可を出しました。

「でもスティーブン、瘴気にはくれぐれも気をつけてくれよ。夜は家に入って、空気のいい昼の間だけ出歩くようにしてくれ。」「心配してくれてありがとう、マイディア。でも、熱病を起こすのはフリータウンの沼のような澱んだ水だけだ。ここのは川だし、その川岸を歩くだけだから、瘴気の心配はないよ。」

スティーブンはスクエア(スティーブンの頼みで、ベローナ号の臨時上級水兵としてついて来ている)と一緒に、嬉々として上陸するのですが…