Chapter 10-1〜鳥とアザラシの島


荒涼島は無人島だが、処女地ではなかった。旗竿の下に、アメリカ船がここに来たことを示す手紙があった。畑もあり、腐りかけたキャベツが植わっていた。スティーブンは壊血病対策として、キャベツを食事に混ぜこんで強制的に食べさせた。

船艙を空にして穴を探す作業と、舵板を取り付ける作業が始まった。アザラシとペンギンの群に邪魔をされながら、作業は進んだ。ペンギンは興味深そうに荷おろし作業を眺め、水兵の脚にまとわりついて転ばせた。艦長の命令により、上陸地点付近で動物を殺すことは禁じられていたが、他の場所では、水兵たちは警戒心のない動物を殺しまくっていた。スティーブンは必要以上は殺さないように説得したが、彼自身標本を集めたり解剖したりしていたので、あまり説得力がなかった。食糧を集めるためには必要な殺戮なのはわかっていたが、スティーブンは見ていられなかった。スティーブンは、湾の中の小島を彼以外立ち入り禁止にしてもらい、昼間はほとんどそこで過ごしていた。

その島はかなりの広さがあった。今は繁殖期なので、あらゆる種類の鳥の巣が埋め尽くし、一番高いところにはアルバトロスの巣があった。アザラシも群れていた。スティーブンはその島を「地上の楽園」と呼び、毎日毎日歩き回って、ほとんどの鳥やアザラシと顔なじみになった。

水兵たちは彼に小さなボートを作ってくれた。しかし、一度ボートをひっくり返して溺れかけ、バビントンの犬に助けられるという事件があってから、彼は独りで島に行くのを禁止された。お供にはたいていヘラパスがついてきた。ヘラパスが鳥に近づくと、警戒されて攻撃されることが多かった。(鳥はスティーブンは全く警戒していないのに。)彼は巣に近寄りたがらず、スティーブンが観察に歩き回る間、ボートのそばで釣りをしていた。


この島でスティーブンが観察した動物、アザラシ(sea-leopard)、ゾウアザラシ(sea-elephant)、アシカ(otary)、ケープペンギン(cape penguin)、オオアホウドリ(great albatross)、トウゾクカモメ(skua)、オオフルマカモメ(giant petrel)、ミズナギドリ(petrel)、アジサシ(tern)、ヨーロッパヒメウ(shag)。マカロニペンギンやイワトビペンギンなんかもこのへんに分布しているようですが、この島にもいたのかなあ。ペンギンに囲まれたドクターの姿が目に浮かびます。

この島を名づけたのがスティーブンなら、「荒涼」なんて名前は付けなかったでしょうね。しかし…ペンギンとかアザラシの肉って美味しいのかなあ。むちゃくちゃ脂っこそうだ。

スティーブンが島の高台でアルバトロスが飛び立つのを眺めていると、ジャックがボートで近づいてくるのが見えた。1日四食アザラシとペンギンの肉を食べて体重の増えたジャックは、息を切らせながら坂を上って来た。朝食用の卵を取りに来たのだ。「こんな貴重な卵を割るなんて…」とスティーブンは渋ったが、ジャックは「卵を割らなきゃオムレツはできないだろ」と言って笑った。しかし、スティーブンは彼が何か悩んでいる様子なのに気づいた。今まで、この島の動物に夢中になるあまり気づかなかったのだ。「どうしたんだ、兄弟?また艦に穴が開いたのか?」「いや、穴はもうちゃんと直した。問題は舵板の方なんだ。」

ジャックは説明した−艦尾材がひどく壊れていて、舵板を船体に固定するには、新たに留め金具と長い軸棒を鍛造するしかないことがわかった。しかし、鍛冶炉も石炭も金床もない。艦を軽くするために、鍛冶の道具は全て海に捨ててしまっていたのだ。艦に舵板がつけられなければ、この島を出てゆく方法はない。「いざとなったらボートを作って、バビントンに優秀な水兵たちをつけて助けを呼びに行かせる。グラントたちの二倍の距離を行くことになるが…ボートを作るには時間がかかるし、その時はここで冬を越すしかないな。」スティーブンの深刻な顔を見て、ジャックは言った。「ちょっと愚痴ってみたかっただけだよ。みんなの前では自信満々にしてなくちゃならないし…まだ手はあるから、そう心配するな。」

数週間が経った。アザラシの油を石炭の代用にして鉄を熱する努力が続けられたが、成功しなかった。ボート建造の計画も進められていた。彼らはアザラシと鳥の肉を樽詰めにして冬に備えたが、この極寒の地で、果たして本当に冬を越すことができるのだろうか?


グラントのボートが行った後しばらくしてクリスマスでしたから、これは2月ごろのことだと思います。南半球だから、真夏ですね。真夏でこんなに寒いのに、冬を越すことなんかできるんでしょうか。

ある日のこと、スティーブンとヘラパスは「楽園」にいた。ヘラパスはうっかりボートを流されてしまった。日が暮れかけ、2人が助けを待っていると、ボートがやって来た。が、それはレパード号のボートではなかった。ボートに続いて、見知らぬブリック型船が湾に入って来た。

ボートは2人を岸まで送ってくれた。それはアメリカの捕鯨船、ラ・ファイアット号のボートだった。彼らは二年半の操業の末、故郷に帰る途中で、以前ここに植えたキャベツを取りに来たのだ。

ジャックは捕鯨船のパトナム船長を朝食に招待した。パトナムは岸まで来てジャックとコーヒーを飲んだが、態度は固かった。彼はレパード号に足を踏み入れるのも、逆に艦長が捕鯨船に来るのも拒否した。彼の従兄弟が、かつて例のチェサピーク号に乗っており、レパード号に襲われた時に殺されたのだ。「その時は、あなたが艦長だったわけではありませんが…本音を言えば、レパード号には海の底に沈んでいて欲しいと思いますよ。」パトナムはジャックに言った。


レパード号とチェサピーク号の因縁については第4章を参照。やっぱり呪われているのかレパード号。呪われているのはこの事件のせいか。

捕鯨船には病人が多いようだった。彼らの船医はずっと前に事故死した上、長い操業で薬がつきていたのだ。船長のパトナムも頬を腫らしていて、時々苦痛に顔をしかめた。「あなたがたがボートで救出してくれたのは、英国海軍でも最高の軍医と、そのアメリカ人の助手ですよ」とジャックは言った。

ジャックはジレンマに陥っていた。捕鯨船は間違いなく鍛冶炉と石炭を持っている。1日それを借りることさえ出来れば、レパード号は苦境から救われる。一方、スティーブンは彼らの病気を診てやることが出来るだろう。しかし、パトナム船長をはじめとするアメリカ人たちは、レパード号にあからさまな敵意を抱いている。炉を貸してくれと頼んでも、医者の助けを申し出ても、間違いなく断られるだろう。

レパード号乗員の中には、斬り込んで拿捕すべきだという意見もあった。どちらの船も故郷を離れて長く、彼らに知るすべはないが、もう英米は開戦しているかもしれないのだ。もしそうなら、捕鯨船は正当な拿捕船だ。しかし、もしそうでないなら−その行為そのものが戦争を引き起こしかねない。


それにしても…自分たちが戦争をやっているのかどうかもわからないというのも酷い状況ですな。このシリーズを読んでてよく感じることなんですが…どんな情報も本国へ届くには半年はかかる、なんて状態で、よく(本国の政治的判断に従って)戦争なんかやっられるな…と。地球の裏側の出来事が0.5秒後にはわかる世界に住んでいる人間からすると、なんか不思議です。