Chapter 10-2〜アメリカ捕鯨船


ジャックはスティーブンに相談した。スティーブンは、まずアメリカ人であるヘラパスを派遣して様子を探ってはどうか、と提案した。「ヘラパスが戻らなかったらどうする?彼はアメリカ市民だから、アメリカ船に足を踏み入れたら、我々は手を出せない」ジャックが言った。「彼は名誉を重んじる人間だ。必ず戻ってくる」−そう、ミセス・ウォーガンがこちらにいる限り、ヘラパスは戻るだろう。

ヘラパスは捕鯨船を訪ね、戻って報告した−「怪我や病気で苦しんでいる乗員が沢山います。船医として一緒に来てくれと誘われましたが、僕には手に負えない症例も多くて…残念ながら、英国への敵意は激しく、英国人は絶対に船に入れないと言っています。でも、ドクターは歓迎されるでしょう。あなたはアイルランド人で、独立主義者だと言いましたから。報酬はいくらでも出すそうです」「報酬を受けつもりはない。炉を借りたいだけだ。まったく、馬鹿げた状況だ…一言頼みさえすれば、お互いを救うことができるのに、そうしないでいがみ合っている」スティーブンは言った。

スティーブンは器具と薬を持ち、ヘラパスと共に捕鯨船に行った。彼は病人たちを次々に診察し、手当てし、必要な者には手術を施した。彼はヘラパスに、患者たちの今後の手当てについて説明した−まるで、ヘラパスが彼らについて行くことを前提としているように。彼は捕鯨船が英国人を入れたがらない理由を察した。乗員の多くは英国海軍からの脱走兵だったのだ。彼は日が暮れるまで働き続けた。船長は「明日、鍛冶炉と石炭と道具一式を海岸に上げる」と約束した。


レパードは捕鯨船に薬を分けてあげます。レパードはレシフェで薬を積み込んだけど、その後人数が激減してしまったので余っているのですね。レパード号は鍛冶道具がなくて、捕鯨船は薬と医者がなくて困っているわけですが…軍艦でも捕鯨船でも、1年も2年も航海する船の場合、航海中困らないようにいろんな物や、いろんな技術を持った人を乗せているわけですね。でも、スペースに限りがあるから、それは「航海が何事もなく順調に進んだ場合に困らない」範囲でしかなく、例えば疫病が起こったり氷山にぶつかったりしたら、たちまち困ることになる。つくづく、このころの航海って大変。てか、大変だからこそ、冒険小説になるのですが。

スティーブンもまた、ジレンマに陥っていた。彼はミセス・ウォーガンとヘラパスが捕鯨船で故国へ逃亡することを望んでいた。そうすれば、例の偽書類は彼女からフランスに渡るだろう。あの書類は、彼女には何の害もないが、ナポレオンの諜報網へは壊滅的な打撃をもたらす。しかし−彼があからさまに2人を逃がしたら、書類の信用性が失われてしまう。ジャックに協力を頼んでもいいが、彼は演技が下手だから、やりすぎて彼女に疑われるだろう。ヘラパスは当然、ウォーガンを逃がしたがっている。しかし、艦長への恩義の気持ちが彼を押しとどめている。どうしたものか…

翌朝、海岸に鍛冶炉が届けられた。ジャックたちは大喜びで金具を作る作業に入った。スティーブンはヘラパスを連れて再び捕鯨船を訪れ、暖かい歓迎を受けた。彼は船長の虫歯を抜き、他の患者たちの手当てをした。船長はドクターの腕を賞賛し、感謝の印にラッコの毛皮や鯨の歯をくれた。スティーブンは船長に、患者たちの今後の治療方法を説明した。彼が「あなたがたには船医がいないから心配だ」と言うと、船長たちは困ったように目を伏せた。レパード号に帰るボートの中で、ヘラパスは思いつめた顔で「ドクターに相談がある」と言うが、スティーブンは巧みに話をそらせた。


ラッコの毛皮って、温かそうです。実際、ミンクより保温性が高いそうな。この島にいるアザラシの毛皮より高級品だったようです。ラッコもやはり一時、毛皮目的に乱獲されていたようですけど。

スティーブンはミセス・ウォーガンが住んでいる小屋を訪ね、生まれてくる赤ん坊にと、ラッコの毛皮を贈った。彼女は喜んだ。「ご親切にありがとう。でも、贈りたいご婦人がいらっしゃるのでは…?」「残念ながら、いないのです。容姿にも家柄にも金にも恵まれていない上に、高望みしすぎるので…恋愛には運がないのです。」「ボルチモアにいらっしゃるべきだわ。立派なカトリックの女性が沢山いますわよ。…まあ、何を言っているのかしら。私たちはオーストラリアへ行くのに」彼女は黙り込んだ。

彼が「捕鯨船は今夜の潮で出航するようです」と言うと、彼女は潮について聞きたがった。彼は詳しく説明し、そのついでのように、「出航前にヘラパスが診察に行くことになっている−彼1人で。今日は僕はとても疲れているので」と言った。


ミセス・ウォーガンはボルチモアの出身なのですね。かのエドガー・アラン・ポーがボルチモアに住んでいたのは、この時よりすこし後。

このへんで気になったのは、スティーブンが日記に書いていた言葉:「ヘラパスが彼の若さを、憧れと裏切られた希望とで使い果たしてしまわなければいいが−私がそうだったように。」…うーん、ドクター、若い頃何があったんですか?(ちょっとだけ想像はつきますが。)

スティーブンはジャックに、ヘラパスが今夜1人で捕鯨船に行くことを伝えた。「僕は例の島に行く。望遠鏡を貸してくれないか?」ジャックに事情を説明したものかどうか、彼が迷っていると、意外にも、ジャックはこう言った−「ヘラパスは独りで行くんだな。今夜は、女たちの他は、岸には誰もいないはずだ。舵板をつける作業をするから、全員艦に集まるんだ。…ほら、気をつけて使ってくれよ」彼はスティーブンに、今まで決して貸してくれなかった、一番上等の望遠鏡を渡した。

スティーブンはボンデンに送ってもらって島に着いた。彼は高台に座って望遠鏡を構え、岸を見守った。水兵たちは筏で艦に戻っていた。大きな荷物を抱えたヘラパスがあわられた。彼はひどく悩んでいる様子だった。彼はミセス・ウォーガンの小屋に入った。スティーブンは小屋を見つめながら、中で2人は言い争いをしているのだろうか、と思った。最後にはきっと彼女が勝つだろう−赤ん坊という切り札を持っているのだから。ボンデンは何も訊かずに、艦と捕鯨船を眺めていた。


ボンデンは4巻で、スティーブンが諜報活動のため上陸するとき送り迎えしていたので、ドクターの「仕事」についてはかなり察しているみたい。

ジャックも何か察したみたいで、水兵たちを都合よく引き上げた上に、命の次に大事な(?)望遠鏡を貸してくれます。こういうときのジャックは、スティーブンが思っているよりずっと鋭いんじゃないかなあ。

日が沈み、辺りは暗くなった。「ほら、捕鯨船が錨を上げてます。」ボンデンは言った。「ランタンで合図してますね…誰か岸に残ってるのかな?何をぐずぐずしてるんだろう?潮を逃しちまう。あれ、うちのボートだ。ヘラパスさんが乗っています…別れを言いに行くのかな?でも、一緒に乗っている少年は誰だろう?あっ、ミセス・ウォーガンです!彼女が逃げ出した!追って行って捕まえましょうか?」「いいから座ってろ。」スティーブンは言った。

2人が見守る中、ヘラパスとミセス・ウォーガンが捕鯨船に乗り込んだ。同時に、船は潮に乗って動き出した。風に乗って、彼女の笑い声が聞こえた。今まで聞いた中でも最も明るい、屈託のない笑い声。2人は思わず微笑んだ。


5巻はここでおしまい。……えっ、ここで終わり?こんな絶海の孤島で?英国に帰るどころか、オーストラリアにも着いていないのに?…と最初読んだときは思いましたね。

1〜4巻はすべて「これから航海に出るぞ〜」ってところで始まって「これから英国に帰るぞ〜」という所で終わっていたので、てっきり全部の巻がそうなのだと思い込んでいたのです。残りページがどんどん少なくなってゆくのに一向に島から出られそうもなくて、「あと数ページでどうやって全部解決して英国へ向えるんだ?」なんて思っていたのですが。

実は、5巻から先は、1巻できっちり話が終わるとは限らなくなります。ここまで読んだら、もう最終巻まで読み続けるしか道はない…ってことね。