Chapter 9〜荒涼島


ジャックはついに艦の漏水箇所を発見した。穴は塞がれ、水位は下がり、残った数少ない乗員たちは元気を取り戻した。舵板は修理できていなかったので、レパード号はほとんど舵の取れない状態で、ただ真直ぐ風下(東)へ向っていた。この付近にあるはずのクローゼ諸島に辿り着くため、ジャックはステアリング・オール(舵取り用オール)を作り、なんとか艦を操ろうとしていた。

艦長は、残された士官と士官候補生全員と士官集会室で食事をしていた。艦の周りには海鳥が多くなり、海中にはペンギンやアザラシが多く見られた。ポンプを漕ぐ当番が終わると、スティーブンは彼らを観察して過ごした。巨大な鯨が現れ、彼を感激させた。


クローゼ諸島を検索すると、主に「ペンギンやアホウドリの生息地」としてヒットします。スティーブンが喜びそうな海域。

人数は少なくなっちゃったけど、前よりずっと温かい感じのするワードルーム(士官集会室)です。

このsteering-oarですが…説明を読んでもイマイチわからないので、画像を探してみました…こんなんぐらいしか見つからなかったのですが。まあ原理は同じかな。もちろんレパード号はもっとずっと大きいので、これで舵を取るのは難しいようです。

ラーキン航海長は、ボートが出るときの混乱で溺れ死んでいた。誰かが突き落としたという噂もあった。彼がヨナ(船に悪運をもたらす人)だった、彼がいなくなったのでもう艦は大丈夫だ−残ったわずかな水兵たちは、そう信じていた。

視界内に陸地が現れ、スティーブンは喜んだ。しかし、ベテランの船乗りたちにはわかっていた−この風と、ステアリング・オールだけの舵では、あの島に近づくのは難しい。

ジャックはあらゆる手を尽くして艦を島に向わせた。しかし、もう少しのところで舵取りオールが折れた。目の前に見えている島が、月と同じぐらい遠い。レパード号は海流に東へ流されて行った。


ところで、ミセス・ボズウェルの赤ちゃんの名前はレオパルディーナちゃんになったようです。レパード号からとったのだろうけど、ちょっと無理のある名前。でも、サプライズィーナちゃんとかポリクレスティーナちゃんなんて名前じゃなくて、まだよかったね。(ソフィー号なら簡単だったんだけどね〜)

スティーブンとヘラパスは、乗員に壊血病の症状が出ているのに気づいた。スティーブンは首を傾げた−彼は水兵が確実にビタミンを取るように、グロッグにライムジュースを入れさせていたのだ。「グロッグを煙草と交換している人がいるんです」ヘラパスが言った。「艦長に言って、グロッグを飲まないやつは鞭打ちにしてもらおう。普段ラム酒に反対している僕がこんなことを言うのは変だけど」スティーブンは言った。

壊血病は治ったが、乗員の憂鬱そうな様子は治らなかった。水漏れは完全には直らず、ポンプ作業は夜も昼も続いていた。レパード号は真直ぐ風下へ、東南東へ向うしかなく、再び絶望が広がり始めていた。


スティーブンはグロッグ(ラム酒の水割り)が体に悪いと思っていて、海軍省に配給停止を訴えては却下されています。体に悪いのはわかっているけど、グロッグを廃止したら全ての艦で反乱が起こる、とジャックは言っています。スティーブン、自分はグロッグよりもっと体に悪いものに手を出してるじゃない、という突っ込みは控えておきます。(言ってるけど)

ヘラパスは罪悪感からか、スティーブンを避けるようになっていた。彼に中国文学のことを聞きたかったスティーブンはがっかりした。スティーブンはヘラパスが机に置いて行った漢字の書類に、彼が英訳を書き付けているのを見つけた。ジャックにやっと暇ができ、久しぶりに合奏をしようとスティーブンを呼んだ。スティーブンは彼にその詩を聞かせた。「すごくいい詩じゃないか。韻はふんでいないけど」ジャックは言った。「ちょうど今、おれも六分儀で月を見ていたんだ。もうすぐ経度を確定できるぞ。さあ、モーツァルトでもどうだ?」

ヘラパスくんが訳していたのは、李白の静夜思(せいやし)という漢詩。高校の時習ったような。以下、原文 <読み下し文> ヘラパスくんの英訳、です。

牀前看月光 <牀前(しょうぜん)月光を看る >Before my bed, clear moonlight
疑是地上霜 <疑うらくは是れ地上の霜かと >Frost on the floor?
挙頭望山月 <頭(こうべ)を挙げて山月を望み>Raising head, I gaze at the moon
低頭思故郷 <頭を低(た)れて故郷を思う  >Bowing head, think of my own country.

実に直截な英訳ですね。2行目の簡潔なことと言ったら。ジャックは韻を踏んでいないと言ったけど、たしか中国語では、光・霜・郷で韻を踏んでいるんでした。それにしても、何故漢詩まで…オブライアンの博識おそるべし。

演奏を終えると、ジャックはスティーブンにこれからの計画を説明した。この先に、フランス人が発見した荒涼島(Desolation Island)と呼ばれる小島がある。艦の位置、風向き、島の位置を考えると、今の舵の状態でもなんとか辿り着けそうだ。「下手に希望を与えたくないから、みんなには黙っているんだが…君には言っておこうと思って。ラテン語で祈ると効果が高いそうだからな。」

スティーブンとミセス・ウォーガンは久しぶりに散歩に出た。女全員集まって、赤ん坊を見ながら編み物ばかりしていた、と彼女は言った。「手のサイズを測らせてくれます?手袋を編みましたの…まあ、手にずいぶんマメができてしまいましたわね。ポンプ作業のせいね。南極に向っているって本当ですの?南極にも陸地はあるのかしら。まさか店はないだろうけど、エスキモーが毛皮を売っていますわね。毛皮が欲しいわ。」スティーブンは、エスキモーはわからないが毛皮をとるアザラシなら沢山いるだろう、と言った。彼は彼女と散歩をしながら、さまざまなアザラシや鯨や鳥を指差しては説明した。


ちゃんと世界地図にも載っている実在の島、ケルゲレン島は別名"Desolation Island"と呼ばれていますが、この島はそれとは別の架空の島のようです。「荒涼島」と呼ばれる島は他にも沢山あるそうで。この海域、そんなに荒涼としているのかな。スティーブンにとっては豊かな海域ですけどね(動物が)。

実は私、ここを読むまで、Desolation Islandというのは艦自体のことを喩えて言っているのだと思っていました。広大な海に浮かんだ、よるべない孤独な島。…だって題名の由来、出るの遅すぎ(笑)。(まあ、それなら"the island of desolation"とかなるはずで、冠詞なしの"Desolation Island"なら明らかに固有名詞なんですけどね、考えてみれば。)

このあたりで獲れるアザラシの毛皮は、当時ヨーロッパにかなり輸入されていたらしい。毛皮目的のアザラシ猟って、わりと最近までやっていたのではないかしら。ちょっと昔(1970年代ごろ?)、毛皮目的のアザラシの乱獲が動物愛護団体にずいぶん攻撃されていたような。(<女優のブリジット・バルドーが熱心に活動していたので憶えているのです。)最近では保護する法律ができて、地域によっては逆に増えすぎて困っているなんて話も聞きますけどね。

見張りが「陸地を視認」と叫んだ。空にはオーロラが輝き、風は強く、波は高くなり始めていた。嵐が来るかもしれない。ジャックは緊張した−これからの自分の決断に、艦の命がかかっている。誰かと話し合っている時間はない。全て艦長ひとりが下さなくてはならない決断なのだ。

海が荒れ始めた。今の艦の状態で、この風を横切って島に辿り着けるだろうか?安全策をとり、縮帆して風下に向うべきか?いや−すぐに陸に着けなければ、どちらにしろ終わりだろう−永遠にポンプを漕ぎ続けるわけにはいかない。「ジブとフォアステイスルを上げろ」彼は命令し、針路を島の方に向けた。

艦は暴風の中を島に向った。帆がどれかひとつでも裂けたら、オールが折れたら、全ては終りだ。しかし、ジャックの心は落ち着いていた。彼は決断を下し、それが正しいと信じていた。やがて、唐突に風が止んだ。島の風下に入ったのだ。

雪をいただく高い岩山の聳える島。黒い岩の連なる荒涼とした風景だが、大小さまざまなアザラシが群れ、無数の海鳥が飛んでいる。海鳥が彼の服にフンを落とした−幸運の徴だ。レパード号は湾を発見し、その奥に入った。バビントンが湾に旗竿があるのを発見した。ジャックは残っていた小錨を砲で補強したものを投錨し、海面に顔を出している岩に錨索を回して艦を固定した。「今夜はゆっくり眠れそうだな」彼は言った。


鳥のフンって幸運の徴なんですね(笑)。キリックは怒りそうだけど。

この辺りを読んで、艦長がなぜ艦の上では絶対専制君主で、神のごとき存在でなければならないかわかったような気がします。嵐とか海戦とかの時は、刻々と事態が変わるから、それに合わせて決断を下さなければならず、他の人と相談している時間なんかないんですね。部下が艦長命令に従うのを一瞬でもためらったら、それが致命的になりかねないし。だから、普段から「艦長の決断には絶対異を唱えない」ことを当たり前にしておかなくてはならないわけです。民主主義の入り込む余地はない。(だからこそ、ダメな艦長についちゃった部下は災難ですけどね…)