Chapter 3〜4 大西洋


3章は血の匂い

3章は長い航海のあれやこれやが書かれた長い章で、その意味では私の大好きな3巻の6章に似ています。でも、やっぱりそことはちょっと雰囲気が違うのですよね。それは、各エピソードがなぜかどこか血なまぐさいからでしょうか。

3章の主なエピソードは、

3-(1) アレン、捕鯨の話をする
3-(2) スティーブン、ボーソンの猫(Cat=鞭の意味もある)にスカージ(鞭)という名前をつける
3-(3) ネーグルの鞭打ち
3-(4) 瀉血
3-(5) サメの解剖

…といったところ。どのエピソードも、それぞれに面白くはあるし、特に暗い話でもないのですが、なぜかどれも血の匂いがする。特に今回の再読では、それが先に起こる血なまぐさい事件の予兆のような気がして、落ち着かない気分になりました。

3巻6章が紺碧の空と美しい海のイメージだったのに比べて、この章は曇天と荒れ気味の海で起こっているようなイメージがあります。

4章はいろいろ心配

4章は、今後に心配を残すことが多い章。

4-(1) サプライズ号、給水せず先を急ぐ。水不足のおそれ。
スティーブンが汚い水を顕微鏡で観察して夥しい数の微生物を発見するシーン、DVDの未公開シーンにありましたね。

4-(2) マーティン、プロポーズの手紙についてスティーブンに相談。
相談する相手を間違えているような気もする。でも、それにしてはスティーブンは実に的を射たアドバイスをしていますね。短く率直に「結婚して下さい」とだけ書き、別紙で給与明細を添付…これ以上は考えられないプロポーズの手紙だわ。

この話は、別に心配を残していないのですが…マーティンさんのプロポーズが成功するかどうか、まあちょっとは気になるけど、90%はどうでもいいので(<ひどい)。それより気になるのはスティーブン自身の、率直でない手紙の方。マーティン牧師にアドバイスしながら彼の頭をふとよぎったであろう、ダイアナへの手紙のことです。

もっとも、スティーブンはいろいろ他のことをしながらも、心の底ではずっとそのことを考え続けているようで。モゥエットに「『イーリアス』は姦通に対する抗議だ」と言ったりしたのも、雌雄のからみ一切なしに単性生殖で繁殖するトカゲに思いを馳せたりするのも、その気持ちの彼流のひねくった現れなんでしょう。

4-(3) スティーブン、アヘンチンキをまた飲み始める
というわけで、ダイアナとの結婚以来やめていた悪癖にまた舞い戻ってしまったらしいスティーブン。心配、心配…

4-(4) ホラムとミセス・ホーナーの不倫

これは、ねえ。うーん、心配というか…前に書いた通り、私はこのエピソードが嫌いで、映画に採用されなくてよかったと思っています。ある意味、興味深くはあるのだけど、なんだか全体に腹立たしくて、いやなのです。

腹立たしいといえば、まずホラム。この「不倫の恋」がどんなふうに始まったのかは、何も書かれていないのでわからないのですが…ホラムが夫人を見つめながら唄を歌っている描写(3章ラスト)からみて、彼のほうから誘ったのはたしかなようです。彼女がそれに対して、積極的に応えたのか、それとも逃げ腰の彼女をホラムが強引に押し切ったのか、そのへんはわかりませんが。どっちにしても、あまりに考えなしだわ。愛しているといいながら、自分の思いを遂げることばかり考えて、相手がそれによってどうなるかは考えてもみない…いや、考えてはいるのかもしれないけどね、それにしても。

どんなに美しい声をしているのか知りませんが、6月のバラの唄でホーナー夫人を口説いている彼の姿に嫌悪感をおぼえるのは私だけでしょうか。ほんと、映画のホラムとは似ているようで大きく違う。

でも、もっと腹が立つのはホーナー氏の方ですね。性的不能は本人のせいではないから仕方ないけど、それに関して(こういう男はたいがいそうですが)相手に対する配慮ってものが、あまりにもない。彼のいろんな「必死の試み」が、妻にとってどれほど辛い情けないことであったかは、容易に想像がつきます。

そもそもどうして彼は、妻を航海に連れて来たのか。本当はさっさと離婚するのが一番いいけど、当時の社会ではそうもいかないだろうから、家に置いて航海に出て実質別居状態にするのがお互いにとって最良だったろうに。彼女もなぜついて来たのか。置いてきたら浮気すると思って、強引に連れて来られたのでしょうか。彼はホラムよりもっと典型的な、女を愛することは決してない、ただ所有欲だけが強い男のタイプですね。

そして、何考えてるかさっぱりわからないホーナー夫人。自分の意志はなく、二人の男の欲望に流されているばかりの女に思えて、それが腹立たしかったのですが…ひょっとして、そうでもないのかなぁ。

今書いていてふと思ったのですが、彼女は夫を心の底から、激しく憎んでいたのかも(充分理解できる感情ですが。)それが彼女の一番強い感情で、ホラムの誘惑に応じたのも、夫に対する復讐の意味もあったのかも…まあ、彼女の感情についてはほとんど書かれていないので、このへん、まったく勝手な想像なのですが。でも、そうであったとすれば、彼女の行動は辛うじて理解できる気がする。

でも…月のない夜に夫を海に蹴落とす方が、よっぽど理に叶った行動だったとは思いますが。無理か。

この一件については、後でまた書くことになると思います。あんまり書きたくないんですが。

でもジャックはかわいい。

…というわけで、男のどうしようもなさに関する、このシリーズにはまったく相応しくない憂鬱な考察に陥っている私をなごませてくれるのは、ジャックのかわいらしさなのでした。

「海水がシャンペンみたい」だと言ってスティーブンを水泳に誘ったり、腹筋に力をこめて艦を走らせていたり、かと思うと、ゴウゴウとイビキをかいて眠り、ミセス・ラムに「奥さんがかわいそう」と言われたり…

ほんと、ソフィーはジャックの「海軍一」のイビキにどう対処しているのでしょうね。ま、彼はあんまり家にいないけど。

St. Elmo's Fire(余談)

ところで、4章の嵐のシーンに「セント・エルモの火」が出てきますね。

「セント・エルモズ・ファイアー」と言えば、私はすぐにあのジョン・パーの歌と、デミ・ムーアやアンドリュー・マッカーシーが出ていたあの映画を思い出してしまいます。私の世代ではそういう人、多いのではないかな?なにしろ、St. Elmo's Fireという言葉を初めて聞いたのが、この映画とその主題歌だったので、聖エルモの火といえば、迷える若者を『燃え上がる空の下の新しい水平線へ、未来が横たわるところへ』導いてくれるガイディング・ライトのようなものかと思っていたのですが。

実際、セント・エルモの火は船乗りたちの間では、「これが現れれば嵐がおさまる」ありがたい火と信じられていた−という話なのですが、サプライズの人々はあまり有難がってはいないようですね。「ドクターに見せてあげるか?」「ただの電気現象だろ。羽もないし卵も産まない」てな感じで。「指をさすな、悪運を招く」とか言っているし、幸運の兆しというより、どちらかというと不吉な前兆扱いです。これが現れたからといって嵐はやんでくれないと、経験的にわかっているからでしょうか。

実際この時も、嵐はおさまるどころかますますひどくなり、落雷でバウスプリットが折れて、川を遡ったところの造船所での修理を余儀なくされ−これがいろいろ、ケチのつき始めになります。やっぱり、ホラムが指差したのがよくなかったのか。