Chapter 5〜6 コカと座礁と妊娠と殺人


やけくそのような題名…

サプライズ号、造船所で修理。スティーブンとマーティン、観察行に出る

雷で折れたバウスプリットを修理しに造船所へ行くことになったサプライズ号。おかげで新大陸で動物を観察する時間が出来て大喜びの軍医と牧師。マーティンはまたまた動物(今度は「フクロウ顔の夜行ザル」)に噛まれます。でもマーティンさん、血をだらだら流しながらも喜んでいるのがすごい。

マーティンって、動物に噛まれるために出てきてるみたい。いやマジで。スティーブンを世界中どこのどんな動物にも瞬間的になつかれる体質に設定してしまったので、動物に攻撃されるシーンを書きたくて、わざわざ噛まれるためのキャラを作ったような気がする、オブライアン氏は。(<いくらなんでも、意地悪な見方すぎるだろう)

でも、南米の珍しいサルに噛まれたことは、本当にマーティンにとって一生自慢できるエピソードになったらしい。後に彼がある人に紹介された時(<ネタバレのためあえてぼかしますが)、「私の知り合いの中で、フクロウ顔の夜行ザルに噛まれたことのある人はあなただけです」と挨拶されて、喜んだりしています。

スティーブン、造船所でアンデスの話を聞き、コカの葉を紹介される

スティーブンは造船所で高名な登山家と出会い、彼がアンデス山脈に登ったときの話を興味深く聞きながら夜を明かします。

前回、この造船所に来ることになったのが「ケチのつきはじめ」と書いたのですが、それには、「バウスプリットが折れなければこの造船所に来ることもなく、スティーブンがこの登山家に会うこともなかったのになあ」という気持ちが入っていました。

いや、アンデスの話はいいのよ。スティーブンが膝で寝ているマーモセットをなでなでしている描写もかわいらしい。だけど問題は…そう、この登山家さんがスティーブンに「コカの葉」を教えちゃったことなのよね。

コカの葉=コカインは、現代では粉にして鼻から吸い込むようですが、当時はくちゃくちゃ噛んでいたようです。鼻で吸うよりは悪影響も弱そうですが、それにしても、習慣性はかなりのものでしょう。

スティーブンは当時としては進んだ医学知識を持っているのですが、悲しいかな、時代の知識範囲に縛られてもいるので、麻薬の習慣性については甘く見ているきらいがある。コカのことはまだ西洋医学に知られていなかったし、麻薬とは思ってないのだろうけど。「食欲や眠気をてきめんに抑え、たちまち元気を回復させる薬」なんて、現代人なら直感的に「それはヤバい薬だ」とわかるのですが、当時の西洋人にはまだ「世界のどこかには、万病に効いて副作用のない夢の薬があってもおかしくはない」という考えがあったのでしょう。

スティーブンたら、アヘンをやめるのにコカを使おうとしているし。両方の依存症になったらますます大変なのに。この面では、何の知識もないのに直感的・本能的に麻薬を忌み嫌っているジャックの方が正しいのは皮肉です。

サプライズ号、座礁する

さて。ノーフォーク号が現れたという情報に、急いで海へ戻ろうとしていたサプライズ号は、川の水位が最も高い時に、暗礁…いや、中洲に乗り上げてしまいます。ジャックたちは必死でキャプスタンを回し、ボートで牽引して離礁させようとするのですが…

えー、今回は翻訳については何も言うまいと決めていたのですが、でもでも、ここだけはどうしても言いたい。

映画版のプリングズが、あの可愛い顔で「そうりゃ漕げ」とか、ラッセル・クロウのジャックが「よいと巻け」とか「えんやらや」とか、言っているのを想像すると…(笑)

なんたって、「力を合わせて、えんやらやっ」ですよ。

かわいいってば!(爆)

深刻なシーンなのに、大笑いしてしまいました。それにしても、「えんやらや」って…どこの言葉なんだろう。

ミセス・ホーナー、ホラムの子を妊娠

さて、もっと深刻な話。

軍艦の上に効果的な避妊具があるわけはなく(というか、当時は陸にもないが)、考えてみれば当然の帰結ではあります。二人とも、この可能性をまったく考えてなかったとすれば、あまりにバカだ。考えていたなら、欲望をおさえる事はできなかったにしても、もっと早く(造船所にいる時とか)逃げる算段をしろよ。子供ができたら堕ろせばいいと思っていたとしたら(特にホラムの方がそう考えていたとしたら)、あまりにひどいし、考えていなかったとしたら、あまりにも愚か。19歳のホーナー夫人はともかく、ホラムは一応苦労して世間も知ってるはずの40男じゃないか。

悪辣な人よりバカな人に10倍腹が立つ私の癖が表面化してしまう。だから嫌いなのよ、このエピソードは。

ホーナー夫人から堕胎の相談を受けたスティーブンは、7巻でダイアナに頼まれた時と同じく、主義に反すると言って断ります。ダイアナに対して断った時は、全然冷たい感じはしなかったのだけど…彼はダイアナと結婚してその子供を自分の子として育てるつもりだったのだから…この時の断り方は、ちょっと冷たいような気がしました。

まあ、スティーブンが中絶反対主義なのは、もちろん宗教的なことや医者としてのモラルの問題もあるのだけど、現代の「中絶反対」と同じには考えられないと思うのです。当時と今では、手術自体の母体に対する危険性が段違いだから。当時の技術や衛生状態では、良心的な医者の目から見れば、胎児もろとも母親も殺すのとほとんど変わりなかったのではないかと。いくらスティーブンの腕がいいと言っても、彼とてまったく経験のない手術の技術に自信があったとは思えないし。結局、彼女はヒギンズの堕胎手術(<彼は陸で経験あったのかも)を受けて、瀕死の状態になるわけだし。

だから、手術はしないっていうのはいいのだけど…「夫に殺される」と怯えている彼女に、何か別の保護を与えてあげることはできなかったのかなあ。この際、医者の守秘義務を棚上げにして、こっそりジャックに相談するとか…

でも本当はそれ、ホラムがすべきなんですよね。除隊覚悟で艦長に相談しにゆくとか、あるいはホーナーを殺すとか。彼女が危険な堕胎手術を受けるのを、なす術もなく見ているくらいなら、その方がよっぽど道徳的な行動だと思う。(<私のモラルにもかなり問題があるなあ。)熱の高い彼女をこっそり訪れて抱き合っいるホラムに対して、スティーブンがあれほど怒ったのも、そういう気持ちがあったからかもしれない。もちろん、「こんなことをしてますます彼女を危険にさらしてるのをわかってんのかー!」って意味もありますが。

「あの男はミセス・ホーナーにふさわしくない。しかし、男と言うのはだいたいにおいて自分の女にふさわしくない」というスティーブンのセリフに、深くうなずきつつ。あと、スティーブンがホーナーのことで「自分の妻が病気になると、同情したり悲しんだりするよりまず彼女に対して腹を立てる」男たちについて考えているところにも、うんうんとうなずいてしまいました。現代でも、多いよね、そういう男。また世間もそれを認めているというか。

少々横道にそれますが…

私は小説に夢中になると、登場人物が実在の人のように感じて、作者がどういう人で、それが登場人物にどう反映しているかとか、あまり考えない方なのです。でも、この巻では珍しく、何度か「オブライアンって男、だよなあ…こういうことを書くなんて、どういう女性の影響があったのだろう?」とか考えてしまいました。時々スティーブンが、女性作家が自分自身と自分の理想を投影しつつ描くような、底のところに女性的な精神をあわせ持った男性に思えるのです。

そういう意味で、ときどきこのシリーズには、舞台になっている時代どころか、これが書かれた時代(1960〜80年代)と比べてもずっと「新しい」ものを感じることがあります。オブライアンが男性、それも一時代前の男性で、実際にはテレビも映画もめったに見ない「20世紀というより19世紀初頭に生きていた」ような人だったというのは、不思議な気がすることも。

5章その他

…うだうだと考察もどきをしていたら長くなってしまったので、この章の他のエピソードは飛ばします。ダナエ号拿捕、プライスの開頭手術、ホーン岬の時化、猫をよけようとして階段から落ちるスティーブン、など色々あるのですが。

ダナエ号のことは、まあいいか。この事件にどういう意味があるのか、イマイチよくわかんないし。でも、これの回航のためにまたプリングズくんがいなくなっちゃったのが残念です。本人にとってはいいことなのですが、ね。

6章 ホーナーの殺人と自殺

ホーナー夫人は、堕胎手術の傷から若さのパワーで奇跡的に回復したのも空しく、ホラムと駆落ちしようとしたサン・フェルナンデス島で嫉妬に狂った夫に二人とも殺されるという、最悪の結末を迎えてしまいました。

このエピソードが嫌いな理由はいろいろあるのですが、最も大きな理由は、「ジャックもスティーブンも、事態を好転させるようなことは何もしない(できない)」というところなのです。うーん、もうちょっと、何とかならなかったのかなあ。

この時代にはヨーロッパにも、「妻に浮気された夫が、妻とその愛人を殺すのは正当な権利とみなされる」という不文律が厳然としてありました。(一方、「夫に浮気された妻は夫を殺してもいい」という不文律はなかったので、ダブルスタンダードなんですが。)それは当然ホーナーの頭にもあったでしょうし、ジャックでさえ、この殺人のことを知ったときにそういう意味の発言をちょっとしていて、それもなんかいやです。(でも、ジャックは、これが起こる前に知っていれば、何とか丸くおさまるように考えてくれたと思うのですが。)

それでも、当然の感情として、みんなこれが「正当」だとは感じていないようで。ホーナーの殺人を知ってしまったサプライズ号の連中が、あれほど悲しみ、怯えているのは、ホーナーが艦に『罪を持ち込んだ』と思っているからなのでしょうね。ホーナー夫人を気の毒に思う気持ちももちろんあったと思いますが、それよりも、「どうしよう、ホラムよりももっと強力な『ヨナ』(※)を抱えてしまった」という思いの方が強かったのでしょう。

※ヨナ:今更ですが…聖書のヨナ書で、ヨナは神の怒りに触れて逃げ出すが、神が彼に罰を与え、彼の乗った船は巻き添えでひどい目に合う。神様は罪人だけにターゲットを絞ったピンポイント攻撃はできないと思われているらしい。

その後ホーナーは酒に溺れ、妻に「器具を使った」ヒギンズを怒りにまかせて殺し、自殺するのですが…みんな、正直に言って、自殺してくれてほっとしたでしょう。

ここでひとつ疑問。考えてみると、ホーナーはなぜヒギンズに対してそれほど怒ったのでしょう?

お腹の子供(ホラムの子)に対しての復讐とは思えないし。結果としてヒギンズは母親も殺しかけたのですが、自分で妻を殺しておいて、その後で「妻を傷つけた」からと怒るのも変だし。ホラムと妻の不倫を隠すのに手を貸していたから?でも、それなら艦の全員(除く艦長&牧師)がそうだし。

私は…あー、ちょっとアレな考え方ですが…ヒギンズが手術の時、自分のものである妻の「からだ」に「手を触れた」から−というのが、一番考えられる、と思います。「彼女に器具を使った」という言い方からして…ぶるぶる。