映画「グラディエーター」日本語字幕の問題点


映画「グラディエーター」が2000年夏に公開された当時、この映画の熱心なファンの間に、日本語字幕に対する大きな不満があり、掲示板でよく話題になっていました。しかし当時の私は、ファンが行動を起こすことで何かが変えられるとは思っていなかったので(「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズの字幕改善運動が起こる前でした)、掲示板で愚痴る以上のことはしませんでした。

「ロード・オブ・ザ・リング〜旅の仲間」と違い、ファンが不満に思った字幕は、DVD・ビデオでもTV放送時もそのままになっています。

今更こんなページを作るのも…と思いましたが、「マスター&コマンダー」からラッセル・クロウに興味を持ち、改めてDVDなどで「グラディエーター」をご覧になる方もいるかもしれません。その際、以下の点を頭に入れていただければ、より理解が深まるかもしれません。

ただし、ネタバレになっておりますので、初めて観る方は一度ご覧になってからこれを読み、再びご覧になることをお勧めします。

各項目のトップに書いたのは「該当部分の英語台詞」==>×「字幕」〇「直訳」(「字数制限内に収めてみた試訳」)です。

ここに上げた他にも問題点があるかもしれません。お気づきの方は管理人までメールを。



(1) But you have never been there.==> ×だが君は最近のローマを見ておらん 〇君は一度もローマに行ったことがない(だが君はローマを見た事がなかろう)

最初に近く老皇帝とマキシマスが話す場面で、皇帝が「おまえはローマに行ったことがない(見たことがない?)」とはっきり言ってるのに、戸田奈津子さんの字幕が「おまえは最近のローマを知らない」となってることです。
大将軍がローマを見てないはずないやん、と思ってあいまいな訳にしたのかもしれませんけど、これは当時はよくあること(だそうです)、ラッセルの後半の演技も明らかに「初めてローマを見た」人の演技です。

そして、これは私の感想ですが、「実際のローマを目で見たことがないのに、その文化と正義を信じて戦っていた」人が、そのローマの愚かさと醜さと残酷さを最底辺から目撃するかたちでローマと初対面をさせられること、それによって、これまで信じてきたもの、闘ってきた目的、愛するもののすべてをひきかえにしてしまった理想の世界の実態をつきつけられて、こわされてしまうところに、この主人公の最高の深い悲劇があると思うのです。それをラッセルはきちんと表現しています。

なのに、あの字幕ではそれがまったく伝わらないっ!(怒)

ちなみに、日本語吹き替えはきちんと訳しています。テレビ版は、戸田さんの顔をたててか、すごく上手にごまかしてあります。まあでも、まちがいではないです。(じゅうばこさんの掲示板投稿を引用)



(2) Which older, wiser man is to take my place? ==> ×ヨボヨボの老議員を? 〇どちらの年上で賢い方が私の代わりになられるのですか?(私より適任の方とは?)

父マルクス・アウレリウスに呼ばれ、「お前には皇位を継がせない」と告げられたコモドゥス。動揺を必死で抑え、「私の地位を継がれるのは、どちらの年上で賢い方ですか?」と、とりあえず立派な答え方をします。−ところが、ここの字幕は「ヨボヨボの老議員に?」

「ヨボヨボ」なんて誰も言ってません。コモは史実では18歳。映画での設定は曖昧ですが、年上に設定してあるにしてもせいぜい25ぐらいでしょう。彼より年上なら即『ヨボヨボ』だなんてひどい(笑)。それに「議員」っていうのは一体どこから来ているんだ?「皇帝には私より元老院議員の方が」と言ったのはマキシマスで、コモドゥスは「元老院議員が皇帝を継ぐ」なんて、まるっきり考えてもいなかったと思う。どうしてこう、言っている台詞とまるっきり違う言葉を字幕にするんだ?それに、このシーンは二人ともシェークスピアばりの格調高い台詞まわしで話しているのに、「ヨボヨボ」…台無しです。

このカルい字幕のおかげで、コモドゥスは「馬鹿な子供」という面ばかりが強調されて、悪役としての迫力が減じているような気がします。



(3) ZUCCHABAR ROMAN PROVINCE ==> ×ローマ帝国領土 南スペイン ズッカバール 〇ローマ帝国辺境 ズッカバール

剣闘士になったマキシマスが連れて行かれ、プロキシモに売られる「ズッカバール」ですが、これはモロッコの都市です。英語字幕は「ズッカバール ローマ帝国辺境」。それなのに、日本語字幕は…「南スペイン」。はあ?ノベラゼーションを読んでも、メイキング本を読んでも、いやそれ以前にどう見ても明らかにアフリカなのに。

第一、スペイン国内なら主人公が「スペイン人」という仇名になるわけないでしょう。(日本人が日本人の相撲取りをいちいち「日本人」と呼ぶでしょうか?外国人なら「サモア人」とか「モンゴル人」とか呼ぶかもしれないけど。)

一体何で「南スペイン」?どっから「南スペイン」?謎の字幕です。



(4) He's cleverer than I thought. ==> ×愚かな皇帝か 〇彼は思ったより利口だ(皇帝は意外に利口だ)

コモドゥスがローマに帰還した後、コロシアムで剣闘試合を開いていることについて、カフェテラスみたいな所でグラックス議員とガイウス議員が語るシーン。グラックス議員は、「コモドゥス皇帝は思ったより利口だ、派手なイベントによって大衆の目を不満からそらす術を知っているから」という意味のことを言うのですが、この「思ったより利口だ」という台詞が、まるっきり逆の意味の「愚かな皇帝」という字幕になっているので、後の台詞と意味が通らなくなっています。

この字幕でまた一段、コモドゥスは実際より馬鹿に見えてしまっています。またグラックス議員がコモドゥスを「愚か」と軽んじている印象を与え、後に彼が皇帝を倒すために危険を冒している動機が曖昧になってしまいます。



(5) 150 days of games ==> ×今日でもう連続150日目だ 〇150日連続の剣闘試合か

(4)と同じシーンのガイウスさんの台詞に「今日で150目だ」という字幕が出るのは間違い。150日というのは、「これからの予定」のことを言っているのですね。たしかにこの台詞単独では、どうとでも解釈できますが、この後、マキシマスが虎と闘う試合で、司会のカシウスが「今日で64日目」と言ってますから、それより前のこの日が「150日目」ではあり得ません。この1つの字幕によって、映画の中の時間の流れが決定的に誤解されかねません。

しかし、字幕を作る時って「最後まで観て、始めに戻ってチェックし直す」ってことはしないんでしょうかね?



(6) Not yet ==> ×いつか 〇今はまだだ

これは戸田さんが「自信がある」と誇っていた「not yet」を「いつか」と訳してるのも、私はまったく感心しません。これも日本語吹き替えは「今はまだ」「まだだ」ときちんと訳していて、こうでなくてはと思います。(じゅうばこさんの掲示板投稿を引用)

賛成。「(いつかは死んであの世で家族と再会したい)でも今はまだだ。」と否定形になっていることが、剣闘士としていつも身近にある死を拒否する=生きる意志を表している重要なセリフなのに、「いつか」じゃ、遠くにある死を待っているみたい。



(7) Highness ==> ×陛下 〇殿下

あと、細かいところでは、剣闘士になったマキシマスが、新皇帝を皇帝と認めておらず「カエサル(陛下)」じゃなく、「ハイネス(殿下)」としか断固として呼ばなかったのを「陛下」と無神経に訳してるコロセウムの場面もけっこう頭にきます。(じゅうばこさんの掲示板投稿を引用)



(8) How soon do you think they can be ready to fight? ==> ×兵は私に従うか? 〇どのぐらいで戦闘態勢に入れると思う?(すぐ戦えるか?)

剣闘士になって、従者のキケロと再会するシーン。マキシマスは彼に「(彼の元部下である兵士たちは)どのぐらいで戦闘態勢に入れる?」と訊いているのに、字幕が「兵は私に従うか?」になっています。

兵が自分に従うかどうか、マキシマスは訊くまでもなく当然のこととして確信しています。(そしてその確信は正しい。)「訊くまでもない」ってところがカッコいいのに、「従うか?」なんて言ってしまったら台無しです。

後でマキシマスは、牢を訪ねてきたグラックス議員に「私が行けば兵は従う」と断言するのですが、キケロに「兵は私に従うか?」なんて聞いてると、「キケロがそう言ったから従うと思っている」みたいで…私は最初に見た時は(字幕を追っていて台詞を聞き逃したので)「マキシマス贔屓のキケロの一言だけで、ここまで断言していいのかな〜?」と思ってしまいました。そうじゃないのに。


HOME