Chapter 11-2〜鉄の指輪と信号旗


サプライズは残りの旅路を飛ぶように進み、スティーブンはテストゥード・オーブリイのそばでのんびりと過ごしながら、ゆっくりと体力を回復させてゆく。平穏で快適な航海だったが、途中で寄港した港にも、行き会った味方の船にもサプライズ宛の手紙はなく、ジャックはだんだん不安になる。「牧師を乗せていなければよかったと思うよ。ホワイト牧師はいい人だが、海軍では、艦に牧師を乗せるのは縁起が悪いんだ。」「海軍ってのは不思議だよなあ…君みたいな立派な教育を受けた人間が、どうしてそんなに迷信深いんだ?」「立派な教育なんか受けてない。船乗りがいい教育を受けているもんか。いい海軍士官になろうと思ったら、子供のうちに海に出なきゃだめなんだ。教育のある、育ちのいい女性が、海を渡って会いに来てくれるような人間じゃない…早業で押し切るんじゃなけりゃ、結婚は無理だ。よく考える時間を与えちまったら、牧師か弁護士と結婚するんだ。」

それにしても、このカメもやっぱり、スティーブンが呼んだらとことこついて来たわけですね(エサで釣っていたとはいえ)。オーブリー亀は1トンあるそうです。デカい!この亀は木の若葉とか芽とか食べるみたいですが、航海の間、餌はどうしていたんでしょうね。

新発見の動植物の学名に人の名前をつけるっていうのは、相手に対する最上の尊敬の念を表すそうですが、ヘンなものに名前つけられちゃうと複雑ですね。(たしか14巻だったかで、マチュリンがそういう目に遭っていました。笑)その点、「でっかいカメ」っていうのはオーブリーの名前をつけるのに相応しいような気がします。いや、なんとなく。

一方のジャックは、ソフィーが本当にマデイラ諸島(アフリカ西北沖のポルトガル領の島。イギリスから大西洋を南下する時の最初or最終寄港地だったみたい)まで来てくれるかどうか、だんだん不安になっているようです。一方のスティーブンも、マデイラが近づくにつれて、ダイアナが待っていてくれるかどうか不安に…

サプライズ号はマデイラに入港。二人は上陸し、島の英国人エージェントの事務所へ向う。ジャックはソフィーについて訊ねるが、来ていないと言われる。「ラシントンの乗客のご婦人から、ドクター・マチュリンという方に手紙をお預かりしています。」スティーブンが手紙を受け取ると、封筒の外側から、中に指輪が入っているのがわかった。その手紙に何が書かれているか察したスティーブンは一人で山に登る。彼は体が疲れ切り、心が無感覚になるまで歩き続け、夕暮れの最後の明かりで手紙を読んだ。そのまま数時間、死んだように眠った彼は、夜明けに原因のわからない激しい痛みと共に目覚め、やがて思い出し、手に握ったままだった古い鉄の指輪を埋めた。

ああダイアナ…くぅ〜っ、やってくれたわね(涙)。スティーブン、かわいそうに…

このジョンソンというアメリカ人、カルカッタでダイアナを訪ねて来ていた(口説きに来ていた?)男なんですが、アメリカの南部の金持ちで、綿花だか何だかの荘園を持っているような人。ラシントン号に乗り合わせて、口説かれたんでしょうね。この人、3巻ではJohnstoneなのに、5巻以降に再登場した時はなぜかJohnsonになってる(明らかに同一人物なのに)…まあ、それはともかくとして、この男についてアメリカに行っちまったのは、ダイアナの判断力の悪さを如実に示しています。肝心なところで騙されやすいんだから…え、何のことかって?それがわかるのは、もうすこし先の巻。

まあでも、冷静に考えてみればダイアナの行動は無理もないのかも。彼女はキャニングを愛してはいなかったとしても、一応義理を感じていたみたいだから、彼が死んですぐに彼を殺した男とくっつくっていうのには抵抗を感じたのかもしれない。カルカッタで艦にお見舞いに来たときに、本当は別れを告げたかったけど、今ここでスティーブンを動揺させたら死んでしまう、みたいにジャックが脅すから、それこそ気を遣っていたのかも。それとも、やっぱり…生きてマデイラまで来るかどうかわからない男(カルカッタでの容態からして、スティーブンが生き延びる可能性は、実際低かったわけですから)を待っているのに耐えられなくなったのかな。

午後、街に戻った彼はジャックに会った。「待たせてしまったかな?」「いや、全然。水を積み込んでいたんだ。ワインでも飲みに行こう。」二人はあまりに疲れ切っていて、恥ずかしく思う気にもなれなかった。「ジャック、ダイアナはアメリカへ行った。ヴァージニアのジョンソンとか言う男と一緒に−結婚するそうだ。僕と婚約していたわけじゃない。カルカッタでは気を使ってくれただけなんだ。僕はどうかしていたんだな。別に嘆いてはいない。」二人はワインを二本空けたが、まるで酔えないまま艦に戻った。

ジャックの悪い予感が当たって、マデイラにはソフィーの姿も見えず。とりあえず、フラれた同士でヤケ酒を酌み交わす二人。それにしても3巻は「スティーブン受難の巻」ですが、これはだめ押しというか、とどめの一撃というか…でも、こういう時でも、黙って一緒に酒を飲んでくれる人がいれば、ずいぶん救われるでしょうね。

マデイラを出航し、いよいよ故郷に近づいたサプライズの乗組員たちは浮かれていたが、沈み込んでいる様子の艦長とドクターのことを心配していた。「ソフィーの事を考えていたんだ。君の手紙は届いていないんじゃないか?陸路の旅も危険だし…キャニングの死のニュースが使者に届いて、途中で旅を止めてしまったのかもしれない。」「スティーブン、ありがとう…でも、もういいんだ。…おれはかつてラッキー・ジャック・オーブリーと呼ばれていた。でも、キース卿がいつか言っていた通り、運っていうのはいつかは尽きるもんなんだ。おれの運は品切れらしい。望みを高く持ちすぎていただけだ。音楽でもどうだい?」「喜んで。」二人が合奏を楽しんでいると、外で砲声がして、士官候補生が駆け込んで来ました。「艦長、ミスタ・プリングズから報告です!風下に帆影が見えます!」「フランス艦だといいな。今ほどフランス艦に会いたい時はないよ」ジャックは甲板に飛び出して行った。

ジャック、あきらめがよすぎるって。

サプライズ号は正体不明の船にこっそり忍び寄ったが、それは英国の軍艦ユーリアラス号だった。ユーリアラス号のミラー艦長は怒っていた。「オーブリー、一体何をやっとる?どうして夜間信号を出さん?人を驚かしとる暇があったら、後のエサリオン号に『ぐずぐずするな』と伝えに行け。」かなり遅れてついて来ている僚艦に近づくと、エサリオン号は信号旗をあげた。「サプライズ号艦長へ、当艦に婦人が乗艦中、来艦されたし」エサリオン号の艦尾甲板には、ヘニッジ・ダンダスが立っていた。「ジャック!ミス・ウィリアムズが君に会いに来ているぞ!来るか?」ジャックは舷側を駆け登り、ダンダスに駆け寄って彼を抱きしめ、喜び勇んで艦尾船室に駆け込んだ。

各艦には「信号係士官候補生」っていうのがいて、他の艦の信号旗を読んで艦長に伝えたり、自艦の信号旗を上げたりするんですが、サプライズ号の信号係はサプライズ三ばか大将の一人キャロウくんで(あと2人はバビントンくんとチャーチくん)、"Captain Surprise I have two wool - no, women for you."とボケてくれます。「あなたに届けたいウール」ってなんやねん。毛糸のウェディング・ドレスか?

ソフィーとジャックは耳まで真っ赤になりながら、心をこめたキスを交わす。「ソフィー、おれの艦に牧師が乗っているんだ。朝になったら結婚式をやってもらおう!」「あら、だめよ。英国に帰って、ちゃんと教会でやるの。ママの許可も得てね。あなたが本当にそう望むなら。でももし嫌だって言うんなら、あなたにくっついて世界中をぐるぐる回るわ。スティーブンは元気?」「スティーブン?ああ、おれは何て自分勝手だったんだろう!本当にひどい事があったんだ。彼は彼女と結婚するつもりで…でも、彼女は金持ちのアメリカ人と駆け落ちしたんだ。彼のためにはその方が良かったかもしれないけど、彼女を取り戻せるんなら右手を失っても惜しくないよ。すごく落ち込んでいるんだ。」その後三人は甲板に出て、サプライズに移動するソフィーのためにボーソンズ・チェアが用意されている間、スティーブンとソフィーは手を振り合った。「スティーブン、元気?」「ソフィー、元気かい?」ジャックは言った-「ヘニッジ、恩に着るよ。さあ、あとはソフィーとお宝を故国まで運ぶだけ。未来はまさにパラダイスだ!

艦上の結婚式って、すごくロマンティックだと思うのですが…ソフィーはあくまで現実的。ま、ジャックのパートナーだからこのぐらい地に足のついた人じゃないとね。ジャックはほとんど地に足をつけない(比喩的な意味でも、文字通りの意味でも)人ですから。

スティーブンは大失恋しましたが、ジャックの方だけでも最後の最後でハッピーエンドになってよかった。"the future is pure Paradise."…というジャックのセリフで3巻は終わってます。彼の未来がほんとうにパラダイスになったかどうかは…4巻のお楽しみ。