Chapter 8〜イニシャルと熱病


サプライズ号は出港準備を整え、ドクターの帰りを待ちわびていた。艦長は心配と怒りで爆発寸前。彼を乗せたボートがようやく到着すると、ジャックは怒りに燃えて飛び出して行くが…

7章ではほとんど出番のなかったジャック。やっと登場したと思ったら、ずいぶんおかんむりのご様子。

ちなみにここで新しい副長が登場するのですが、この人は別に今後も活躍しませんので無視してよし(笑)。でも、ここでジャックがこの副長に言った事の中には彼の信条がよく現れている言葉があります。(1)「幸福な艦でなければ、強い艦ではあり得ない」というのと、(2)「時間を守らない奴が何より嫌いだ」という言葉です。

前の方はジャックの艦運営の哲学を表したものです。(彼もちゃんと考えているんですね。)後の方はこれはもう、ジャックの不動の信念です。"Lose not a minute"(一分も無駄にするな)というのがジャックの口癖ですが、これは1分の遅れで潮時を逃してしまえば、それが何日もの遅れにつながるという船乗りの生活が長いことからきているんでしょうね。

ジャックはソフィーに手紙を書く。「やっと手紙を書く暇が出来た…ボンベイでは艦の修理を急がせて皆に無理をさせた。僕も仕事で必要な時しか上陸していない。…さて、ここからは海図なしで浅瀬に乗り込まなきゃならない。座礁してしまうかもしれないが、君は率直に理解してくれるものと信じている…君の手紙を受け取る直前に、ダイアナがボンベイにいると知って驚いた。それをスティーブンも君も知っていると言う事も。僕が上陸したら君が嫌な思いをするだろうと思った。それからスティーブンの事が心配になった。彼は率直に話してくれないけど、まだダイアナを愛しているんだと思う。僕は勘の鋭い方じゃないけど、君を別にすれば、誰よりも彼を愛しているから−強い愛情は、知性より鋭い事があるんだ。…彼女がスティーブンを傷つけるか、彼とキャニングが決闘になるかだろうと思った。彼はずいぶん回復したけど、まだそういうことに耐えられる体調じゃない…それで修理を急がせたんだが、彼は仕事を放り出して姿を消した。僕は怒って、見つけ次第監視下に置く命令を出したが、見つからなかった。僕は怒ると同時に心配していて、帰って来たら公式に叱責するつもりだった−友人としての気持ちもこめて。彼が帰って来た時、僕は気が立っていて、三連片舷斉射をお見舞いしてやるつもりだったが、顔を見たとたんに言えなくなってしまった。信じられないほど暗い、元気のない顔をしていたんだ。ダイアナがよっぽど冷たくしたんだろう。彼はずっと沈み込んだままだ。気を紛らすために疫病でも起こってくれないかと思いかけたほどだ。早くリノワの艦隊と対決できればいいのにと思う。海戦ほど心を浮き立たせるものはないからね…軍艦を拿捕しても大した賞金は出ないけど、農園つきの綺麗なコテージを買うぐらいの金は入るだろう。ソフィー、僕はこの綺麗なコテージの事をずっと考えていたんだ!もう何を植えるか計画も出来ているんだ…」

やぁっと手紙を書く気になったねジャック!よかったよかった。…しかし、愛する女性への手紙に、「君を別にすれば誰よりも彼を愛している」だなんて、可愛いねえジャックは(<意味不明)。ジャックはもちろんソフィーを愛しているんでしょうけど、スティーブンとソフィーが溺れていたらジャックは思わずスティーブンの方を助けてしまうんではないかって気がします、なんとなく。(あくまで「思わず」ね。)

海の上が大好きとはいえ、ずっと海の上にいると、お百姓にあこがれる気持ちになるのかなあ。キャベツ畑を夢想してうっとりしているジャックですが、この憧れの農園がどうなったか、後日談は4巻で。

ジャックは「おれの青春の記念を見ないか?」と言い出し、スティーブンを連れてフォアマストを登る。そこはまだスティーブンが登ったことのない高みだったが、ジャックは彼をトップマストのクロスツリー(マストの上部に取り付けた横木)まで慎重に導く。スティーブンは果てしなく広がる海の壮観に感激する。「こんなに感動したのは…こんなに喜びを感じたのは久しぶりだ。ここに連れてきてくれてありがとう。」ジャックは彼に、キャップ(マストの先端につけ、さらに上のマストと接合する環)に刻んだ「JA」というイニシャルを見せる。それは士官候補生の頃のジャックが記念に刻んだものだった。「胸の高揚する眺めだろう?君の胸は、甲板から100フィートも『高揚』しただろう?ははは、ほらな!おれだって気の利いた事を言えるんだ、時間さえかければ!」ジャックは心からおかしそうに笑った。

スティーブンが落ち込んでいるのを感じて(理由については誤解があるようですが)マストの上へ連れて行ってあげるなんて、なんて優しいジャック。イニシャルの両脇に太目の人魚を彫っていても、自分のオヤジギャグに笑い転げていても許すよ。

映画に出てくるのはサプライズ号なんですよね。この「beer-drinking mermaids」、出てきたらいいなぁと期待。

その時船影があらわれる。敵船かと思ってサプライズ号は色めき立つが、それは東インド会社船だった。船長のセオバルドは元海軍でジャックとは知り合いだった。二人は旧交を温めて別れる。

ここでセオバルドさんはジャックに極楽鳥をくれます。極楽鳥の羽根は、当時女性の帽子飾りに珍重されていたようです。

ちょっと話はそれますが、この間NHKの動物番組で極楽鳥の特集を見たのですよ。いやー実に面白かったです。極楽鳥のオスって、きれいな羽根をしているだけじゃなくて、メスを惹きつけるために実にユニークなダンスを踊るんですね。しかも各個体が「踊り場」というのを持っていて、自分のステージを毎日キレイに掃除しているんですわ。そこにメスがやって来ると、羽をふくらませて、首をゆらゆらさせて、ものすごーくキュートな求愛のダンスをするのですが…メスの方はダンスが気に入らなかったらしく、「ふん、イマイチね!」ってな感じで飛んで行ってしまうのです。(ま、いつもそうではないのでしょうけど。)スティーブンが極楽鳥を見てしみじみ言った通り、オスの人生(?)って大変だわ。ま、メスはメスで大変なんですけど(笑)。

艦が赤道に近づくにつれ耐え難い暑さが募る。大使のスタンホープ氏は熱病に倒れ、少しづつ衰弱していった。病状は一進一退を繰り返し、ほとんど休みなしの看病を続けた後、スティーブンはジャックに、彼を陸に降ろすべきだと言う。サプライズ号はスマトラ沿岸の浜に向うが、海流に阻まれてなかなか岸に近づず、大使を浜辺に降ろす事が出来たのは30時間後だった。スティーブンは夜が明け次第手術を行うことにするが、大使の体力はそれまでもたず、未明に亡くなった。ジャックたちは彼をその浜に葬る。「全て無駄足だったというわけだ…でも、これでやっと家路につける。」とジャックは言う。

出て来た時から船酔いと体調不良で寝込んでばかりだったスタンホープ大使。彼を任地まで送ることがサプライズ号の任務だったわけですから、これまでの大変な航海もすべて無駄だったと言うことに。(読者にとっては楽しめたので、全然無駄ではありませんが。)それにしても、どうしてこんなに体の弱い、暑さに弱い人を南国の大使に選んだりするんでしょうかね大英帝国は。家柄とかで選ぶとこうなってしまうんでしょうか。仮にここで死なないで大使に就任していたとしても、結局任地でマラリアにかかったりしていただろうな。

かく言う私も、ここまで大使の事を書くのをすっかり忘れていたし。…つくづく、気の毒なスタンホープさんです。