ハリー・ポッター7巻「ハリー・ポッターと死の秘宝」ネタバレ感想  〜 最強の魔法 The Truly Invincible Magic


以下ネタバレです。

ひとことで言えば、実に面白かったです。なんていうか…ヘヴィ級の満足感。

…でも、正直に言えば、「楽しんだ」と「打ちのめされた」が同じぐらいの割合なのですけど。

途中までは、もう単純に、ワクワクと楽しんでいました。ハー子ちゃんの頭の回転の速さに何度も何度も感心したり。指輪…じゃなくてロケットの影響を受けて去ってしまったロン君が戻って来るシーンには、立ち上がって拍手したくなったり。2巻から登場している「自由な座敷わらし」(<うちの母は間違ってこう呼ぶ。「しき」しか合ってないやん)の最期に涙したり。

7巻は今までにも増して、ストーリーは主役トリオ中心なのですが、その他の人々も出番は短いものの、もうものすごく「らしい」活躍をしてくれるのが嬉しかった。

校長は、死後に人間味を見せていますね。私、校長は指輪を破壊する時に呪いを受けて、どのみち死期が迫っていたのでそれを利用したのだと思っていました。結局、それはほとんど当たっていたのですが…でも、死の直接の原因になったのは指輪を破壊したことではなく、「自分のせいで死んだ妹に、会って一言謝りたかった」という、彼のあまりに人間的で切ない望みからきたミステイクだったのでした。今頃になって、私は校長が心から好きになりましたよ。今まで校長が主人公に対して妙に秘密主義だった理由も、今回よ〜〜く納得できたしなあ。

あと、教授連とか、DAメンバーとか…とりわけ、先日再見した映画2作目ではダメっ子ぶりが懐かしかったネヴィル君の逞しい成長には、祖母上と一緒に目を細めてしまいました。

というわけで、最初の650ページぐらいまでは、もう一点の曇りもなく楽しんでいたのですけどね。でも、もうあと100ページってところで…えーん、何より怖れていたことが起きてしまいましたよ。

後から考えてみれば私、6巻までで生き残っていた登場人物の中で、主役トリオ以外で死なれて本当にコタえる人って、4人しかいなかったのですよね。

それなのに、やってくれました作者様は。その4人のうち3人までもを、見事に殺してくれました(号泣)。

以下はまあ、それを自分を納得させようとしている(特に先生に関して)、私の必死の試みだと思ってください…

主人公がやっと訪れたご両親のお墓(邦訳版がこれをタテ書きにしないことを祈っています)の墓碑銘にあったように、この本の中心テーマは、「死をも克服する最強の魔法の探求」です。

で、「(検索にひっかかるので)名前を言ってはいけない例のあの人」が7つ作ったアレとか、題名由来になっている「3つ揃えると死を克服できるらしいお宝」とかが、意味ありげに登場するのですが…まあ、今まで読んできた人なら、誰もそういうアイテムが「真に最強の魔法」だとは思わないでしょう。

では、最強の魔法とは…結局は、校長がすでに何度も言ってきた通り、「愛」なのですね。まあ、そのまんま言ってしまうとダサく感じられるひと言ですが、でも究極的には、それ以外にないでしょ。

えっと、かねてからそっち関係の一部の頭のカタい人々にさんざん非難されてきた本なのに、最後になって中心テーマを聖書と結びつけてしまうってのもおかしな話なんですが…でも、終盤の展開には、私はどうしても、ある聖書の一節を思い出さずにいられませんでした。それはヨハネによる福音書15章13節なんですが。

「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな 愛はない。」

これ、キリスト教に馴染みのある人なら誰でもよーく知っている…でもほんとに実践できる人はそれこそ何億人に一人だろうっていう、ある意味究極の精神なんですけど…それを、この世界のやり方で表現すると、「これより強い魔法はない」となるわけですね。

主人公が最後の対決に向かって歩いてゆくと、ご両親と名付け親と先生が現れて、彼を力づける。うわあ、この上まだ泣かせるつもりか、もう勘弁してください、っていうシーンなのですが…

弱冠17歳の主人公が、これを達成するには…ご両親、名付け親、先生の(まあ、ちょっと広い意味で言えば)彼のために命を捨てた人たちが、4人がそろって励ます必要があったのですね。この中の誰がひとり欠けても、主人公はこの「最強の魔法」を手に入れることはできなかったのね。(いや、もう、ムリヤリでもそう思い込むことにした。)

考えてみれば、この4人だけじゃなくて…一瞬のためらいが命取りになった鼠氏も、愛する女性の息子を守ることに生涯を捧げたプリンス氏も、親世代は全員が(広い意味では)彼のために死んだのねえ。さすがはこの作者様、やることが容赦ないっていうか、徹底してるなあ。

それにしても、親世代ではない、まだ若い2人(新婚の奥さん、フタゴの片割れ)まで死なせることはなかったと思うのだけどね…くすん。

分かってます、主役でもないキャラクターに思い入れるのは読者の勝手で、死んだからといってどうこう言う方が理不尽なんだけどね。今度からは思い入れるとしたら主人公にしよう。そうすれば、少なくとも最後までは死なないと分かっているから…(思い入れたあげく最後の最後に死なれるというのも、それはそれでキツいけどねえ。)

とにかく、「長い間愛読してきたのに、終わっちゃって寂しいわ〜」なんていう中途半端な感傷で読み終える事は、絶対許してはくれない作者様なのでした。


追記感想(以下、やや大人向き)

作者が7巻出版後のインタビューで「校長はゲイ」と明かしたことを受けて、校長と「グリンデルワルド」の関係について。

私、最初に読んでいる時は、17歳の校長がグリンデルワルドに惹かれたのは「並外れた能力を持っているのに家庭の事情で狭い世界に閉じ込められている若者が、生まれて初めて同年代で同等の知性を持った相手と対等に会話できた喜び」からだと思っていました。

そっか、もっとそのものずばり、初恋の人でもあったのね。

「生まれて初めて対等の相手と知的な会話をする悦び」というのは、それだけでも「初恋」に優るとも劣らない、強烈な悦びだと思います。しかし、この二つが同じ相手に重なって、しかもそれが、17歳という比較的遅い時期まで抑圧していた自分のセクシャリティの自覚と同時に訪れたのだとすると…そのインパクトたるや、想像に余りある。

だから、ダンブルドアが彼らしくもなく、グリンデルワルドの「for greater good(より大きな正義のため)」という危険な思想に影響されていたのも理解できるのです。単にまだ17歳だったから、若気の至りで、というだけじゃない。たぶんそのあたり、ハリーはよく理解していないんじゃないかと思いますが。

できればそこのところ、こんな風に出版後のインタビューでちらっと言うだけじゃなく、魔法界でゲイがどう認識されているのかというところも含めて、本編にちゃんと書いて欲しかったと思いますが…まあ、児童書に対して無理を言っているよな、私(笑)。ホモセクシャリティどころか、ヘテロセクシャリティだってちゃんと書かれてはいないのに。

でも、そのへんを意識しないで読んでいる子供たちが、何年かして少し大人になった時に読み返して、ああ、これはそういうことだったのかと新たな発見をして、ますますこの話が好きになる…このシリーズには、そういうところが沢山隠されているのが魅力だと思います。