Chapter 11-2〜決戦


えー、この項は海戦になります。この巻はこれまで、すわ海戦か?ってところで3回も肩透かしをくっていたのですが、ここでその鬱憤を晴らすように、サプライズ号はトーグッド号と激しい海戦をやらかします。

(念のため:「肩透かしをくった」のは読者ではなく、ジャックとプリングズくんと彼らの部下たちのことです。読者は…他の読者は知らないけど私は、海戦に至らないさまざまな理由(花火のように笑える理由だったり、政治的・戦略的理由だったり)とか、それに対するジャックやソーントン提督の反応とか、海戦シーンに劣らず面白かったけど。でも、海戦だけが目的で読んでいる人はつまらなかったかも。でもまあ、そういう人はここまで読んでいるわけないか。)

でも、海戦って、あらすじにまとめられないのですよね。というか、努力はしてみたのですが、まとめるとちっとも面白くない。そのせいか、この章は欄外のメモも書いてないし。

そこでこの項は手抜きの方法として、ごく一部だけをそのまま引用する形で、なんとかちょっとだけ雰囲気を出す努力をしてみたいと思います。

(グレアム:)「私どもが北で使う、"fey"という言葉をご存知ですか?」「いいえ、知りません」スティーブンは答えた。彼は完璧に意味がわかっていたが、友人の危険なまでの意気軒昂ぶりについてグレアムと話すのは気がすすまなかった。
(Graham) said,'Do you know the word fey, that we use in the north?' 'I do not,' said Stephen. He was perfectly acquainted with the word, but he did not wish to discuss his friend's dangerous high spirits with Graham.


封鎖任務、メディナでの失敗、フランス艦隊に対する失望、慣れない政治的任務と、ストレスの溜まることばっかり続いていたジャックは、ようやく自分の勝手知ったる分野(ストレートな戦闘)に戻れて上機嫌です。いや、上機嫌を通り越してハイになっていて、このダルメシア地方特産のspotted dog(ダルメシア犬)とspotted eagle(スティーブンが見たこの地方独特のワシ)とspotted dick(プディング、spotted dogともいう)をかけたオヤジギャグを飛ばし、例によって自分で笑い転げています。

それを見てグレアム教授が言った言葉が上記の"fey"。スコットランドの言葉で(言い忘れてたけど、グレアムさんはスコットランド人です)「死ぬ運命の;死の前兆である;異常にはしゃいだ;頭の変な;妖精のような」という意味だそうです。スコットランドでは、異常にはしゃいでいるのは不吉な前兆という考えがあるようですね。

さて、サプライズ号はすぐにトーグッド号に追いつくのですが、やっかいなことに僚艦のキタビ号も一緒です。二隻合わせると敵の方が砲の数で約二倍、人員でも180人近く勝っています。「撤退しても不名誉にはならないのでは?」と心配するグレアム教授ですが、もちろんジャックは撤退する気などさらさらなく。トーグッド号に声が届くところまで近づくと、砲撃準備を整えてから、グレアムに通訳させてムスターファに降伏を勧告します。

(ムスターファは)答えを怒鳴り返した。長い答えだった。「要は、拒否しています。」グレアムが言った。「撃て。」
(Mustapha) roard back his answer, a long answer. 'In effect he refuses,' said Graham. 'Fire.'


('Fire'はジャックの台詞です、もちろん。)

この後はとにかく、壮絶な撃ち合い。二隻のフリゲートの間に飛び出したキタビ号をサプライズがずたずたにしたり、斬り込みをしようと艦首に集まっているトーグッドの水兵たちの真っ只中にぶどう弾を撃ちこんだり(命中しても歓声を上げる気にもなれないほどの血みどろ大殺戮)、後ろに回って縦射したり、サプライズの方がだんだん有利な展開になってきますが、トーグッドの破壊力抜群の36ポンド砲もうなりを上げ、巨大な弾がジャックの頭をぎりぎりでかすめ飛んでゆきます。

艦尾甲板のカロネード砲のひとつについている若い水兵が、指が無くなっているのを仲間に見せていた。「全然気がつかなかった」彼は何度もそう言った。「指が飛んじまったのに、まるで気づきもしなかったぜ。」
At one of the quarterdeck carronades a young fellow was showing his mates a lost finger. 'I never noticed it,' he kept saying. 'Never noticed it go at all.'


壮絶さを表すために、ここだけ引用してみました。「自慢してる場合じゃないだろー」と突っ込みたくなりますが。

ジャックの横に立っていたウィリアムソン候補生が、片腕の肘から下をまるごと吹っ飛ばされるシーンもありました。命は助かったみたいですが。(腕を失っても、これでおうちに帰るのならその方がいいような気がしますが、彼の場合。)

しかし、人も艦もダメージは敵方の方が遥かにひどく、またフラフラのキタビ号がトーグッド号に衝突するという(サプライズ側にとっての)ラッキーもあり、ジャックたちはトーグッド号への斬り込みに突入します。

(ジャックはトーグッド号の)甲板に飛び降りた。これほどまでに強く、しなやかな、完璧な体調の自分を感じるのは初めてだった。混乱の中で彼の腹に向かって槍が突き出された時、すばらしい力と正確さで薙ぎ払ったので、槍の先が柄からきれいに外れて落ちた。
He leapt down on to the deck: he had never felt stronger or more lithe or more wholly in form and when a pike come piercing through the confusion, thrusting straight at his belly, he slashed it with such force and pricision that he struck the point clean from its shaft.


砲撃戦であれほど殺しまくったのに、トーグッド号にはまだまだ水兵が大勢残っています。ここからはとにかく、トーグッド号甲板での壮絶な押し合い、へし合い、斬り合い、殴り合い、殺し合い。

このへんを読んで思ったのですが、斬り込みの時って、剣の腕とかはあんまり関係なくて、とにかく数と勢いなんだなあ。というか、「どちらがよりクレージーになっているか」の勝負のような気がする。不器用デイビスが興奮のあまり口から泡吹いてる描写なんか、かなり怖い。

艦長は気づくとかなりの怪我を負っていて、ピストルの弾がかすめたのやら、剣がかすったのやら、デイビスが振り上げた手斧がうっかり後にいた艦長の額に当ったのやら(おいおい)。でも、戦闘中はちっとも痛くなかったりするのですよね。アドレナリンの効果か。

突然、彼の前に空間が開けた。<中略>ジャックの右手から、プリングズがその空間に飛び出し、敵に向かって剣を突き出したが、リングボルトに足をとられて倒れた。一瞬、彼の純真な顔がジャックの方を向いたが、次の瞬間トルコ人の剣が振り下ろされ、再び戦いが空間を満たした。「ノー、ノー、ノー」ジャックは叫び、凄まじい力で前に斬り込んで行った。彼はプリングズの体を跨いで立ち、重いサーベルを両手で持って、一切の防御をせずにひたすら斬りつけ、斬り倒した。
Abruptly there was room in front of him....On Jack's right Pullings lunged into this space, thrusting at his opponent caught his foot on a ring-bolt and fell. For a fragment of time his ingenuous face was turned to Jack, then the Turk's sword flashed down and the fight closed in again. 'No, no, no' roared Jack, driving forward with enormous strength. He had his heavy saber in both hands and taking no guard he hacked and slashed, standing astride over Pullings' body.


これをきっかけに、一進一退だった戦況が一気にサプライズに傾き、ついにムスターファは降伏します。というか本当は、ムスターファ本人は脚が折れているのにあくまで闘いたがっていて、このままではヤバイと思ったまわりの者たちが彼を押さえつけ、無理やり降伏させたのですが。

(モウエット:)「おめでとうございます。ついにネルソンの域に達しましたね。」ジャックは蒼ざめた、厳しい顔で振り返った。「プリングズを見たか?」「ええ、もちろん」モウエットは驚いた様子で答えた。「ウエストコートは台無しだし、頭は混乱しているみたいですが、意気揚々としていますよ。」「艦にお戻りになった方がいいです」ボンデンが言った。「この船はもうすぐあの世ゆきです。」
'Give you joy, sir...You have come it the Nelson's bridge at last.' Jack turned a pale, hard face on him. 'Have you seen Pullings?' ... 'Why, yes, sir,' said Mowett, looking surprised. 'They have fairly ruined his waistcoat and knocked his wits astray; but that don't depress his spirits, I find.' 'You had better get back to the barky, sir,' said Bonden...'This here is going to Kingdom Come.'


ここで告白タイム。

映画を観た人なら、映画の原作が10巻で、映画にプリングズが出てるってことは、彼は8巻では死なないってこの時点で知っているわけですよね。でも、私はそんなこと知りませんでした。映画ができるってことは知っていたけど、私が8巻を読んでいた時点ではキャストの名前が挙がっていたのはジャックとスティーブンとボンデンだけだったし。

だから私、プリングズが死んだと思いました。…いや、正確に言うと死んだと思いました。こういう舞台の話だから、レギュラー脇役の何人かが死んでいくのは仕方ないし、むしろ当然なのに、今まで誰も死んでいなかったから「ああ、ついに…プリングズが最初の犠牲か」と、思ったんですよ本当に。だって、bodyには「身体」の意味もあるけど、"Pullings' body"なんていう書き方だと、「プリングズの死体」だと思いますよね普通。

それで、何が告白かというと…私、実はこのへんを歯医者の待合室で読んでいたのです。それで、あと3P、あと2P…と盛り上がったところで、残念ながら治療に呼ばれてしまいました。でも、プリングズがどうなったのか、気になって気になって仕方がなかった私は、カバンに手を伸ばして本を取り出し…「歯医者の治療台の上で、治療の合間に本を読む」という、かなり恥ずかしいことをしてしまいました。歯医者さんが、「それ何の本ですか?そんなに面白いですか?」とか聞いてくるタイプの人じゃなくてよかった。

映画で有名になったプリングズくんの「ナイキマークの傷」は、ここでこうしてついたものだったのです。それでは、よくファンアートで、8巻より前の絵なのに傷が描いてあるのは間違い?…いえ、いいのです。あれはアトリビュートですから。アトリビュート(属性、象徴物)というのは、宗教絵画なんかで「これはこの人のつもりで描いてます」という目印に人物に一緒に書くモノのこと。だから、「この時点では傷がないはず」とか、「何でここに香油壺が」なんていう細かいツッコミをしてはいけないのです。

宗教絵画というのは、要は聖書のファンアートだなあ、とか常々考えている私ですが、あんまりこういう事を言うとおこられそうなので、この話はこのへんで止めておきます(笑)。

さて、8巻はここで終わりです。「えー、ここで終わり?砲もまだ取り返してないじゃん?マルガ攻撃はどうなったの?」という声が聞こえてきそうですが、これがオブライアンの巻の切り方だと思って諦めるしかないです(本当。)

彼は「その後のなりゆきの転換点となる決定的な出来事(8巻ではこの海戦の勝利)」を書いたら、もうわかり切った事はこまごま語る必要がないとばかりにばっさり切ってしまって、後は次の巻の1章で誰かに説明させる…という語り口が特徴ですので。いや、慣れるとこれも心地よいものですよ(<ちょっと嘘。)

ま、とにかく…このへんまで読んでしまったら、後はきっぱり止めるか一気に行くか、どちらかしかない。困ったシリーズです(<愛情表現)。