Chapter 2-1〜強制徴募


ウースター号、プリマスに寄港。スティーブン、職権濫用

ウースター号は最低限の乗員しか乗せずにポーツマスを出航したので、プリマスで残りの水兵・海尉・士官候補生を揃えなければなりません。(←重要な順に書いてみました。)Receiving-ship(新兵受け入れ船)から送り込まれる徴募された男たちを、プリングズ副長、主計長、軍医、その他の准士官たちが検査しています。副長が話を聞いてable seamanかordinary seamanかlandsmanか階級を決め、軍医が健康診断して主計長が名簿に組み入れて支給品を割り当てるのですが…

さて、impressment(強制徴募)というと、棒を持った徴募隊がそこらを歩いている男を無差別に駆り集めて軍艦に乗せる、というイメージがあったのですが、実際はそうではなかったと最近知りました。強制的に徴募できるのは、船乗り経験のある人だけだったようです。詳しくは、はやまとーこ様のSail ho! 2月20日をお読み下さい。(とーこさん、いつもすみません。)

新兵と言ってもいろいろで、副長と顔なじみで「何だ、またお前か」と言われる根っからの船乗りもいれば、とにかく一時支給金欲しさで来て「女房と子供が桟橋で待ってますから払って下さい」と言う人も、刑務所の代わりに軍艦に来た正真正銘の犯罪者も。

しかし、やっぱり中には気の毒な人もいて…路上で捕まったある園芸業者さんの場合、若い頃に短期間だけ軍艦に乗ったけど、船酔いが治らず、むいてないと悟って、艦が解散した後は海にも近づかないようにしていたのに、顧客に会うためにプリマスへ向う途中で徴募されてしまいました。「妻は商売のことを何も知らないから、私が帰らないと店はつぶれて、妊娠中の妻が路頭に迷ってしまう、どうか帰らせて下さい」と、彼は切々と訴えるのですが、副長は「気の毒だが、法律は法律だ。船に乗ったことのある人間は徴募されるんだ。さあ、ドクターに診てもらえ」と言うばかり。ところが、彼を診察したドクター・マチュリンは「君にはヘルニアの初期症状が出ている、残念ながら失格だ」と言って帰してしまいます。

ここのシーン、「ひょっとして、プリングズとスティーブンはツーカーでやっているのかな」と思ったのですが、後でスティーブンが「ほんの一握りを不合格にしただけで、プリングズもあんなにカリカリしなくていいのに。」とぼやいているので、やはりスティーブン単独の「職権濫用」のようです。一体この調子で何人帰したんだろ。ほっとくと全員、病気ってことにして帰してしまいそう。スティーブンらしくて素敵だけど、副長はたいへんです。

ジャック、士官候補生の親に断りの手紙を書いている。

さて、その頃ジャックは、書記に手紙を口述しています。ジャックは何だかんだ言っても「艦長としては」評判の良い人なので、貴族や議員や海軍の有力者が自分のガキ…いや、ご子息を、士官候補生として乗艦させようと頼んできます。そういうハナタレ小僧ども…いや、若い紳士たちを自艦に載せれば、有力者に恩を売って出世につなげることができるのですが、ジャックは只でさえ大変な封鎖任務にピーピーうるさい雛ども…いや、将来有望だが経験のない若者たちを乗せて面倒を増やすのはまっぴらだと思っているので、「おれは『海に浮かぶ託児所』の乳母をやる気はない、ということを礼儀正しい言葉で書いておいてくれ」と書記に言ったりしています。

まあそれでも、亡くなったold shipmateの息子を母親に頼まれたりすると、ジャックは断れないのですけどね。「初航海の子供は乗せない」という固い決意にもかかわらず、亡くなった友人エドワード・カラミーの未亡人のたっての頼みで、その息子を引き受けざるを得なくなります。ママと別れて涙ぐんでいるちびのカラミーくんを、プリングズ副長が慰めてケーキをあげています。死ぬほど忙しいのに、気配り怠りない副長です。

あ、カラミーくんは映画のカラミーくんですが…しかし、士官候補生に限っては、映画と原作は別人と考えた方が無難です。つまり、カラミーとブレークニーですが。

スティーブンは強制徴募が嫌い。部下を持つのも嫌い。

その夕方、ジャックとスティーブンはいつものように合奏。艦の一部改造と水兵の補充がおおむね上手くいったのでジャックは上機嫌ですが、スティーブンは不機嫌そうです。

ウースター号は戦列艦なので、スティーブンには助手が二人つくのですが、スティーブンは気に入らない様子。彼らが有能かどうかの問題ではなく、部下を持つということ自体が気に入らないのだ、と彼は言います。「誰かが誰かの上に立つという概念自体、ネロからボナパルトに至るまでの圧制の源だ」と言うスティーブン。またずいぶん極端な事を言う…と思うけど、多分、強制徴募に立ち会ったことからくる嫌な気分を引きずっているのでしょう。

根っからの軍人であるジャックの考え方は、もちろん正反対。「上下関係があるからこそ世の中は上手くゆくんだ。天国にだって階級がある。Thrones(座天使)とDominion(主天使)の下にPowers(能天使)とPrincipalities(権天使)がいて、その下にArchangels(大天使)と、平のforemast angelsがいる。」

ここでジャックの言う天使の階級は合ってますけど、foremast angelっていうのはいないと思う…(笑)。(foremast hand, foremast man=平水兵。)でも「フォアマスト・エンジェル」って、なんかいいなあ。思わず、背中に羽根の生えたボンデン(ビリー・ボイドバージョン)を思い浮かべましたが。

ここでジャックは"You have come to the wrong shop for anarchy, brother"(無政府主義はお門違い)と言うのですが、このあたりの台詞は映画に引用されてます。

でも、映画と違ってこのシーンの二人は別にケンカしているわけじゃなくて、ただお互いの意見を言っているだけで、映画みたいに険悪な感じはまったくないです。まったく歩み寄りの余地の無い正反対の意見を持っていても、いまいち会話が噛み合ってなくても、仲の良さには何の影響もないらしいのがこの二人の不思議なところで、また素敵なところです。

二人、ジャックがロンドンで仕入れてきた新しい楽譜を弾く

ジャックがこの楽譜を仕入れた経緯を話すくだりも、ずれていて可笑しいのですが…とてもまとめられないのでパス(すみません)

新しい曲にウキウキしながら挑戦する二人ですが、これがけっこう難物みたいです。楽譜を見ながら小声で「とぅぃーでぃ、とぅぃーでぃ、でぃーでぃでぃーでぃ、ぽむぽむぽむ」と唄っているドクターが可愛い。怪我をして以来腕が落ちている二人は(ジャックは6巻のマスケット銃弾、スティーブンは3巻のフランス軍の「尋問」のせいで)、ところどころ鼻歌で音を補ったりしています。遅くまでトーステッド・チーズにも手をつけずに、夢中でギーギーと不協和音を出しているものですから、キリックはおかんむりです。

しかし、忙しそうな割にはよく合奏している二人…