Chapter 2-2〜花火


【おわびと訂正】ぎゃっ。前回の2章-1、カラミー少年のところちょっと間違えていました。スティーブンの台詞で「カラミー少年が泣いているところをプリングズが見つけて慰めた。あの子は彼を下の階…下部甲板へ連れて行って、プラムケーキの大きな固まりをあげた。恩義の心を知っている子供だ。」…ケーキをもらったのはプリングズ副長の方でした。やっぱり記憶に頼らずちゃんと読みながら書かないとだめですね。すんません…

ジャック、花火屋から火薬を仕入れる

さて、気を取り直して。艦長としてのジャックの信念は、「砲撃こそ軍艦の命」です。いざ海戦となれば、最後には砲撃の速さと正確さが勝敗を決めると考えているため、今までの巻でも映画でも描かれていた通り、砲撃訓練にはことさら熱心です。そして彼は、乗員の腕を鍛えるにはdumb-show、つまり実際に撃たずに砲をごろごろ出し入れする訓練だけではだめだと思っています。しかし海軍が支給してくれる火薬には限りがあるので、火薬を訓練に使うのは禁止されているようです。(海軍本部は、水兵というのは生まれつきの本能で砲が撃てるようになると思っているらしい…とスティーブンは皮肉っていますが)従って、ジャックのように実戦の前に乗員を鍛えたいと思っている艦長は、自分のポケットマネーから練習用の火薬を仕入れておかなければなりません。

しかし火薬は高い。拿捕賞金でうはうはしていた頃なら、ジャックも気にせず買ったのでしょうけど、今は詐欺師のキンバーのせいで財政状況が心許ない身。しかし一方、だからこそ、自艦の砲撃の腕が悪いせいでおいしい拿捕船を取り逃がしたら悔やんでも悔やみきれない。で、安い火薬の出物があると聞いたら飛びつくわけです。今回ジャックが手に入れたのは、廃業した花火屋の在庫品の火薬。すごく安かったので倉庫を根こそぎ買い取ったのですが(まるでバッタ屋)、問題はこの火薬には石黄とかアンチモンとか、えーと私は化学に弱いのでよくわからないのですが、とにかく色をつける成分が含まれていることです。

ウースター号、マオンまで"Moral philosopher"のグレアム教授を送ることに。

ウースター号には乗員だけでなく、地中海へ送ってゆくお客が乗っています。まず、封鎖艦隊の各艦へ送り届ける牧師が7人。(艦隊の司令官ソーントン提督は信心深い方なので。)以前の巻にも出てきたように、牧師を艦に乗せるのは縁起が悪いと言われています。(艦づき牧師の最大の業務が「葬式を執り行うこと」だからでしょうか)一人でも縁起が悪いのに、7人も乗せることになって、スティーブンに「君はそんなに迷信深くないよな?」と言われて否定しつつも、嫌そうなジャックです。

もう一人のお客は、ポート・マオンまで送ってゆくことになっている高名な"道徳学者(moral philosopher)"のグレアム教授。「この"moral philosopher"というのは、君たち"自然学者(natural philosopher)"とどう違うんだい?とジャックはスティーブンに訊きます。スティーブンはいつものように長々と説明するのですが…気がつくと、ジャックの目がほそーくなり、口元がゆるんでいて…これは「いいジョークを思いついて、早く言いたくてしょうがない顔」。

「つまり、君たちは『不道徳学者(immoral philosopher)』ってわけか!」と言って、いつものように自分の冗談に笑い転げるジャックに、「それならグレアム教授は『不自然学者(unnatural philosopher)』か」と呆れるスティーブンですが…

相変わらず、ギャグそのものは全然笑えないけど、それを言っているジャックのうれしそーな顔を想像すると笑えます。いや、でも…「インモラル(ふしだら)な哲学者」のスティーブンというのは、ちょっといいかも…

ジャック、antimonyの効果についてスティーブンに訊く

ジャックは花火屋さんの火薬のことで、アンチモン(antimony)の効果について知っているか?とスティーブンに訊きます。いや、薬としての効果じゃなくて、砲に使ったときの効果のなんだが。「残念ながら、それについてはまったく知らない。しかし、アンチモンは強力な嘔吐促進作用があるから、砲に使えば普通より勢いよく弾を吐き出すんじゃないか?」

…スティーブンのギャグセンスも、ひょっとしたらジャックとどっこいどっこいかもしれないという気がしてきた。

ジャック、砲撃訓練する。

荒天のためしばらくプリマスで足止めをくっていたウースター号ですが、ようやく出航。荒天に乗じて封鎖艦隊をすりぬけた私掠船やフリゲート艦がうろうろしている可能性が高いので、ジャックは張り切って、さっそく砲撃訓練を開始。

ところが、花火の火薬を使っていたため、最初に撃ったボンデンの砲から真っ白な炎が出て、ボンデンをパランティアの石に触れたピピンのように呆然とさせたのをはじめ、普段ならオレンジの炎と灰色の煙が、真紅と、時ならぬ花火大会と相成ります。艦内大爆笑。

後でジャックはスティーブンに、「こんな陽気な砲撃訓練は初めてだ」と言います。「乗員をひとつにするのに、本物の戦闘と同じぐらい役に立った。こんな欠点だらけの艦でも、楽しい艦(Happy ship)にはなれるかもしれない。」『楽しい艦でなければ強い艦にはなれない』というのも、彼の信念でした。

ウースター、フランス艦を発見

翌日の夜明け前、ウースター号は船影を発見します。それは敵船、しかもジャックが望んでいた私掠船やフリゲート艦ではなく、もっと素晴らしいもの…74門のフランス戦列艦、Jemmapes号です。戦力的にウースター号とはまさに五分と五分、しかも位置的にも、先に戦闘準備ができる点でもウースターに有利。願ってもない状況で、乗員たちは張り切って戦闘準備に入ります。

映画ではあまり感じられませんが、敵船を発見してから戦闘になるまでって、実際にはけっこう長い時間がかかるようです。まとめるのが難しいのでこの「感想」ではいつも飛ばしてしまうのですが、戦闘前数時間の、準備が整い緊張が高まってゆく描写もけっこう好きです。映画を観てから、clear for action/beat to quartersの具体的なイメージと、あのトンカトントンと障壁を外している音が頭に浮かぶようになって、より味わい深く読めるようになりました。

この時点で、スティーブンはまだ彼の戦闘配置(コックピットの救護室)に行かず、艦尾楼で艦の様子を眺めています。彼は最初の負傷者が運ばれるまで下に行かないことが多いそうですが、いいのかな?今回は優秀な助手が二人いるので、安心しているのかもしれないけど。

そしてジャックは…「こういった場合には(スティーブンは何度も見たことがあるのだが)ジャックは遠く離れた他人のようで、彼の知りつくしている陽気な、あまり賢くない友人とは別人になる。固い、力強い顔、冷静でありながら激しい生気に溢れ、有能で、決然として、厳しい顔、しかしどこか、猛々しくも鮮やかな幸福感が表れている顔。(”On these occasions, and Stephen had known many of them, Jack was as it were removed, a stranger, quite unlike the cheerful, not over-wise companion he knew so well: a hard, strong face, calm but intensely alive, efficient, decided, a stern face, but one that in some way expressed a fierce and vivd happiness.”)」長々と引用してしまいましたが、いいなあ。素敵だなあ。

ウースター、Jemmapes号と戦闘する。

Jemmapes号は明らかにウースター号より航行性能が良いのですが、向こうも逃走する気はなく、互角の相手に戦闘する気満々で近づいて来ます。こちらもやる気満々のウースターは、相手を充分引きつけてから、絶妙のタイミングで一斉射撃するのですが…

砲撃したウースター、色とりどりの煙に包まれる。

…前日の砲撃訓練の後、火薬を戦闘用に入れ替えて置くのを忘れていたため、片舷斉射と同時に、ウースター号は白・赤・オレンジ・緑・青の光と煙に包まれます。フランス艦はこの英国軍の怪しい秘密の新兵器に恐れをなし、ほうほうの体で逃げてゆくのでした。

もちろんウースター号は追いかけますが、元々切り上がり性能(どのぐらい風上に近い角度で進めるか)に劣るウースターが追いつけるわけもなく、逃げられてしまいます。

フランス艦に逃げられる。ジャック、プリングスのために悔やむ。

絶好の機会を逃したジャックは、心から落胆します。というのは、互角の勝負で勝利すれば、副長のトム・プリングズは確実に海尉艦長になれたからです。というより、海軍に艦長と海尉の有り余っている今、金なしコネなしのプリングズくんにとっては、そういう大手柄でもなければ永遠に昇進のチャンスはないのです。同等の戦列艦と、こちらが有利な状態で一対一の勝負なんていうチャンスは、もう一生ないかもしれません。「あと5分…最初の砲撃をあと5分待っていれば、相手が戦わざるを得ない状況にもってゆけた。あと5分あれば、トムは艦長(commander)か、でなければ死体(corpse)になっていただろう」とジャックは悔やみますが…

さすがに落胆を隠せないプリングズに「被害は?」と訊くと…「死者はいません。負傷者は4名。…でも、非常に残念なことに…ドクターが負傷されました。」