Chapter 4-2〜ミッチェル提督


ジャック、ミッチェル提督に招かれる

さて、その後ウースター号は封鎖任務のルーティーンに入ります。そのへんの細々したところはざっと飛ばさせていただくとして…

ジャックは封鎖艦隊のうち沿岸艦隊(inshore squadron)を率いているウィリアム・ミッチェル提督に招かれて、彼の旗艦サン・ジョセフ号へ。このミッチェルさん、実在の提督なのですが、面白い人物です。

これからサン・ジョセフ号へ行くところのジャックに向って、スティーブンが「最近体重を量ったか?」と訊くシーンがあります。ジャックはまた何か嫌味を言われるのかと思って身構えるのですが、スティーブンは逆に「2ストーンぐらい減っているんじゃないか?」と…心配事がすぐ体重に表れるジャックですが、現在は例のキンバーの裁判沙汰のことがよっぽど応えているようです。2ストーンって12.7kg…いきなりずいぶん減ってるなあ。

しかしジャックは、「それはちょうどよかった、今日はミッチェル提督と食事をするから。ストッキングも二枚重ねて履いたし…」と謎の言葉を残し、スティーブンを「???」とさせたままミッチェル提督のところへ渡って行くのでした。

ジャック、ミッチェル提督とマスト登り競争をする。

ミッチェル提督は小柄で元気溌剌、「灰色の髪を、最新流行の短く刈って前になでつけた髪型にし、感じのよい西部訛りで話し、Hをめったに発音しない」。Hを発音しないのは下層階級出身のしるしで、小説ではこの発音を「'im (him)」とか「'ole (whole)」とかいうふうに表現したりもします。

彼は昔なじみのジャックを暖かく歓迎し、彼の予想していた通り、「食事の前にクロスツリーまで競争しないか?シャンペンを1ダース賭けて?」と言い出します。どうやらこの提督、客が来ると必ずこれをやっているらしく、前回の客の艦長は卒中の発作を起こしたらしい。客がないときには部下を相手にしているらしく、「サン・ジョセフ号の海尉たちはみんなスリム」っていうのが可笑しい。

ジャックは体格の割には身軽で、「大きい種類のおサルのように敏捷に(as nimbly as one of the larger apes)」シュラウドを駆け上るのですが、彼より20歳以上年上の(つまり60歳越えている?)提督はそれ以上に「鳥のように」身軽で、ジャックより早くクロスツリー(マストのてっぺん)に到達します。やーん、素敵♪

しかし、ロープを伝って滑り降りる競争ではジャックの方が体重があるだけ有利で(15ストーン対9ストーン)、勝ってしまいそうになったので、勝ちを譲るためにロープをわざと強く握ってブレーキをかけるジャック。お陰で掌がすりむけてぼろぼろ、ストッキングもぼろぼろ。

前回、ソーントン提督がどこかスティーブンに似ているって書きましたが、このミッチェル提督はジャックにどこか似ている気がする。ジャックが提督になっても、60過ぎても、若い連中にマスト登り競争を挑むような人であって欲しいな。

ジャック、ディナーでスティーブンのジョークを披露する。

運動して食欲がわいたところで、賭けに負けたジャック提供のシャンパンを飲みながらディナー。座が盛り上がったところで、ジャックは「取っておき」のジョークを披露します。「私はウィットのある方ではないのですが、うちの軍医はたいへんウィットに富んでいまして…」

それがスティーブンの「ドッグ・ウォッチ」ジョーク。(2巻下335p参照)。映画にも使われていた6巻2章の"the lesser of two weevils"ジョークと並んで、このシリーズの生んだ2大ジョークとでも言うべきもの(かな?)。
蛇足ですが、一応解説しておきますと…

艦の一日は4時間づつの当直に分かれているのですが、午後4時〜8時は二時間づつの短い当直に分かれています。(そうすると1日の当直が奇数になり、同じ班が同じ当直を繰り返すのを防げる。)これを日本語では折半直と言うのですが、英語ではdog watch(犬当直)と呼びます。なぜ「犬」なのかは誰も知らないのですが、2巻で初めて軍艦に乗った牧師さんにそれを訊かれた時、誰も答えられない中でスティーブンが、「それはちょん切られて(curtail)いるからです」と答えたのです。つまり、

curtail=途中で切る
cur=雑種犬、駄犬
tail=尻尾

の三つをかけているのです。weevilとevilをかけただけのジャックのジョークと違って、結構複雑な考えオチになっているのが、さすがスティーブン。その時は、解説してしばらく考えなければみんなわからなかったほどでした。

普段は自分のジョークに自分で先に吹き出してしまったりしがちなジャックですが、スティーブンのこのジョークを言うときは、一発でわかってもらえて、しかもちゃんとウケルように、話し方に細心の注意を払っているのがいじらしい。努力の甲斐あって、これは大ウケし、提督は涙を流して大笑い。ジャックに乾杯し、ドクター・マチュリンの健康に"three times three and a heave-ho rumbelow"で乾杯(<よくわからないけど…3×3回とラムの一気飲みを1回、かな?)…

二日酔いのジャック、砲撃訓練する。

すっかり出来上がってウースター号に帰還したジャック。しかし元々酒に強く、少し痩せたとはいえ身体にワインを吸収する余地はたっぷり残っている彼は、ちょっと昼寝した後、すっかり酔いを醒まして甲板に戻って来ます。しかし頭は痛く、聴覚は妙に鋭く、つまりは二日酔い状態(<日が変わっていないからこう呼んでいいのかわからないけど。)しかし、その様子を思いやったプリングズが「今日は砲撃訓練は止めておきますか?」なんて訊いてしまったものだから、ジャックはかえって意地を張って「何故止めるんだ?今日は6回余分にやる」と宣言してしまいます。頭にガンガン響く砲の轟音に、背中でぎゅっと手を握り締めていたため、マスト降り競争ですりむいた手をすっかり悪化させてしまい、自分の頑固さを後悔するはめになるのですが。

キャビンに戻るとキリックが熱いコーヒーを用意しています。二日酔いのジャックを気遣って淹れたのですが、二日酔いがみんなにバレていないつもりのジャックに「何でこんな時間にコーヒーを淹れているんだ?」と訊かれて、「ドクターが艦長の手を診に来るからですよ」と、不機嫌そうにぼそぼそ嘘をつくキリックが可愛い。

ジャック、ミッチェル提督の話をする。

コーヒーを飲み、すりむけた手にスティーブンの軟膏を塗ってもらって大分回復したジャックですが、まだ愚痴っぽい気分は治らないようです。というのは、海軍式の刑罰を目撃したマーティン牧師が、そのショックをかなり艦長にぶつけたようで…「艦隊引き回しの鞭打ち刑というのはたしかに見るに耐えない光景かもしれないけど、それで必ず死ぬか破滅ってわけじゃないんだぞ。おれが今日一緒に食事した相手は、提督だが、艦隊引き回し鞭打ち刑を受けたことがあるんだ。」「ミッチェル提督が?提督が鞭打ち刑を受けるなんて珍しいな。」「もちろん、刑を受けた当時は提督じゃなかった。当たり前じゃないか。何を考えているんだ、スティーブン?」

この、スティーブンがあまりにあほな事を言った時にジャックが必ず言う"What a fellow you are, Stephen"という台詞が、なんとなく大好きです(笑)。

で、このミッチェル提督ですが…この人の一代記だけでシリーズになりそうなのですが、ここでは半ページにまとめられているのが凄い。それをさらにはしょりますと、

強制徴募される→陸に恋人がいたため、何度も何度も脱走する→ある時艦長の刑罰を拒否し、軍法会議にかけられる。見せしめのため500回の艦隊引き回し鞭打ち刑を受けるが生き延びる→カリブ海にいた時、艦が黄熱病に襲われ乗員の半分が死ぬが彼は生き延びる→不足を補うため士官候補生に格上げされる→勉強して海尉任官試験に合格→フランス艦を拿捕し勅任艦長に→提督となり現在に至る…

ミッチェルのことを語り終えたジャックがしみじみと言う言葉が、ちょっと悲しい…

「運というのは長い目で見れば公平にできているんだな。ミッチェルは若い頃ひどいめに遭ったが、後でその埋め合わせがきた。逆におれは、若い頃はすごく運に恵まれていて、カカフエゴやファンシウラを拿捕したりソフィーと結婚できたりした。時々思うんだが…ミッチェルは艦隊引き回し鞭打ち刑で人生を始めた。おれはそれで人生を終えるのかもしれない。」