Chapter 5〜封鎖任務


封鎖任務に入ったウースター号。ソーントン提督の厳しい監視の下、ちょっとでも隊列を崩したり方向転換でもたついたりしたら大恥をかくことになるので気は抜けない。上陸はおろか、補給艦もめったに来ない、外の世界から切り離されたハードで辛い任務です。

さて、今回は趣向を変えて、封鎖任務の間、艦隊の乗員がどのように気を紛らわしているか、その娯楽について語りたいと思います。まずは提督もご推奨の、罪のない娯楽から。

娯楽その1:音楽。

ウースター号の水兵たちには、なぜか音楽の才能に恵まれている人が多いようです。楽器を演奏できる人、歌の上手い人…

労働争議を起こしたかどで軍艦送りになった新米水兵たちが、ヘンデルの「メサイア」を歌えることがわかり、マーティン牧師の指導により聖歌隊が組織されます。大声で歌うことはストレス解消になるのか、水兵たちは喜んで参加し、毎日ハレルヤ・コーラスがウースター号の甲板を震わせています。ボロ艦のウースター号が共鳴でバラバラにならないかと、ちょっと心配ですが。

ジャックも暇がある時は立ち寄って、「力強いバス」でハレルヤ・コーラスに参加したりしています。ジャックの歌声はバスなんですね。ラッセル・クロウの声は、台詞を言うときは低くて渋いけど歌声はけっこう高くてテノールに近いんだよな…いや、まあ関係ないですけど。

もっとも、艦長の一番の楽しみは合唱隊より、毎夜のスティーブンとの弦楽二重奏なのですが。

娯楽その2:芝居。

艦内で一番退屈が応えていない人たちといえば、士官候補生たちです。毎日覚えることが山ほどあって退屈している暇がないのもあるでしょうけど、いかなる環境でもすぐに適応し、退屈を知らない…それが若さと言うものかも…(遠い目)。

士官候補生たちは余興として芝居をすることになり、艦長の提案で「ハムレット」を演じることに。艦の肉屋の協力により、スプラッタな「ハムレット」になりそうです。

オフィーリアはやっぱりカラミーくんかしら?と思ったら、「唯一まともな顔で歌えて声変わりしてない士官候補生」のウィリアムソン君になったようです。ウィリアムソンくんは映画のウィリアムソンくんと、ほぼ同じキャラ。カラミーより年上なのは違いますが。映画版サプライズ号の士官候補生でハムレットをやるとしたら、オフィーリアはブレークニー?いや、やっぱりウィリアムソンでしょうか。

娯楽その3:鳥の観察。

某軍医と某牧師限定。もっとも、この章では観察するだけじゃなくて、動物保護もやってます。

ある日、アフリカ大陸から北に渡りの途中のウズラの群れが、嵐に巻き込まれて艦にばたばた落ちて来るという事件があります。ぐったりしている鳥を拾い集めて、乏しい食卓の足しにしようする乗員たち。走り回ってウズラを守ろうとするマーティン牧師。幸いその日は日曜日で、総員点呼(divisions)が始まったので、乗員全員が一張羅を着て整列しなければならず、ウズラにかまっている暇はなくなります。そこらじゅうウズラだらけの中、艦の見回りをする艦長。

シックベイ(病室)に行くと、軍医(スティーブン)が傷病者の報告をした後、「ところで艦長、ウズラのことですが、乗員たちの健康に対して深刻な脅威になると思われます−毒を持っているかもしれません。対策を講じることをお勧めします…」

divisionsで報告する時は、スティーブンは艦長に対して"Sir"付けで話してます。スティーブンがジャックに敬語になるのはこのdivisionsと、あと戦闘の後「肉屋の勘定書」を報告する時だけ。スティーブンがジャックを"Sir"付けで呼んでいるのを読むと、妙にどきどきしてしまうのは何故?

スティーブンは医者の権威を、マーティンさんは牧師の権威を使ってウズラを守る。点呼の後の礼拝で旧約聖書を曲解(?)して「ウズラは罪の象徴」という説教をぶち、その間にスティーブンが礼拝に出てない人々(英国国教徒じゃない人々)を率いてウズラを逃がすという連携プレーで、ほとんどのウズラは無事救出されたようです。このエピソード好き。

娯楽その4:故郷からの手紙。

故郷を離れた船乗りたちにとって、何といっても一番楽しみなのがこれ。封鎖艦隊にはめったに外の世界の情報が入らないので、たまに補給船が乗せて来る故郷からの手紙や新聞は宝石よりも貴重なものです。

この手紙を運んできた艦がまた懐かしい艦で、ジャックはわざわざ下にいるドクターを「驚かせること(surprise)があるから」と呼びにやったりしています。(そう、サプライズ号です。)ジャックはこの時点では、サプライズのことを「最初の指揮艦ソフィー号の次に好きな艦」と言っています。後に「一番好き」になるのですけど。

サプライズ号が運んできた手紙には、ジャック宛には家族の近況を書いたソフィーの手紙、スティーブン宛にはスペル間違いだらけの豪快な字で華やかな社交生活をつづったダイアナの手紙(妊娠はしていなかったというさりげない報告つき)、それにもちろん、サー・ジョセフからの「'My dear Maturin'への、親しみの、いやむしろ愛情のこもった手紙(a friendly, even an affectionate letter)」(笑)。しかし、スティーブン宛にはその他に、大いに気になる手紙が一通。それは匿名の手紙で、その内容が「ダイアナがヤゲロと浮気をしている」というチクリ手紙…

ええーー!大変じゃないか!と思う読者(私)をよそに、スティーブンは手紙の内容はまるで気にしていない様子。むしろ手紙の差出人を推理することを楽しんでいるようで、それならまあ、嘘だと思っていいのかな…とちょっと安心したのですが…しかし、ホントにウソなのか?誰が何の目的でそんな手紙を? …と、この手紙の真相が気になっていた事が、この辺りをノンストップで読み続ける大きな原動力にもなっていたのですが。これ、ひきずるんですよ結構。ほんとに、やきもきさせる夫婦なんだから〜

娯楽その5:酒。

以下は、あまり推奨できない気晴らし。

音楽にも芝居にも自然観察にも興味がなく、手紙をやりとりする相手もいない人が退屈を酒で紛らわすのは、やはりよくあること。特に、元々酒飲みの傾向がある人は押さえがきかなくなるようです。特にソマーズ三等海尉。ある時当直中に酔っていて、艦隊が同時上手回し(方向転換)をする時に見事に失敗します。あわてて駆けつけた艦長がフォローしたために、隣の艦との衝突はぎりぎりで免れたのですが、ウースターは全艦隊の前で大恥をかくことになってしまいます。

当然、艦長は彼を厳しく叱責するのですが、酒のせいで判断力を失っているソマーズは反対に艦長にケンカを売り、マウアットがタイミングよく止めなければ殴りかかっていたところ。さすがに愛想をつかしたジャックは、「彼はおれの艦では二度と働かせない」と宣言。軍法会議に訴えて彼を除隊にすることも出来たのですが、それは思いとどまり、結局、他の艦の海尉と交換することで決着するのでした。

私は個人的には、軍法会議に訴えて海軍を追い出すべきだと思うのですが。だって、こういう人が艦長になったら部下が可哀相だもの。ソマーズも、個人の立場では(素面の時は)そんなに悪い人ではないのですよ。でも、海尉というのはいずれ艦長になる可能性が高い。艦長になると、ヘニッジ・ダンダスも言っていたように「半神(demi god)」の役をやらなければならない。神の代理になる人が無能なのは、悪人であることより罪が深いと思うから。

娯楽その6:女。

艦隊に女はいないだろうって?いや、全然いないわけじゃないのですよ。士官候補生の世話をする掌砲長の奥さんとか…それで問題が起こったりもしますが、今回はそうじゃなくて、陸にいる女の話。

この章、マーティン牧師が大活躍ですが、彼はウースター号の牧師じゃないのに、なぜいつまでもいるのでしょう?それは、彼が赴任するはずの艦バーウィック号が、パレルモに補給に行ったまま帰ってこなかったからです。バーウィック号のベネット艦長には、そこに美しい赤毛のイタリア人女性の愛人がいて、出航命令を無視してぐずぐずしていたようなのです。

よくある話ではありますが、厳格なソーントン提督の逆鱗に触れたら、それこそ海軍を追い出されかねないので、ベネットとは古い友達のジャックは心配しています。やっと艦隊に戻ってきたベネット艦長を食事に招いて、遠回しに忠告しようとするのですが…これが難しい。ジャックが同じようなことをしていた時なんか、忠告してくれた友人をうっかり侮辱して決闘になりかけたからなあ。(2巻のあれです。)

恋に浮かれているベネット艦長は、遠回しな忠告なんか聞いちゃいない。件のイタリア人レディの魅力について微に入り細に入り、たっぷりノロケを聞かされ、「結婚式では花嫁にキスさせてやるぞ」とか言われたジャックは、逆にベネットが羨ましくなってしまう始末。「そういえば、長いこと誰にもキスをしていない…これからも長いことキスすることはないだろう…」と、どうやらすっかり…なんというかその…寂しくなってしまったご様子。気持ちはわかるが、駄目だなあ。

女と言えば…(無理やりなつなげ方ですが)、「ショッキングなほど若い頃から」女性を追いかける熱心さにかけては誰にも負けなかったウィリアム・バビントンくんがこの章から登場します。彼は今はドライアド号という不恰好なスループ艦の海尉艦長(コマンダー)をやっているのですが、封鎖艦隊に参加することになります。

懐かしい仲間に会えて喜ぶジャックたちですが、バビントンは気のすすまない様子で「ハート提督に挨拶してこないと」と言っています。何でも彼は、ハート提督の娘のファニーと恋仲になって、提督を怒らせたとか。

このファニー・ハートちゃんがどんな娘かというと、スティーブンとジャックの回想では「…ずんぐり太った、色の黒い、毛深い、にきびだらけの少女をぼんやりと思い出し、二人の心は沈んだ」って、ちょっとそりゃあんまりじゃありませんか。何のかんの言って、面喰いだよなあこの二人は。

その点、バビントン君は容姿で差別したりいたしません。彼にとっては「スカートをはいていればすべて美女」。若い美女でも中年の独身女でも、アボリジニのレディから体重90キロの中国人まで、世界中であらゆる人種・容姿・年齢の女性を相手にしてきたそうで、プレイボーイとか浮気者とかいう範疇を超えて、何だか尊敬の念さえ沸いてきたぞ(笑)。

というわけで、バビントンは容姿など気にしないのですが、問題は彼女がハート提督の娘であることと、父親がコネをつけるために、彼女を海軍の偉いさんであるアンドリュー・レイと結婚させようとしていること。それで提督は烈火のごとく怒っているのですが…実は、バビントンがジャックの可愛がっている部下だってことも腹が立つのかもね。ジャックに妻、その子分に娘…