Chapter 6-1〜風邪とサイ


ジャック、スティーブンがいなくなって寂しがる

さて、スティーブンは出航前からの予定に従い、お仕事でバルセロナへ行ってしまいます。この章の最初の3分の1ぐらいのジャックは、とにかくスティーブンがいなくて寂しい、寂しい、寂しいと…ああもう、わかったから、と言いたくなる…嘘です、可愛いから何度でも寂しがって下さい(笑)。

艦長というのは艦上では孤独なものですが、その寂しさを紛らわすため、親しい人と一緒に航海する艦長もいるようです。しかし、

・妻や愛人を乗せる==>軍紀違反であり、ソーントン提督のような厳格な人の元では問題外
・友人を乗せる==>どんなに親しくても、「艦長の友人」というだけの立場でずっと艦上にいるのは耐えがたい
・部下(海尉)の中に親友がいる==>特別に誰かに目をかけると、他の部下に嫉妬が起きる

…と、いずれも問題があると。その点スティーブンは、「軍医」という艦の一部としてしっかり機能していて、しかも他の士官と競争にはならない立場だから問題なし。艦長になって以来ずっと彼と一緒に航海できた自分はとても幸運だ、とジャックはしみじみと思うのですが…

それより意外に思ったのは、艦長が話し相手に友人を艦に乗せることなんかあるんですね。

前の章で書いたようにウースター号は音楽のできる人が多く、また"Happy Ship"なので、毎晩遅くまで水兵たちが歌ったり踊ったりしています。ジャックが艦長室で、フォクスル(艦首楼)から流れてくる音楽を聴きながら、若い頃を思い出してこそっと踊ったりしているのが、可愛いけどちょっと寂しそう。いくら慕われていても、水兵の楽しみに艦長がまざるわけにはいかないのよね。

ジャック、風邪をひく

ジャックは寂しさのあまり病に倒れ…というのは嘘ですが、風邪をひいてしまい、キリックにここぞとばかりに威張られています。(「…何やってるんですかオーバーも着ないでマフラーもしないでまったくドクターがここにいたら何て言うかほらほらハンカチ干すんだからどいて下さいよ…」)

ここでキリックがジャックに飲ませる「ホット・レモン・シュラブ」が美味しそうだったので、例によって「Lobscouse & Spotted Dog」のレシピを引用しておきます。

Lemon Shrub:レモンジュース1/2カップ・砂糖3/4カップ・ラム2カップにレモンの皮1個分を加えてよくまぜ、瓶に入れて1週間以上寝かせておく。飲むときは熱湯で3〜4倍に薄める。

ビタミンCと水分と、身体を温めるアルコールと咽喉にいい砂糖と、風邪にはぴったりの飲み物ですね。風邪を引いたときに試してみよう。でも、1週間寝かせなきゃいけないってことは、普段から用意しておかなければいけないのか。ジャックはめったに風邪を引きそうもないのに、ちゃんと用意してあるキリックはさすがだわ。

風邪っぴきで旗艦に出頭したジャックは、いろんな人に、コショウ入りの熱燗だのオニオンスライスだのSpanish Fly(※)だの、様々な民間薬を薦められて、しかもスティーブンと違って人の好意をムゲに断れない人なので、えらい目に遭います。

※Spanish Fly:カンタリデス(cantharides)ツチハンミョウ類を粉末にした製剤。極微量を誘導刺激薬,利尿薬,媚薬とする。(…媚薬?)

風邪が悪化したのに、スティーブンの助手に診てもらうのはスティーブンに対する裏切りのような気がして、怪しげな民間療法だけでがんばっているジャックがまた…

不器用デイビス(Awkward Davis)、別の艦から強引にウースター号に移ってくる

映画に出てきた水兵の中に、ひときわごっつい顔の、太目の人がいましたよね?あれが「不器用デイビス」です。(えと、この感想を読んでいる人は全員映画を観ているという前提で書いていますが、いいですよね?もし観ていない人がいらっしゃったら…観て下さい(笑)。)

映画では彼はそれなりに有能で優しい感じでしたが、原作の彼は、ごっつい所は同じですが、長年水兵をやっているのに何をやらせても不器用、その上喧嘩っ早く凶暴で、あまり部下には持ちたくないタイプです。彼はかつて海に落ちたところをジャックに救われて以来、ジャックを熱烈に慕っているので(あんたもか)、いつもジャックの艦に強引に志願してきます。(また元の艦長が喜んで手放すので、たいがい問題なく移って来る。)ジャックにとっては有難迷惑なのですが、命を救ってしまったために一種の「責任」を感じて、いつも彼を受け入れざるを得ないはめに陥っています。

この、命を助けると、助けられた方がワガママになり、かえって助けたほうが責任を感じて弱い立場になっていしまうっていうのはなんででしょうね。3巻以来のジャックとスティーブンも、そういう面があるような…デイビスとはちょっと違うけど…

ウースター号、命令を受ける

さて、ウースター号とバビントンのドライアド号は、封鎖艦隊を離れ、バーバリーコースト(地中海のアフリカ北岸)の都市、メディナ(※)とバルカへのお使いの任務に出かけることになります。まずドライアド号がメディナへ行って領事に書類を届け、その後落ち合ってバルカのパシャ(※)に贈り物と大使を届けるという単純な任務。のはずなのですが…

ソーントン提督が別方面に行っていて留守のため、ジャックはこの命令をハート提督から受けます。ハートは「メディナとバルカは中立の港だから、中立を破ることがあってはならない(こちらから攻撃してはいけないということ)」と念を押すのですが…しかし、何かを隠しているようなハートの様子に不審を感じたジャックは警戒し、後で文句をつけられないように命令を細かいところまで文書にしておいてほしい、と強く要望します。

※メディナ(Medina)・バルカ:架空の港。このシリーズ専用地図本「Harbors and High Seas」によるとメディナはアフリカ北岸、現チュニジアのガベス湾、バルカは現リビアのシドラ湾辺りにあるようです。私は最初に読んだ時、まだ地図本を買ってなかったので、サウジアラビアのメディナ(港町ではない)かと思って混乱してしまったのですが。前にも書いたけどこの地図本は非常に便利です。シリーズ本編の他に関連本を1冊だけ買うなら、これがオススメ。

※パシャ(Pasha):オスマン・トルコ帝国支配下のイスラム教の国の地方武官・文官。名目上はコンスタンティノープルのサルタンとSublime Porte(大宰相府)の支配下にあるが、各地方ではそれぞれのパシャやベイ(bey、地方長官)が好き勝手に権力を振るっている。また権力争いが激しくしょっちゅう権力者が変わる。英国はフランスとの対抗上、各地の権力者を味方につけておくことが絶対必要。それをがっちり把握しているのがソーントン提督というわけですね。


バビントンとプリングズとマウアット、食事する

プリングズとマウアットは懐かしい友人と旧交を温めるわけですが、3人の中ではバビントンが一番若いのですよね。1巻を思い出してみると、バビントンはプリングズより5歳ぐらいは若い気がするのですが。

なのにバビントンはすでに海尉艦長、1〜2年後にはおそらく勅任艦長、(死ぬか女で失敗しなければ)いずれは提督。一方のプリングズとマウアットは、大勝利の海戦に参加するという幸運にでも恵まれない限り一生海尉、しかも乗る艦がなくて陸上半給生活になる可能性も高い。不公平ですが、プリングズもマウアットも、バビントンに対してはちっとも嫉妬していないようで。バビントンがいいやつだからでしょうね。もちろん、プリングズとマウアットもいいやつだけど。

輸送艦ポリフィマス号、犀を乗せている

ウースター号とドライアド号は、バルカのパシャへの贈り物を載せた輸送艦ポリフィマス号と落ち合います。その贈り物というのが、なんとサイ。ちゃんと生きたサイです。毎日運動させなくてはいけないので、船艙から滑車とロープで吊り上げて、みんなで苦労しながら甲板をよたよた歩かせているのですが…その様子をあっけにとられて眺めているウースター号の乗員たちの心には、一人残らず、艦長が思わずつぶやいたのと同じ言葉が浮かんでいたことでしょう−「ドクターがここにいたらなあ。

私も最近、NHKの動物ドキュメンタリー番組とかを見ると、必ず考えてしまうのですよね−「スティーブンがこれを見たら喜ぶだろうなあ」と。

この章にはスティーブンは出てこないのに、スティーブンのことばっかりだ。この章のテーマは"Wish you were here"ということで。