Chapter 6-2〜中立の港


バビントン、メディナにフランス艦隊がいたと報告する

ウースター号とバビントン艦長のスループ艦ドライアド号は封鎖艦隊を離れ、パレルモ(シチリア)沖で輸送艦のポリフィマス号と落ち合い、バーバリー・コースト(アフリカ北岸)に向います。まず命令通り、ドライアド号が2隻と離れて、メディナの領事に書類を届に行きます。

ところが、ドライアド号は予定より早く、ウースターの元へ飛んで帰ってきます。ジャックの元に駆け込んで来たバビントンの報告によると、メディナ港にはフランス艦が−74門戦列艦が1隻とフリゲートが1隻、碇泊していたというのです。ドライアド号はもう少しで拿捕されるところを間一髪逃げてきた。敵がいなくなる前に早く3隻で戻って、フランス艦を拿捕しましょう、書類はその後届ければいい…と、戦闘の見通しに目を輝かせているバビントンですが…

ジャック、フランスとの戦闘見通しを検討。

戦闘があるらしいという噂はウースター艦内にあっという間に広がり、みんな異常に張り切り出します。以前にジャックの下で航海したことのある水兵たちは、ソフィー号やサプライズ号での美味しい思いをよく覚えているし、航海した事のない水兵たちも彼らから話を(それも、多分いささか誇張した話を)聞いているので、今回も拿捕賞金ががっぽりいただけると信じて疑っていない。

しかし、彼らの期待とは裏腹にジャックは、彼には珍しく、海戦の期待にもいつものように心が高揚しない自分を感じています。この戦闘の見通しに悪い予感を感じているからです。その理由はまず、3隻対2隻とはいえ、小さなドライアド号と輸送艦のポリフィマス号では、よっぽどうまく戦わなければフリゲート艦に対抗できないこと。相手が港に碇泊している場合、外海での戦闘と違い、操船の腕や機転や運の入り込む余地があまりないこと。そして何よりも、メディナは「中立の港」であるため、こちらから攻撃した場合中立違反になり、後で非常にやっかいな立場になるということ。

メディナの湾に入る。戦闘準備。

ウースター号は戦闘準備(clear for action)に入りますが、ジャックは3隻の全員に、「マスケット銃もピストルも砲も、命令があるまで絶対に撃つな」ということを徹底させます。「命令前に撃ったら鞭打ち500回、その班の上官は除隊処分」と。

この「中立の港」で戦闘をしてはいけないというのは、結構きびしいルールのようですね。ジャックは2巻で中立の(「港」ではないけど)船を拿捕し、損害賠償を請求されて、それが借金の原因の一部になってましたから、後で法律的にややこしいことになる辛さは身にしみていることでしょう。

そういえば、6巻でスティーブンがボストンでフランスの諜報員に殺されそうになった時、ジャックは「中立の港で船を襲うようなものだ」と怒ってましたっけ。

ところで。clear for actionに入ると、艦長の私物は大事に船倉にしまわれます。映画でもキリックが銀食器を必死で運んでいましたね。ジャックはここで、普段は楽譜台として使っているドクターの「あの物体」(ダイアナのプレゼント)を気にして、わざわざ船匠に「気をつけてしまってくれ」と言うのですが、なんと手回しのよいことに、これをしまう時の専用のクッション付の箱が作ってあります。この「ケースのケース」を作ってくれたのは「艦長付指物師(Captain's joiner)」のポンドさん。そんな人までいるんですね。「こんなの、海へ持ってくるような代物じゃないですよ」とかぶつぶつ言いながらも、大事に安全にしまってくれます。

そもそもこの「物体」(doctor's objectとかdoctor's articleとか呼ばれている)、普段はキリックがしっかり磨き上げて、傷や汚れから守っています。スティーブンが楽譜台にしているんじゃ、完全に汚れから守るのは不可能でしょうけど。いや、スティーブンも大事にはしているんですけど、大事にしているからこそしまいこまずに出来る限り使っているのでしょうけど、物を汚さずに使うなんて彼には無理だから(笑)。

このプレゼントの扱いひとつを見ても、艦内でのドクターの愛されっぷりが分かります。まあ、キリックは単に、高価な品物を大事にするのが本能的に好きなのかもしれませんが。今も艦長に「二番目にいい軍服」を着せながら、汚されるのが嫌で不機嫌になっています。自分は汚いシャツとpetticoat breech(スカート型になっているブリーチ…つまりキュロットスカートみたいなもの?)に着替え、長い弁髪をまるめて団子にしているので、その姿はまるでオバサン。

ジャック、バビントンとパターソンに作戦を説明する。

パターソンというのは輸送艦ポリフィマス号の艦長です。ジャックは二人をウースター号に呼んでこれからの作戦(至近距離で砲を撃ち込み、すぐに斬り込み)を説明し、「決してこちらから先に撃ってはいけない」ともう一度念を押します。パターソンは「フランス軍が、自分に有利な状況で中立の協定を守ったためしはありません」と楽観的なのですが…

メディナ港に到着。フランス艦、砲を陸に上げている。

戦闘準備万端でメディナ港に到着したウースター号から、2隻のフランス艦が見えます。ジャックが懸念していた通り、戦列艦もフリゲート艦もがっちり陸に寄せて碇泊していて、非常に攻め難い位置。しかも、陸に向いていて使えない舷側の砲をせっせと陸に上げているのが見えます。作業が終わればそれは小型の砲台のようになり、ますますこちらが不利になる。ジャックは急いで攻撃しようとするのですが…

ところが、フランス艦のすぐ近くを通り過ぎたにもかかわらず、敵からは肝心の「最初の一撃」が来ません。ウースター、ドライアド、ポリフィマスの3隻は、敵艦の前を何度もゆっくり往復して挑発するのですが、あたりは異様に静まり返ったまま。敵のトップでは狙撃手たちがマスケット銃で一斉にジャックに狙いをつけているのですが、撃つ様子はありません。

この「最初の一発」というのは、どうやら非常に大事なようですね。マスケットでもピストルでも大砲でも「最初の一発」を撃った瞬間からが「戦闘状態」。最初の一発を撃つ前と後では天と地の違いがあり、その前なら、映画みたいに捕鯨船に偽装したり、他の国の旗を上げてもOKというルールのようです。そして中立の港では、「最初の1発」を撃った方が「中立協定を破った」ことになり、勝利しても法的に認められないばかりか、付近一帯のパシャやベイとの外交上、非常にマイナスになる…

フランス艦、撃ってこない。

ジャックは、フランス軍の中に一人でも馬鹿がいて、焦って撃ってくれないかと熱望するのですが、敵も「絶対に最初に撃つな」というこちらと同じ命令を徹底させているらしく、待てど暮らせど「最初の一撃」は来ませんでした。

苦々しいアンチクライマックスの中、ジャックは諦めて撤退せざるを得なくなります。期待が大きかっただけに、乗員全員が心の底からがっかりします。ジャックをよく知っているメンバーは、拿捕賞金や昇進のチャンスがふいになったことに。ジャックをよく知らないメンバーは、ラッキー・ジャックが噂と違って「引っ込み思案」だったことに。そして艦長は、自分自身に。