Chapter 9-1〜サプライズふたたび


ジャック、ソーントン提督の元へ出頭。提督、具合が悪い。

壮大なアンチクライマックスに終わったフランス艦隊との海戦(未遂)の後、ソーントン提督の艦隊は封鎖任務に戻りますが、無理をしたために過労で入院、いや、マルタのドックで全面修理を余儀なくされる艦が何隻もあります。オーブリー艦長のウースター号もその一隻。

艦の状態を報告に旗艦に出頭したジャックは、提督の様子にショックを受けます。がっかりしているだろう、あるいは不機嫌でいつにも増して怒りっぽくなっているかもしれない−という事はジャックも予想していたのですが、提督の状態はそんなものではなく、まるで魂が抜けてしまったよう。機械的に仕事はこなしているけれど、身体だけ残して、本人はすでに違う次元に行ってしまっているような感じになっています。

スティーブンが考えていたように、海戦となれば犠牲者が沢山出ることは避けられないから、こういう事を言うのは逆かもしれないけど…でも、あの時風向きが変わったのは残酷な運命だったと思わずにいられません。この世からフェードアウトしてゆく途中みたいなこのソーントン提督があまりに痛々しいもので。彼はついに職を辞し、英国へ帰ることになっているのですが、嬉しくないだろうな。彼に同情する理由はないのかもしれないけど、なんか可哀相です。

信心深いソーントン提督の「私はもうすぐこの任地を去る」という言葉は、「この世での使命を終える」という風にも聞こえ、あまり信心深くないジャックも胸を衝かれる思い…

ウースター号、修理のためマルタへ。ジャック、特別任務のためイオニア海へ。

さて、ウースター号は全面的修理のため長期入院の運びとなったので、その間ジャックは特別任務のため、サプライズ号を指揮してイオニア海へ派遣されることになります。

ここでやっとタイトルの「イオニア海の任務」が登場。この任務、けっこうややこしくてわかりにくいのですけど、出来るだけ簡単に説明してみようと思います。(できるかな?)
1) このあたりの諸都市はコンスタンティノープルのサルタン(オスマン・トルコ帝国)の支配下にあるが、各地ではやはりベイやパシャが権力を握っている。それぞれの権力者をイギリスの味方につけておくのはフランスとの対抗上重要なことである。

2) イオニア海沿岸(現ギリシア北西岸)にマルガ(Marga)という重要な拠点都市があり、そこはフランスが握っている。イギリスはなんとかマルガからフランスを追い出したいと思っている。

3) マルガから山を越えたところにクタリ(Kutali)という都市があり、マルガへの水道はそこを通っているので、クタリを味方につければマルガの水道を遮断できる。というわけで、マルガからフランスを追い出すためにクタリは重要である。

4) 現在、イズメイル(Ismail)とムスターファ(Mustapha)という二人のイスラム教徒リーダーがクタリの支配権を狙っている。この権力争いの決め手となるのは大砲であり、二人はそれぞれ、「英国軍が自分の味方について大砲を譲ってくれるなら、フランス軍を追い出すのを手伝う」と持ちかけている。拒否された方がフランス側に行くのは明白であるので、どちらを味方にするかは重要である。どちらを選べばいいか、イギリス領事館とソーントン提督の間で意見が分かれていた。

5) そこで今回のオーブリー艦長の任務は、イズメイルムスターファ、そして現在クタリを支配しているサイアハン・ベイ(Sciahan Bey)の3人の中で、誰が味方として一番信用できるかを判断し、その陣営に大砲を与えてクタリを掌握させ、協力してマルガからフランス軍を追い出すことである。
おそらくジャックにとっては初めての、高度な政治的判断を要求される任務。相談役としてスティーブンとグレアム教授がついているとはいえ、ソーントン提督が引退するので臨時のCommander in Chief(地域最高司令官)になってしまったハート提督はまったく頼りにならず、最終責任はすべてジャックが負うことになるので大変です。

ジャック、再びサプライズ号艦長に

たいへん微妙で困難な任務を抱え込んでしまったジャックですが、憂鬱どころか最高に上機嫌。なんといっても、やっとのことでウースター号と封鎖任務から開放され、最愛の彼女(サプライズ号)を再びわがものにすることができたのですから。

サプライズ号は28門の小型フリゲート、ジャックのseniority(先任順位)の艦長が指揮するにはランクが低すぎる、特別任務のための臨時だからこその指揮艦なのですが、ジャックはいたって満足で、ソフィーへの手紙に「もう戦列艦はこりごりだよ」と書いたりしています。艦尾甲板に立って、彼女の軽快な動きを足に感じながら、しみじみと幸せを感じているジャック。ほんとにこの艦を愛しているのだな〜。

ジャックとサプライズ号は、相思相愛なだけではなく、運命の赤い糸で結ばれているようなところがあります。少年の頃、士官候補生として青春を捧げ、その記念にイニシャルを刻み、艦長となってから再会して波乱の航海を共にし、今再び身分の違いを乗り越えて結ばれる…って、長編メロドラマのストーリーを説明しているみたい。

映画でモゥエット(マウアット)くんがうまいことを言ってましたね。「この艦には艦長の血がたくさん染み込んでいるから、すでに親戚と言っていいほどなんだ。」

しかも、クルーはウースター号からジャックが自ら選んできたよりぬきの精鋭で、彼がソフィー号やサプライズ号にいた頃からのオールド・シップメイトがかなりの割合に上っています。

懐かしいサプライズに戻れてみんな喜んでいますが、唯一、不満なのはキリック。前任のサプライズ号の艦長付給仕が、艦長室のものの配置を変えてしまったと言って文句たらたら。繕い物をしながら、ソフィーに手紙を書いている艦長の耳に入るように大きな声でぶつぶつ文句を言っています。こういうところも、どうにもこうにもキリックらしくて素敵(笑)

モゥエット(マウアット)とローアン、詩勝負をする。

ところで、モゥエット(これからこっちでゆくことにしました。ややこしくてすみません)はもちろんサプライズ号に移ってきていますが、彼の詩のライバル、ローアン海尉もサプライズに移ってきています。ある日、艦長が招待されているガンルームのディナーで、二人は勝負をすることになります。4分半の制限時間内で自作の詩を披露し、投票でどちらが良かったか決める、というルールですが…

二人が披露した詩はもちろんフルで出てくるのですが、その中身をここで説明するのはいろんな意味で無理なので、やめておきます。

ただ、途中で時間切れになってしまったモゥエットくんが、進行役のプリングズに"Time"(時間だ)と言われて"Oh, Tom!"と言うのが可愛かったこと、ジャックが「勝負は引き分けだ」と宣言したタイミングが絶妙だったこと、二人は艦長のすすめで、グレアム教授のツテのある出版社で詩を出版することになったことだけ書いておきます。