Chapter 9-2〜バビントンと38人の乙女


前項で説明した特別任務のため、サプライズ号はイオニア海に向かいます。今回の任務で補佐艦となるバビントンのドライアド号と落ち合い、その後、例の3人のイスラム教徒リーダーと面会する予定。

スティーブン、朝の水泳をする。

さて、種類を問わず動物にはモテモテのスティーブンですが、マルタで一泊した際、不幸にして蚊や蚤や南京虫にモテてしまいました。全身がカユくてたまらず、不快な眠れぬ夜を過ごしています。(だんだん蒸し暑くなってきている今日この頃、あんまりこういう話は書きたくないんですが。私は繊細なので、こういうことを書いたり読んだりするだけで、自分もカユくなってしまうのよね。)

そういうわけで早々と起き出したスティーブン、ふと泳ぎたくてたまらなくなり、「左手で鼻をつまみ、右手で十字を切り、ぎゅっと目をつぶって」といういつものスタイルで、舷側から海に飛び込みます。

実はスティーブン、一人で泳ぐのはこれが初めてだったのですが(いつもはジャックがついているのね)、舷側から後ろに曳いているボートまで泳ぐだけなので、全然平気だろうと思っています。「後でジャックに『ははは、今朝は泳ぎに行ったんだ』と言って驚かせてやろう」なんて、暢気な事を考えているスティーブンですが…

しかし、ここで何も起こらないと考える読者は一人もいないでしょう(笑)。

スティーブン、溺れかける

海面に顔を出したスティーブンは、艦が方向を変えているのを見てびっくり。彼が飛び込んだちょうどその時、サプライズ号は敵艦を発見して回頭したのでした。彼には気づかずどんどん離れて行くサプライズ号に、彼はパニックを起こし、急に元のカナヅチに逆戻り。危うく溺れかけるのですが…

幸い水兵の一人が、じたばたと浮き沈みしている彼の頭に気づき、サプライズ号は戻ってきて、彼はなんとか(「優しく」とはとても言えないやり方でとはいえ)海から引っ張りあげてもらえたのですが…ジャックに「艦長の許可なく艦を離れるのは軍規違反だぞ」と怒られ、彼のせいで美味しそうな拿捕船を逃しそうになってカリカリきている船乗りたちに、いたわりの言葉一つなく冷たく下部甲板へ追い払われるのでした。

なんか、この巻はこういうのばっかりだな、スティーブン。

サプライズ号、ギリシアの海賊に襲われていたフランス艦を拿捕する。

しばらく下部甲板でいじけていたスティーブンですが、後でジャックに呼ばれて甲板に上がってみると、艦長以下全員、さっきの不機嫌はどこへやらのニコニコぶりで、優しく彼を迎えます。彼のせいで遅れたハンデにもかかわらず、追いかけていた敵艦をちゃんと拿捕できたからです。ま、結果オーライということで。

この艦はボノム・リシャール号、ギリシアの海賊に襲われたフランス艦で、乗員は数人の人質を残してほとんど殺されていました。海賊はサプライズ号を見て、人質を置いて逃げ出したのですが、幸い積荷を持って逃げる暇はなかったようです。しかも、積荷は銀貨がざーくざく。サプライズの連中が上機嫌になるわけです。

ラッキー・ジャックの方針として、拿捕船にこういう分配できるお宝があった場合、何ヶ月もかかるプライズ・コート(拿捕賞金の扱いを裁定するところ)のお役所仕事を待たず、その場で(決まった分配比率に応じて)全員に配ってしまいます。順番に呼ばれ、給料3ヶ月の銀貨を渡された水兵たちは浮かれ気味。

そこへ、マストヘッドの見張りから、ランデブーに少し遅れていたドライアド号が見えたと報告があります。もうちょっと早く来ていれば、ドライアド号の乗員にも拿捕賞金を分けなければならなかったところ。それを考えると、サプライズ号乗員たちの上機嫌は倍加するのでした。ちょっと意地悪だけど、ま、当然かな。

バビントンのドライアド号、一足遅く現れる。女性がたくさん乗っている。

ところが、ドライアド号が近づくと、その甲板に大勢の女性が乗っていることが分かります。小さなスループ艦の甲板を埋め尽くさんばかりの若い女性、その数38人…港に停泊しているわけでもない、任務遂行中の軍艦にこれほど大勢の女性を見たことは、さすがのジャックもありませんでした。

「いくらバビントンでも、これはやりすぎだ」と思ったジャックは早速彼を呼びつけ、叱りつけるのですが…バビントンは必死で抗弁します。「違うんです、説明を聞いて下さい。まったくやましい所はないんです…彼女たちは全員レズビアンなんです!

そう、彼女たちは正真正銘のレズビアン、つまり、ここから程遠からぬエーゲ海はレスボス島の女性たちだったのでした。バビントンが必死で説明したところによると−ドライアド号はある時、嵐でマストを失って飲み水もなく立ち往生している海賊船を救出したのですが、彼女たちはその海賊にさらわれて人質になっていた女性たち。「故郷へ向かう船に乗れるように、手近な港まで送ってゆくつもりだっただけです。」

その説明を聞いてジャックは納得し、みんなの前で叱ったことを謝るのですが…しかし、手を出せない38人の美女に囲まれているバビントンくんというのが、似合いすぎて思わず笑ってしまいます。いや、彼女たちがレスボス島の伝統(?)に従っているわけではないでしょうけどね(笑)。とにかく、バビントンは手を出していないと。バビントンが手を出さないのならやっぱりレズビアンだろうって?いや、それはそうなんですが…

作者がこのエピソードを挿入した理由は、ただただバビントンに「They are all Lesbians.」という台詞を言わせたかっただけなんじゃないかと思っていますが。ここの題名、本当は「バビントンと38人のレズビアン」にしたかったのですけどね。自粛しました(笑)。

バビントン、トルコのフリゲート艦を目撃したと言う。サプライズ号、ムスターファの「活動」の跡を見る

さて、誤解が解けたバビントンは、ここへ来る途中でトルコのフリゲート艦と挨拶を交わしたことを報告します。それは3人の候補のひとり、ムスターファが艦長をつとめるトーグッド(Torgud)号でした。

ムスターファは後で登場しますが、オスマン・トルコ帝国の海軍軍人で「キャプテン・ベイ」と呼ばれている男です。トルコ海軍の軍艦であるトーグッド号を好き勝手に使っているのですが、経費はすべて自前で活動しているので、コンスタンティノープルも黙認している様子。なかなか優秀な海軍軍人で、そういう面がソーントン提督に気に入られていたようです。(領事館はイズメイルが贔屓で、この点で意見が分かれていた。)めざましい活躍ぶりで、このあたりの海をがっちり押さえているようです。

ほどなく、ジャックたちはムスターファの「活躍」の一端を目撃することになります。バビントンが見かけた時トーグッド号は、例のフランス艦を襲った海賊船を追っていたのですが、サプライズ号は砲でずたずたにやられた海賊船の残骸を発見。その航跡には、喉を切り裂かれていたり、首がなかったり、櫂に磔にされていたりの死体が二、三十体浮いていました。