Glaucus' Story:第36章〜40章

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第36章 出逢い

グラウクスは独り寂しくワイングラスを見つめていた。マリウスはいつものように図書館へ行ってしまい、彼はひとりで見張りを続けていた。彼は疲れていた。苛立っていた。孤独だった。時々、ローマにいるのは時間の無駄のような気がする…ジュリアは僕とは話したくないんだ。ペトラへ向かった方がいいのかもしれない…あるいはクイントスを捜すか。どこにいるのか見当もつかないが。彼は家族のことを思った。家族がひどく恋しかった。いとこたち、伯母と伯父…故郷のスペイン、暖かさと笑い声…そういえば家を出てから、手紙といえば短いのを一度書いたきりだった。彼は後ろめたい思いにとらわれた。今夜こそちゃんと書こう。

テーブルの反対側から女性の声がして、彼は物思いから醒めた。「座っていいかしら?」

グラウクスは視線を上げた。少し疲れた、しかし好奇心をあらわにした深い青の瞳と目が合った。彼はあわてて立ちあがり、テーブルを蹴飛ばしてワイングラスを倒してしまった。

青い瞳から疲れが消え、楽しげな表情が現れた。

彼は息を呑んだ。赤みがかった金髪。美しい顔。「ジュリア。」

彼女はうなずいた。「私を捜していたんでしょう?」

彼はほとんど息も出来なかった。「はい、その通りです…もう何ヵ月も。」本当に彼女に会えたのか…夢にまで見た女性に?「どうぞ、お座り下さい」グラウクスは彼女の椅子を引いた。彼女は優雅に腰を下ろし、白い絹のストーラを整えた。彼も腰を下ろし、彼女を見つめた…彼女も彼を見つめていた。「僕が誰なのかお分かりでしょう?」ようやく、彼は言った。

「そうね…ええ。多分。訊きたいことがたくさんあるわ。」彼女の声は柔らかく、少しかすれていた。

「僕もです。2週間ぐらい前、僕が床屋に座っているのをご覧になったでしょう?」

「ええ。」彼女は短く答えた。

「どうして逃げたんです?」

「通りすがりにあなたの声が聞こえたの。驚いたわ。すごく懐かしい声…でも、二度と聞くことはないだろうと思っていた声だった。」彼女は長い指を曲げた手をさりげなく膝に置いていた。しかし、その指は拳が白くなるほど強く握りしめられていた。よく見ないとわからないが、彼女はひどく緊張している。

彼はにっこりした。少しは緊張を解いてくれるといいのだが。「僕の声、父にそっくりだってよく言われるんです。」

彼女は宝石のついた金の指輪を神経質にいじっていた。耳には優雅なダイアモンドの輪が揺れ、金の鎖が細い首を彩っていた。しかし、それ以外には、服装に彼女の社会的地位を示すものはほとんどない。髪は高くきれいに結い上げられ、細かいカールが頭を飾っていた。柔らかい巻毛が二、三束落ちて、美しい顔の横で揺れていた。赤金色の髪のこめかみの辺りには、銀色の筋が光っていた。彼女は輝くように美しかった。

「来てくれて本当に嬉しい…」グラウクスが言いかけると、彼女は突然、「あなたは誰なの?」と訊いた。口の端の皺が深くなり、眉の間にも皺が現れた。

「僕はマキシマス・デシマス・メリディアス将軍の息子です。」

彼女の息は速くなった。「彼の息子は死んだはずよ。」

「マルクスは死にました…僕の兄です。母と一緒に。僕がまだ赤ん坊の時です。僕はその時母の実家に預けられていたので助かったんです。」

「それじゃ…あなたはオリヴィアの子供なの?」

「はい、僕はマキシマス・デシマス・メリディアスの正式な息子です。」なぜそんな当たり前のことを訊くんだろう?

少しの間、彼女は無表情で考え込んでいだ。「彼はあなたのことを話してくれなかったわ。」

「父は僕のことを知らなかったんです。母は父に僕のことを教えなかったんです。母なりの理由があったようですが…僕に会う機会がないまま、父は消えてしまいました。」

「消えた…?」彼女は顔をそむけ、トラヤヌス広場の人ごみを見つめた。非の打ち所のない横顔、優美な首。

「そうなんです。僕は父に何があったのかつきとめるためにローマに来ました。あなたに会えば、何か教えていただけるんじゃないかと…」

ジュリアは振り返り、燃えるような青い目で彼を見た。「どこで私のことを聞いたの?」

「ジュリアさん、ワインでもいかがですか?」彼女は首を振った。「去年、僕は父のことを調べにゲルマニアに行ったんです。そこでジョニヴァスという老人に会って、父が黒海に行った時のことを教えてもらいました。そこで若くて美しい…女性に…会ったって。彼にあなたの特徴を教えてもらいました。」

ジュリアは彼が「娼婦」という言葉を避けたのに気づいた。

グラウクスは続けた。「実は、あなたの他にも何人か捜している人がいるんですけど、見つけたのはあなたが最初なんです。」彼女は黙っていた。「あなたが父と一緒にいたのはほんの短い間だと聞きましたが、もしかしたらここでも会ったんじゃないかと思って…ローマでも。」

ジュリアは彼の顔をじっと見つめた。その顔の隅々までを目で辿った。「あなたはお父さんそっくりね」彼女は囁いた。「名前は?」

「マキシマス・デシマス・グラウクスです。グラウクスと呼ばれています。」

初めて、彼女は微笑みを浮かべた。目も眩むような笑顔。「瞳が緑だからね。お父さんは青い瞳だったわ…ほんとはブルー・グリーンかしら。海の色みたいだったわ。」

「うらやましいです。父に会ったことがあるなんて…僕は一度もないんです。」グラウクスはこぼれたワインに指を浸した。「父に会えるなら、何を差し出しても惜しくないのに…」

「お父さんに会えて幸せだったわ。本当に素晴らしい人だった。」

グラウクスは口ごもった。「だった…?」

ジュリアは考え深げにグラウクスを見つめた。「お父さんについて知っていることを教えて。」

「父がマルクス・アウレリウスの治世下で北部軍総司令官だったことは知っています。皇帝が父を愛していたことも…通常の、皇帝と将軍の関係を超えて。マルクス・アウレリウスが死んだ後、コモドゥスが父を処刑する命令をしたのも知ってますが…理由は知らないんです。父は処刑役の近衛兵を殺して逃げました。多分、スペインに戻って、母と兄が死んでいるのを発見したんだと思います…それで、二人を埋葬したんだと。それから後、何があったのかわかりません。でも、ローマである兵士が…刑務所にいる年寄りの近衛兵ですけど…父がローマにいたって言ったんです。囚われていたって。どういう意味だったのかよくわからないんですが…父は刑務所にはいませんでしたから。だから、ひょっとしたら…あなたも父もローマにいたんだから…もしかしたら、再会していたかもしれないと思ったんです。父に何があったのか、どうしても知りたいんです。」

ジュリアはゆっくりとうなずき、また広場の方を見た。グラウクスは彼女の視線を辿った。腰の曲がった老人が日陰に立ち、じっとこちらを見つめていた。

「それで、会ったんですか?ローマで?」グラウクスが訊いた。

ジュリアはうなずいた。「ええ、会ったわ。」

彼は思わず身を乗り出した。彼は質問を口に出す勇気をやっとの思いでかき集め、言った。「父はまだここにいるんですか?」

「そうね、ある意味では…」

グラウクスは目を瞬いた。「どういうことです?」

「彼の想い出は、今でも多くの人の心に強く残っているはずよ。」

グラウクスの顔から血の気が引き、蒼白になった。

ジュリアは口に手を当て、目を見開いた。「ああ、何てことを…どうしよう…まさか、彼が生きていると思っていたの?」

グラウクスが身体が萎えるのを感じた。すべての望みが消えてしまった。頭が麻痺したようになり、考えることもできなかった…泣く事もできなかった。ずっと怖れていたことが現実になってしまったのだ。

ジュリアは心配そうに彼の顔を覗きこみ、ためらいがちに手を伸ばした。彼はその手に気づきもしなかった。「グラウクス…てっきり知っているとばかり…ただ、どこに眠っているかを知りたいんだと思ったの。」

グラウクスの声は震えていた。「わかっていたんだ思います…でも、生きていてほしかった。」

「ごめんなさい。」

「いつ死んだんですか?」

返事が返ってくるまでに長い間があった。「20年以上になるわ。」

「それじゃ、ゲルマニアで処刑を逃れたすぐ後に死んだってことですか?」グラウクスは茫然とした。これほど長い年月、空しい希望を抱いてきたのか。「どうやって?どうして死んだんです?どこで死んだんですか?」

ジュリアは立ちあがった。彼女の目はまた広場をさまよっていた。ほっそりした身体が午後の太陽を隠した。「失礼するわ。」

グラウクスはぱっと立ちあがった。「そんな…やめて下さい…答えないで行ってしまうなんて酷いですよ。父はどうして死んだんですか?」

彼女は歩き始めた。「行かなくちゃ。」

「ジュリアさん…こんなの酷いですよ。お願いです、どうか、どうか教えて下さい。」グラウクスは懇願したが、彼女は歩き続けた。グラウクスは彼女の腕をつかんで振り向かせた。

彼女は腕を振り払おうとせず、助けを呼ぼうともしなかった。「グラウクス、考える時間が欲しいの。ごめんなさい…でも今日は無理だわ。今は納得できないでしょうけど、後できっとわかってくれるでしょう。お願い…今は行かせて。頭を整理したいの。」グラウクスは仕方なく手を放した。彼女は急ぎ足で広場の人ごみに分け入った。彼女がさっきの白髪の男の所へ行って、早口で何か喋っているのが見えた。その後、彼女はグラウクスの所へ戻って来た。彼はぴくりとも動いていなかった。

「明日の午後、私のアパートメントに来て。話をしましょう。ローマの地理はわかる?」

「あまりよく知りません。」

「丘の上の、皇帝の宮殿のすぐ下を東西に走る通りに私の家があるわ。28番地よ。私は2階に居るから、ジュリア・セルヴィリア・アポリナリアを訪ねて来て。」

彼はうなずいた。彼女の目はまた、グラウクスの顔の上をさまよった。激しい痛みが美しい顔を横切るのがわかった。彼女は目の前で老いてゆくようだった。グラウクスは気がついた…彼女が自分と同じぐらい大きな悲しみを抱えていることに。彼は別れの挨拶を返し、頭を下げた。

 

数時間後、トラヤヌス広場のテーブルの向こうから、別の人間がグラウクスに声をかけた。「ここにいたのか」マリウスが言った。「1時間前に浴場で待ち合わせだったじゃないか。どうしたんだ?」

グラウクスはわずかに頭を回し、血走った目で友人を見た。

「酔っ払ってるな!」マリウスは大声を出した。「へべれけじゃないか!」

グラウクスは『ご名答』とでも言うようにワインのグラスを上げた。

「どうした?何があったんだ?」マリウスははっとした。「彼女を見つけたんだな?」

グラウクスはうなずいた。その勢いで、椅子から転げ落ちそうになった。

マリウスはすっかり酔っ払った友人をしげしげと見つめた。「そうか…で、彼女はお父さんに何があったのか知っていたのか?」

グラウクスはまたうなずいた。

「何だって?!教えてくれよ!」グラウクスはがっくりと頭を垂らし、ほとんど聞き取れないような声で言った。それはマリウスの聞きたくなかった言葉だった。

「父は死んだ。」

 

第37章 答え

その家は簡単に見つかった。通りで一番大きな家だったからだ。巨大な屋敷だった。宮殿と見紛うばかりだ。ローマに来てからジュリアが何をしていたのか知らないが、成功したことは間違いない。ここはどう見ても、娼婦の住むところではない。 グラウクスは正面玄関を見つけると、神経質に黒いチュニックをなでつけ、ケープを整えた。彼は午前中を浴場で過ごした。安ワインのにおいが残っていなければいいのだが。

マリウスも一緒に来たがったが、グラウクスはきっぱりと、ひとりで行きたいと言った。彼はあの美しい女性に絆を感じていた…それが悲しみの絆だとしても。好奇心旺盛な友人に邪魔されたくなかった。ジュリアの父親もいるだろうか?広場に立っていたあの老人も。

彼は深呼吸してドアをノックした。すぐに、召使がドアを開けた。召使は頭から足の先まで白づくめだった。「ジュリア・セルヴィリア・アポリナリアさんのお宅ですか?」彼は訊いた。

召使はうなずいてグラウクスをアトリウムの中へ案内した。白と黒の精緻な幾何学模様のモザイク床が巨大なアトリウムに広がっていた。神々や女神の大きな大理石像が壁のくぼみを飾っている。陽光溢れる中庭から充分な光が射しているにもかかわらず、オイルランプが煌煌と燃えていた。その近くに、木の椅子とテーブルがあった。真鍮の香炉から白檀の香りがほのかに漂っていた。豪華だが落ち着いた雰囲気で、グラウクスは少し緊張を解いた。

召使は彫刻のある厚い観音開きのドアを音もなく開け、二階へ続くカーブした大理石の階段へと彼を導いた。階段の天辺に、下のものと同じドアがあった。召使が一度だけノックすると、別の召使がすぐにドアを開けた。召使は待ちかねていたようにグラウクスを見た。

「マキシマス・デシマス・グラウクスと申します」彼は言った。「レディ・ジュリア・セルヴィリア・アポリナリアと約束があります。」

「こちらへどうぞ」召使はグラウクスをアトリウムに案内した。階下のアトリウムよりもさらに豪華だ。しかし、驚いている暇もなく、召使は中庭を見下ろすテラスへと彼を導いた。「どうぞ、お楽になさって下さい。奥様はすぐにいらっしゃいます。」召使は頭を下げ、音も立てずにテラスから出て行った。

グラウクスはあたりを見まわした。凄い。タイル敷きのテラスには部分的に屋根がついていて、鉢植えの椰子や、甘い香りの花を満載した石の鉢で埋め尽くされていた。大理石の魚たちが口から噴水を吹き上げている。その水は船の形をした石に降り注いでいた。グラウクスは近づいてみた。商船の模型だ。変わった趣味だ。

植物の間に、座りごこちの良さそうな籐椅子がいくつか寄せてある。あんな籐は見たことがない。どの椅子にも、色とりどりの刺繍を施したふかふかのクッションが乗っている。毛並みの良い猫が二匹、クッションの上で気持ち良さそうに丸くなっていた。一匹は前足をなめ、もう一匹は尻尾をぴくぴくさせながら緑の目でグラウクスを疑わしそうに見た。下の中庭に植えられた背の高い木々がかすかに揺れ、テラスに気持ちの良い風を送っていた。

グラウクスは振り返り、大理石の手すりにもたれた。テラスの両側にはアーチのついた廊下が続いている。どちらの方向にもドアがたくさんあった。多分、寝室だろう。

「グラウクス?」

彼はあわてて身体を起こし、この家の女主人の立っている暗がりをのぞきこんだ。「すみません、きょろきょろしてしまって。こんなアパートメントは初めてなんです。」

彼女はにっこりして、日向に立つグラウクスの方へ歩いて来た。今日はシンプルな青いウールの服を着ている。目の色と同じだ。こんなに年をとっているのに、なんて美しいのだろう。とても中年には見えない。「ローマでもここだけなのよ」彼女は言った。「昔は宮殿の一部で、皇帝の血縁者たちが住んでいたの。宮殿が増築されて親戚のための部屋が出来る前はね。以前は建物全部が私のものだったんだけど、私には広すぎるから、一階を友達に貸して私は二階に住む事にしたの。二階の方が好きだから。こちらの方が、なぜか落ち着くのよ。」

金持ちだとは思っていたが、これほどとは思っていなかった。

彼女は手を差し伸べて言った。「座って頂戴。飲み物を持って来させるわ。」

「ありがとうございます、ジュリアさん。」

彼女はまた微笑んだ。「昨日は『ジュリア』って呼んでくれたでしょう?」

「昨日はショックで礼儀を忘れてしまったんです。」

彼女は笑い声を上げた−心からの、素晴らしい笑い声だった。「私の方も礼儀を忘れていたみたいね。失礼なことをするつもりはなかったのだけれど…グラウクス、あなたが誰だか見当はついていたのだけど、本当にそうだってわかって…動揺してしまったの。」

「わかります」彼はそう言って、籐の寝椅子に慎重に腰を下ろした。自分が座ってもつぶれそうもないとわかって、彼はほっとした。「ここの家具は珍しいですね。」

「この地方ではね。私は商船をたくさん持っていて、世界中から色々なものをローマへ輸入しているの。この家具は東方のものよ。」

グラウクスはうなずいた。「それで絹がお好きなんですね。」

ジュリアはまた笑った。ちょうどその時、二人の召使が珍味を盛り合わせた盆とワインを持って現れた。猫の一匹が優雅にソファから飛び降り、グラウクスの椅子の下の邪魔の入らない場所に移動した。「確かに、贅沢をするのは悪くないわ。あまり外出しないから、家の中は居心地良くしておきたいのよ。本当はオスティアに住んでいるの。ここはローマに滞在する時のための家よ。」彼女は自慢しているわけではなく、ただ事実を述べているだけだった。

色々な食べ物が美しく並べられた銀の盆が、彼の前に置かれた。ガーリックソースを添えた生野菜、牡蠣、海老、ガラムソースを添えた蟹、酢漬けの鮪、オリーブ、チーズ、さまざまな種類のパン。もう一つの盆には蜂蜜とナッツのケーキ、葡萄や林檎や梨のパイやタルトが並んでいた。

召使がワインを注いでいる時、ジュリアはグラウクスの背後を見て言った。「あら、あなた。来てくれたのね。」

グラウクスはあわてて立ちあがった。後ろに、広場で見た老人が立っていた。

「グラウクス、こちらはアポリナリウス、私の夫よ。」

若きスペイン人はびっくりした。驚きが顔に出ていなければいいが。彼は手を差し伸べた。老人は杖で身体をささえながら進み出て、驚くほど強く若者の手を握った。「お目にかかれて光栄です。」彼は妻より少なくとも20歳は年上だろう。年齢のせいで腰が曲がっている。

「私も嬉しいよ。ジュリアから、市場で見た若者はマキシマス将軍の息子に違いないって聞いた時は、そりゃあ興奮したよ。」彼は妻のかたわらの椅子にのろのろと近づき、顔をしかめながら腰を下ろした。「関節炎だよ」説明が必要であるかのように、そう言って、悲しげに首を振った。「君は年を取るんじゃないよ。」

「父をご存知でいらしたんですか?」

「ああ。素晴らしい、素晴らしい人だった。彼に会えたのは光栄だった。その息子に会えたのも光栄だよ。」

ジュリアは夫に、薄めたワインのカップを慎重に手渡した。「膝に毛布を掛けたほうがいいわ、あなた」

「まだいいよ。今日はいい天気だし、そこまで病人扱いしなくても。」彼はグラウクスを見て片目をつぶった。「彼女は面倒見がいいんだ。」

グラウクスはにっこりした。「そうですね。」彼はこの不似合いな夫婦が心から好きになっていた。ジュリアがこれほど裕福なのはアポリナリウスのお陰なのかもしれない。マルクス・アウレリウスにもらった金だけでは、うまく投資したとしても、これほど贅沢な暮しはできないだろう。老人はおとなしい灰色の猫を膝にのせ、節くれだった指で柔らかい毛皮をゆっくりと撫でた。猫は丸くなってごろごろと喉を鳴らした。

「グラウクス」ジュリアは行儀良くチーズをかじっている若者に言った。「あなたは目的があって来たのよね。お父さんについていろいろ知りたいのでしょう。あなたには知る権利があるわ。私の話が答えになればいいけど。」

「ありがとうございます、ジュリアさ…」彼は言いなおした。「ジュリア。」

「私がお父さんに会った時のことは、何か聞いてる?」

「ええ、あなたは父と黒海の近くで会ったんですよね。反逆者のカシウスの基地で。」

「ええ、私はその時奴隷だった…カシウスの。それで、お父さんをもてなすように言われたの。」

グラウクスは床を見つめていた。

ジュリアはやさしく微笑んだ。「グラウクス、過去を変える事は出来ないわ。私は過去を恥じてはいない。自分ではどうしようもない事だったから。」

彼はうなずき、理解した証拠に彼女の目をまっすぐ見た。

「お父さんは、自ら帝位を宣言したカシウスに挑むために、騎兵隊を連れていらしたわ。連隊に比べたらほんの小人数で…その時点では、皇帝がどこにいらっしゃるか誰も知らなかったの。マキシマスもね。」

ジュリアが父の名を口にするのを聞いたのはそれが初めてだった。彼女はマキ・シ・マスという一音一音をやさしいため息のように発音した。

「私はカシウスを憎んでいたから、彼の敵なら誰にでも喜んで協力しようと…」

グラウクスが口を挟んだ。「すみません、でも言っておいた方がいいと思うんですけど、僕は基地であなたと一緒だった女性に会ったんです。ユーゲニアです。だから、そのあたりは彼女から聞いているんです。」

ジュリアは驚いた。「ユーゲニアを見つけたの?どうやって?」

彼は少し顔を赤らめた。「ローマ中の売春宿をほとんど全部廻ったんです。一晩に5軒も、何ヵ月もかけて。」

よっぽど私に会いたかったのだろう、とジュリアは思った。しかし彼を恥ずかしがらせたくなかったので、何も言わなかった。「ユーゲニアは元気?」

「元気です。街外れで小さい娼館をやっています。あなたをトラヤヌス市場で捜せばいいって、彼女が教えてくれたんです。

「そうなの…頭がいいわね。それじゃ、お父さんがカシウスを倒すのを私が手助けした事は聞いているわね。」

「はい。でも、ユーゲニアの話では、あなたは…父のことがとても好きだったんですって?」

グラウクスが急に話をそんな方向へ向けた事に、ジュリアが驚いたとしても、そんな様子は見せなかった。「ええ、グラウクス、私はすぐにお父さんを好きになったわ。それまでに私が会った男たちとは全然違っていたの。強くて、でも優しくて、自分に厳しくて、頭が良くて。心の正しい、とても正直な人だった。」

グラウクスは次の言葉を慎重に選んだ。「ジュリア…父も完全に正直だったわけじゃないかもしれませんよ。結婚していたことは知っていましたか?」

「ええ。初めて会った夜に教えてくれたわ。」

「でも…でもあなたは…」グラウクスは何と言ったらいいのかわからなかった。

「グラウクス、どんな事でも訊いていいのよ。ユーゲニアが何か、あなたの気に障るようなことを言ったの?」

「あなたと父が恋人になったと言ってました…初めて会った夜、すぐに。」

「それは勘違いよ。ユーゲニアは早とちりなの。」

グラウクスはジュリアを信じたかった。

「基地にいらした間、あなたのお父さんは完全に、奥様に…あなたのお母さんに…忠実だった。でも、正直言って私は、彼の精錬潔白さに苛々していたわ。あんな人と一緒になれて、あなたのお母さんは本当に幸せな人だったと思う。」

グラウクスはアポリナリウスが自分をじっと見ているのに気づいた。ジュリアの夫の前で失礼なことを言いたくはなかったが、どうしても訊いておきたかった。「あなたは父に恋をしたんですか?」

「そうよ。」彼女は即座に、きっぱりと答えた。

「そして父も、あなたのことが好きだったんですね。」

「そうだと信じてる。でも、その後何年も過ぎるうちに、彼の好意は全部私の空想だったんじゃないかと思ったこともあったわ。グラウクス、マキシマスも知らなかったことを教えるわね。カシウスの反乱を鎮圧するのに私が一役買ったことで、マルクス・アウレリウス陛下が私に直接会ってお礼を言って下さって、その時に…」

「皇帝直々に感謝の言葉をいただいたんですか?」

「ええ…マキシマスの命は本当に危なかったの。私は命がけで彼を助けたのだから…皇帝は大事な将軍を救った私にとても感謝していらしたわ。それから陛下は私に、莫大なお金と自由を下さるとおっしゃって…それがあなたのお父さんの望みだとおっしゃって。私はそれよりも、私を奴隷としてお父さんに与えて下さいって言ったの。でも陛下はだめだとおっしゃったわ。マキシマスは絶対に受けないって。それで仕方なく、自由民になってローマへ来たの。あなたのお父さんと一緒に行きたかった。私のことを人間らしく、優しく扱ってくれた男性は、お父さんが生まれて初めてだったの。あんな風に守ってくれた人も。すっかり心を奪われてしまったわ。」

グラウクスはうなずいた。父の無私の行動をとても誇らしく感じた。「そして、あなたはローマへ行き、父はスペインへ行って、その後ゲルマニアへ帰った。再会したのはいつですか?」

「ずっと後、ローマでよ。私たち二人とも、前とは全然ちがう立場になっていたわ。その時には、私はローマで生活を確立して、夫を持って…」

グラウクスはアポリナリウスを見た。

「僕のことじゃないよ」アポリナリウスは笑った。「ジュリアの最初の夫はマリウス・セルヴィルスといって、船主だった。ジュリアと僕は、その時はただの友達だった。」

「ただの友達じゃないわ」ジュリアが言った。「私の先生よ。」

アポリナリウスは愛しげに微笑んだ。ジュリアは彼の手をやさしく叩いた。

「お互いに都合が良かったから結婚しただけなの。私の心はまだあなたのお父さんのことでいっぱいで、他の男が入る余地はなかった。夫はそれをよく知っていて、世間向けの『妻』役にちょうどいいと思ったの。でも、名前だけの関係だった。オスティアにあるヴィラで、別々のアパートメントに住んでいたわ。夫が死んだ時、船団と財産を相続したの。相続した時と比べて、規模も価値も倍に増やしたわ。」

「そうですか」無礼だと思われたくはなかったが、グラウクスは話題を父の事に戻したかった。「父とはいつ再会したんですか?」

ジュリアとアポリナリウスは顔を見合わせた。ジュリアはゆっくりとワインをすすった。沈黙。聞こえるのは、中庭の木にとまった鳥の鳴き声だけだった。長い沈黙の中、グラウクスの胃はねじり上げられたように痛み始めた。ジュリアはその頃のことを話したくないようだ。

ようやく、彼女はスペインの若者に顔を近づけて言った。「彼がローマにいた時の事は何も知らないのね?」

「ええ、全然。」

「グラウクス…とても辛い話なの。あの時は、私も死ぬほど辛かったわ。」

「ジュリア、僕は15歳の時から答えを探し求めて来たんです。15歳の時、僕の本当の父親は偉大なローマ将軍で、謎の多い状況で行方不明になったと聞かされてから…去年からの旅で、父に関しては意見の対立があることを知りました。英雄だと思っている人もいれば、反逆者だと思っている人もいる。どんなに辛い事でも、真実を知りたいんです。」

ジュリアの眉間の皺が深くなった。しかし、彼女はうなずいて言った。「ローマに来てどのぐらい?2、3ヶ月かしら?」

「はい。」

「それじゃ、コロシアムには行ったことがあるわね?」

コロシアム?「いいえ、剣闘試合には行ったことがありません。毎日毎日、売春宿や図書館や市場を捜し歩いていましたから。遊びと言ったら、風呂に行ったぐらいです。父とはコロシアムで再会したんですか?」

「まあ…たしかにそうね。」沈黙。「私のメイドが…メイドが…」ジュリアは口に手を当てて嗚咽を噛み殺した。目が潤んでいた。

「ジュリア!」アポリナリウスが心配して言った。「やっぱり君には無理だよ。」

彼女は大丈夫、と言うように首を振ったが、目を閉じ口に手を当てたまましばらく黙って座っていた。

グラウクスの胃の痛みは吐き気に変わっていた。彼はワインを何口か呑み、カップを盆に戻した。また酔っ払って昨日の失態を繰り返したくなかった。

ようやく、ジュリアは手を膝に下ろし、囁くような声で続けた。「私のメイドが、新しくコロシアムに来たスペイン人の剣闘士のことで、ローマ中が大騒ぎになっているって…」

まさか。その言葉はグラウクスの心を稲妻のように貫いた。

「強い戦士だって、辺境で評判になっていて、コロシアムでの最初の闘いで、驚くような凄腕ぶりを見せたって…」

そんな。まさか。

ジュリアは衝撃を受けている若者に手を差し伸べた。「グラウクス…その剣闘士はあなたのお父さんだったの。」

「嘘だ!」その言葉は、頭が考える前に口から飛び出し、中庭の壁に反響した。グラウクスはぱっと立ち上がった。拳を固く握りしめ、震えながら、ジュリアの前に立った。「嘘をつくな!」

ジュリアはひるんだ。アポリナリウスがよろよろと立ち上がった。「グラウクス、グラウクス、座りなさい。ジュリアの言っていることは本当なんだ。どうして嘘をついたりする?私もお父さんが闘うところをこの目で見たんだ。」

グラウクスは二人に背を向け、中庭の壁へと走って行った。咽喉にこみ上げる焼けつくような吐き気を押さえようと、深く息を吸いこんだ。苦しさのあまり、彼は壁を殴りつけた。そして振り返ると、大理石の円柱に何度も拳を叩きつけた。何度も、何度も。「僕の−父は−剣闘士なんかじゃない!」拳を打ちつけながら、彼は叫んだ。「絶対に!」感情の迸るようなその声は、壁に反響し、だんだん小さく、弱くなって消えた。

ジュリアは座ったまま静かに泣いていた。アポリナリウスは駆けつけて来た召使たちに手を振って下がらせた。

とうとう、手から血が滲み始めた。彼は憤怒の力を使い果たして、タイルの床に崩れ落ち、壁にぐったりともたれた。「父さんは奴隷なんかじゃ…」彼は囁くような声で言った。

ジュリアが彼の横に来て床に膝をつき、優しく手を取った。「包帯を持ってきて」彼女は陰に控えていた召使に言った。彼女はグラウクスの目にかかっている湿った髪を優しく払った。「骨は折れていないようね。」

「折れてたってかまいませんよ」グラウクスは暗い声で言った。

ジュリアは彼の手に白い木綿を巻きながら静かに言った。「お父さんを初めてコロシアムで見たとき、私もそんなふうだったわ。道端で吐いてしまったの。ショックで、アポリナリウスに向かって訳のわからないことをわめいていたわ。何日もベッドにもぐったまま泣いていたの。」

グラウクスは、手当てをしてくれているジュリアを見つめた。悲しみが顔の皺を深くしていた。こうして見るとたしかに、彼女は僕の母親でもおかしくない年齢なのだ。あんなに失礼な事を言う権利はなかった。彼は無事な方の指先でジュリアの濡れた頬に触れた。「嘘つきだなんて言ってすみません。酷い事を言ってしまいました。」

「いいのよ」ジュリアは手近の椅子からクッションを二つ取り、一つを自分の腰の下に、一つをグラウクスの背中に置いた。そして夫を見上げて、「アポリナリウス、疲れているんじゃない?もう部屋へ行って休んだら?」と言った。

老人は頑固に首を振った。

「大丈夫よ。グラウクスも落ち着いたみたいだし、話す事がたくさんあるの。寒くなって来たし、ここにいると風邪をひくわ。」

彼は動かなかった。

「お願い」彼女は優しく言った。「大丈夫だから。あなたには後で話すわ。」

老人は仕方なく立ち去った。廊下に出る前に、彼は一度だけ振り向いて床に座っている二人を見た。二人は顔を寄せ、真剣な様子で話し込んでいた。

 

第38章 ジュリアの話

「グラウクス、マキシマスはたしかにスペインへ戻って、あなたのお母さんとお兄さんを埋葬したのよ。家族が死んでいるのを発見したショックと…近衛兵から逃れた時に負ったひどい傷と…スペインまでの長くて辛い旅…お父さんはとても弱っていた。二人のお墓の上で気を失ったの。一緒に死にたかったんだと思う。」

グラウクスは顔を曇らせた。「ちょうどその頃、僕は多分、丘を越えたところで従兄弟たちと遊んでいたんだ。自分の運命がひっくり返ろうとしているのも知らずに…父さんがそんなに近くにいて…死にかけていることも知らずに…」

「あなたのことを知っていたら、絶対に迎えに行っていたわ。」ジュリアが言った。「マキシマスにとって、家族がすべてだった。あなたのことをさぞ誇りに思ったでしょうね、グラウクス。」

「そうだといいけど」グラウクスはつぶやいた。

ジュリアはクッションの上で座りなおした。灰色の猫がしゃなりしゃなりと歩いて来て、彼女の足元で丸くなった。「マキシマスの話では、火をつけられたヴィラの煙に気づいた奴隷商人の一隊がやって来て、彼を連れて行ったようね。彼は高熱にうなされていて…肩の傷が感染症を起こして、意識を失っていたの。ようやく目を覚ました時には、荷馬車にあおむけに縛りつけられていたんですって。何日もの間、目を覚ましては気をを失っていたみたい。でも、奴隷のひとりで、ジュバという名のヌミディア人が、傷をきれいにして彼の命を救ったの。彼とジュバは親友になったわ。」その後何時間もかけて、ジュリアはグラウクスに知っていることを全て詳しく話した。プロキシモに買われたこと、剣闘士として訓練を受けたこと、才能ある戦士として評判が広がっていったこと…「人間が人間を殺すところを見て喜ぶ観客がいるなんて、マキシマスには信じられなかった。でも、彼はすぐに、人々が勝利者を崇拝すること、崇拝される人間は大きな力をもつことに気がついたの。」

グラウクスは微笑みを浮かべた。「ずっと将軍だったんだ。」

「ええ、そうね…ずっと。彼は死ぬまで将軍であり続けたわ。その頃ローマでは、コモドゥスが権力の座を確立していて、父帝のマルクス・アウレリウスを追悼する150日連続の剣闘試合を開催していた。皮肉なのはね、グラウクス…皇帝を殺したのはコモドゥスだったのよ。あなたのお父さんは知っていたの。」

グラウクスは驚かなかった。「そうか…多くの人の疑惑が、これで裏づけられました。」

「そうよ。マキシマスは新皇帝への忠誠を拒んだ。だから、コモドゥスは彼を処刑しろと命令したの。」

「そして、家族も殺せと命令した…父の死の復讐を求める者がないように。」

「その通りよ。兵士たちがあなたのことを知っていたら、あなたも殺されていたはずだわ。」

「そう聞かされていました。」

皇帝の死とマキシマスの処刑命令、それをめぐる状況…どのぐらい話してしまっていいのだろうか?ジュリアは迷った。でも、誰にも言わないとマキシマスに誓ったのだ。彼の信頼を裏切ることはできなかった。今でも、まだ。彼女は話を剣闘士のことに戻した。「マキシマスの腕は抜きん出ていたわ。剣闘士たちがどこへ行っても、観客は彼を出せと叫んだ。」

「どこへ行ったんですか?」

「ローマへ来る道中、辺境のあちこちの町で剣闘試合に参加していたようね。マキシマスには目的があったの…」

「母と兄の復讐のためにコモドゥスを殺すこと。」

ジュリアは微笑んだ。「あなたの考え方はお父さんそっくりね。それに、マルクス・アウレリウス陛下のためでもあった。」

グラウクスはうなずいた。「剣闘士なら、剣を手に皇帝に近づくことが出来ますからね。」グラウクスは首を傾け、考え込んだ。手の痛みは無視しようとした。「でも、アリーナで父に会った時、コモドゥスはどうしてすぐに殺さなかったんですか?」

ジュリアはにっこりした。「お父さんがコロシアムに登場した時のことを話してあげるわね。私も人から聞いたのだけど。」マキシマスが寄せ集めのわずかな剣闘士たちを率いて、スキピオ・アフリカヌスの軍隊を打ち破った様子を、ジュリアは詳しく話した。「彼はたちまち民衆の心をつかんだの。皇帝が彼を殺させようとした時、観客はコモドゥスに向かって、『殺すな』って叫んだわ。グラウクス、コモドゥスはね、貴族の間では全然人気がなかったそうなの。でも、剣闘試合を開催してパンを配ったりして、ローマの一般大衆の間では人気を確保していた。でも、何かで機嫌をそこねたら、大衆もすぐ自分に背を向けるだろうってわかっていた。アリーナでお父さんが活躍すると、民衆は喜んだわ。だから、コモドゥスにはマキシマスが必要だったの。ある意味では。」

「それも皮肉な話ですね。」

「本当にね。」ジュリアは召使から二枚の毛布を受け取った。「ありがとう、クローディア。」

「寒いですか?中に入りましょうか?」グラウクスが言った。

「いいえ。中庭のコウロギの声を聞くのが好きなの。なんだか落ち着くのよ。」彼女はグラウクスに毛布を渡した。彼はジュリアがもう一枚の毛布を肩に掛けるのを手助けした。「私は剣闘試合は見なかったから、その試合は見ていないの。でも私のメイドが、スペイン人の剣闘士が都中の関心を集めているって教えてくれて、初めて興味が湧いたの。メイドの話を詳しく聞くと、マキシマスに間違いないと思ったわ。でも、将軍がどうして剣闘士奴隷になったのか、見当もつかなかった。ゲルマニアで何があったかは全然知らなかったから、彼はまだ将軍なんだとばかり思ってた。でも、コロシアムへ行って自分の目で確かめてみようと思ったの。コロシアムには外に面した牢があって、剣闘士たちがそこに入れられて、観客が金を賭ける相手を観察できるようになっているの。その牢のひとつに、大勢の人が群がっていたわ。人々は『マキシマス、マキシマス』とつぶやいたり、彼の名前を大声で叫んでいる人もいたわ。やっとの思いで人をかき分けて前に出ると、奥の暗いところに彼が座っていたわ。心はどこか遠くにあるように、空を見つめてた。私もやっと声が出るようになって、彼を呼んだけど、他の人の声に紛れてしまった。彼は試合の準備に呼ばれて行ってしまって、私は路地に駆け込んで昼食を吐いてしまった。家に帰って、アポリナリウスに何もかもをぶちまけたわ。」

「あの…どうしてご主人に言わなかったんですか?」

「その時はもう亡くなっていたの。私は未亡人だった。」彼女は黙り込み、グラウクスを見つめた。

「ジュリア?」

「あのね…こうして夕陽の中に座っているとね…あなたがお父さんのような気がしてくるの…同じ声…同じ顔。髪は少し長いわね…色も少し明るいし。彼はいつも、兵士らしい短い髪をしていたわ。」彼女はまた黙り込んだ。「若い頃どんな風だったか想像したわ…あなたにそっくり…無鉄砲で、冒険好きで…高い地位に就いて、責任が重くなって、もっと生真面目な人になる前の。」

彼は包帯を巻いた手でやさしく彼女の頬に触れた。

彼女は微笑んだ。「手はどう?」

「ずきずきします。いくら父さんでも、大理石の柱と殴り合いをしたら勝てなかったでしょうね。」

ジュリアは笑った。「そうね。でも、お父さんでも、やっぱりあなたと同じ事をしたでしょうね。」

グラウクスは真剣になった。「父が闘うところを見ましたか?」

「ええ、何度も。その翌日か、二日後だったか…アポリナリウスに頼んで一緒に来てもらって、試合を見に行ったの。彼は一日中席を取っておいてくれたの。気の毒なことをしたわ。私は、観客がお父さんの名前を合唱し始めるまで、外をふらふらしていた。街中に聞こえるような声だった。」ジュリアは身体に毛布をしっかりと巻きつけた。「彼が目の前で死ぬんじゃないかって、怖くてたまらなかったわ。でも、それどころか…彼はすばらしい腕を見せた。アポリナリウスでさえ興奮してた…羊みたいにおとなしい人なのに。」

「わかります。」

「でも、私が一番驚いたのは…一番、観客が喜んだのは…コモドゥスに対する彼の態度だったの。彼の一挙手一投足が…表情が…仕草が…皇帝に反逆していた。皇帝への激しい憎しみが全身から溢れていたわ。コモドゥスも彼を憎んでいた。観客があれほど燃えたのは、その闘いのせいだったのよ…剣闘士対皇帝の。剣闘士同士の闘いではなくて。

「観客たちは父のことを知ってたんですか?つまり、将軍だったってことを?」

「知っている人もいたでしょうね。ほとんどの人は、聞いても信じてはいなかったわ。剣闘士にはいつも大げさな噂が立つものだから。」ジュリアはためらいがちに言った。「観客の中にもう一人だけ、彼が誰かはっきり知っていた人がいたわ。」

グラウクスは眉を上げた。

「ルッシラよ。コモドゥスの姉の。」ジュリアは夕べの星を見上げた。

「ルッシラのことは知っています。ジョニヴァスに聞きました。」

「ええ…あの日、観客の中に、あなたのお父さんを心から愛している女が二人いたことになるわね。」

「彼女の事を話すのは辛いですか?」

「彼女は彼に会うことができた…私はできなかった。それが妬ましかったの。」

「でも、あなたはローマで父に『会った』って…」

「そうよ。」

「いつ?」

「グラウクス…これから話すことで、私を嫌わないでね。」

「何を聞いたって、あなたを嫌うなんてできませんよ。」彼は心から言った。

ジュリアははにかんだように微笑んだ。「ありがとう。」彼女は深く息を吸った。「ローマでは、疫病が蔓延することがよくあったの。ある時、とりわけひどい流行があって、公共の建物は全て閉鎖されたわ。コロシアムが閉鎖されている間は、マキシマスをプロキシモから引き離すいいチャンスだと思ったの。」

「どうやったんですか?」

「アポリナリウスに、彼を一週間借りてもらったの。」

グラウクスは途惑った。「借りるって?一体…」彼はその意味を悟った。「彼が父を『借りた』?一週間?」

「ええ、でも…」

「父は…売春を強制されたんですか?プロキシモが、父にそんなことをさせたんですか?」グラウクスは怒りのあまり、傷もかまわずに拳を固く握りしめた。

「グラウクス、もう柱を叩いたりしないで!ねえ、聞いて。彼に会いたかったのは私なの、もちろん…」

「でも、プロキシモは男に父を売るような真似を!プロキシモを殺してやりたい!」

「とっくに死んでるわ。座って。説明させて。」ジュリアは彼を落ち着かせようと肩に手を置いた。怒りで肩がこわばっているのを感じた。 「オスティアにある私のヴィラに連れて来させたの。どうして連れて来られたのか、彼は全然知らなくて、始めのうちはてっきり…その…」 ジュリアは手を引っ込めた。「グラウクス、ごめんなさい。そう信じさせてしまって、彼にひどく苦しい思いをさせてしまったわ。」

「そうでしょうね」その声は冷たさを帯びていた。「愛していた人にどうしてそんな事をしたんですか?」

ジュリアはまた星を見上げ、長い間黙っていた。ようやく口を開いた時、その声は小さかった。「それは…多分…私を拒んだ彼を罰したかったから…」

「結婚していたんですよ!だから拒んだんです。」

「わかってる。でも、それでも辛いことには変わりなかったわ。彼に手紙を書いたの…ラブレターじゃないわ…ローマでちゃんと暮らしているって知らせるだけの手紙。彼は返事をくれなかった。とても悲しかったわ。グラウクス…私は間違った事をしたから、弁解は出来ないけど…でも、少なくとも、彼のためを思ってしたことなのよ。」

「本当に?」その声には皮肉が混じっていた。

ジュリアはその口調に反発を感じた。「本当よ。」彼女は受け太刀になって言った。「マキシマスをスペインに帰してあげようと思って、船を用意していたのよ…奴隷の身分から逃がしてあげようと…奥さんと息子さんのところへ帰してあげようと思ったの。その時には、二人が死んだことは知らなかったから。彼のためを思ってしたことなの…それは本当よ。」

グラウクスはうなずいた。「すみません。それで、何があったんですか?海で捕まったんですか?」

「いいえ。彼は私の申し出を拒否したの。船には乗ってくれなかったのよ。」

「復讐を果したかったんですね。」

「ええ。復讐を果す唯一の方法は、アリーナでコモドゥスを殺すことだと思ってたの。」

「でも、逃げてどこかの連隊と合流して、ローマに進軍することも出来たかも…」

「その事も話し合ったのよ。私が何を言っても、彼は反対する理由を用意していたわ。ローマ軍はコモドゥスの支配下にあったから、彼を支持するのは彼自身の部下だけだった。自分の連隊はまだゲルマニアにいると、彼は思っていたの。

「本当はどこにいたんですか?」

「オスティアにいたらしいわ。」

「オスティア?」彼は驚いた。「あなたたちもオスティアにいたんでしょう?」

「ええ。」

グラウクスは絶望的に手を上げた。「そんなに近くにいたのに。」

ジュリアは悲しげにうなずいた。「もし知っていたら、運命は違っていたでしょうね。」

「それで…一週間何をしていたんです?」

「最後のわずかな幸せをあげたの。」

「どういう事ですか?」

「説明するわ。でも、その前に…もう少しワインと毛布を持って来ましょう。」

 

第39章 ジュリアの話(続)

「最初の数日は、私の立てた逃亡計画のことで言い争いばかりしていたわ。私が彼を逃がすのを諦めて、やっとお互いのことを話せるようになったの。会えなかった間に何があったのかを…彼はスペインへ逃げたこと、あなたのお母さんと兄さんが死んだこと、捕えられて剣闘士として売られたことを話してくれたわ。私は結婚したことを話したの…世間向けのにせものの結婚のことを。あのね、グラウクス…私はずっとマキシマスを愛してきたの。他の男性と人生を共にすることはできなかったわ。」

二人は中庭に面した手すりの下に毛布を重ね、クッションを敷いて、肩を寄せ合って床に座りこんでいた。ジュリアの贅沢な屋敷の中で、わざわざこんな場所を選ぶなんておかしな感じがした。でも、満天の星の下にいるとお互いをより近く感じる。二人の間にはワインの壺が置いてあった。二人は何度もカップを満たした。食べ物の盆はからっぽになっていたが、別の盆に盛られたウズラは手をつけられぬまま冷めてしまっていた。

ジュリアは話を続けた。「私たちは庭を散歩したり、私のビーチで何時間も過ごしたり…お父さんは私に泳ぎを教えてくれたわ。まあ…泳ぐというより、浮くところまでしかいかなかったけど」彼女は笑った。「彼もやっと、少しくつろいだ気分になってくれたけど…それまでに何日もかかったわ。」

ワインのせいで、グラウクスはいつもより図々しくなっていた。「それで、愛し合ったんですか?」

ジュリアは唇を固く結んだ。「いいえ…最初のうちはね。あなたのお父さんは、まだお母さんの喪に服していたの。彼女の死はまだお父さんの心に重くのしかかっていて、私に近づくことは彼女の想い出を汚すと思っていたみたい。」

「でも、母はもう亡くなっていた。」

「そうね。私たち、二人ともやもめだった。」

「なんて堅物だ。少しは楽にしたらいいのに」グラウクスは酔っ払った声で言った。

ジュリアはまじまじとグラウクスを見つめ、思わず笑い出した。「そうね、最後にはそうしてくれたわ。とても時間がかかったけど。ほんの数日間だったけど、結ばれることができたの。私の人生で一番幸せな時だったわ。」

「愛していたんですね。」

「ええ。」

「父もあなたを愛していた。」

「そう言ってはくれなかったけど、心のどこかで愛してくれていたと思う。グラウクス、お父さんの愛はね、全部あなたのお母さんのものだったの。その言葉は彼女のためだけにとってあったのよ。私はほんの短い間、わけてもらっただけ。これは言っておきたかったの。」

グラウクスはぼんやりした目で彼女を見た。「あなたは幸せになっていい人なのに。」

「ありがとう…あなたは飲みすぎね。」彼女はワイン壺を彼の手の届かないところに移した。

「一緒に逃げればよかったんだ。」

「そうね。そうすればよかったわ。でもマキシマスは私に危険が及ぶのを心配してくれたの。コモドゥスは帝国中の兵隊を動員して私たちを追ったでしょう。絶対に捕まったわ。だから、コロシアムが再開されてプロキシモが連れ戻しに来た時、マキシマスは剣闘士としてローマへ戻って行ったの。」ジュリアは辛い記憶を紛らわすようにワインを飲んだ。

「あなたはどうしたんですか?」

「彼を追ってローマへ行って、彼の試合を全部見たわ。そうするって約束したの。彼に言ったの…あなたは一人じゃない、私がいつも客席にいるからって。」

「その後、父と話をすることは出来たんですか?」

「いいえ。プロキシモは私が彼に近づくのを許してくれなかった。マキシマスの気が散るからって。手紙を託したけど…渡してくれたかどうかわからない。」

グラウクスは頭上の枝にとまった眠そうな鳩の鳴き声を聞いていた。「父はアリーナで死んだんですね。」

「ええ」彼女は囁いた。

「闘いに負けたんですね。」

「いいえ…彼は負けなかったわ。」

グラウクスは眉を上げて彼女の顔を見た。彼女はワイン壺を取り、彼にもう一杯注いだ。「飲んで。」

彼は一息で飲み干した。「話して下さい。」

「私も、詳しいところまでは話してあげられないの…観客の一人として見ただけだから…でも、あの日のことは忘れられないわ。晴れた、暑い日だった。前の試合の死臭を消すために香が焚かれていた。観客はコロシアムの砂に薔薇の花びらを投げていた…赤い薔薇よ…マキシマスが登場する時はいつもそうだった。花びらが絨毯のように砂を覆っていたわ。でも、皇帝は貴賓席にいなかった。ルッシラと息子のルシアスはいたけど。彼女は蒼白い顔をして…怯えているみたいだった。突然、アリーナの落とし戸が開いて、盾を寄せて固まった近衛隊が現れたわ。近衛兵が散ると、お父さんと皇帝が並んで立っていたの。二人を見て、観客から轟くような歓声が上がった。人々が夢にまで見た対決の時だった…我らが剣闘士と、憎き皇帝の対決。」

グラウクスは息も出来なかった。

「コモドゥスはいつものように気取っていたけど、マキシマスの様子がおかしかったの。下を向いて、少しふらついていた。近衛隊が二人を囲んで大きな円を作って、コモドゥスは観客に挨拶した。でも、マキシマスはひどく足を引きずっていて…彼は傷を負っているっていう噂が観客の間を駆け抜けたわ。そして、私にも見えたの…彼のチュニックの左脇から、脚に血が流れ落ちているのが…まだ闘いは始まってもいなかったのに。」

「闘いが始まる前に傷を負わされていたんですか?コモドゥスがやったんですか?」

「わからないわ」ジュリアは深呼吸した。「近衛隊長がマキシマスの剣を砂の上に投げて…」

グラウクスはぱっと身を起こした。「クイントス?クイントスって名前でしたか?」

「ええ、たしかそうよ。ゲルマニアでお父さんの副官だった人。」

「彼なら何があったか知っているはずだ。対決の前に父さんが傷つけられていたとしたら…」

「知っているのは、この世で彼一人かもしれないわね。」

グラウクスは興奮していた。「それから?」

「グラウクス…私の席は遠くて、はっきりとは見えなかったのよ。」

「クイントスには見えていたでしょうね」グラウクスは妙に落ち着いた声で言った。

「そうでしょうね。闘いが始まると、お父さんは左脇をかばっていたわ。少し身体を屈めて、腕を曲げて胸に寄せていた。それでも、彼は勇敢に闘ったわ。最初は防戦一方だったけど、精神の力で闘っていたみたい。彼はコモドゥスの手から剣を叩き落したの。代わりの剣を、って叫ぶコモドゥスの声が聞こえたわ。でも、全員の目がお父さんに集中していた。観客は水を打ったように静まり返っていたわ。みんな、何かがおかしいってことに気づいていたから。マキシマスは目が見えていないみたいで、気を失いかけているように見えたわ。脚がふらついていて、空を見つめていた。そして、手から剣が滑り落ちたの。」

「二人とも剣を失ったんですね?」

「ええ、でも、コモドゥスは近衛兵に剣をよこすように命令したの。クイントスが渡すなって命令したわ。」

「皇帝の命令に逆らったんですか?」

「ええ。近衛兵たちはクイントスに従ったわ。」

グラウクスは小さく口笛を吹いた。あの裏切り者も、父のためになることを一つはしたってわけだ。」

「でも、遅かったのよ。その時にはもう、お父さんが死に瀕していることは誰の目にも明らかだった。コモドゥスが袖口からナイフを出して、お父さんを刺そうとしたの。それでマキシマスは目を覚ましたみたい。彼はコモドゥスを何度か殴りつけて、倒したわ。でも、コモドゥスはまだ彼に向かって来た。とうとう、マキシマスは皇帝のナイフを掴んで彼に刃を向けたの。コモドゥスの拳を…ナイフを握っている手を掴んで…刃を彼の咽喉に押しつけた。遠くから見ていると、まるで抱擁のようだったわ。マキシマスは片手でコモドゥスの頭を押さえて…ナイフを咽喉に押し込んだの。」

グラウクスは大きく息を吐いた。「殺したんですね。」

「コモドゥスは地面に倒れて…死んだわ。」

「父さんは?」

「彼はまだ立っていて、仲間の剣闘士と政治犯を解放しろとクイントスに命令したわ。」

「クイントスは父さんの命令に従ったんですか?また副官になったみたいに?」

ジュリアはためらった後、「ええ」とだけ言った。

「それから?」

「アリーナは静まり返っていたから、マキシマスの声がかすかに聞こえたの。正確な言葉は覚えていないけど、彼はクイントスに、ローマは再び共和国になる、マルクス・アウレリウスが望んだように、と言ったわ。」ジュリアはグラウクスの方を見た。「彼は皇帝の最後の望みを叶えて…それから、倒れたの。」

グラウクスは両手で目をこすり、涙がこぼれないように押さえた。彼は咳こみ、「そこで死んだんですね?」と言った。

「ええ。ルッシラが駆けよって、彼の頭を抱き上げたわ。二人は何か話していた。その後、頭ががっくりと垂れて…ルッシラは頭を抱え込んで泣いていた。人々は茫然としていたわ。愛するマキシマスが皇帝を殺したけど…自分も死んでゆくのを目撃したのだから。」

「あなたは?」

「私も茫然としていた。頭がぼうっとしていたわ。私は神々に祈っていた…皇帝を殺して、マキシマスは助かる方法を探して下さいって…でもそれは無理だった。近衛隊が儀仗兵の役をして、マキシマスの仲間たちが彼の亡骸を担いでアリーナから運び出したの。幼いルシウスがマキシマスの後をついて行った。まるで、マキシマスの息子みたいに。ルッシラは彼が倒れた場所から動かなかったわ。」

グラウクスは途惑った。「父のことは皇帝のように運んだのに、皇帝のことは砂の上に放っておいたんですか?」

「ええ。」

「ルッシラも?」

「彼女もマキシマスのことしか考えていなかったわ。」

グラウクスは考え込んだ。実に興味深い話だ。「父の遺体はどうなったんですか?」

「わからないわ。ルッシラが宮殿に連れて行ったの。皇帝に相応しい葬儀を準備してるっていう噂もあった。父帝の霊廟の隣に、彼の立派な霊廟を立てる計画も進めていたみたい。でも、彼女は追放されてしまって、マキシマスの遺体をどこに残して言ったのか聞けずじまいになってしまった。多分、皇帝と皇族を葬る場所で火葬されたんだと思うけど…でも、その後彼がどうなったか知っているのはルッシラだけで…他に知っている人がいたとしても、口を開く人はいなかった。マキシマスが死んだ後、グラックス議員とルッシラは、ローマを共和制に戻すというマルクス・アウレリウスの夢を…あなたのお父さんの夢を…叶えようとしていた。でも近衛隊が権力を握ると、ルッシラと息子は追放されて、グラックス議員は死んだの。殺されたのかもしれないわ。真相は誰も知らないの。」

「それもクイントスですか。」

「ええ…クイントスよ。」

「父が死んだ後でさえ、裏切ったのか。」

ジュリアは黙ってうなずいた。

 

第40章 砂

ドアの開く音を聞いて、マリウスが飛んで来た。「何があったんだ?あんまり遅いから、心配になってたところだ。どうしたんだ?」

「落ち着け、マリウス。大丈夫…」

「大丈夫には見えないぞ。その手はどうしたんだ?」

「ちょっと事故があって…大した事はないよ。」

「何があったか教えてくれ。何かわかったか?」

「ああ…いろんな事がわかった。座れよ。説明するから。」それから何時間もかけて、グラウクスはジュリアの話を詳しく伝えた。マリウスは驚いた。

「コロシアムには何度も行ってるのに」マリウスは首を振って、「知らなかったなあ…全然知らなかった。」と言った。

「明日、ジュリアとコロシアムに行くんだ。」

「僕も行くよ。」

「マリウス、君にはもっと大事なことを頼みたいんだ。」

「何だい?」

「クイントスを捜してくれ。コモドゥスとの対決の前に、父に何があったのか訊きたいんだ。それを聞いたら…殺す。」

 

 

グラウクスはジュリアとの約束の1時間も前にコロシアムに着いた。20年前、父はここで死んだのだ…殺されたのだ。闘いの前に彼を傷つけた誰かが殺したのだ。コロシアムは威厳に満ち、堂々と聳え立っていた。まるで、想像の中の父のように。この死に場所の方が、父には相応しい気がした。ゲルマニアの森の中や、墓の上に横たわったまま…あるいは牢の中で朽ち果てるより。父は強い男、人々に愛された男として死んだのだ。英雄として。

グラウクスは人ごみにまじり、コロシアムの空気を味わいながらジュリアを待った。彼は巨大な石灰華のアーチにもたれ、門を出入りする人々を眺めた。人々は剣闘士の腕の良し悪しや勝率を熱っぽく語り合っていた。少年がひとり、向こう側のアーチの下に立ち、曲がった釘で石の壁を掘っている。少年はグラウクスの視線には気づかずに、コロシアムの壁に傷をつけるのに熱中していた。何をしているのだろう?グラウクスは近寄ってみた。「何してるんだい?」

少年は飛び上がった。痩せた顔に狼狽が広がっていた。「な…なんでもありません!」

「怖がらなくていいよ。何をしてるのか気になっただけなんだ。」グラウクスはかがんで彫られたばかりの文字を見た。「『フレマ』って誰だい?」

「フレマは一番強い剣闘士さ。知らないの?」少年は痩せた胸を張って答えた。「いっぺんに百人だって殺せるんだ。」

グラウクスはうなずき、笑いを噛み殺した。「どうして彼の名前を彫っているんだい?」

少年は、この人は頭がおかしいのだろうか、という目でグラウクスを見た。「みんなやってるよ…みんな、好きな剣闘士の名前を書くんだ。誰でもやってることだよ」彼は言い訳するように言った。

グラウクスはもう一度かがんで壁を見た。本当だ。色々な剣闘士の名が彫られいている。世代の移ろいと共に忘れられたヒーローの名の上に、別の名が彫られている。

「女も書くんだよ。馬鹿みたいなこと。」少年は鼻で笑った。「剣闘士がハンサムだとか、セクシーだとか、気持ちの悪いことを書くんだ。」彼は本当に気持ち悪そうに地面に唾を吐いた。「剣闘で大事なのは、何人殺せるかってことだけなのに!」

「この壁のこと、よく知っている?」

「え?」

グラウクスは少年を見つめて言った。「『マキシマス』って名前が彫られているのを見たことがあるかい?」

少年の顔が輝いた。「百回ぐらい見たよ!一番沢山書かれている名前だよ。来て、見せてあげるよ。」少年はグラウクスを連れて通路を歩き、外に面した牢のあるあたりまで行った。「ほら、このへん。」少年はこのあたりならどこでも、と言うように大きく腕を振った。

グラウクスは日光の当たる壁を見つめた。あった。様々な筆跡で、父の名が書きつけられている。永遠に残る愛と尊敬の言葉とを添えて。彼は震える指を伸ばし、文字を指先でなぞった…父がここにいたという、確かな証拠だ。

「大丈夫?」少年がグラウクスを見て、不思議そうに言った。「ぼくがフレマのことを言うと、パパは笑うんだ。マキシマスこそ史上最高だって。」

グラウクスは指で壁を撫でながらゆっくりと歩いた。マキシマス。その名はいたるところにあった。マキシマス。マキシマス。マキシマス。グラウクスは震える息を吸った。落ち着かなくては。「あの牢…あれが剣闘士を入れていた牢かい?」

「うん。時々、客がよく見られるように、剣闘士たちをあそこに入れるんだ。そういう時はすごい人だかりになるんだよ。近づけないぐらいなんだ。」

グラウクスは鉄格子を掴み、暗い牢を覗きこんだ。奥の壁に寄せてあるベンチの他には、牢の中はには何もなかった。ジュリアがローマで初めて父を見たとき、彼はあそこに座っていたんだ。彼は身震いした。

「ほんとに大丈夫?」少年が訊いた。

「どうして今は剣闘士がいないんだい?」

グラウクスの馬鹿さ加減が信じられないというように、少年は呆れて彼を見上げた。「今はアリーナの中の牢にいるからさ。普段はそっちにいるんだ。でなきゃ剣闘士学校。」

「学校?」

少年は呆れ顔で、「剣闘士のこと、なんにも知らないんだね」と言った。

「試合をしている時以外のことは…そうだね、何も知らない。」

「学校っていうのは、剣闘士が寝泊りして訓練するところさ。すぐそこに一つあるよ。」少年は広場の向こう側を指さした。彼は目を細め、首を傾げた。「もし…よかったら…案内しようか?」

グラウクスは意図を察してポケットを探り、小銭を出して何枚か渡した。「これで案内料に足りるかい?」

少年は目を丸くした。彼は急いで背を向け、金を安全な隠し場所にしまいこんだ。少年はグラウクスに愛想笑いして、「ついて来て。」と腕を振った。

二人は人ごみをぬって広場を横切った。少年は頑丈そうな鉄格子の門の前で立ち止まった。門の向こうには前庭があり、簡素なチュニックの逞しい男達が木の剣を振るっていた。武装した衛兵が見張っている。「ほらね」少年は自慢げに言った。「ここに住んでいるんだよ。」

前庭の向こうには小さな石の牢が並んでいた。それぞれの牢には、ドアと鉄格子のはまった窓がある。「ここの持ち主は?」グラウクスが少年に訊いた。

「持ち主はいないんだ。ここはね。ここは、外からローマに来た持ち主が借りる所だよ。剣闘士が一度に沢山住めるようになってるんだ。」

「マキシマスがここにいたかどうか知ってる?」

「マキシマス?それは知らない。でも、フレマはここに住んでるんだ。」

グラウクスは微笑んだ。「ローマには、他にも剣闘士学校があるのかい?」

「沢山あるけど、他のところは金持ちの私有地にあるから近づけないんだ。」青年と少年はしばらく黙って、男たちの訓練を眺めていた。

「ねえ…?」

グラウクスは聞いているという印にうなずいた。

「ぼく、もう行かなくちゃ。」

「ああ、ありがとう…君の名前は?」グラウクスは少年に手を差し出した。

「ほんとはドルサスだけど、フレマっていう名前にしたんだ。」

グラウクスは笑った。「ありがとう、フレマ。フレマが勝つといいね。」

少年はグラウクスのことが気になるようだった。「マキシマスって人、知り合い?」

グラウクスの笑顔が消えた。「いや…一度も会ったことはない。」

「そう?何か、特別な人なのかと思った。」

グラウクスは黙って背を向け、剣闘士学校を覗きこんだ。もう質問されたくなかった。少年は不思議そうに彼を見た後、小走りで人ごみに消えた。

 

 

グラウクスを見ると、ジュリアはにっこりした。彼女は、この前マリウスと食事した居酒屋の外の席に座っていた。アポリナリウスが隣にいた。彼は老人の手を取り、心をこめて握った。

「遅刻してしまうかと思ったわ」ジュリアが言った。「でも、あなたより先に着いたみたいね。」

グラウクスはにっこりして腰を下ろした。「実は、アリーナにはずいぶん前に着いたんです。あなたが剣闘士の父を初めて見た牢があって…それから、男の子が広場の向こう側の剣闘士学校へ案内してくれました。父がいたのはあそこですよね?」

「その通りよ。」

「会いに行きましたか?」

「いいえ…行ったのだけど、プロキシモが会わせてくれなかったの。」

彼女は悲しい目をしていた。その時は、死ぬほど辛かったに違いない。「手配の方はうまくいきましたか?」

「ええ。本当に、お金で買えないものはないわね。最後の試合が終ったら、アリーナに入れてくれるわ。」ジュリアはグラウクスのやつれた顔を見つめた。「でも、本当に大丈夫?」

彼はうなずいた。

「そう…あなたが試合を見たいって言わなくてよかったわ。私には我慢できないと思うから…」

「剣闘試合のことなら知ってます。スペインにあるアリーナで何度も見ました。」

アポリナリウスが血管の浮き出た手を上げて会話を止めた。「ちょっと待って…僕の目は衰えているけど…あそこのあの二人、さっきからこっちを見てないか?」

グラウクスは彼らをちらりと見て、アポリナリウスに向かって言った。「ああ、あの連中は、ゲルマニアからずっと僕を尾けているんです。」

「一体何のために?」老人が訊いた。

「よくわからないんですが、皇帝の命令らしいです。」

「皇帝!?」ジュリアが驚いて叫んだ。

「ええ…もう気にならなくなっていて、いるのを忘れかけていました。気になりますか?すみません、ちゃんと言っておくべきでした。」グラウクスはジュリアが蒼白になっているのに気づいた。「ジュリア…ジュリア…どうしたんですか?」

アポリナリウスは妻に手を差し伸べた。彼女は紙のように真っ白な顔で、テーブルに肘をつき、両手で顔を覆って、重病人のように荒い息をしていた。

「す…すみません。」グラウクスは詫びの言葉をもごもごとつぶやいた。「言っておくべきでした。重要なこととは思わなくて…」

「帰りましょう」彼女は荒い息の下で言った。

「帰るなんてできませんよ」グラウクスが抗議した。「父が死んだ場所を見たいんです。」

「ジュリア、どうしたんだい?」アポリナリウスが訊いた。「君らしくないよ。どうしたんだ?」

ジュリアは夫を無視し、グラウクスに向かって言った。「あなたが私のアパートメントに来たのも知られてる?」

「ええ…多分。ああ、くそ、申し訳ありません、ジュリア。あなたを巻き込むつもりはなかったんです。」

「何に巻き込んだのか、わかって言ってるの?」彼女は怒った声で言った。

「えっ?」グラウクスは途惑った。「一体…何のことですか?」

「帰らなきゃ」ジュリアは言った。

彼女は本当に怯えているようだ。アポリナリウスはさっぱり訳がわからず、泣いている子供をあやすように背中をやさしく叩いていた。

ジュリアは徐々に落ち着きを取り戻した。「わかったわ、グラウクス。アリーナへ行きましょう…でもその後は、何も訊かないで私の言う通りにするのよ。わかった?質問はなしよ。」

彼は声もなくうなずいた。

彼らはしばらくそこに座っていた。三人とも動揺し、不安を感じ、黙り込んでいた。やがて、壁の向こうから聞こえる歓声が徐々に小さくなり、アリーナから溢れ出す人の流れがまばらになった。

ようやく、ジュリアが静かに言った。「行きましょう。時間よ。」アポリナリウスの関節炎のせいで、三人はゆっくりと歩いた。アリーナの北の入口で、管理責任者が彼らに挨拶した。

金が手渡され、彼は「ご案内します」と言った。彼らは暗い内部に足を踏み入れた。目が暗さに慣れるまで、グラウクスには何も見えなかった。案内人は歩調をゆるめることなく長い廊下を抜け、階段を上って、翳り始めた午後の太陽が長い影を落とすアリーナに出た。

グラウクスは茫然として立ち止まった。中から見ると、想像していた以上に巨大だった。建物について案内人がざっと説明したが、グラウクスはその壮大さ見惚れてほとんど聞いていなかった。収容人数は五万人以上、皇帝や重要人物の貴賓席、ヴェスタの巫女たちのための特別席、強い陽射から観客を守る天幕、今は巻き上げられていますが…グラウクスは客席からかなり下にある楕円形のアリーナを見下ろした。長辺には入口が二つある…

「南東の入口はリビティナリア門と呼ばれています」案内人が説明した。「死んだ剣闘士はあそこから運び出され…」

あそこが父の亡骸が運び出されたところなのだ−解放された仲間の肩に担われて。「入っていいですか?」

「うーん…人を入れるところじゃないんですが…」

ジュリアはとろけるような微笑を浮かべた。「あら、ご迷惑はかけませんわ。」

案内人は頬をゆるめた。「まあ、大丈夫でしょう。」

「僕はここで待ってていいかな」アポリナリウスが言った。「これ以上階段を登るのは無理みたいだ。」

案内人はジュリアとグラウクスを連れてアリーナの内部に戻り、アリーナの地面の高さまで石段を降りた。彼らは曲がった廊下を歩き、アリーナの北西の端まで来た。「すみませんが」案内人が言った。「あの門に出るにはもう一階降りないといけないんですよ。こちらです。」

階段を降りると、空気は急に冷たく、湿っぽくなった。厚い石の壁で燃え続けている松明が唯一の明かりだった。ジュリアは身震いした。グラウクスは彼女の手を取り、固く握り締めた。彼女を慰めようとしているのか、自分が慰められたいのかわからなかった。陰鬱な場所だった。ここが、剣闘士たちが閉じ込められていた場所なのだ。死臭を紛らす香もなく、暖かい日光の恵みもない。あるのは、低い石の天井、重々しい木の梁、昇降台の縄と滑車、壁に固定された鉄の輪と鎖、槍が立てかけられた木枠、金鎚と金床、手枷、砂だらけの床に逆さに放り出してある兜…建物の底から、階段を伝ってライオンの咆哮が聞こえてくる。恐ろしい場所だった。

「すみません、普通、この階を一般の方にお見せすることはないんですよ」案内人が申し訳なさそうに言った。「ここを見るのは囚人と剣闘士と…剣闘士の訓練師だけなんです。ああ、それからもちろん衛兵もですが。」彼は傾斜路を指差した。「あれが入口です。」彼は若い人夫に向かって怒鳴った。「扉を開けろ!」扉は軋み音を立てて大きく開き、彼らの立つ洞穴をゆっくりと光が照らした。案内人は傾斜路を登った。「ここが…」彼は立ち止まった。「…いらっしゃらないんですか?」

ジュリアとグラウクスはそこに根が生えたように立ち尽くしていた。マキシマスが立っていた所に立ち、彼が見たものを見、彼が感じた恐ろしい死のにおいを感じ…闘いの前に、彼が経験したに違いない恐怖を感じていた。

「どうなさいました?」案内人が声をかけた。

ジュリアとグラウクスは、彼の後についてゆっくりと傾斜路を登り、アリーナの砂の上に足を踏み入れた。手と手をつないだままで。「どうもありがとう」ジュリアが静かに言った。「少し歩きたいわ。」

彼はためらったが、ジュリアのくれた金貨を思い出した。「わかりました。私はちょっと用がありますので、扉を開けたままにして行きます。帰り道はおわかりですね。あまり長居はなさいませんように。ここは閉鎖されているんです。」彼は傾斜路を降りて消えた。ブーツの足音が石段を遠ざかって行った。

アリーナは客席から見ても広く見えたが、そこに立つともっと果てしなく巨大に見えた。アポリナリウスが反対側の席から手を振った。人形のように小さく見えた。

「この扉を初めて通った時は、マキシマスも圧倒されたでしょうね。」ジュリアが囁くような小さい声で言った。

グラウクスはうなずいた。彼も圧倒されていた−父と違って、死に直面しているわけではないのに。「場所はどのあたりですか?」何の場所かは、言う必要もなかった。

「真中あたりよ。」

グラウクスはアリーナを歩き出した。粗い砂粒がサンダルに入りこんだ。腕が後ろに引かれるのを感じて、彼は立ち止まった。

「グラウクス、行って。私は行けないわ。」ジュリアの顔は蒼白になっていた。

彼は彼女の手にキスをして放した。そして、中心に向かってゆっくりと、なだらかな円を描きながら歩いて行った。その場所を全身で感じ取りたかったのだ。

ジュリアは震え出した。

グラウクスは皇帝の貴賓席のある段を見上げ、その方向へ歩いて行った。日除けに守られた席の真中に、黄金の玉座が置かれている。彼は玉座を見上げた−父がそうしたように。若き皇帝がそこに座っているのが見えるような気がした。隣に座る美しいその姉も。グラウクスは想像してみた…マキシマスがコモドゥスを睨みつけ、その日の敵と闘うために剣を取る。観客の轟くような歓声が聞こえるような気がした。観客は立ち上がり、叫び、彼らの英雄に限りない賞賛を送っている。

幻の歓声が消えると、アリーナの中心に円を描いた黒衣の近衛隊が現れた。グラウクスは目を瞬いた。幻覚だ。それはわかっていたが、まるで現実のように鮮やかに見えた。幻の衛兵たちにゆっくりと近づくと、砂の上に横たわった身体が見えてきた。コモドゥスだ。血にまみれた死体。グラウクスはそろそろと死体に近づいた。突然、冷たいものが背中を駆け抜け、髪が逆立った。彼はそこに釘づけになった。父がそこにいた…彼の目の前に…血を流し、よろめき、死に瀕して。父さん。マキシマスは倒れかけた。グラウクスは瀕死の剣闘士に手を差し伸べた。「父さん!」グラウクスは叫び、駆け寄り、倒れた男の傍で砂に膝をついた。父に触れようとした手は、砂を掴んだだけだった。紫色に腫れ上がった指からゆっくりとこぼれる砂を、彼は茫然と見つめていた。この砂は父の血が…父の命が…染み込んだ砂なのだ。彼は粗い砂粒を両手ですくい上げた。砂は指の間から、腕をつたって流れ落ちた。彼はゆっくりと手をこすり合わせ、目を閉じ、砂のついた手を顔に近づけた。ジュリアの泣き声が遠くに聞こえた。彼は目を上げた。もう誰もいない…近衛兵も、皇帝も、マキシマスも。彼は天を仰ぎ、胸の痛みをしぼりだすように叫んだ。苦痛の叫びは空っぽの客席にこだまし、コロシアムの隅々まで響き渡った。彼は崩れ落ち、砂に顔を押しつけて泣いた。

ジュリアが駆け寄り、彼を抱きしめた。二人の涙がひとつに溶け合った。

 

第41章〜45章