Chapter 2-1 私設戦闘船サプライズ号


サプライズ号、テストランに出航する。

ジャックは南米への航海に出発する前に、テストランとして近場の巡航をするつもりでいました。主目的は、新しく入った乗員を試すため。船乗りとして腕がいいのはテスト済みですが、いくら腕が良くても船長命令に逆らって略奪をしたり、仲間とケンカが絶えないような男がいたら、長期航海に出る前に降ろして行くつもり。代わりはいくらでもいるし。これも、海軍では絶対許されない贅沢だな〜

とはいえ、いいことばかりではなく。港を出たサプライズ号は、軍艦の航路を慎重に避けて進んでいました。軍艦に出くわしたら、どこかの海軍士官に呼び出されて無礼な扱いを受けたあげく、乗員を強制徴募で根こそぎ奪われるおそれもあるので。

現在サプライズ号には航海長と主計長がいないので、ジャックが兼任しています。航海長なら今までにも兼任したことがあるし、仕事も分かるのですが、問題は主計長の方。今まで思いもよらなかった複雑な仕事に頭を悩ませています。確かに主計長の仕事は難しそう。水兵と違って、腕のいい主計長がシェルマーストンをうろうろしているわけじゃないし…スティーブンには絶対無理だし。

スティーブン、サプライズ号を眺める

ある朝遅く起きたスティーブンは、コーヒーを飲んで船尾甲板に上がり、船内の様々な作業を眺めていました。今までと同じ船、同じ作業。でも、どこか違って見える。彼はその理由を考えていました。

乗員は制服を着ていないけど、そのせいではない。軍艦でも普段の作業にはほとんど軍服は着ないから。メインマストの頂に翻る就航旗もないが…どのみち、スティーブンは以前から旗なんか見てないし。違うのは、海兵隊の赤い軍服が見当たらないこと。それから、士官候補生も少年水兵も、とにかく子供の姿がまったくないこと。(現代人から見ればその方がノーマルな気がしますが)サプライズ号はハッピーシップだったので、軍艦時代も乗員たちは陽気だったが、今の陽気さは少し種類が違う気がする…

水兵たち、好き勝手な噂を流している

一方、船の中ではどんな秘密も保てないという点では、軍艦も民間船も同じ。

スキッパーがネルソンの手紙をもらったことはすでに下層甲板にも知れ渡っていて、この航海の「幸運の徴」として喜んでいます。船乗りはこういうことに敏感ですからね〜。

運と言えば、牧師が船に悪運をもたらすとして嫌われているのも民間船でも同じなのですが、水兵たちの間では「マーティンはすでに牧師ではない」というもっぱらの噂です。何でも、司教の妻と浮気して、牧師の職を追われたらしいぜ。それでこの船に乗っているんだ。牧師じゃないんなら、悪運をもららすことはないだろう…(笑)

また彼らの噂では、サプライズ号は「スティーブンが代理人をしているある組織」に買収されたことになっています。それはとってもとっても秘密の組織で、なんでも、ウィリアム王子が一枚かんでいるらしい…

勝手な噂だけど、当っていなくもないあたり。

サプライズ号、最初の砲撃訓練をする

サプライズが外海に出ると、ジャックは乗員たちの腕を見ようと、さっそく砲撃訓練をします。

もともとジャックは砲撃訓練大好きで、いつもはウキウキしながらやっていたのですが…スティーブンは、ジャックの無表情な顔を見て、彼がもはや砲撃訓練にさえあまり喜びを感じず、単なる義務としてやっていることを察するのでした。プリングズもそれには気づいていて、心配そうにキャプテンを見ています。

今のサプライズ号は、オーブリー艦長の下で数え切れない砲撃訓練をこなしてきた旧クルーと、シェルマーストン採用の新クルーの混成隊。新クルーは船乗りとしての腕はいいものの、私掠船は砲撃より拿捕船の価値を損なわない斬り込みを重視するので、砲撃には不慣れです。訓練の結果はお粗末なもので、旧クルーは心配そうにキャプテンの顔を見るのですが…ジャックは相変わらず無表情のまま。怒っているのか、失望しているのか、何とも読み取れないのでした。

ジャック、この船では暴力も汚い言葉も禁止だと言い渡す

さて、サプライズ号にはプリングズの他に、デイビッジとウエストという二人のオフィサーが乗っています。二人とも、軍法会議で海軍を追放された元海尉。ウエストは決闘、デイビッジは不正を働いた主計長の帳簿を読まずにうっかりサインした罪。二人ともジャック同様、ちょっと気の毒な理由ですが…

ある時、デイビッジは甲板で、命令に文句を言った水兵を殴りつけました。海軍の癖が抜けない…というより、私掠船でもオフィサーが反抗的な平水兵を殴るのは普通のことなのだろうと思いますが…

しかしジャックは彼を呼び、「この船では水兵を殴るのも、棒でこずくのも、汚い言葉で怒鳴るのも一切まかりならん」と厳命しました。彼としては非常に意外なことを言われたデイビッジは、思わず反抗しそうになりましたが、ジャックの厳しい顔に迫力負けして引き下がるのでした。

…私、いろいろ考え合わせて、海軍よりこの民間船サプライズ号の方がずっと素敵だ、と思ってしまったのですが…だめ?ダメ?

ジャック、海軍のカッター、ヴェイパー号に呼び出される

さて、海軍の航路を避けていたサプライズ号ですが、砲撃訓練の途中、単独航行中のカッター・ヴェイパー号を視界内に捕らえてしまいます。こっちがサプライズなのはバレバレなので、逃げても無駄だと覚悟したジャックは、停船して相手を待ちました。ヴィイパー号の艦長(といっても単なるカッターなので、ただの新任海尉ですが)ディクソンは、前からジャックを嫌っていた艦長の息子で生意気な若造。嫌がらせに乗員をごっそり徴募し、ここぞとばかりに威張り散らしてくるに違いないのですが…

案の定、船長の出頭を求めてきたヴェイパー号。ジャックが準備していると、スティーブンが来ました。「ジャック、船匠の話では、ヴェイパーの艦長は嫌な奴だそうだな。それで、この書類を渡しておこうと思って」それはサー・ジョセフが取ってくれた「サプライズ号乗員全員の徴募を免除する」という書類でした。「本当は南米への航海のための書類なんだが、今使っていいと思う。乗員がいなくなってしまったら、南米へ行けないからね。」

ジャックがヴェイパー号に出頭し、さんざん待たされたあげく艦長室に呼ばれると、ディクソンは椅子も勧めずに横柄に彼を迎えました。若者はオーブリーに嫌味を言って、恥をかかせてやる気満々で待っていたのですが…低い天井に背をかがめ、狭苦しいキャビンを埋め尽くさんばかりの彼の堂々たる体躯と、自然に威厳のにじみ出る迫力ある顔を見ると、気おされて何も言えないのでした。ジャックは、その辺のシー・チェストを勝手に片づけて腰を下ろしました。

なんとか態勢を立て直したディクソンは、「君の船は満員のようだね。20名ばかり引き受けよう。」「乗員は保護されている。」「そんなことはありえない−」「これを。」ジャックは書類を見せました。ディクソンは信じられない、という顔で何度も読み返していましたが、やがて渋々ながら納得しました。「話は以上だ。行ってよし。」「今、何と?」「以上だ。」「それではこれで。さようなら、サー」「さようなら、サー」

彼がボートに戻る頃には、「乗員が保護されている」という話はなぜか知れ渡っていて、船に着くやいなやボートから仲間に向かって−「俺たちは保護されているんだぞ!」「静かにしろ!」ボンデンが怒鳴っても効果なし。サプライズ中の私掠船乗りや脱走兵が歓声を上げ、大騒ぎが始まりました。シュラウドに登り、去ってゆくヴェイパー号に向って尻を突き出し、一、二の三でいっせいに尻を叩いて「フー、フー」(当時のブーイング)と叫ぶ始末。

「そこ、止めろ!安酒場じゃないんだぞ。今度ケツを叩いた奴は、鞭でケツをそぎ落としてやるからそう思え!」ジャックは彼らを怒鳴りつけ、プリングズに「ドクターのスキフ(小型のボート)を用意させてくれ」と言いました。

ジャックとスティーブン、ボートを出して密談する。スティーブン、今までの経緯を説明する

ジャックがスキフを出させたのは、スティーブンと船を離れて密談するため。船上だと、キャビンだろうとマストの天辺だろうと秘密を保つのは無理なので…

スティーブンは、ジャックに話していなかった今までの経緯を説明しました。11巻の後半は二人が話をする機会があまりなくて、ジャックはパルマーが死体で発見されたとか、レイがスパイだったとか、全然知らないのですよね。まあ、そのへんは読者は先刻承知のことなので省略して…

私たちが知らないのは、11巻ラスト以降の話。あの後、スティーブンとサー・ジョセフはデュアメルが罠にかけたレッドワードとレイを追いつめていた筈ですが…残念ながら、逃げられてしまったそうです。サーたちはバトンズ・クラブに入館拒否され、騒ぎに感づいたレイたちは屋根づたいに知り合いの家へ逃げ込み、そのまま海外逃亡。どうやらレッドワードよりさらに高い地位に彼らの仲間がいるらしく、その人物が逃がしたのだろう−とサー・ジョセフは考えています。

デュアメルはと言えば…かわいそうに、彼は死んだそうです。彼は全財産を金塊に替え、それを全部身につけたままカナダ行きの軍艦に乗り込もうとしたのですが、スティーブンがよくやるようにボートと艦の間に落ち…莫大な財産と共にあっという間に海深く沈み、遺体回収は不可能だそうです。

私は個人的に、これって本当かな…と思っているのですが。だって、財産と遺体が一緒に沈んで絶対に回収不可能なんて、スパイがこの世から「消える」手段としてはあまりにも完璧すぎるじゃないですか。しかし、後の章で出てくるスティーブンとサー・ジョセフの会話からすると、どうやら本当みたいなんです。それでもやっぱり怪しい…

レイとレッドワードには逃げられてしまいましたが、不注意なレイは家に山ほど悪事の証拠を残していました。その中に、彼らが証券詐欺の首謀者だということを示す証拠もあり、ジャックの冤罪は事実上晴らされたようです。

話を聞きながら、ジャックの心臓は早鐘を打っていました。「それでは、海軍に復帰できるかもしれないということか?」「この世に少しでも正義があるなら、きっと復帰できる筈だ。でもまだ確実じゃないんだ。レッドワードたちは逮捕されていないし、彼らの正体不明の仲間が妨害しているし、政府は過ちを認めるのを極端に嫌うから。しかし、希望を捨てず、活動を続けることだ。」

「今朝、夢を見たんだ。裁判も除隊のことも、全部夢だったっていう夢だ。目を覚まして、心の底からほっとして、喜んでいる夢だったんだ。すごく真に迫った夢だった。目が覚めた時にもまだ半分夢の中にいて、思わず軍服の上着を探してしまったんだ。」まだ確実なものではないにしても、スティーブンの話はジャックの心に新たな希望の火をともしました。

二人はサプライズに戻り、砲撃訓練の続きが行われます。乗員達はこれを「ヴェイパー号に勝利したお祝い」として、張り切って砲を操作し、先程よりはずっと優秀な砲撃をしました。

ジャックの様子を見ていたマーティンが、スティーブンに言いました。「キャプテンはずっと彼らしくなりましたね。そう思いませんか?昨日の夕方お会いした時は、ひどいショックを受けましたが。」