Chapter 6-1 切離し作戦


サプライズ号、沿岸艦隊と合流する。

サプライズ号は予定通り、セント・マーティン港を封鎖している沿岸艦隊を発見して合流しました。夜のうちに合流できなければこの作戦自体が危なくなったところなので、ジャックはほっとします。「沿岸艦隊」と言っても、今は主力艦が別方面へ行っていて、小型艦が4隻だけ。バビントンの18門スループ艦タルタロス号と、さらに小さいドルフィン号、輸送艦と補給艦。この中では、タルタロスが「旗艦」。

ジャックはバビントンに相談するために、タルタロス号へ出かけます。「スティーブン、君は来ないのか?」「いや。諜報にかかわりがあることは宣伝しない方がいいからね。細かいことは、あとで君と調整できるだろう。でも今回は、僕も斬り込みに参加させてもらうつもりだ。

ジャック、バビントンのタルタロス号へ行く

バビントンはジャックが来るのを知っていました。「提督のカッターが手紙を持って来て、作戦のことを聞きました。協力するよう命令を受けています。」「レイ夫人は?」「戦闘になりそうなので、カッターで帰しました。昔ドクターが、砲撃ほど女性の体に悪いものはないとおっしゃっていたのを思い出して。」

ここでバビが言っているのは、ソフィー号が拿捕した仏艦に産気づいた奥さんが乗っていた時の話ですね。(この言い方からして、ファニーは妊娠してるのかも?そうだとしたら、いろいろ問題あるにせよ、めでたいことです。)

「ドクターはいらしてないのですか?お二人にいいニュースを聞いて欲しかったのですが。他の重要事の前に自分の事で恐縮ですが、実は、来月1日付けで、勅任艦長に昇進することが決まったんです!」バビントンは嬉しそうにニコニコしていました。ジャックは立ち上がって彼の手を握りました。「おめでとう!」もちろん、彼のために純粋に嬉しかったのですが「彼の昇進が既に決定したなら、遠慮なく斬り込みから外れてもらえる」という気持ちも、少しありました。「嬉しいです。まあ、家族のコネのおかげですけど。」「謙遜しすぎだよ。君はいい船乗りだし、指揮官としての腕も勅任艦長の半数より上だ。」

バビントンの話によると、有難いことにディアンヌ号はまだ港にいて、漁船から得た情報では予定通り13日夜に出航するそうです。「よかった。作戦は12日の夜に決行するつもりだ。」「12日ですか?」「ああ。出航前夜には、士官は上陸して留守のことが多いからな。」「その通りです。素晴らしい。」「ディアンヌを素早く湾から出すために、曳航するつもりだ。ボートと人員を貸してほしい。私は斬り込み隊を指揮し、プリングズが陽動作戦としてサプライズで砲撃する…」彼はバビントンに作戦を説明し、全面的な賛成を得ました。

「ソフィー号の事を思い出してしまいましたよ。ドクターがフランス船長の赤ん坊を取り上げた時のこと、憶えてますか?あの頃は楽しかったなあ。」他の艦長が来るまで、二人は昔の思い出話に花を咲かせるのでした。

ジャックとバビントンと3人の小型艦艦長(海尉)、作戦会議する

バビントンの合図に応じて、ドルフィン号と輸送艦と補給艦の艦長が乗艦しました。艦長と言っても、海尉艦長(コマンダー)の階級を得ているのはドルフィンのグリフィス艦長のみで、他の2人は出世コースから外れた中年の「ミスタ」づけで呼ばれる平海尉。

「知ってのとおり、サプライズ号がディアンヌ号攻撃の作戦を予定している。我々はそれに協力する。」バビントンは3人に言いました。「これからミスタ・オーブリーが作戦を説明する。はじめに言っておくが、ミスタ・オーブリーと私は既に大筋で合意している。意見は求められた時のみ。海流や敵の位置について情報がある場合のみにとどめること…」

ジャックはバビントンの堂々とした態度と、自然ににじみ出る威厳に驚いていました。さっきまでソフィー号時代の話をしていたので、その頃のバビントンが…よく「鼻をかみなさい」と注意されていた小さな男の子の思い出が、鮮やかに蘇っていたからです。…ほんとに、大きくなったよなあ、バビくん(しみじみ)。背はあまり伸びなかったけど、人間的に大きくなった…と思います。

ジャックは一通り説明を終え、「何か意見は?」と訊きましたが、輸送艦の艦長が潮流について情報をくれた他は、何もありませんでした。「グリフィス艦長は?」「意見はありませんが、バビントン艦長のお許しをいただけたら、ボートの一艘を喜んで指揮いたします。」「各艦長は自艦に残るように。」バビントンがすかさず口を挟みました。「作戦が不首尾に終わった場合、各艦長が即座に下さなければならない重大な決断がある。」ジャックはバビの機転に驚き、感謝しつつ話を続けます。「作戦遂行中サプライズ号を指揮するのは、本船に志願者として乗艦しているプリングズ艦長だ。彼はこの海域における最先任海軍士官である…」(<バビが正式に勅任艦長になるまでは。)

そこで補給艦の艦長、ストライプ海尉が口を挟みました。「拿捕賞金の取り分はどうなるんですか?」彼は皮肉な、訳知り顔のニヤニヤ笑いを浮かべていて、ジャックは彼が酔っていることに気づきました。恥知らずな発言に、他の三人の艦長は顔を赤らめています。

「それは、取らぬ熊の皮算用…いや、取らぬ熊を数える…とにかく、そのような質問は時期尚早で悪運を招く。もちろん、賞金は海の慣習にもとづいて、斬り込む者にも曳航する者にも公平に配分される。」ジャックは(例によって諺につっかえながらも)きっぱりと答えました。「各艦は一番大きいボートに乗員を乗せて、湾の外で静かに待機してくれ。抵抗があまりに大きかった場合のみ、助けを呼ぶ。合言葉は『メリー・クリスマス』と『ハッピー・ニューイヤー』だ。」

三人の海尉が帰った後、ジャックとバビントンはさらに詳細を詰めました。「ウィリアム、もし斬り込みが失敗しても…絶対に港に入って来るな。奇襲が失敗して、いったん敵の準備が整ってしまったら、あの厄介な狭い湾口は格好の標的だ。どんな船でも、砲台の十字砲火を受けて一巻の終わりだ。プリングズにもそう言ってある。」「おっしゃる通りにします。…でも、出来ることなら、私も一緒に行きたかったです。」

ジャックとスティーブン、ガンルームのディナーに招かれる

12日の午後。サプライズ号が準備に忙しい中、ジャックとスティーブンはガンルームのディナーに招待されていました。(ということは、スティーブンは船医なのにガンルームの一員ではないのね。たしかに船尾キャビンの住人だけど。)例によって招待をころっと忘れてトップで鳥を見ていて、ギリギリの時間に汚い格好で降りてきたスティーブンを、例によってジャックがてきぱきと身支度させています。軍艦が民間になっても、スティーブンが船のオーナーになっても、こういうところは変わらないのね。

ジャックがガンルームに招かれるのは、サプライズが「私設戦闘艦」になって初めてでした。前回の航海ではみんな貧乏で招待する金がなかったし、今回も今までは忙しかったので。かつての軍艦時代、サプライズ号のガンルームのディナーでは、お互いの肘が触れ合うほど満員だったものですが、今は航海長も主計長も牧師も士官候補生もいなくて6人だけなので、余裕たっぷり。ジャックはデイビッジ・ウエストと、初めて仕事以外の話をする機会を持ちました。

スティーブン、デイビッジとトリニティ・カレッジと決闘の話をする。

スティーブンは、意外にもデイビッジと話が弾みました。彼の従弟がダブリンのトリニティ・カレッジ(スティーブンの母校)出身で、「トリニティカレッジの学部生時代を生き延びるのがどんなに難しいか」という点で話が合ったのです。

「生き延びるのが難しい」というのは、学業が厳しくて落ちこぼれるとかそういう意味ではなく、文字通りの意味。この大学、とにかくやたら決闘が多いようなのです。デイビッジの従弟は新入生の1年間で、2度斬られて1度銃弾を浴びたそうです。「私は特に喧嘩っ早い方でも、侮辱を感じやすいほうでもないのに(<本当か?)、1年生の時は20回ほど決闘しました」とスティーブン。「今ではそうでもないでしょうが、あの頃は酷かったです。」

どこかでスティーブンが(ディロンだったか?)「イングランドでは1年のうちに一度も決闘しない人がいると聞いて驚いたものです」と言っていたように、アイルランドではイングランドよりずっと決闘が多いようですし、誇り高く血の気が多く(少々バカな)20歳前後の上流青年がひしめいている大学では、特に多いのは理解できます。でも、このスティーブンの言葉を聞くと、それ以上に時代的背景もあったのかな、と思いました。

スティーブンが1789年にパリ留学していたことは確かなのですが、アイルランドで学んだのがその前なのか後なのかはっきりしません。でも、後であると仮定して…それはフランス大革命(1789)とアイルランド蜂起(1798)の間の時代。この時代の血気に逸った雰囲気が、ナイーブな知識階級の青年たちに与えた心理的影響を考えると、決闘の多さというのは納得できる気がするのです。(…ろくな知識もないのに想像で書いているだけです。ご容赦。)

スティーブンが決闘の経験豊かなのは、彼自身の性格、あるいは私生児であることと関係しているのかな…と思っていたのですが、そういう個人的理由だけではなかったのですね。それにしても、1年に20回とは…何勝何敗だったのでしょうか。生き延びたのだから、強かったのは間違いないと思いますが。

さて、デイビッジの話に戻ると、彼は休暇で帰ってきた従弟に、父と二人で剣術の指導をして何とか彼を生き延びさせたそうです。「あなたはかなりの腕をお持ちなのでしょうね。」「いえ、達人は父の方で、私は大した事はありません。しかし、一応の腕はあります。海軍を追い出された時、しばらく剣術の教師をして食いつなぎました。」「すばらしい。食事の後、一戦お手合わせ願えませんか。しばらく剣を取っていないので、腕が鈍っているのです。今夜の斬り込みで、そのために殺されたら非常に残念なことですからね。」

スティーブンとデイビッジ、剣術の練習をする

サプライズ号の甲板では乗員たちが、あちこちでピストルやカットラスや斬り込み斧の練習をしていました。ジャックも艦尾甲板で、戦闘用の重いサーベルを一振り、二振りしています。スティーブンとデイビッジは向かい合い、作法に則って一礼しました。二人ともかなりの達人なので、戦いは高レベル。剣士の目を持っていなければ、何がどうなっているのか認識できないほどのスピードで剣を合わせ、突き、かわし…ここで例によってスティーブンは「爬虫類のような冷静さ(reptilian stillness)」と表現されてました。

デイビッジのリズムが一瞬乱れたかと思うと、彼の剣は空を飛んでハンモックの上に落下し、いつの間にか集まっていた観客たちから拍手が沸きました。デイビッジは一瞬、空になった手を呆然と見つめていましたが、すぐに表情をつくろって「お見事!」と言いました。「私はもう死んでいるところです−あなたの凄腕の犠牲者の一人になっているところですな。あなたの剣を拝見してよろしいですか?…鍔にバネがついているんですか?」「そうです。相手の刃をここで受け止めて、あとはタイミングと梃子の作用です。」「怖ろしい武器ですね。」「何といっても、剣は殺すためにあるのですから。しかし、練習に付き合っていただいて本当にありがとうございました。」