Chapter 6-2 ディアンヌ号


ジャックとスティーブン、いつもの戦闘準備をする

ジャックとスティーブンは、自分が帰れなかった時に備えて、手紙や書類や貴重品を艦に残るプリングズに渡しました。戦闘の前にはいつもする準備ですが、今回に限って二人は、それが単なる習慣というよりも、もっと重い意味があるように感じていました。「ああ、忘れるところだった」スティーブンはポケットからブルー・ピーターを出してプリングズに渡しました。「大事に持っていてくれ。私が戻らなかったら、君に届けてもらうことになる。」「朝までにまた会えますよ。」「そうだといいな、ハニー、本当に。」「ああ、ドクター、一緒に行けたらどんなにいいかと思いますよ!」

ハニーという言葉にぎょっとした方もいるでしょうけど…これは入れておきたかったので(笑)。ハニー(Honey)と言う呼びかけの言葉は現在でも、恋人同士だけではなく、親友同士や家族間で使われています。でも今は、男女間、女同士では普通に使うのに、男同士だけは絶対に使わないようになっているのですよね。なんでも、ヴィクトリア時代ごろから世の中のホモフォビア(同性愛恐怖症)がひどくなって「男らしさ」の締め付けがきつくなったみたいです。

閑話休題。さて、スティーブンは斬り込みを前に、いつものアヘンチンキを飲むかどうか迷います。が、「ディアンヌ号に重要なエージェントが乗っているのは間違いない、捕まえるためにはあらゆる手を打たなければならない アヘンチンキは気持ちを落ち着ける力がある、これで任務の成功率が高くなるのなら、飲むのは義務である」とかなんとか、いつもの「ジャンキーの理屈」で、結局飲んでしまいます。マッタク…。しかし…彼はご存じないことですが、ますます薄くなっているチンキは、ちっとも効かないのでした。

日が暮れ、闇夜が訪れると、サプライズ号は灯りを消して陸へ向います。沖へ出てくる沿岸艦隊と途中で落ち合い、曳航要員を満載した各艦のボートが合流。タルタロス号とサプライズ号がすれ違う時、暗い艦尾甲板に立つバビントンが「神の祝福を、サー(God bless you,sir)」と言う声が聞こえました。

ジャックとスティーブンは、戦の前の腹ごしらえ。一緒にトーステッドチーズとストラスバーグ・パイ(フォアグラとベーコンと卵のパイ)を食べました。普段はアヘンチンキを飲むと味覚のなくなるスティーブンですが、今日はなぜか美味しく感じ、珍しくもパイをおかわりしました。(チンキが薄くなっているからなんですが、たしかにこのパイは美味しそうだ。)「幕が上がるのを待っている役者のようだな」と、スティーブンが言いました。二人は好物のエルミタージュ・ワインを飲み、これが人生で飲む最後のワインになるかもしれない、と考えていました。…たとえそうなったとしても、これはそれに相応しいワインだ、と。

一本のローソクの光の中、ふたりは黙って座っていました。

斬り込み隊、出発する

艦隊の4艘に加え、サプライズ号の6艘が降ろされ、斬り込み隊の水兵たちが乗り込みました。ジャックはボートに向うボンデンの腕を取って、彼の耳に囁きました−「ドクターから離れるなよ。」ボンデン、スティーブン、最後にジャックがランチ(一番大きいボート)に乗り込み、10艘のボートは静かに出発しました。

彼らは声一つ立てずに漕ぎ続け、灯台のある岬を回り、湾の入り口に達しました。漁船が一隻港から出て来て、彼らに声をかけましたが、スティーブンがフランス語で「ディアンヌ号に届ける新兵だ」と答え、何事もなく通過しました。見張りがいるはずだった入り口の防波堤では、フランス兵が宴会をしているらしく、歌声や笑い声が聞こえます。ボートは誰何されることもなく、湾に入り込みました。あまりにスムースなので、ジャックが「罠かもしれない」と思ったほどに。ボンデンがサプライズ号への合図に青い信号灯を打ち上げると、すぐに岬の向こうから砲撃の轟音が響きだし、空が染まるのが見えます。

サプライズ号の6艘は湾の入口で艦隊の4艘と別れ、ディアンヌ号まで静かにボートを進め…訓練どおり、一斉にディアンヌ号へ斬り込みました。

ジャックたち、ディアンヌ号に斬り込む

彼らの攻撃は、またしても完全な奇襲になりました。ディアンヌの甲板に残っていたのは少数の港湾当直員だけで、たちまち斬り込み隊に圧倒されました。斬り込み隊は下部甲板に駆け下り、お楽しみの最中だった非直員たちと娼婦たちを、まとめて船艙に押し込めました。

その間、サプライズ号の砲撃の音が港中を響き渡り、教会の鐘が警告を打ち鳴らし、街は大騒ぎ。狙い通り、岬の反対側に気を取られているようです。

さて、スティーブンの狙いは、ディアンヌ号に乗っているはずの諜報員と書類を確保すること。(今回はそのために、珍しくも斬り込みに参加したのですから…)艦尾甲板には目もくれず、自分が同じ立場だったら隠れそうなところへ真直ぐ向う彼の後を、ボンデンがぴったりついてきます。スティーブンの勘は的中し、下部甲板の船室のひとつで、机に向って何か書いている男を見つけました。スティーブンは彼にピストルを向け、「ボンデン、こいつを縛り上げてボートに乗せろ!逃がすなよ。」

パディーンが錨索を叩き切り、トップマンたちがマストに登ってトプスルを張り…ここまではまったく訓練どおりで、順調そのものだったのですが…ここでジャックは、ディアンヌ号が動かせないことに気づきます。

ディアンヌ号は、埠頭にぴったり沿って碇泊しているのですが、彼女の前にはガンボート(砲艦)が2隻、後には商船が2隻、くっついて碇泊しています。言うなれば、十分な車間距離のない縦列駐車のようなもので、前か後を動かさない限り動けない。しかも前方の砲艦は、艦首艦尾を鎖でがっちりもやってあって動かしようがない。ジャックはデイビッジたちに、後の商船を動かすように命じました。

ディアンヌ号の士官が馬で駆けつける

こうして手間取っている間に、上陸していたディアンヌ号の士官たちが、何が起きているのかにようやく気づいたらしく、馬で駆けつけて来てしまいます。その後を、たくさんの水兵たちが徒歩で追いかけて来ます。先頭の士官が、馬のまま艦尾甲板に飛び込んで来ました。馬は着地に失敗して倒れ、放り出された士官を、ジャックが海に放り込みました。しかし、その後から次から次へと、5頭以上の馬が艦尾甲板に飛び込んできます。敵の水兵たちも、艦尾と艦首に渡し板をかけ、次々と乗り移って来ます。

艦尾甲板に倒れて暴れる馬たちが、敵味方の間の障壁のようになっていたのですが、何頭かが立ち上がった隙に、ディアンヌの艦長が部下を率いて猛攻撃をしかけます。ジャックはキャプスタンを背に追いつめられますが、いつの間にか甲板に戻っていたスティーブンが、冷静に艦長の肩をピストルで撃ち、彼の身体を剣で貫きました。

下部甲板を片づけたサプライズたちが、「メリークリスマス!」と叫びながら(しかし、すごい合言葉…)甲板へ出てきましたが、もっと大勢の敵が、埠頭に押し寄せています。渡し板からわらわらと乗り込んできた敵で、甲板はたちまち満員。押し合いへしあいしながら、めちゃめちゃに剣を振り回しあう大混戦となりました。

敵味方入り乱れる中を無理やりに切り進むジャックは、倒れていたフランス兵に膝の上を、別の敵に前腕を斬りつけられます。が、彼は意に介さず、相手を剣の柄で殴って身体ごと敵の集団に投げつけ、いっぺんに3人を倒します。(相変わらず、豪快な戦い方やな〜。)艦隊のボートに助けを求めようと決め、振り返った瞬間、何かに蹴られたような鋭い衝撃が背中に走りました。「馬だな」と彼は思い、大声をだすために息を吸い込み−しかしその瞬間、ディアンヌ号がようやく動き出します。

デイビッジとウエストが商船を乗っ取り、ディアンヌ号の艦尾にロープを渡して引っ張っていたのです。ディアンヌは急速に埠頭から離れ、渡し板は海に落ちるました。甲板の兵たちは慌てて埠頭に跳び戻り、何人かは届かずに海に落ちています。逃げ遅れた少数のフランス兵たちは、形勢逆転したのを見てとり、さっさと武器を捨てました。

しかし、まだ埠頭からマスケット銃の弾丸が飛んできます。「プライス、キリック、来い!」ジャックは艦首のカロネード砲を撃ち、埠頭の敵を一艘しました。「せっかくだから、ガンボートももらってゆこう。」ジャックはガンボートが繋がれているボラード(係留柱)を砲で吹っ飛ばしました−砲のラニヤードを引く彼の腕から、血がだらだらと流れています。港を守る砲台が、その時になってようやく砲撃を始めましたが、味方の船に邪魔されて狙いをつけられないでいます。

数分後、艦隊の4艘を加えた10艘のボートが、ディアンヌ号、ガンボート2隻、商船2隻、合計5隻の拿捕船を曳航して、セント・マーティンの港を後にしました。