Chapter 7-1 手術


ジャック、サプライズ号に戻る。怪我をしている

さて、ジャックたち斬り込み隊が奮闘している間、プリングズ率いるサプライズ号は岬の反対側で空砲を撃ちまくった後、沖に引き上げていたのですが…ようやく、ディアンヌ号からジャックが戻ってきました。プリングズは喜色満面でお祝いを言おうと待ち構えていたのですが、ボンデンに支えられてよろよろと上がってくるジャックの蒼白な顔にショックを受けます。「サー、大丈夫ですか?」「大したことはない。」一歩ごとに、ブーツから血が溢れています。「すぐに下へ。ボンデン、手を貸してくれ…」

…意識が戻ると、オーロップでうつぶせに寝かされ、スティーブンとマーティンが彼の腰を調べていました。「痛いのはそこじゃなくて脚だ。」「坐骨神経からくる反射痛だよ。ここが患部だ。ピストルの弾が椎骨の間に食い込んでいる。」「そこか?てっきり馬に蹴られたのかと…」「だれにでも間違いはあるさ。ジャック、聞いてくれ。すぐに摘出しなければならない。摘出する時、相当な痛みがあるから、君の体は動かずにいられない。固定しなければならない。この皮を噛んで…強い痛みは長くは続かない…」

「その言葉に続いた凄まじい痛みは、長かろうと短かろうと関係ないように思えた。痛みが世界を包み込み、皮のカバーをかけた鎖で縛られた彼の身体は、精神力を極限まで奮っても、激痛にねじ曲がった。しわがれた、獣のような叫び声が延々と聞こえたが、それは自分の喉から出ていた。」

ジャックは戦闘のたびに、軽傷も含めればほぼ毎回怪我をしてスティーブンに手当てしてもらっていますが、彼の手術のシーンが直接詳しく(しかもジャック視点で)出てきたのは初めてですね。坐骨神経からの痛みって、もしかして、あらゆる痛みのなかで一番ひどいやつじゃないだろうか…ぶるぶる。

思い返せば、ジャックの今までの数知れない怪我の中で、命にかかわる大怪我は2巻(対ファンシウラ)と6巻(対コンスティテューション)の2回でしたが、その時も今回も、スティーブンが完璧に冷静なのはさすがだなあと思います。医者としては当たり前なのかもしれないけど、医者としての判断と、親友としての心配を、きっぱりと切り替えることができるのだろうな。

ジャックの手術は成功する。

本人には果てしなく長く思えたでしょうが、多分客観的に見ればあっという間に手術は終わり、マーティンが鎖を外し、スティーブンが口から皮を取って、顔から流れ落ちる汗を優しく拭きました。痛みはまだ酷いものの、それは先ほどの激痛のこだまに過ぎず、引き潮のように、ひと波ごとにましになってきました。

「マイディア、弾はきれいに取れたよ。これが取れなかったら、脚の傷は手当てする価値もなかったところだ。」「サンキー、スティーブン」スティーブンとマーティンは、派手だけど浅い腕の傷と、かなり深い腿の傷を縫合して包帯を巻きました。

「肉屋の勘定書きは?」「今のところ死者はいない。しかし、腹部の傷が3人、あまり状態がよくない。重傷の打撲が一人。それに、馬に蹴られたり噛まれたりした傷がたくさん。海戦とは思えん。これを飲んで。」「ブランデーみたいな味だ。」「結構だ。パディーン、ボンデン、キャプテンを上に運んでコットに寝かせてくれ。次の患者を。」

数時間後、スティーブンがジャックの様子を見に行くと、彼はまだ目を覚ましていました。「やれやれ、今度こそ死んだかと思ったよ。傷を受けた時には、ほとんど気づかなかったのに、気がついたら死にかけていて…いや、そうかと思ったんだ。」「痛みはひどかっただろうが、弾が摘出できた以上、傷自体はたいしたことはない。明日には、軽い仕事ならつけるだろう。」

バビントン、お祝い&お見舞いに来る

翌日の午前には、ジャックは肘掛け椅子に乗って艦尾甲板に運ばれ、座ったままみんなのお祝いの言葉を聞くまでに回復しました。サプライズを訪れたバビントンは、「これはカカフエゴ並ですね!」と感激していました。「でも、怪我がひどくなければいいのですが…」「大丈夫、大したことはないんだ。ドクター自身が『大したことはない』と言ったから心配ない。」「これが『大したことない』のなら…ドクターが『これは深刻だ』とおっしゃったら、その時はえらいことですね。」「同感だ。」

「ところで、ウィリアム…ディアンヌ号の甲板を女がうろうろしているのが見えるか?」「もちろん。あそこにいる緑の服の娘は、なかなかキレイです。」「君は相変わらずだなあ。おれが言いたいのは、あの女たちを捕虜の負傷兵と一緒に、白旗を立てたボートに乗せて岸に送り返したらどうかということだ。」「そうしましょう。どの負傷兵が動かせるか、ドクターが教えてくれるでしょう。」「ドクターは寝ている。気の毒に、昨夜は英雄のごとく戦って(敵の艦長を見事に撃ったんだ)、その後朝まで、味方の負傷兵に加えて、自分で斬った敵兵を縫い合わせていたんだから。」

「艦長のお怪我は?」「ピストルの弾だ。その時は馬だと思った。」「まさか、馬はピストルを撃たないでしょう?」「でも撃たれたんだ。ドクターは坐骨神経(サイアティック・ナーヴ)に入ったとかなんとか言っていた。」「坐骨神経って何ですか?」「全然わからん。」「メインマストとフォアマストのヘッドに渡す支索のことを、アメリカ人は『サイアティック・ステイ』と呼びますけど…」「そうだ。きっと、その支索をつける時、すごく痛いんだろう。」

…ジャックとバビントン、息の合った師弟漫才でした(笑)。今回のバビントンはすごくカッコ良くて、いい奴で、成長ぶりをしみじみと感じる巻でした。稀代のプレイボーイも、ついにファニーと落ち着きそうだし。(まだ彼女は法的には人妻ですが…そのうち結婚できるでしょう。)でも、彼はここを最後に、後の巻にはあまり登場しないのです。ポスト・キャプテンになったバビントンは、これからは自分の艦で自分の物語を生きてゆくのでしょうね。その物語を、私たちが読むことができないのはまことに残念ですが。ま、元気で暮らせよ、バビントンくん。これからは、女遊びはほどほどにね!

サプライズ号、捕虜の負傷者と娼婦たちを岸へ送り返す

というわけでジャックたちは、斬り込んだ時ディアンヌ号で「商売中」だったので、そのままやむなく連れてきてしまった娼婦たちと、捕虜の負傷兵たちをボートに乗せてセント・マーティン港に送り返しました。女の中になぜか一人だけ、ひどく醜い老女がいましたが、「やり手婆さん」だと思って怪しまずにそのまま送り返しました。

昼頃になって起きてきたスティーブン。ボンデンにボートを出してもらって、ディアンヌ号に向います。負傷者の手当てで手一杯だったため、致し方なくボートから船倉に移したまま放っておいた例のフランスのスパイを連行する目的で行ったのですが…