Chapter 8-1 葬儀


サー・ジョセフ、「彼は潮を逃した」と言う。

「彼は潮を逃した」ジャックが請願書の件を断ったと聞いて、サーは言いました。「残念だ。」「ソームズは、実に馬鹿なやり方をしました。軽い会話から入って、社交辞令や、本当は学校に通っている友人の息子を艦の名簿に載せるような、ありふれた嘘の例を挙げて、用意した請願書に署名だけするように頼めばよかった」とスティーブン。「そうすれば、喜んで署名したでしょう。今となっては、私が言ってもジャックは考えを変えないだろうし、また言うべきではないでしょう。」

なら、最初からスティーブンが言えばよかったのに…彼がもちかければ、ジャックも承諾したのではないか、と思うけど…考えてみれば、だからこそ逆に自分からは言わなかったのかな。スティーブンに言われたら、本当はやりたくないことでも、ジャックは断りにくいから、そういう余計なプレッシャーを与えたくなかったのかも。

「もう少しで成功するところだったのに…本当に残念だ。」「正式な請願書なしで特赦される可能性はありませんか?」「いや。現在の有利な状況をもってしても、それは無理だ。」「これでもですか?」スティーブンはプラットの報告書を渡しました。

オーブリー将軍が死体で発見される

11巻から登場の"thieftaker"のプラット氏は、今やスティーブンのお抱え探偵になっているのですが、ジャックの父親の行方を探していました。彼の報告書には、とある田舎の宿に偽名で泊まっていた将軍が、溝にはまって死んでいるところを発見されたとありました。今さら彼が殺される理由もないから、たぶん、酔っ払って落ちたんでしょう。それにしても、ジャックの父親で、将軍で議員でもあった人が、あんまりな最期だなあ。

「そうか…しかし、あまり状況に影響はないだろう。逮捕状から逃げた時点で、彼は政治的には死んだも同然だったからな。父が亡くなって、オーブリーは相当な地所を相続すると思うが…それでも南米へ行ってくれるだろうか?」「たとえ国の半分を相続しても、彼は海に出るのをやめないでしょう。」

ウールハンプトンでオーブリー将軍の葬儀が行われる

オーブリー家の地所は、ドーチェスター州にある「ウールコム(Woolcombe)」。名前からして、ウールをたくさん産出するのでしょうね。ジャックが生まれ育った屋敷の名は、ウールコム・ハウス。

そこで行われた父の葬儀には多くの人が来てくれて、誰も来ないのではないかと怖れていたジャックはほっとしました。ジャックの母が亡くなってからというものの、父は昔からの家族の友人たちには不義理を重ね、高い地代やコモンズ(共有地)の「囲い込み」で村人たち苦しめていたにも関わらず、友人も村人たちもたくさん来てくれて、ジャックを感激させました。

ジャック自身は気づいていないけど、おそらく、彼らが来てくれたのは父のためでなくジャックのため−特に、ジャックの裁判への同情と、最近の英雄的行動への賞賛のためなのでしょうね。

彼の母や祖母に仕えていた昔の召使たち(おそらく召使い仲間だった後妻に仕えるのが嫌で辞めていた)が村中から駆けつけ、長らくひどい状態になっていた屋敷を、客を迎えられるように整えてくれました。

未亡人はといえば、ベッドにこもったまま一向に出て来ず、いろいろな憶測を呼びましたが、「夫の死を悲しんでいる」とは誰も思っていませんでした。ジャックほっとしました。オーブリー家のメイドだった彼女が父と結婚してから、ジャックはほとんどここに寄りつきませんでしたが、たまに来た時、亡くなった母の椅子に彼女が座っているのを見るのは悲しかったので…それに、若い頃は村で「人気者」だった彼女と納屋の干草の上で過ごしたいくつもの夜を忘れてないので、顔を合わせるのが気まずかったのです。(<おいおい、そうだったんかい!と思いましたね、ここを初めて読んだ時。)

ジャック、異母弟のフィリップと仲良くなる。

その継母の息子フィリップは、もちろん学校から戻ってきています。父親にはあまりかまってもらっていなかったらしく、それほど悲しんではいないようですが(誰も悲しんでいない…哀れ将軍)、ジャックにくっついて歩き、彼を真似して、立派に弔問客の挨拶に答えています。

ジャックの年の離れた弟フィリップは、現在11歳ぐらい。彼は、2巻3章で「生まれた」という新聞記事が出たのと、3巻7章のソフィーの手紙の中にちらっと出てきただけで、直接登場したのは初めてですね。(3巻の感想で「彼が出てくるのはずっと先の巻、少年に育ってから」と書いたのですが…ようやくここまで来たような、意外に早かったような。)父親がアレなので、ジャックは弟に責任を感じていて、彼が海軍を志した時は、士官候補生として乗艦させて欲しいとヘニッジ・ダンダスに頼んでいます。(というか、もう名簿上は乗っているらしい。)

今まであまり会って話すこともなかった兄弟ですが、今回初めて長い時間を一緒に過ごして絆を深めました。フィリップはジャックになついていて、「兄弟なのだから、『サー』じゃなくて『ジャック』と呼んでくれ」と言われて赤くなったりしています。可愛い〜

家族の友人、エドワード・ノートンが葬儀に来る

オーブリー将軍はその後半生において、ー家の古い友人の多くと絶縁していたのですが、その一人にエドワード・ノートン氏がいます。(フルネームだと、どこかで聞いたような名前になってしまいますが…)彼はジャックの祖父の親友で、血の繋がりはないけど、一家の長い友人であるため「従兄のエドワード」と呼ばれている老人です。

彼はミルポート(地名)の懐中選挙区(前項参照)のオーナーで、将軍に議席を任せていたのですが、将軍が勝手に急進派に組して、自分の利益のために好き勝手したことで大喧嘩になり、絶縁していました。葬儀に彼の顔が見えなかったのをジャックは残念に思っていましたが、彼と父の諍いの根深さから、仕方ないと思っていました。ところが、彼は馬車の故障で遅れていただけで、葬儀後のレセプションには来てくれたのです。

翌朝、弁護士が来て、時間をかけて相続の手続きをしました。ミセス・オーブリーはもうこの屋敷に住みたくないらしく、親戚のいるバースに帰るそうです。ジャックは生まれ育った(しかし、父が現代風に改装したために見る影も無い)ウールコム・ハウスを相続することになりました。相続そのものには問題なかったのですが、時間がかかったのは、未亡人が自分の名前を書けないのを隠したがったからでした。

手続きを終えて応接間に行くと、昨夜ここに泊まったエドワードがいました。「この屋敷はすっかり変わってしまったな。」「ええ。しかし、改装して昔の姿に戻すつもりです。」「ここに住むつもりか?」「ソフィー次第です。今住んでいるところはとても不便なんですが、ソフィーは結婚以来あそこに住んでいますから…」「君がこの土地に足場を持つのは良いことだ。君の父上が私にしたことを思えば、来るべきではなかったのかもしれない。しかし、君の祖父と私は親友だったし、君の母上は素晴らしい女性だった。しかし、それより何より、私がここに来たのは…」

その時、フィリップが入って来ました。「ジャック兄さん、僕の馬車が来た」ジャックは彼と別れの挨拶をし、小遣いに1ギニー金貨を上げました。「お金より、何か兄さんのものがほしいのですが…ハンカチとか、鉛筆とか…学校で友達に見せたいのです。」ジャックはポケットを探り、小さな丸いものを渡しました。「これは、ドクター・マチュリンが私の背中から取り出してくれたピストルの弾だよ。」おお、それは何よりの品。フィリップ君が学校の友達に自慢している姿が目に浮かびます。

別れ際にジャックは、「是非ハンプシャーに来て、君の甥と姪にに会ってほしい。君より年上の子もいるよ、ははは!」…この台詞、読んだ時から変だな〜と思っていました。フィリップが生まれたのは2巻、双子が生まれたのは3・4巻の間。双子は彼より2〜3歳年下で、叔父と姪にしては年が近いけど、年上の筈はないんですが。まさか、サムのことを言ってるのか?サムなら文句なく「年上の甥」だけど、ハンプシャーにいるわけじゃないし…

エドワード、ミルポートの議席をジャックに譲る

フィリップが去った後、従兄エドワードは「私がここに来たのは、セント・マーティン港での君の素晴らしい活躍に敬意を表するため、そして、ロンドンで君に対して行われた嘆かわしい不正義のためでもある。」彼は少し言いにくそうに続けました。「家に帰る前に、私のミルポートの選挙区に寄って行く時間はあるか?選挙民に会っておいてほしい。君に議席を譲りたいと思っている。

ジャックは驚きました。父とエドワードの激しい対立から考えて、その息子に選挙区を譲るとは考えられなかったからです。「これは、君の状況に有利に働くのではないかな?」

スティーブン、スウェーデン行きの準備をしている

さてその頃、スティーブンはグレープス亭で、パディーンと旅の荷造りをしていました。彼はいよいよ北へ行くのです。これからエジンバラまで馬車で行って、そこから北海を横切ってスウェーデンに向う予定。

荷造りを終えたところで、ミセス・ブロードが洗濯したシャツを持ってきたので、それを二人でこっそり箪笥の上に隠している時(何をやっているんだか)、グレープス亭のウエイトレスのルーシーが速達を持って駆け込んできました。

速達はジャックからの手紙でした。エドワードから議席を譲られたこと−アッシュグローブにメルヴィル卿(第一海軍卿)の使いとしてヘニッジが来て、卿はこれで無条件で(特赦の請願なしで)ジャックを海軍に復帰させられると言ったこと−議員としては自由に投票してよいが、父のように極端に過激に、政府(特に海軍)を攻撃されると困ると言われたので、その心配はないと請け負ったこと−書類が通るには何ヶ月もかかるが、元の先任順位で海軍に戻れること、指揮艦も約束されたこと−ソフィーは大喜びで、歌いながら家を駆け回っている−この喜びを君とも分かち合いたいと思って、速達を出した…

手紙を読み終えた頃、サー・ジョセフが来ました。「マチュリン、間に合ってよかった。ちょうど明日、ドーバーからスウェーデンに向う輸送艦があると知らせに来たのだ。馬車の旅よりずっと早いし、楽だ…艦名はレパード号だ。」「あの『ホリブル・オールド・レパード(ボロ艦レパード号)』ですか?私たちがオーストラリアへ行った?」「そうだ。今は砲を取り払って、輸送艦になっているがね。今夜はオペラを聞きに行かないか?評判の『フィガロの結婚』だ。それと、君に良い知らせを早く伝えたくて…」スティーブンが既に知っていることを知らないサーは、喜色満面でそのニュースを明かしました。「オーブリーがミルポートの下院議員になった!」

「これで、力のバランスが我々の方に大きく傾いたぞ。懐中選挙区を買うことは、私も考えたのだ。しかし、今は市場に出ている選挙区がなかった。唯一の空き選挙区が、彼のところに転がり込むとは!」「その表現は、あまり適切ではありませんが…」「そうだな。しかし、これで君の友人の復権は確実になった。シャンパンで乾杯しようじゃないか。」