Chapter 9-4 "Ah tutti contenti saremo così"


この項は、もしお持ちでしたら、ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト作曲「フィガロの結婚」最終曲をBGMにお読み下さいませ。

"Contessa, perdono!"(わが妻よ、許しておくれ)

「それが返事だったのよ。」…ダイアナが何のことを言っているのか、スティーブンは即座にわかったのですが、あまりにすぐ理解したことを悟られたくなくて、しばらく黙った後で答えました。「レイに預けた僕の手紙が、君の手紙の…僕が赤毛の愛人を連れ歩いている理由を説明しろという、君の怒りの手紙への返事だったかという意味なら、その通りだ。」

「それじゃ、それが返事だったのね。あなたは返事をくれていたのね。スティーブン、こんな時にあんな昔のことを持ち出して、あなたをうんざりさせたくはないけれど…あなたはだいぶ元気になったし、私がそれほど冷たい女でも、まるっきりの馬鹿でもないことをわかってほしくて…」「君は冷たくもないし馬鹿でもないよ。記憶力については、僕とどっこいどっこいだけど。僕ときたら、紙とペンを使って引き算しないと、自分の歳も覚えていられない始末だからね。

「たしかに、マルタからジブラルタルへ彼女を連れて行ったのは本当だけど、彼女は僕の愛人ではなかった。本当は、諜報活動にかかわりのあることだったんだ。だから、手紙にもはっきり理由を説明するわけにいかなかった。その手紙が敵の手に落ちる可能性がある以上は。

「マルタから連れ出さなければ、彼女は殺されていたのだけど、ほとんどみんなが二人の仲を誤解した。ジャックまで誤解した。これには驚いたよ、ジャックはもう少し僕のことをわかってくれているかと思っていたんだが…」「レイもよ。他の人たちも。ロンドン中の誰も彼も。…ああ、気を遣った接し方をされるのって、本当に苛々したわ。軍艦が次々に帰国して、全部の艦がジャックからソフィーへの手紙を運んできたのに、あなたからは一言もなくて…本当に頭にきたわ。」「そうだろうね。でも、手紙は書いたんだ。」

「スティーブン、彼女は愛人じゃなかったって言った?」「ああ。」「それじゃ、どうして『許しを請いに来た』なんて言ったの?」「僕が下手なやり方をしたせいで、君を誤解させて苦しめてしまったから…帰国する艦に、手紙の写しを託すことを思いつかないほど馬鹿だったから…あの裏切者のレイを信用するほど愚かだったから。」

「ああ、スティーブン…私はあなたに、本当にひどいことをしたわね。」しばらく黙った後、「でも、この埋め合わせはするわね。何でも、あなたの望む通りの埋め合わせを。」

"Più docile io sono, e dico di sì."(私はもっと優しくなって、あなたの望みを叶えましょう。)

その後、ドクター・マルセニウスが来てスティーブンを診察し、経過は良好だと言いました。コカのことはつゆ知らぬマルセニウスは、自分の処方した薬草が効いていると思って満足しているようです。

「ドクター・マルセニウス、実は、あと数日であなたの診療を離れて船に乗りたいのですが、大丈夫でしょうか?友人の船がリガからストックホルムに入港するのですが。」「脚はバサラ法で固定してあるから、馬車で移動して、安静にすれば大丈夫だ。…しかし、安心したまえ。この風向きでは、どんな船も当分リガ港からは来られない。私はヨットを持っているから、よく知っているのだ。」

「少なくとも、荷造りする時間はあるわね。」ダイアナは言いました。「スティーブン…あなたが南米へ行っている間、私は何をしていればいいの?」「とりあえずソフィーのところへ行って、君のアラビア種を育てる牧場を探すといい。ロンドンに家を買ってもいい。」「長い航海になるの?」「長くならなければいいと思っている。でも、戦争が終わってナポレオンが失脚するまでは、少なくともほとんどの間、僕は海にでていることになるよ。」「そうね。ソフィーが許してくれれば、彼女のところにいることにするわ。ロンドンに家を買うって言った?すごく高いわよ。」「実は、名付け親が亡くなって遺産を相続したんだ。ポンドでいくらになるのかまだよくわからないが、少なくとも海軍元帥の収入よりずっと多い。戦争が終わったら、パリにも家を買える。」「まあ、スティーブン!夫を取り戻しただけでも嬉しいのに、その夫が大金持ちになっていたなんて、興奮で胸がどきどきするわ。私ってなんて俗物なのかしら。」

その時、馬車の音がして、ダイアナは窓から外を見ました。「ヤゲロが馬車で来たわ。…まあ、ジャック・オーブリーが一緒に乗っているわよ!

『ジャックは部屋に忍び足で入ってきた。心配そうな、不安げな顔の彼に続いて、マーティンとヤゲロが来た。彼はダイアナに、従兄妹らしい、上の空のキスをして、スティーブンの手を温かい、乾いた、優しい手で握った。「かわいそうに」彼は言った。「大丈夫か?」(...He kissed Diana in an absent, cousinly way, and took Stephen's hand in a warm, dry, gentle grasp. "My poor fellow," he said, "How do you do?")』

ジャック、ヤゲロからスティーブンが怪我したことを聞いて、心配していたのでしょうね。あまりにかわいいので、引用してしまいました(笑)。

スティーブンはダイアナに「親友のマーティン」を紹介し、ダイアナは「まあ、お噂はかねがね。私の知り合いの中で、夜行ザルに噛まれたことのある人はあなただけですわ」と挨拶しました。(10巻5章参照。)

「ジャック、早速だが、今夜乗船していいかい?旧市街の埠頭に停泊しているのだろう?」「もちろんいいとも。」「でも、その脚で大丈夫ですか?」ヤゲロが訊きました。「ドクターは、馬車で行くなら大丈夫だと言ってくれた。馬車を出してくれるか?」「もちろん。屋敷のどこかのドアを外して馬車まで運びます。あとは私の連隊が、港までエスコートします。」「でもダイアナ、君は荷造りに1日2日欲しいかい?」「2時間だけ待って。」彼女は瞳を輝かせ、自分の部屋に飛んで行きました。

"Questo giorno di tormenti,di capricci, e di follia"(この苦しみの日、気まぐれと愚行の日)

ダイアナが荷造りしている間、スティーブンはマーティンに「パディーンは来ているのか?」と訊きました。「実は、悪い知らせがあるんだ。つい今朝のことだが、私はほんの偶然で、彼がアヘンチンキを盗んで、ブランデーで補充しているところを捕まえてしまったんだ。止めさせようとしたら暴れたので、拘禁せざるを得なかった。」

その言葉で、スティーブンは今までのこと全てに気づきました。「私は今まで、何と愚かだったことか…彼の手の届くところにアヘンチンキを置いたのは、全面的に私の過失だ。何としてでも、立ち直らせなければ。」

"in contenti e in allegria solo amor può terminar"(満足と幸福に終わらせるのは愛のみ)

ダイアナが荷造りを終えて入ってくると、彼女は夢で見たのとまったく同じグリーンの乗馬服を着ていたので、スティーブンはひそかに心臓が止まるほどのショックを受けました。

「馬車は満員になるから、私は馬で先に行くわ。ホテルに寄ってあなたの荷物を取って、あなたのキャビンに花を飾っておくわ。」「あの近くの薬局を知っているかい?標本がたくさん飾ってある…」「小さい薬局?」「そうだ。そこでコカの葉を、あるだけ買ってきてくれないか。」「だったら、お金をくれなきゃ。」ダイアナはマーティンに向って「ほら見て、マーティンさん、私たち妻はヒルみたいに夫からお金を絞り取るのよ!」と言って、楽しそうに笑いました。

"Ah, tutti contenti saremo così."(ああ、これで我らは、皆幸せに)

サプライズ号はもやい綱で埠頭にぴったりつけて碇泊していました。たまたまその時、当直士官のウエストをはじめ、上甲板にいた乗員はシェルマーストン出身の新クルーばかりでした。

彼らは、見知らぬ美女が凄い勢いで馬を駆って来たかと思うと、後から来た馬番に手綱を放り、渡し板から甲板に走ってきたのを見て呆然としました。まっすぐキャビンに向う彼女に、ウエストがやっとのことで声をかけました。「おい、おい、そこはドクター・マチュリンのキャビンだ。…あなたはどなたですか?」「彼の妻よ。私のコットをここに吊って頂戴。彼はドアで運ばれてくるから、乗艦を手伝う人を待たせておいてね。」

その後、さらに彼らを驚愕させたことに、きらびやかな藤色の軍服に身を包んだ騎兵隊が、青と金の豪華な馬車をエスコートしてこちらに向って来るのが見えました。馬車には、スウェーデンの大佐の他に、彼らの船長、船医、船医助手が乗っていて、それに甲板のレディも加わって、声を揃え

"Ah tutti, contenti, saremo così, ah tutti contenti saremo saremo così"

と、驚くほどメロディアスな、深い声で合唱していました。


とっても蛇足な解説:フィガロの結婚

この項は、ちょっとカッコつけて、フィガロの結婚の最終曲の歌詞にのせてお送りしました。カッコ内の意味は、状況に合わせてわざと変えているところもありますがご勘弁を。

「フィガロの結婚」は、1巻4章(1800年)で、ジャックとスティーブンがキース卿の男性的能力について話していた時、スティーブンが"Possibile è la cosa, e naturale, e se Susanna vuol, possibilissima' (それは可能だし、自然なことだ。スザンナが望むなら、もちろんできるに決まっている)と歌詞を引用しているし、2巻8章(1804年)にはキャニング氏がロンドンで観たと語り、3巻2章(1805年)ではジャックがスティーブンとの待ち合わせの時、スザンナのアリア"Deh vieni, non tardar"(さあ早く来て)を口笛で吹くし、他にも何度か言及されていて、オブライアン氏のお気に入りのオペラであったと思われます。

しかし、「フィガロ」がロンドンで初演されたのはモーツァルトの死後21年も経ってからの1812年だったそうで、ジャックやスティーブンが馴染んでいるのはおかしい−とGunroomで指摘されています。まあ、そんな細かいとこまでつっこまんでも、と私は思うけど。まだ作曲されていない音楽を使ったわけではないし。スティーブンは戦前にパリかどこかで見て、楽譜を手に入れて、ジャックに教えたのかもしれないし。(キャニング氏のとこだけはおかしいけど。)

オブライアン氏は映画やテレビはお好きでなかったようですが、オペラは大好きだったのだなあ。ミュージカルはいかがだったのかしら。前項は「映画的」と書きましたが、このラストはまさにミュージカル。

12巻の最後の文はこの歌の大合唱で終わるのですが、例によって"Ah tutti, contenti..."とイタリア語の歌詞が書かれているだけで、「これはフィガロの結婚の歌です」ということも、歌詞の意味も、ここには直接的な解説は書かれていません。しかし、8章でスティーブンはこのオペラを鑑賞しているし、不幸な気持ちに沈み込んだ時、この歌詞を「うまく歌えない」と思い返しているし、そこには「これは『それからはみな幸せに暮らしました』といった意味だ」と、珍しくも丁寧に書かれていました。オブライアン氏にしてはまったく珍しいほど親切な、わかりやすい伏線です。最後にこの歌が登場することの意味を、読者に間違えなく汲み取ってほしいという気持ちの表れだと、私は解釈しています。

このフィナーレの歌は、主人公フィガロの主人である伯爵が、フィガロの婚約者スザンナに浮気心を抱いて散々大騒ぎをした後、最後に反省して妻である伯爵夫人に"Contessa, perdono!"(本当は「伯爵夫人よ、許しておくれ」という意味)と謝罪するところから始まります。「スティーブンのダイアナへの謝罪」と「伯爵の夫人への謝罪」は明らかに重ねられています。直接書かれている歌詞は"Ah tutti contenti saremo così"だけですが、このオペラを知っていれば、その前後の歌詞を重ねることによってより面白い読み方ができるのです。

なんて言ってますが、私はクラッシック音楽にはまるで知識がなくて、「フィガロの結婚」も、「聴いたことはあるけど、特に有名な2、3曲しか記憶にない」程度でした。この巻を再読して、"Ah tutti contenti saremo così"の部分がどうしても聴きたくて「フィガロの結婚」のCDを買ってしまいました。「フィガロ」のストーリーとこの本のストーリーは似ても似つかないのですが、聴いているうちに、なせオブライアン氏がこの合唱曲をこの巻終盤の「主題曲として選んだ」かがわかるような気がします。今は全曲リピートで聴いています。良い買い物だったと思います。

蛇足感想:はっぴいえんど

この12巻を読んで、またしてもオブライアン氏に「やられた〜」と思いました。あれほど不吉な伏線を張り、気球の夢であれほど強烈に「」を暗示しておきながら、カウンターアタックでこれほど完璧なハッピーエンドをかましてくれるとは。

注:楽しい気分で読み終えたい人は、以下は読まないで下さい。

…と、ここまで書いたところで、あるきっかけで「…待てよ、これはひょっとしてハッピーエンドとは言えないのか?」と考え込んでしまい、感想を何て締めたらいいのかわからなくなってしまいました。(この項のアップが遅くなってしまったのはそのためです。)

なので、12巻はこう締めたいと思います。「オペラにはハッピーエンドはあっても、人生とオブライアンには、完璧なハッピーエンドも完璧なアンハッピーエンドもないのだ。あるのはハッピーな瞬間−永遠(ever after)に続くことは決してないからこそ、余計に素晴らしい至福の一瞬だけ。」(「過酷な人生の中の至福の一瞬」を表すのに、モーツァルトの音楽ほどふさわしいものがあるでしょうか。)

そして人生はつづく。