映画感想 (4)



V フォー・ヴェンデッタ ☆☆☆1/2

面白かったです。ガイ・フォークス・デイというのが、そういう意味のお祭りだったとは知らなかったな〜。花火あげるはずだわ(…そうなのか?)

意外にも、ちゃんと政治的な映画だった(よい意味で)。

「言論統制された全体主義社会の未来」というフィクションがイギリスに多いのはなぜだろう(「1984年」とか、ミュージカルの「We Will Rock You」とか)、実際にはそうなったことのない数少ない国なのに、とか考えていたのですが…自国の言論の自由に対する誇りの裏返しなのかも。

あの建物にも、誇りを持っているのだろうけど、誇りの表し方がひねくれているのだ。

…と言っても、脚本書いたのはアメリカ人のウォシャウスキー兄弟なのだけどね。(原作はイギリス人だけど、クレジットから外してくれと言ったらしいから、たぶん原作とは違うのだろう。)

<以下ネタバレ気味>

中盤の展開が、ちょっと良く分からない…というか納得できないのですが、最後が決まったからまあいいか。「1812年序曲」は、ああいうシーンによく合いますね。(2006/5/2)


RENT レント ☆☆☆☆☆

「シカゴ」でも「プロデューサーズ」でも、「舞台に比べたらどうのこうの」と不毛な文句を言ってしまった私。今度こそはそれは禁句にしようと、「舞台を期待しない、曲が抜けていることも覚悟しておく」と自分に言い聞かせつつ観に行ったのですが…そんな心配はまったくありませんでした。

なんだ、いいじゃん!

舞台の良さを失わず、かつ完全に消化して「映画にしている」。まるで映画オリジナルのミュージカルのよう。(もちろん、元の舞台が良いからこそなんですが。)クリス・コロンバス監督、やるじゃん。

細かく見れば省略されている曲もあるのですが、ロコツに「抜けている」とか、「DVDのエサにするために隠しているな」とかいう感じはしない。

「Seasons of Love」(舞台では第二幕のオープニング曲)を最初に持ってきたのにも、やられましたね。舞台ではロジャーの「One Song Glory」で既に泣いてた私ですが、映画ではその記録を破って(笑)、最初の歌が終わる前に、すでに目が霞んでいました。

「One Song Glory」の間に回想シーンをはさむ演出も…そう!映画はこれができるんだよね。(舞台では歌詞にしか出てこない)エイプリルの顔が見られるとは。

そして、キャット・スクラッチ・クラブで踊っているミミちゃんが見られるなんて!(舞台では同じ曲の間にそうそう場面転換できないので、たしか「Out Tonight」は最初からロジャーの部屋で歌っていたと思う。)

カットバックやカメラアングルが、うるさくない程度に利用されているところも、マークのカメラを通した映像を生かしているのも、「Tango: Maureen」での幻想シーンへの切り替えも、マークがNYの街を自転車で走りながら「Rent」や「What You Own」を歌うのも、「Santa Fe」を地下鉄で踊り歌うのも…そうか、こうきたか!という感じ。頭いいよ。

(えーと、その…「プロデューサーズ」にも、これぐらい知恵をしぼってほしかったのよね…)

トム・コリンズとエンジェルちゃんの「I'll Cover You」は、こうして見るとますます、こちらが恥ずかしくなるぐらいのラブラブいちゃいちゃですね(笑)。でも、だからこそ余計に、Repriseでトム・コリンズがスローで歌う時が切ないんだ…(もちろん号泣。)

でも、私が一番好きな歌は何と言っても「La Vie Boheme」です。
私に乾杯、あなたに乾杯
病気で死にゆくのではなく
病気と共に生きている人々に乾杯!
主流から外れた人々に乾杯
いまはそれこそが主流
戦争の反対語は平和じゃない、創造だ!


メイン8人のうち6人がオリジナルキャストで、さすがに素晴らしい。まあ、私はそれほどオリジナルキャスト至上主義じゃないのですが。オリジナルが最高とは限らないし。(舞台でオリジナルを見られることはめったにないから、負け惜しみかも…)でも、映画は1回しか作れないから、多くの人が「最高」と思うキャストを揃えるに越したことはないですね。

まだ落書きだらけの地下鉄とか、貿易センタービルのあるスカイラインとか、「1990年の」NYを感じさせるものがさりげなく映るのも、なんだか切ないです。(…って、1999年に実質4日NYに行っただけの私が言うのもなんですが。)

それにしても、混んでいてびっくり。東劇(東銀座)が満席って、久しぶりに見たよ!と思ったら、都内では2館しかやっていないのですね。絶対、読み違えてる。もっと拡大公開すればいいのに。(2006/5/11)


グッドナイト&グッドラック ☆☆☆1/2

ジョージ・クルーニーはこの映画を、余計な回り道なしでストレートに言いたい事を言う、というスタイルで作っているので、私も短くストレートにゆきます。

ひとつ。デビッド・ストラザーンはカッコいい。いや、カッコいいのはエド・マローかな?まあ同じ事よね。

ふたつ。エド・マローおよびそのスタッフには勇気があったのだけど、勇気だけじゃなくて力もあったのだ、と思う。当時も今も、テレビには絶大な力がある。力があるってことは責任があるってことなんだから、ちゃんと使え、サボるな、という映画なのね。

みっつ。私はてっきり、マッカーシーは似てる人が演じているのかと…あれ、実際のマッカーシー議員のフィルムなんですね。あんなモンだったんだ…と考えると、怖いものです。いろんな意味で。

よっつ。モノクロなので、白の字幕がところどころ読みにくいけど、気にしないことをおすすめします。全体としては、分かりやすくて親切でよい字幕だったと思います。

余談。当時のアルミやタバコのCMが出てくるけど、あれ、ある程度以上の年齢のアメリカ人には笑いどこなんだろうな。(六本木の映画館、ごく一部で笑い声がおきてました。)日本人だって、真面目な映画の途中で昔のCMが出てきたら笑うものね。個人的興味では、当時の洗剤やシャンプーのCMが見てみたかったのですが…そういうのはニュースじゃなくてお昼のドラマを提供していたのよね。(2006/5/18)


ダ・ヴィンチ・コード ☆1/2

これほどまでに混んでいる映画館は久しぶり。でも、これほどまでに、終わった後の観客の反応の悪さがダイレクトに分かった映画は初めてかも…
(近くの席の人が、いきなり「もう我慢できない」という感じで「なにこれ」とつぶやき、別の席からは友達同士が「…寝た?」と訊きあっているのが聞こえた。)

私がほんのちょっとでも映画を気に入っていれば、腹を立てるところなんですが…いや気に入ってなくても、いつもなら「お喋りは外に出てからにしろよな〜」とか思うところなんですが…この映画の場合、まあしょうがないかなあ、と。

だってねー、分からないよ、これは。原作を読んでいる私でさえ分からない…いや、分かるのだけど、それでも最初の15分ぐらいで、筋を追うのが嫌になってくるのだ。

脚本化しにくいストーリーなのは分かるけど、それにしても、何なのこのとっちらかった処理は。ロン・ハワード監督…と言うより、脚本のアキバ・ゴールズマンさん…どうしちゃったの?

私が観に行った動機の90%ぐらいはベタニーを見ることなんですが(あとの10%は「いずれは観ずにいられないだろうから、早めにすませてしまおう」という気持ち)彼のことすら、語る気になれないほど。いや、彼はがんばっているのだけど…なんだか痛々しいの。いろんな意味で。

以下ネタバレ

ひとつだけいい所をあげると、私が「陰謀史観の人」と言った原作のラングトン教授は、映画ではマトモな人になっていました。「あんたはキリストかマグダラのマリアとチャネリングしてるんかい!」と突っ込みたくなるようなことをまくし立てる役回りは、リー・ティービング(イアン・マッケラン)が一人で引き受けています。(原作では二人ともああなのだけど。)

「最後の謎」が明らかになった時、ソフィーもラングトンも「正常な人間ならこう反応するであろう」という反応をしています…原作と違って。でも、でも。ラングトンがマトモになってしまったら、この「謎」自体が「だから何?」になってしまうのだよなあ。

さて、以下は映画とはあまり関係のない話。先日「真剣に取るほうがどうかしている」と書いたのと矛盾するし、書こうかどうか迷ったのですが、なんだか書いておかないと頭の中から出て行ってくれない気がしたので…

前にも書いたけど、私はキリスト教徒ではあるけど、むしろ自分は「歴史上の人物としてのイエスのファン」じゃないか、と思っている人です。そして、正直、「イエス&マグダラのマリア」のカップリング(?)は好きです(笑)。

それなのに、原作を読んでなんだかムショーに嫌な気分になったのは、イエスが「神」から「人間」におとしめられたからではなく、「二千年のちにも生きている素晴らしいアイデア(理念)を作り出した歴史の先駆者」から「ただの王家の始祖」におとしめられたような気がしたからなのです。

「血筋」を神聖なものとして崇拝するというのって、私はなんか嫌悪を感じるのですよね。それが男系であろうと女系であろうと。また、それを巧みにフェミニズムにすりかえているのにも腹が立って…ああ!だから真面目に取るなって(<自分に突っ込み。)(2006/5/24)


ナイロビの蜂 ☆☆☆☆

すごくいい映画なのだけど、好きとか楽しんだとか言うには、悲しすぎてねえ。もうはじめっから、テッサのような女性が死んでしまったというのが悲しくて悲しくて…最初に悲惨な死を見せておいて、回想シーンでどんどんその女性を好きにならせるなんて、なんて凶悪なんだ。…いや、好きにならせた後で殺す方が凶悪かな?まあどちらにしても。

ジャスティン(レイフ・ファインズ)も、すごくいい。テッサのような人が、ジャスティンのような人に惹かれるのはよくわかる。ただの堅物じゃなくて、なんというか、芯のところにゆるぎない正常さを持っている人という気がする。(そんなキャラクターを表現できるファインズはすごい。)だから、テッサのように高貴な魂と情熱を持っていて、でもまだ若くてその上手な制御をマスターしていない女性が、一緒にいて安らげるのだ。というか、私はこの二人の組み合せが好きなのだなあ。二人が出会う一連のシーンは、純粋にラブストーリーとして、すごくいい。

でも、この映画はラブストーリーじゃない。いや、一部はラブストーリーなのだけど…この上なく美しいラブストーリーも、情熱も高貴な魂もゆるぎない正常さも、世界という汚濁に呑みこまれて沈んでゆくのを見るようで…

原題「The Constant Gardener(休みなく働く庭師)」の意味がよくわからなくて、調べたのですが、結局よくわかりませんでした。「自由という木には、ときどき愛国者と圧制者の血という肥料に与えなければならない」というトーマス・ジェファーソンの言葉からきているそうだけど、では、誰が「庭師」なのだろう。

以下ネタバレ【ラストは、「愛の成就」と取る人もいるだろうけど、私は生きてほしかったなあ。テッサの魂を受け継いで、生きていってほしかった。

でもこれ、原作はもっと苦くて救いようのない結末だそうですね。読むのやめた。(ええ、私はノーテンキなハッピーエンドが大好きなハリウッド映画ファンですよーだ。)
】(2006/6/1)


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