Chapter 1 〜 狩人スティーブンとツバメの巣


元ディアンヌ号の乗員は、台風で死んだ21名を除いて、総勢157名。艦が岩礁に乗り上げた後、大型台風が彼女をばらばらにしてしまったため、近くの無人島に取り残され、破片から脱出用のスクーナーを建築中。

5巻と10巻の島にはちゃんと名前があったのですが、今回の島は名無し。(私は勝手に「ツバメの巣の島」と呼んでいるのですが) 船の建設を急ピッチで進める乗員たちですが、日曜の午後はつかの間の休日。手作りのバットとボールでクリケットの試合に興じているシーンから、14巻は始まります。

ディアンヌ号の乗員たち、無人島で船を建造する合間にクリケットを楽しむ

台風から数週間、スクーナーはまだ枠組みしかできていません。ディアンヌから運んだわずかな食糧はほとんど尽き、ココナッツも、イノシシやサルも少なくなっていて…こんな状況で、暑い中クリケットなんぞにエネルギーを消費するのは愚の骨頂のように思えますが、乗員は食糧と同じぐらい気晴らしを必要としていることを、ジャックはよく理解していました。朝から晩まで必死で働きながら、全員がこの試合をとても楽しみにしていたのでした…一人を除いて。

その一人、157名の中で唯一クリケットに興味がない人は…もちろんドクターです。彼はフォックスの遺品となったライフルをかかえ、歓声を上げるプレーヤーたちを後にして、また森に入って行くのでした。

スティーブン、狩人をしている

最初のうち、ドクターは船の建築に手を貸そうとしました。しかし、彼の善意はまわりに迷惑をかけるだけでした。大槌で指を叩いたり、鋸で手を引いたり、自分が怪我するだけではなく、みんなに心配をかけ、作業も大いに遅らせたので…彼が大工仕事を諦めて食糧調達係に専念してくれた時は、みんながほっとしたものでした。

スティーブンは乗員の中で一番射撃が上手で、博物学者としてのフィールドワークで動物の跡をつけるのも慣れているので、もっぱらマタギ(狩人)の仕事をしているのでした。台風の土砂崩れで火薬のテントが流れてしまい、ほとんど残っていないので、無駄に撃たせるわけにゆかず、射撃の名手のドクターだけが肉の供給を一手に引き受けているのですが…なにしろ157人の大の男と食べ盛りの少年が、重労働しながら消費する量。特に乱獲しているわけではなくても、この小さな孤島に生息する二種のイノシシ(バビルーサとヒゲイノシシ)も、もっと不味いワオザルさえも、絶滅の危機に瀕しているのでした。

しかし、この日は久しぶりに大きな獲物を仕留めました。(火薬がもったいないので、彼は必ず一発必殺…かっこいい。)獲物はバビルーサで、イノシシなのですが、独特の角のような牙から、豚ではなく鹿の一種と見なされているので(かなりムリヤリ?)、イスラム教徒やユダヤ教徒も食べられるのでした。

彼は、ボンデンが根気よく使い方を教えてくれた滑車装置で獲物を吊り上げ、後で取りに来る水兵たちへの合図のエプロンを掛けておきました。作業の間、彼は上着を血で汚さないようにエプロンを着けていたのですが、それはキリックにきつ〜く言われているからでした。ところが、エプロンを取った後で無意識に上着で手を拭いてしまい、青くなるスティーブン。上着を池で洗ったり(もちろん落ちるわけがない)、上に泥をつけたりしてごまかそうとするのですが…(何をやっているんだか、まるで子供。)

スティーブンは子供の頃、ドミニコ会の修道女に世話をされていたそうですが、彼女にとって「清潔」と「神聖」は同じ事で、彼は服を汚してはこんな風にごまかそうとしましたが、彼女は一度も騙されなかったそうです。コワかったんだろうね〜そのシスター。その修道女は今、長いピグテイルをたらした年齢不詳の船乗りに姿を変え、いい年になったスティーブンも、思わず条件反射で子供に戻ってしまうのでした。(なぜか、尼さんの格好をしたキリックが思い浮かんだり…)

スティーブンのサーバントはキリックじゃなくてアーメッドなんですけどね。キリックはこの権利?を手放す気はないらしい。

スティーブン、ツバメのコロニーを見に行く

上着を諦めたスティーブンは、気を取り直して例のツバメを見に行きました。

ツバメの巣のコロニーは、野営地とは反対側の断崖の、中が洞窟になっているところにあり、崖の上に腹ばいになると、巣の並んでいる高い岩棚が見下ろせました。しかしよく見ようと乗り出した瞬間に、スティーブンの頭からカツラが落ちました。

…こんな無人島でも、カツラをかぶっているんだなー。カツラなしでは「裸のような気がする」んだと。…でもさ、あなたは正真正銘の裸でも平気じゃん(笑)。

唯一残っていたカツラを落としてしまってちょっと苛々したスティーブンですが、ずらりと並んだ純白の巣と、巣立ち間近な雛たち、忙しくエサを運ぶ親鳥たちを見ているうちにすぐ忘れてしまい、腹ばいの姿勢のまま何時間も観察を続けました。

しかし、観察するうちに、「ツバメ」と言われるその鳥が実はツバメ(swallow)ではなく、アマツバメ(swift、和名だと「ツバメ」がつくが、ツバメとはまるで別種らしい)の一種であることに気づき、なぜか騙されたような気がして気分が悪くなってしまいました。…気分が悪くなっただけでなく、本当に気持ちが悪くなって、帰り道に吐いてしまったドクター。「ツバメじゃないと分かっただけで、こんなに気を悪くするのはオーバーだな…たぶん、長いこと腹ばいになりすぎたせいだろう。」

スティーブンとジャック、建造中のスクーナーを見に行く

野営地に帰った彼をキリックが迎えましたが、さすがはキリック、一目でドクターの機嫌が悪いのを見て取り、黙って血のついた上着を受け取り、帽子を渡しました。(でも絶対後で文句を言われると思う。)

スティーブンがジャックに「ツバメがツバメでなかったこと」を話すと、ジャックは「名前が何だ?(What's in a name?)何という名前で呼んでも、巣が美味しいのは変わらないじゃないか。ラッフルズのところで出たスープは旨かった。」「そうか?なら、リードかハーパー(士官候補生年少組)なら裂け目からロープで降ろせるだろうから、雛たちが巣立ったらいくつか取らせようか。」

"What's in a name?"は、ロミオとジュリエットの名セリフ。ジュリエットは「薔薇は違う名で呼んでも、その甘い香りは同じ」と言っていましたが、ジャックのセリフの方が説得力あるかも。でも、甘い香りのバラが「マチュリン」という名前だったらよかったのにね(<この意味は後の章で…)

その後、リードたちが海亀を捕まえて、食べられる種類かどうか訊きに来たりしたのですが、その間もスティーブンは頭が割れるように痛くて、どうやら、本格的に体調がおかしいようです。

ジャックはスティーブンを連れて、出来かけのスクーナーを見に行きました。「『聖飢饉の日(St.Famine's Day)(※)』の前には出航できそうだ。しかし座礁した時、特使の荷物や銀食器(キリックがこっそり運んでいたんだ)なんかじゃなく、もっと食糧をあげておけばよかったなあ。」「飢饉の日?バビルーサも海亀もあるのに?」「いや、そうじゃなくて、タバコと酒が切れる日のことを言っているんだ。これがなくなると、乗員の士気が一気に落ちるから…」

ジャックが船について熱心に説明している間、スティーブンはますます気分が悪くなってほとんど聞いていませんでした。「すまない、ジャック」話を遮って座り込み、嘔吐しはじめたスティーブンを呆然と見つめるジャック。

※St.Famine's Day:船乗り言葉で、船の装備(食糧・飲料)が尽きる日のこと。キリスト教のカレンダーにはいろんな聖人の日(聖パトリックの日とか)があるので、それに引っかけたものなのでしょう。Famineという名の聖人がいるわけではない。

スティーブン、病気になる

ジャックは熱のあるスティーブンを野営地に連れて帰りました。スティーブンは意外と丈夫で、怪我したことはあっても、病気したことはジャックの知る限り一度もありませんでした。赤道の暑さにも南極圏の寒さにも風邪ひとつ引かず、監獄熱でも黄熱病でも天然痘でも、まるで風邪の患者を診るように顔色一つ変えずに診察していた彼が、卵のような真っ白な顔をしているのを見て、ジャックは驚き、心配していました。

軍医助手のマクミランは尊敬する医者を診察するのにびびっていて、おそるおそる「アヘンチンキは?」と訊くのですが、スティーブンはいつものように自分以外の診断は一切却下して、自分で薬と絶対安静を処方しました。「まあ、こんなにたくさん人がいる野営地の中では、絶対安静は無理だろうけどね。」

しかし、スティーブンの予想に反して、野営地の彼のテントの周りは静まりかえっていました。夜明け前に朝食を持って浜に行き、残った数人も静かに仕事をしていました。休養できたスティーブンは昼頃にはだいぶ具合がよくなりました。

午後になって、テントの外から聞こえてきたマレー語の会話で目を覚ましましたスティーブン。少年のような甲高い声が、アーメッドの通訳でキリックと話しているようです。

キャンプをダヤク族の女性が訪問する

外に出たスティーブンは、キリックたちの機嫌のいいわけを納得しました。少年かと思った声は、スリムな若いダヤク族の女性だったのです。艦長の銀食器を広げて磨いていたキリックは、にこにこしながら「もっとあるよ」と女性に言っていました。

ほとんどの水兵はスクーナーを作りに浜に行っているので、野営地に残っているのは数人でした。女性は、残り少ない火薬を広げて乾かしている掌砲長たちを指して、何をしているのかと訊き、アーメッドが説明しています。

彼女はぴったりしたスカートと、胸をほとんど隠していない小さな上着を着ていて、久しぶりに女を見た水兵たちなどイチコロで、野営地に残っていた男たちは全員が彼女の周りに集まって、彼女が質問することには何でもべらべらと答えています。しかしスティーブンは、彼女が腰にナイフを帯びていること、門歯を鋭く尖らせていることに気づき、警戒しました。

アーメッドの説明によると、残り少ないココナッツを取りに島の西側に行った時、彼女と老人(従者らしい)が5人の仲間と一緒にプラフ船で上陸していたそうです。こちらの状況を説明すると、彼女はココナッツをくれて、アーメッドは二人を野営地に案内したそうです。「あんなぴったりしたスカートで、どうやって歩いてきたんだ?」「脱いだのです。」アーメッドは赤くなりました。

スティーブンは水兵のお喋りをやめさせるため、ジャックを呼びにやり、二人をテントに招き入れてコーヒーを出し、彼女の質問を適当にかわしていました。

急いで帰ってきたジャックに、スティーブンは「そんなにいやらしい目でじろじろ見るな。失礼なだけじゃなくて、こちらの立場が不利になる。これからこの人たちに金を払って、バタヴィアに手紙を持っていってもらおうと思う。」「これは賞賛と尊敬のまなざしだよ。君だって人のこと…でも、誤解されるといけないから目をそらすよ。そうだな、持って行ってもらえるかどうか聞いてくれ。手紙の内容はこれから考える。」

スティーブンは女性と値段の交渉をまとめ(バタヴィアの銀行家のところで換金できる手形で、かなりの高額)ジャックはラッフルズに頼む物のリストを作りました。

「ケセガラン」という名のその女性は、作りかけのスクーナーをぜひ見たいと言い、ジャックは彼女を案内しました。

「船の建築にあれほど興味をもつ女性は初めてだなあ。」ケセガランが手紙を持って去った後、ジャックは言いました。「そうだな。でもそれより、船匠の道具に注いだ彼女の目ほど物欲しそうな目つきは見たことがないよ。」「この風なら、遅くとも水曜には(今日は日曜)バタビアに着く。ラッフルズはいい船を出してくれるだろうから、逆風でも来週の日曜には装備が届くな。」

ジャックは嬉しそうですが、スティーブンは嫌な予感がしていました。気になるのは、ケセガランがわざわざ遠回りして、見通しのいい道を通って野営地に来たこと、アーメッドが軽率にも、火薬が尽きていることを話してしまったこと…