Chapter 10-2 〜 カモノハシ


パディーンを脱走させるかどうかで決裂してしまったジャックとスティーブン。

ジャックとスティーブンは初めて会った時から(いや、正確には「二度目に会った時から」ですが)仲良しで、2巻でダイアナを巡って決闘寸前になった時以外は、ほとんど喧嘩もすることなくやってきて、読者(わたし)もそれを当たり前のように思って読んできました。

しかし、この二人の友情が続いているのは、本当はすごいことなんだなあと、改めて思います。それは二人の性格が違うからではなくて、二人の立場が、あまりに違うから。立場というか、行動の基準になる「土台」が、完全に違うというか…今までに二人が深刻にぶつかることがなかったのは、奇跡のようなことかもしれない。

ジャックの場合は、何といっても、やっぱり倫理観の中心は軍人としてのものなのだと思います(当たり前だけど)。ルールは曲げられないし、名誉にかけて誓ったことは絶対に破れない。スティーブンも名誉は大事にする人だけど、彼の場合、意外と、理性より情で動くタイプかもしれない。見かけと違ってアツい男だからね〜。

この場合、スティーブンはジャックの情の部分に頼りすぎて、彼の軍人としての倫理観を甘く見ていたきらいがあります。「義理と人情〜秤にかけりゃ〜義理が重たい」ジャック。(<古い…)

スティーブン、マーティンに金庫を預ける

何も言わずにキャビンを去り、ガンルームに降りたスティーブンはそこでマーティンに会いました。

「マーティン、誤解があったようだ。パディーンは艦に乗せられないかもしれない。どうしたらいいか、まだ決心がつかないが…いずれにせよ、ボートは明日の朝直3点鐘(午前5時半)に出るから、ウールー・ウールーには行くつもりだ。レッドファーンによれば、この間ポールトンが言ってた『水モグラ』とは、カモノハシのことのようだ。カモノハシを見る最後のチャンスかもしれないから…一緒に行くか?」「ありがとう、行くよ。」

マチュリンは、彼が持ってきている財産がすべて入っている金庫を持ってこさせました。南米での諜報活動資金も入っているので、巨額の金・銀・紙幣・手形が入っています。

彼はその中から、かなりの額の金と紙幣を出して、金庫を閉めて鍵をマーティンに渡しました。「明日中に私が艦に戻らなかったら、これを妻に届けてくれないか。」「もちろん。」

スティーブンたち、カッターでウールー・ウールーの河口に行く

その夜、スティーブンは艦を離れ、闇雲に歩き回りながら必死で考えをまとめようとしていました。彼は、今までの人生で経験がないほどの激しい葛藤を感じていました。

普段は、歩き回っているうちに考えがまとまったりするのですが、今は直面する大問題に頭を悩ませながらも、同時に娘のことを考えが漂って行って幸せな気分を感じたり、とにかく頭がぐちゃぐちゃ。途中で雨が降ったのでずぶ濡れになりながら、夜明け前に艦に戻った時にも、これからどうするか結論は出ないままでした。

間もなく、ボンデンが来て「カッターの用意が出来ました」と言いました。スティーブンはカッターに乗り込みながら、クルーが全員、昔からのシップメイトであるのを見て嬉しく思いました。彼はボンデンたちに行き先を指示した後、ボートクロークにくるまって眠りました。

美しい夜明けの後、目的地が近づいて来た時、スティーブンは唐突に目を覚まし、水兵たちが驚くほど正確に、ウールー・ウールー農場入口への水路を指示しました。彼らが目的地に上陸したのは、予定より早い午前11時ごろでした。

「君たちを早く起こしすぎてしまったな。」ボンデンをはじめとする昔からの同艦仲間ばかりのクルーに、スティーブンは言いました。「どっちにしても、甲板磨きをする時間でした。それに比べりゃ、こんなのピクニックみたいなもんですよ」そう言って笑ったのは、ジョー・プライスでした。

スティーブンはみんなに、「昼食を食べて、よければ昼寝していてくれ」と言って、マーティンと二人で出発しました。「夕方ごろ、バード島の沖にサプライズ号が迎えに来る。2時か2時半には戻る…私は戻らないかもしれないが、ミスタ・マーティンは戻ってくるから、ここで待っていてくれ。

スティーブンとマーティン、カモノハシを見つける

パディーンとの約束の時間にはまだ早すぎるので、二人は珍しい蝶や植物を集めながら、川沿いをゆっくり歩いて行きました。しかし、スティーブンは考えに深く沈んでいて上の空。マーティンも彼が心配で、本当は蝶どころではありませんでした。

しかし…二人が歩いている川岸にはいくつも大きな水たまりがあり、その一つを覗いたマーティンは、スティーブンに囁きました。「すごい!水の中にいるぞ!」

透き通った水の中に、スティーブンの念願だった水モグラ…カモノハシが二匹、泳いでいました。求愛行動をしているように、ぐるぐると輪を描いて追いかけっこをしています。二人は水たまりにそっと近づき、ぐるぐる泳ぐ二匹を見つめました。

スティーブンが、持っていた網をそっと水に入れ、一匹をすくい上げました。彼は水たまりに足を踏み入れ、そっとカモノハシを抱き上げながら、「よしよし、何もしないからね、マイディア…」

その時、突然、彼の腕に刺されたような鋭い痛みが走りました。

スティーブン、カモノハシに刺される

彼が水たまりから出てシャツの腕をめくると、手首から肘までが、みるみるうちに青黒く腫れあがってゆきました。「マーティン、気をつけろ…水に戻せ…ナイフとハンカチを…」スティーブンは、傷をナイフで切開し、腕に止血帯を締めましたが、すでに喉が腫れあがってきていて、声が出なくなりそうでした。

彼は泥の中に横たわり、意識を失いはしなかったものの、視界が紫色になり、人の声が遠くから聞こえるようになっていました。いつのまにかパディーンが来ていて、彼の顔を心配そうに覗き込んでいます。

「何てことだ、青く腫れている…」ポールトンの声が聞こえました。「博物学者なら、水モグラのオスには毒があることぐらい知っていると思っていた。」「オスだけに毒?」スティーブンはかすれた声で言いました。「全哺乳類の中でも、それは…」

しかし、そこで声が出なくなり、やがて目も見えなくなってきて、彼はスウェーデンで塔から落ちた時のことを思い出していました。あの時もこんな風に、声が遠くに聞こえた…あの時のような幻覚症状はないが…

「毒のことを言っておくべきだった」ポールトンの申し訳なさそうな声が聞こえました。「このあたりの人間は、みんな触らないように気をつけているんだ。犬が死んだこともある。博物学者なら知っているかと…」「何てことを言うんだ、ナサニエル(※)」マーティンの声。「ヨーロッパ全体でも、カモノハシはしなびた標本が2、3体あるだけだ。しかも、両方メスだった。」「本当にすまない、後悔している。」

意識は朦朧としているものの、完全に気を失ってはいないスティーブンは、腕の焼けつくような傷みの中、「パディーン、頭をそっと持ち上げて…おれの肩にもたれさせろ…血がついてもかまわない」と言うボンデンの声を聞いていました。「艦に連れて帰らないと。」と誰かが言い、自分がボートへ運ばれていることを認識するスティーブン。ボートの水兵たちは、パディーンがいるのを当たり前のように受け入れているようで、泣いている彼をやさしく慰めているようです。

※マーティンさん、動転するあまり自分の名前と相手の名前を間違えています(笑)。オブライアン氏は時々、自分のつけたキャラクターの名前を忘れるのよね。(ナサニエルはマーティンの名前。ポールトンはジョン。)でも、これは作者というより編集者がチェックすべきところだったと思いますが…

スティーブンとパディーン、艦に帰る

やがてボートが動き、彼の腫れ上がった顔に海風が感じられました。…やがて、ジャックの心配そうな声が聞こえました。「コルマン、彼を私の寝台に寝かせろ。」

どのぐらい時間が経ったのか、ようやく頭がはっきりして目が見えるようになった彼が最初に見たのは、心配そうに覗き込んでいるパディーンの顔でした。

「こんにちは」彼が言うと、その顔はにっこりと笑い、「神と聖母と聖パトリックが共にありますように」と言いました。その後、たどたどしい英語で−「艦長、サー、しゃべり…ました。彼…気が…つきました。」

「ああ、よかった…スティーブン、気分はどうだ?」「生き延びたようだね」スティーブンはジャックの手を握りました。「ジャック、僕がどれほど、国に帰るのをどれほど楽しみにしているか、とても言葉にできないよ。


14巻蛇足:怪我の功名

これで14巻はおしまい。

ここを読んで思っていたのは、「スティーブンって、絶妙のタイミングで怪我をするな〜」と言うことでした。いやほんと。だって、12巻では塔から落ちたのがきっかけでダイアナを取り戻し、14巻では、カモノハシに刺されたことでジャックとの決別を回避した上、ドサクサに紛れてパディーンをサプライズ号に乗せることにも成功してしまったスティーブンです(笑)。

でも、本当に…ここでカモノハシに刺されなかったら、どうなっていたのかと。スティーブンは大金を身につけて、マーティンに「戻らなかったら妻に金を渡してくれ」と言ってサプライズ号を後にしていました。彼はパディーンのために、ジャックとサプライズ号だけではなく、妻と子供も、諜報員としての仕事も、自分のほとんど全てを捨てるつもりだったのかしら…

まあ、他のことはともかく、娘に別れを告げるつもりは、さすがになかったかと思いますが。ワイロを惜しみなく使えば、貿易船の客室にでも隠してパディーンを英国へ連れて帰ることもできたでしょうし。そうすれば妻子には再会できるし、南米への任務も、改めて他の船で行くことも可能だし。でも、少なくとも、ジャックとは確実に決定的な別れになったはず。「ジャックかパディーンか」の二者択一だったのですね。パディーンがオーストラリアに送られた経緯を思えば、スティーブンがそのぐらいの気持ちを持つのは当然とも言えますが。

ムラサキに腫れあがった顔で、息も絶え絶えのスティーブンを抱いて乗艦してきたパディーン(<多分)。「絶対に自分の艦で囚人は脱走させない」と固く決意していたにも関わらず、スティーブンを心配するあまり混乱して、ついパディーンを受け入れてしまったジャック(<多分)。ジャックとスティーブンの友情の危機は、こうしてうやむやのうちに解決されてしまったのでした(笑)。

でも、これには抜け道があって、ジャックは実は総督との約束を破ったことにはならないのです。彼の約束は「シドニー湾から一人の囚人も逃がさない」ということで、ウールー・ウールーはシドニー湾ではないので。まあ、ジャックはそんな言い訳を使うつもりはないでしょうけど。

マーティンと違って、ほとんど動物に噛まれたり刺されたりすることはないスティーブンですが…珍しく野生動物に攻撃されたと思ったら「結果オーライ」になって…やっぱり、彼は動物に愛されているのかな(笑)。(まあ、生き延びたから言えることですが。)

14巻蛇足の蛇足:カモノハシ

私もこれを読むまで知らなかったのですが、オスのカモノハシの後ろの蹴爪には毒があるのですね。普通は人が死ぬほどの毒ではないそうですが、スティーブンは敏感な体質だったようです。

このサイトでは「ラッセル・クロウ・ファンページ」のアイコンとしてカモノハシのgifアニメを使っています。(「牛飼いとアイコンの部屋」のフリー素材。)「ラッセル・クロウ−オーストラリア−カモノハシ」という単純な連想と、単に可愛いから使っているのですが…可愛いだけの動物ではなかったのね。

「だから言っただろう、オーストラリアでは、何でも噛み付くんだ。女性もね。」byラッセル・クロウ

さて、今回途中で途切れることが多くてごめんなさい。また3ヶ月以上かかってしまいました…次は2ヶ月以内にするぞ(自己目標)。次は15巻…あ、15巻の1章というと、あの問題のシーンがある。どうしよう…ブツブツ…と、思わせぶりに続く