Chapter 2-1 〜 襲撃


ダヤク族(Dyak)と言うのは、ボルネオ島周辺に住む非イスラム教徒の総称ですが、ここに出てくる「海ダヤク」と呼ばれるのは「イバン族」で、当時は海賊を生業としていたようです。「首狩り族(ヘッドハンター)」としても知られます。ヘッドハンターと言っても、他部族の優秀な人材を高給で引き抜くわけではなく(当たり前)、人の首をコレクションする人々のこと。この章に出てくるのは、ダヤク族とマレー人の混成軍のようですが。

夜明け、ダヤク族の海賊が襲ってくる

スティーブンの心配通り、翌朝早く、彼らは襲ってきました。

スクーナー建造が佳境に入っていたので、船匠と掌帆長と彼らの助手たちは夜明け前から浜に降りて作業していたのですが…早く目を覚ましたジャックとスティーブンがのんびり語らっていると、浜から悲鳴と怒号が響いてきて、ジャックはベッドから飛び降りました。

ジャックがテントから飛び出すと、浜から船匠の助手たちが、怪我を負った掌帆長を抱えるようにして走って来ました。「ミスタ・ハドレー(船匠)が殺されました!」「戦闘配置!」ジャックは叫び、望遠鏡で浜を見ると、味方の死体が3人、ダヤク族の死体が2人、転がっています。そのうち一人がケセガランであることに気づき、こんな状況なのに、ジャックはショックを受けました。ダヤク族は船匠たちの死体から首を斬り離しています。他の者たちは、大具道具や帆布やロープをせっせと船に運んでいました。

救護テントで掌帆長の手当てをしていたスティーブンが出てきて、「行って交渉しようか?」と言いました。「いや。交渉が通じる相手ではなさそうだ。君はすぐ殺されるだろう。こういう戦いは、どちらかが徹底的に打ち負かされるまで終わらない。」

やがて夜が明け、状況がはっきり見えてきました。浜の近くに、今までに見たことがないほど大きい戦闘プラフ船が浮かんでいます。ダヤクたちは、スクーナーの周りから掠奪できるものはすべて略奪し終わり、虎視眈々と野営地をうかがっています。

朝、海賊たちは野営地に奇襲を試みる

陸の戦闘ではプロである海兵隊長のウェルビーが、敵の作戦を読んで艦長に説明しました。「野営地の両側の森と、こちらから死角になっているところに少人数ずつ兵を送り込んでいます。陽動作戦として正面から攻撃し、打ち負かされた振りをして逃げてこちらに追わせ、その間に森から野営地を襲うつもりです。」「こういう状況は、初めてではないようだな。」「いろいろな軍務を経験しておりますので。」

海の上では水兵たちに「ロブスター」とか呼ばれてなんとなく素人扱いされている海兵隊ですが、陸に一歩上がると立場が逆転して彼らが「プロ」になるのですね。かっこいいな〜。ちなみに現代では、海兵隊こそが軍のエリートであり、軍艦を動かすことが仕事の海軍水兵というのはずっと格下になっている−と聞いたことがあります。

閑話休題。艦長は残り少ない火薬をかき集め、砲にぶどう弾を装填しました。敵の火器は、船に半ポンドの旋回砲を一つ、ジンジャル銃(銃架に載せて発射する大型銃)を一つ持っているだけで、ライフルやマスケットはないようです。(こちらに火薬がないと知っているからこそ襲ってきたのでしょう。)しかし人数は、こちらの150人に対して300人ぐらいいます。

海兵隊長の読みどおり、彼らは派手に正面から襲って来て、海兵隊がマスケット銃で応酬すると逃げて行きました。こちらが彼らの作戦に乗らず、追いかけずに野営地に留まっていたので、森にいたダヤクたちも出てきて、全員で正面から挑発しました。そこへジャックはカロネード砲からぶどう弾が撃ち込みます。敵の奇襲は失敗し、死体が散乱する中、生き残りは浜へ退却して行きました。

昼ごろ、しばらくにらみ合いが続く

それからしばらく、にらみ合いの状況が続き、その間に敵味方は昼食を取りました。敵が野営地に旋回砲を撃ち込んで来て、直撃を受けた主計長が即死するということもあったので、平和なひと時というわけにはゆきませんでしたが…

ジャックが望遠鏡で浜を見下ろすと、緑のターバンの男が命令を下しているのが見えました。あれが司令官であるのは、間違いない…ここからライフルで狙えば、スティーブンなら彼を射殺することができるだろう。しかし、彼はやらないだろうし(どちらにしろ、負傷者の治療で手が離せないし)、自分でもやりたくない…片舷斉射で艦尾甲板をなぎ払うことはできても、敵の司令官を遠くから射殺することは、なぜか彼の倫理に反することでした。狙撃手に任命された兵士の場合や、もっと小規模な戦闘なら別だが…

「敵はこちらにかなわないと思ったら、もっと大勢の援軍を連れて戻ってくるのでありませんか?連中の船はもろいので、砲撃して破壊して、帰れないようにしたらどうでしょうか。」航海長が提案しましたが、ジャックは「そうしたら、食糧もほとんど残っていないこの島に、二百人もの飢えた敵が居つくことになる。いや、彼らが船で去ってくれるのが一番いい。彼らの基地はボルネオ島だろうから、援軍を連れて戻ってくる前に、スクーナーを完成させて出航できるだろう。」

ダヤク族、再び野営地に襲撃をかける

午後になって、敵は再び野営地に襲撃をかけてきました。野営地の前方から陽動攻撃をかけ、その間に大部分が後方に回っています。彼らはキリックの(いや、艦長の)銀食器を狙っているのですが、野営地の後方が土砂崩れで崖になっているのを知りませんでした−ケセガランが来た時、そこは見なかったので。

それでも彼らは根性で崖を登って来ましたが、崖の上に陣取ったキリック、ボンデンと士官候補生たちが悪魔のような勢いで槍を投げ、石を落として撃退しました。

敵は再び浜に退却しました。しかし、海兵隊長は「これで終わりではないでしょう」と言いました。「彼らには水がない。さっきから井戸を掘っていますが、あの場所では水は出ません。今ごろはこちらの井戸の水を飲むことを期待していたのでしょう。日没までに、また襲撃してきます。彼らの将軍は『栄光か死か』というタイプです。」

夕闇が迫る頃、浜から黒い煙が上がるのが見えました。敵は、建造中のスクーナーに火をつけたのです。火はあっという間に燃え広がり、野営地の水兵たちは、怒りと、悲しみと、絶望の叫び声を上げながら、彼らの大事な船が燃え尽きるのを見ているしかありませんでした。

その後、ダヤクたちは再び野営地に攻撃をかけました。今度は作戦も、隊列も、秩序もないバラバラな攻撃でしたが、勇気と勢いだけで、胸壁の隙間に向かって数人筒突撃して来ました。剣と、槍と、斧の激しいぶつかり合い。激しい白兵戦になりましたが、英国軍は敵を一人も突破させませんでした。ダヤク人は勇敢な戦士ではあるものの、イングランド人に比べて小柄で、一対一の戦いになると不利なのです。

戦いの「潮が変わった」ことを感じとったジャックは、一気に決着をつけることにしあました。「海兵隊、突撃!ディアンヌ号、私に続け!」

ダヤク軍、敗走する ジャック、彼らの船を砲撃する

ダヤク族たちは打ち負かされ、英国人より早い足を生かして海へ逃げ、待機していたプラフ船に乗り込みました。帆を広げて逃げるプラフ船に、ジャックは砲を向けます。(スクーナーが燃えてしまった以上、彼らが援軍を連れて戻ることは阻止しないといけないので)慎重に狙いをつけた砲弾は、3発目で命中し、プラフはあっという間に沈没しました。

歓声を聞いて、救護テントで奮闘していたドクターが出てきました。「砲が命中した。少なくとも、連中が援軍を連れて戻ってくることはない。」「勝った割には悲しそうだな。」「スクーナーが焼かれた。多分、救いようがないだろう。」ジャックは部下たちを心配させまいと、みんなに聞こえるような声で続けました。「それでも我々はこうして生き残った。船匠の道具もまだ十分残っているし、木にも不自由はない。何とかなるだろう。」しかし、自分の声に説得力があったかどうか、自信が持てませんでした。戦いの後のいつもの憂鬱が−それも今回は、特に酷い憂鬱が−すでに彼の心に重くのしかかっていたので…

「ボンデン、ドクターのところへ行ってもいいかどうか聞いてきてくれ。」「そうですね、その頭のお怪我、早く手当てしてもらった方がいいです」艇長は心配そうに答えました。自分の手当てのためではなく、ジャックは「肉屋の勘定書き」を聞きに行くつもりだったのですが−いつものように、気づかないうちに怪我をしていたのでした。

五分後、艦長が軍医のところへ行くと、彼は切断した細い腕を運んでいるところでした。「誰の腕だ?」「リード(士官候補生最年少の金髪少年)だ。…まだ全体の死傷者数はわからないが、長いリストになるだろう。士官候補生室の被害が特に大きかった。君の書記と、ハーパー(リードの次に若い士官候補生)は死んだ。ベネット(士官候補生年長組の航海士)はおそらく明日までもたないだろう…その樽に座ってくれ。」

ジャックは樽に座り、うつむいて頭の手当てをしてもらいながら、若者たちが命や手足を失ったことを考え、組んだ手の上にぽたぽたと涙をこぼしていました。