Chapter 6 〜 再会


ナツメグ号とコルネリー号、追撃戦を展開

コルネリー号はなんとか錨を上げ、ボートを離礁させ、ナツメグ号の追跡を始めました。

追撃戦と言っても、ナツメグは必死に逃げているフリをしているだけで、実はある水路にコルネリーを誘導しようとしているのでした。それはセレベス海(フィリピンの南)に浮かぶ二つの島の間の、サリバブ水路と呼ばれるところ。出口のところに高い岬があるので、夜の闇の中でその影に隠れて待ち伏せ、同時に、夜目にはナツメグの艦尾と見分けがつかない囮の筏を流してそっちを追いかけさせ、コルネリー号が水路を出るところでいきなり至近距離から襲い掛かる…という作戦。

コルネリー号は急いでナツメグに追いつく気はないようです。コルネリーの優位は砲の射程距離が長いこと。だから、ナツメグのカロネードは届かないけどコルネリーの砲は届く距離から砲撃し、十分なダメージを与えてから近づくつもりらしい。

ナツメグの方は撃たれないように距離を保ち、しかしあまり引き離してはコルネリーが諦めてしまうので本気のスピードを出さず、しかも必死で逃げているようなフリをする…という難しい操船をしなければなりません。コルネリー号は帆がボロボロなのと、どこかに損傷を受けたらしくポンプで排水を続けているのとで、思ったよりずっとスピードが遅く、ナツメグ号は本気で逃げているフリをするのに苦労しますが、達人のボンデンが絶妙の舵さばきで、不自然にならずにスピードを落とすことに成功しています。

また、必死の逃亡に説得力を与えるため、時々迎撃砲を撃ち返すのですが、帆やリギングに命中させてコルネリーをますます遅くしたら困るので、わざと微妙に外したり、いろいろ大変です。

この「追跡」と散発的な砲撃が続く中、ナツメグ号艦上では、先の戦闘で亡くなった航海長たちの葬儀が行われました。艦長が重々しく聖書の言葉を読む中、ハンモックに包まれた遺体が海に投じられ…その様子を見て、何をしているのか悟ったコルネリー号は、砲撃を一時中止しました。

葬儀が終わると、ジャックは感謝の印に左舷の砲(コルネリーの方を向いていない)を一発撃ち、望遠鏡で見えるように帽子を取って挨拶しました。昔の戦争って、殺し合いをしているのに、妙に礼儀正しいところがありますね。だから良いとも言い切れないのですが…。考えてみれば、この戦争と、たとえば第一次世界大戦とは100年も隔たっていないのに、その雰囲気のあまりの差には不思議な感じがします。

(余談)変な想像ですが、例えばジャックとかスティーブンとか、ホーンブロワー艦長とかに、「戦争を一瞬で終わらせて、あなたの部下も他の同胞もこれ以上一人たりとも死なないようにする方法があるよ。でもフランスの方は民間人含めて何万人か死ぬけど」と言ったら、彼らはどうするだろう…とか、以前ふと考えたことがあります。オーブリーじゃなくてホーンブロワーを読んでいる時なんですが。

午後も遅くなり、南東方向にサリバブ水路の入り口が見えて着ました。コルネリー号がじわじわと差を縮めてきたので、ナツメグ号はそれに合わせて少しスピードを上げましたが…それでも、コルネリー号はまだポンプを漕いでいて遅く、夜の間に水路の出口まで到達できるかどうかは微妙なところです。

水路の潮流が思ったより早く、夜明けまでに水路の出口に到着できないことがわかる

その夜の夜半直(深夜0時〜4時)を担当することにしたジャックは、早めに眠って真夜中に起こされました。ナツメグ号はすでにサリバブ水路に入っていて、寝る前にはしっかりついてきていたコルネリー号は、夜の中にほとんど見えなくなっていました。ログボードに記録された速度は7ノットで、それは悪くないのですが…

この水路は外海より潮流が速く、それも彼らの進む方向とは逆に流れています。ログで測れる速度は、あくまで海水と艦の動きを比べるものなので、海水自体が動いている場合、陸に対する速度はログではわからない。それを測るには、陸上の定点を使わなければならないのですが、陸は真っ暗で基準にするところがありません。

やっと係留されている漁船を見つけ、それを基準点にして陸に対する速度を測ったのですが…ジャックががっかりしたことに、潮流は彼の予想をはるかに上回る5.5ノットのスピードで流れていました。つまり、艦のスピード7ノット−5.5ノットで、実際には1.5ノットしか出ていないということに。コルネリー号はナツメグ号以上に潮流の影響を受けているはずで、このスピードでは、夜明けまでに水路の出口(待ち伏せを予定していた地点)に着くのは不可能。明るくなってしまったら、囮の筏を流すことも、岬の影で待ち伏せすることも無意味になる。

考えていた計画がだめになって、心底がっかりしたジャックですが、5点鐘(午前2時半)ごろにスティーブンが甲板に出てきた時には、だいぶ落ち込みから回復していました。

「サプライズ号と今回のランデブーで逢えなくても、世界の終わりじゃないと考え直したんだ。」ジャックはスティーブンに言いました。「次のランデブー地点に行くことさえ諦めれば、外海に出てから対決することも可能だ。時間はかかるけど、このまま追跡させて、外海で風上に廻りこめばいいんだ。」「コルネリーと対決して、その後でサプライズに会うことはできないのかい?」「いや、それは無理だ。ランデブーはずっと北の方だし、全速力で行かないと間に合わない。大急ぎで北に向かったら、コルネリーはこっちの意図に気づいて、追跡を諦めてしまうだろう。」

「そうだな。どちらにしても、最終ランデブーのシドニー湾へ行けば確実に逢えるのだし。カモノハシを見るのが楽しみだよ!前回行った時は、時間がなくてほとんど何も見られなかった。どんなに残念だったか…」「今回は時間があるから、カモノハシが飛ぶのを思う存分見られるよ。」「ジャック、カモノハシは鳥じゃない、哺乳類だよ。」「卵を産むって言ってなかったか?」「その通り。そこが素晴らしいところなんだ。アヒルみたいなくちばしもある。」「君が見たがるのも無理はないな。」

二人はゆっくりと、レパード号の思い出話や、いろいろな話をしました。朝食を取った後、スティーブンは朝の回診のため、ジャックは怪我人を見舞うため、一緒にオーロップへ降りました。「この艦は、オーロップでさえ良い香りがする。『ナツメグ』とは、まさにぴったりの名前だな。」とスティーブン。

夜明け、雨で隠れていたコルネリー号がいきなり射程距離内に現れ、激しい撃ち合いになる

夜の間に激しい雨が降り出し、ほとんど視界がきかなくなっていました。そのため、コルネリー号がついて来ていることは予想していたのですが、どのぐらいの距離にいるのか見えなかったので−夜明けにいきなり射程距離内に現れたコルネリーが片舷斉射を浴びせてきたのは、ナツメグ号にとってほとんど不意打ちでした。

ナツメグ号はメイン・トップマストを撃ち落とされた上、舵が効かなくなっています。幸い、舵は壊れたのでなく、砲弾がはさまって動かなくなっているだけでした。と言っても、これを取るのは大変。リチャードソン海尉が、ロープを身体に巻きつけて艦尾の舵板のところまで降り、砲弾を取ろうとしていましす。

ジャックも自らバールを片手に降り、二人は波を頭までかぶりながら、がっちり食い込んでいる砲弾と必死で戦いました。ようやく外すことに成功した時には、ジャックはへとへとで、自力で上がる力はなく、擦り傷をつくりながらロープで引っ張り上げてもらいました。

やっと舵がきくようになったナツメグ号は、追い風に乗って必死で(今度は本当に必死で)逃げるのですが、メイントップマストを失ったためにスピードは大幅に落ちています。

コルネリー号はどこかに深刻な浸水があるのか、まだポンプを漕ぎつづけていました。そのせいか、砲撃は最初の一撃と比べてだんだん正確さが落ちてきていることに、ジャックは気づきました。それでも、早く代わりのトップマストを上げなければ、追いつかれてしまうことは必至。コルネリーもそれは知っていて、マストを上げることを妨害する砲撃をしてくるので、作業は困難を極めていました。

コルネリーに差をつめられたナツメグが水路の出口に差しかかった時、見張りから「Sail ho!」の声があがりました。

水路の出口の向こうに4隻の船が現れる

「岬の向こうに、2…3隻、いや4隻確認」と見張りは言いました。艦首楼に行ったジャックにも、高い岬の影を抜けた船が見えて来ました。最初の船はスループか小さめのフリゲートぐらいの大きさで、続いて水路に入ってきた2隻も同じような大きさでした。まだ朝早い光では砲の数を確認することはできないが、アメリカの旗を上げていることは確かだ…アメリカ海軍の艦隊?3隻は、忙しく信号旗を交換しています。

しかし、4隻目が視界に入ってくると、石のように重かった彼の心は花となって開きました。(...and his stony heart broke into flower.)

ジャックは信号係海尉のリチャードソンを呼び、命令しました。「秘密信号と、ディアンヌ号の番号、「北西の船を追跡中」と揚げろ。それからアルファベットでこう揚げてくれ−『Well Met, Tom(会えて嬉しい、トム)』。」

それからリードに、「下に言ってドクターに伝えてくれ。『サプライズ号を発見』と。」

ナツメグ号、サプライズ号に出会う。サプライズ号、コルネリー号を追跡する。

信号旗が揚げられている間、ジャックは「ひょっとして、サプライズ号はアメリカの艦隊に捕まったのか?」と思い当たってちょっと焦るのですが…サプライズ号が前の3隻を軽々と抜き、アメリカの旗を降ろして自艦の旗をするすると揚げたのでほっとしました。

サプライズ号の旗を見たコルネリー号は砲撃は止め、方向転換して逃げ出しました。ナツメグ号とサプライズ号は、今度は一緒にコルネリーの追跡にかかりました。

そこへスティーブンが、血だらけのエプロンのままで駆け上がって来て、自分の所有物である愛する船を見て叫びました。「彼女だ!彼女はどこにいてもすぐわかる。すばらしい!」

いつに変わらぬサラブレッドのような優雅さで、彼女は楽々とナツメグ号に追いつき、ちょっとスピードを落として並びました。サプライズ号の舷側には、嬉しくてたまらないと言うようなニコニコ顔が並んでいましたが、誰も声は出しませんでした。海のエチケットとして、キャプテン同士が挨拶するまでは、他の人は言葉を交わしてはいけないのです。

「トム、元気か?」海軍の正装をして艦尾甲板に立つプリングズに、ジャックは大声で言いました。「元気そのものですよ!(blooming, sir, blooming,) 艦長とみなさんはお元気ですか?」「元気だ。君の僚船は?」「英国の私掠船トライトン号と、あとはアメリカの拿捕船です。」「それはよかった。先に行ってくれ。でも、われわれが追いつくまでは始めないでくれよ。」

艦長同士の挨拶がすんだので、みんな(サプライズの全員と、スティーブンとボンデンとキリック)は、一斉に喋りだしていました。「プリングズ艦長、マイディア、元気かい?ミスタ・マーティン、ぼくはオランウータンを見たぞ!」(<これはもちろんスティーブン)

ナツメグ号の乗員たちは、この親しさにびっくりしていました。サプライズはスピードを上げ、あっという間にナツメグを引き離して、雨の中に見えなくなりました。

スコールが止んであたりが晴れ、視界が利くようになると、サプライズが一隻だけで停船しているのが見えました。コルネリーの姿が見えないことにジャックは一瞬驚きますが、たくさんのボートが行き来しながら人を水から引っ張り上げているのを見て事情が飲み込めました。コルネリー号は沈没したのです。

コルネリー号、沈没している。ジャック、サプライズ号に乗艦する

サプライズ号に足を踏み入れたジャックは、正式な艦長乗艦の儀式に加えて、乗員から自然に沸き起こった歓声に迎えられました。プリングズは彼の手を固く握り、「彼女は沈みました」と言いました。「乗員はほんの少ししか助けられませんでした。艦長は砲撃戦で戦死したそうです。指揮を引き継いだ海尉は助けました。彼は英語が話せるので、降伏すると言っています。」

それはクリスティ=パリエール艦長の甥、ジャン=ピエール・デュメニール海尉でした。彼は進み出て、ジャックに剣を差し出しました。

「ジャン=ピエール、無事でよかった。心配して…いや、どうか剣は収めて、握手してくれ。」