Chapter 7 〜 サプライズ号への帰還


リスボンでの別れ以来、サプライズ号はそのまま西へ、ジャックたちは一度英国に戻ってからディアンヌ号で東に向かったわけですが、こうして世界のちょうど反対側で、また会えたわけです。ほんと、壮大なる待ち合わせだよな〜。

南半球や熱帯に行くんで、季節の移り変わりが捕らえがたく、どのぐらいの時が経っているかということが分かりにくいのですが…ジャックたちが英国に一時帰国したのは5月でした。そして、ここでジャックは別れ際に「メリー・クリスマス」と信号旗を上げているので、だいたい7ヶ月ちょっとかと思われます。

スティーブンが英国を発った時点で、おなかがちょっと目立つぐらいになっていたダイアナは、もうとっくに子供を(スティーブンが固く信じているところによれば、娘を)産んでいるということですね…シドニーに行けばその知らせが届いているのではないかと、スティーブンは楽しみにしているのですが。

ジャックとスティーブン(+キリック&ボンデン)はここでサプライズ号に戻り、ナツメグ号の乗員たちとはお別れになるわけですが…士官候補生のリードとオークス(バタヴィアで乗せた士官候補生の生き残り。もうひとりのミラーは戦死)だけは、ジャックが面倒を見る責任を感じているので、一緒にサプライズ号に移ってくることになっています。

ジャック、サプライズ号に戻る

というわけで、懐かしいサプライズ号に戻ったジャックとスティーブンは、それぞれの奥さんに手紙を書いています。この後、ナツメグ号とトライトン号の士官たちと捕虜のフランス士官を招いて、送別のディナーが行われることになっています。

「…トムはこのトライトン号と、しばらく一緒に巡航していたらしい。巡航は大成功だったようだ。まだ時間がなくて全部の話を聞いていないが、会った時に連れていた3隻の他にも、高価な積荷の商船を山ほど拿捕したようだよ!これでスティーブンの財政状況が少しでも良くなればいいが。スミス&クローズ銀行に替えるように彼にアドバイスしたことは、今までの人生で最大の失敗だった…昔そうしたように、また財布を共同にしようと言うつもりだったのだけど、言い方を間違えてしまったようだ。彼は『たいしたことはない、大丈夫』と言ったきりで、それからは、さりげなくこの話題をふっても全然気づいてくれないんだ。(<気づいてないわけじゃないでしょうけどね。)プライドが高い彼に、はっきり言い出すわけにはゆかないし…

「ナツメグ号とトライトン号は、拿捕船をエスコートしてこれからバタヴィアへ行って、そこから帰国することになっている。トム・プリングズにナツメグ号の艦長職をオファーしたが、トムはサプライズに残りたいと言った。ナツメグの艦長には副長のフィールディングが昇格した。彼はとても喜んでいる…」

プリングズ、南米で預かったサムからの手紙を渡す

ディナーの前に、今はサプライズ号の副長に戻ったトム・プリングズが、でも海尉艦長の礼装を着て、艦長室に入ってきました。「申し訳ありません、この手紙を艦長にお渡しするのをすっかり忘れていました。カヤオ(ペルー)で会った黒人の神父から預かったのです。サプライズ号に艦長が乗っていないと知って、彼はとてもがっかりしていましたが…」

それは、今は神父になっているジャックの息子、サムからの手紙でした。礼儀正しい、素晴らしい手紙で、彼が神父になった時のスティーブンのとりなし(13巻3章参照)に感謝し、ジャックには読めない言葉で何か書いてありました。

「それはギリシア語じゃなくて、アイルランド語だ。」スティーブンが言いました。「神があなたの頭上に花を下さいますように(May God set a flower upon your head.)という意味だ。」

ジャックはこの手紙を心から喜び、何度も読み返しているのですが…一方でちょっと複雑な気持ちと、罪悪感を拭いきれませんでした。ソフィーへの手紙を、書き終えて封をした後でよかった…

送別ディナーはトライトン号のゴフィン船長のせいであまり成功しない

送別ディナーのホストは、ジャックとサプライズ号の士官たち、ゲストはナツメグ号の士官たちと、トライトン号の船長とその甥、コルネリー号の生き残った二人の士官。全員がサプライズ号の艦尾船室へ集まりました。

トライトン号の船長は、ゴフィンという元海軍艦長です。除隊になった原因は、友人の息子を(実際には乗っていないのに)艦の乗員名簿に載せたという、海軍では誰でもやっている不正なのですが…彼にいじめられていた書記が恨んで告発したために、軍法会議で海軍を追い出されたのでした。この理由に納得できないせいか、彼自身はまだ海軍にいる気分が抜けていないらしく、民間人の扱いで下座に案内されたことが非常に不満な様子。

ヨーロッパの席の決め方は日本の「上座・下座」とは違うし、またこういう男ばかりのディナーは女性の入るディナーとは違うのでしょうが…とにかく、階級によって座る場所の序列があることは間違いないようです。この場合、ホストであるジャックとプリングズが両端に座っていて、残りの人はジャック両隣からプリングズの両隣までフランス人捕虜(「お客」だから)→ナツメグ号(英国軍艦)→トライトン号(民間船)→サプライズ号(ホスト側)の順に座るようです。

ジャックがゴフィンと同じ立場だった頃、友達がディナーに招いてくれた時、気を遣って以前の階級で席を決めてくれたことが何度かあって、そのたびにジャックは余計に惨めな気分になったものでした。だからこそ、ゴフィンを民間人の席にしたのですが…ゴフィンは彼とは逆の感情を持ったようで。ディナーの間中、彼はいろいろイヤミを言いますが、あまり上手いイヤミではなかったので、ジャックにはあまり通じなかったようです。それでも、彼の周りの席の雰囲気がだんだん気まずくなっていることには気づいていました。

「ディナーは失敗だったな」ワインを飲み過ぎて帰りのボートで吐いているゴフィンを見ながら、ジャックはスティーブンに言いました。「もっと断りやすい招待にしてやればよかった。おれが彼の立場だった時、『先約がある』と断る事を覚えるまで、沢山のパーティを台無しにしたよ。20年も勤めていると、海軍での地位や、その規則が第二の天性になるんだ。気の毒に、ゴフィンは30年も勤めたんだ。」「しかし、彼はその規則を破ったのだろう?」「ああ。でも、そういう小さいことじゃなくて、もっと大事な規則のことを言っているんだ。上官への服従とか、規律、時間厳守、清潔…でも、こうして海軍に戻れて、戻れたことを毎日神に感謝していると、もっと小さい規則も、以前より尊重するようになったんだ。もう、子供の名前を名簿にいれる気にはなれないね。もちろん、君の娘が実は息子で、海に出たいと言い出したら別だけど。」

ジャック、艦長の礼装で船を巡回する

ナツメグ号とトライトン号が3隻の商船を連れて東へ去った後、ジャックはプリングズの要望で勅任艦長の軍服を着こみ、乗員が持ち場に集合したサプライズ号を一回りして、全員と握手をかわしました。

何ヶ月も経った後で、百人余りの乗員の名前を憶えているかどうか彼は心配していたのですが、顔を見るとすっと名前が出てきました。地球半周の航海の中で、死んだ者は5人しかいませんでした−病死(寒い地域での肺炎)が3人、事故(嵐でヘッドから落ちた)が1人、戦死(商船を拿捕した時の砲撃)が1人。…当時の(無事な)航海での死者って、だいたいこんな割合だったのでしょうね。この中で、ヘッド(トイレ)で用を足している時に波にさらわれる、という死に方だけは絶対したくないな〜。よくあることだったのでしょうけど。

ジャック、スティーブンがサプライズ号を古いと言ったので気にしている。

最後に、ジャックはマーティンとスティーブンの待つオーロップの病室に行きました。患者は、骨折と性病が一人づつ。すっかり優秀な船医に成長したマーティンのもと、乗員はまずまず健康に過ごしてきたようです。

また、トム・プリングズ船長のもとで、サプライズ号がハッピー・シップとして素晴らしい航海をしてきたことは間違いないようですが、ジャックには一つだけ気になることがありました。それは…

「ここの空気…ちょっと淀んでいる気がしないか?」「ああ。しかしこの臭気は、歳を経た軍艦としては普通のものだ。」とスティーブン。「嵐になれば、外のヘッドに出たくない乗員が片隅で用を足すし、バタヴィアやマオンのような都会の港に錨を下ろせば、人々の家や死体置場から流れ出る汚物が錨索にくっついてくる。錨索保管庫は一度も掃除されないしね。」

「ナツメグ号は、疫病を防ぐためにわざとしばらく海底に沈められていたんだ。その結果、木材が膨張して、古いワインの樽のようにぴったりくっついている。空気を通してポンプで排水すれば、水がほとんど入ってこない。ネズミもゴキブリもいないし、最下甲板まで名前どおりのいい香りだった。その艦にしばらくいただけで、鼻が敏感になってしまっているんだ。」

ジャックが病室を去ると、マーティンが「艦長はあまり機嫌がよくなかったようだけど?」と心配していました。「いや、私がうっかり、この艦のことを古いと言ってしまったせいだよ。」

臭いのことは自分が言い出したのに、スティーブンの言葉に、ジャックは自分がくさいと言われたように傷ついたみたい。彼はひどく気にして、さっそく、オーロップに風を送るウィンドセイル(送風筒)をつけさせ、スウィートニング・コック(脱臭栓、船底に海水を少し入れてポンプで排水し、ビルジをきれいにする)を開けさせました。

スティーブンとジャック、英国に帰ったらサプライズ号をジャックが買うことで合意する

その夜、スティーブンとジャックは一緒に夜食のトーステッド・チーズを食べながら、昔話をしていました。

「ほんとに、昔は貧乏だったなあ!君が肉をキャベツに包んで帰ってきた時、どんなに嬉しかったか…(2巻)」二人は、しばらく貧乏話に花を咲かせますが、スティーブンはジャックがあまり元気そうでないことに気づきました。

「サプライズに戻ってみんなの顔を見たら、別れた時より年を取っているのに気づいたんだ。ということは、おれも年を取っていると言うことだと思って…君が『古い軍艦(old man-of-war)』と言った時、何だか落ち込んだのはそのせいだ。でも、船と人間の年のとり方は違うんだ。サプライズは、作られた時期こそ古いけれど、年寄りじゃない。断じて違う。」「君はサプライズのこととなると、情熱的に庇うんだね。まるで僕が、君の奥さんの悪口を言ったみたいに。」

「それは、本当に情熱的に守りたいと感じているからだ。子供の頃から彼女に馴染んできたから、悪口を言われるのは耐えられない。」「僕が『歳を経た』(aged)と言ったのは、単に歳月と、その間にたまった汚れのことを言っていただけだ。僕がソフィーの悪口を決して言わないのと同様、サプライズの悪口を言うわけがない。」「わかってる。すまない、こんなことにこだわって、機嫌を悪くするつもりはなかったんだ…彼女を売って欲しいと、君に頼むつもりだったのに。」

スティーブン同意すると、ジャックは喜びに瞳を輝かせました。スティーブンはその瞳を見ながら、どうして、肉体的に、瞳の色をいっそう鮮やかな青にすることが可能なのだろうか、とぼんやり考えていました。

「値段はどうする?」「僕が買ったときの値段でいいよ。僕は思い出せないが、トム・プリングズに訊いたらわかるだろう。彼が競り落としてくれたかなね。」「今、彼は寝ているから、朝になったら訊いてみよう。」

スティーブンは彼の秘蔵のレモンジュース(治療のお礼としてプリンス・ウィリアムにもらった、シシリアの王子の領地で採れた特製三倍濃縮ジュース)をキリックに持ってこさせました。「トラファルガーの記念日に取っておこうと思っていたが、今日は特別な日だからね。」レモンジュースとアラックと砂糖のグロッグで、二人は乾杯しました−歳を経たジャックの最愛の彼女が、ついに正式に彼のものになった日を記念して。