Chapter 8-1 〜 死の島


あ〜、またしても、ご無沙汰していてすみません。うーん、最近だれ気味だな。気合入れなおさないと。

さて、久しぶりなので、今までの航路をおさらいしておきましょう。私もなんだかわからなくなってきて「Harbors and High Seas」を見直したりしているところなので…

ジャワ島はバタヴィア(現ジャカルタ)をナツメグ号で出航したジャックたちは、コルネリー号に(わざと)追いかけられたりしながらマッカサル海峡(ボルネオ島とセレベス島の間)を通ってセレベス海(フィリピン群島の南)に出て、そこでサプライズ号に出会い、サプライズ号に乗り換えて、今は寄航予定地のオーストラリア東岸はシドニー湾に向かっているところです。

んで、東南アジア〜オーストラリアの地図をちょこっと引っ張り出していただくと分かる通り、この航路の近くにはパプア・ニューギニアとか、ソロモン諸島とか、グレートバリアリーフとか、スティーブンとマーティンが死ぬほど見たいであろう自然の宝庫がたっぷりとあります。が、ジャックは一切無視して、どこにも立ち寄らずにまっすぐシドニーへ向かう予定らしく、二人の博物学者を大いに嘆かせています。

しかし、サプライズ乗員にどうやら壊血病の初期症状が出始めていることにマーティンが気づき、青物・果物を仕入れるため、メラネシアの一つの島にだけは立ち寄ることになりました。島はその名もかわいらしく、スウィーティングズ・アイランド

この島はジャックの母方の親戚にあたるカートレット提督が発見したもので、最初に見つけた士官候補生の名前にちなんで名づけられたそうです。果実が豊富で、村がひとつだけあって、住民はあまり友好的ではないけれど、農作物を外国人に売る商売はしているので、あまり知られてはいないけど南太平洋の捕鯨船は時々寄っている、という島なのですが…

スウィーティングズ島はほんの小島なので、独自の植物・動物はほとんど期待できない、単に壊血病対策のために寄るだけだ−とスティーブンは言うのですが、それでもマーティンは上陸をとても楽しみにしているようです。サプライズ号は南米を離れて以来、もう本当に長いこと、まったく陸に寄らずにひたすら急げや急げでランデブー地点まで来たようなので…(一刻も早くランデブーしたかったのは、プリングズの方も同じだったのですね。)

「サイレン(海の妖精、妖しい美女)がいるかもしれない」と、思わずつぶやくマーティンに、「サイレニア(海牛類)はもっと浅くて海藻の生えている海にしかいない」と答える、野暮天のマチュリン。しかし、マーティンさんは妻帯者の上に聖職者、サイレンを期待しちゃいかんでしょう。…長い間奥さんとも牧師の仕事も離れているから、実はそのへんちょっと危なくなっていたりして…?

ジャックたち、スウィーティングズ島に上陸する

もちろん、サイレンを期待しているのはマーティン氏だけではなく、水兵たちは上陸休暇を期待して、みんな陸行き用の一張羅を着込み、タヒチあたりで女たちの喜ぶプレゼント(釘やビンや鏡のかけら)をたっぷり用意していました。。

「妙に静かじゃないか?」島を見やりながら、ジャックが言いました。この島唯一の村は浜辺のすぐ近くにあり、横に長い大きな家が一つ見えます。しかし、村の様子が何かおかしい。あたりはしんと静まり返り、住民どころか、動くものがまったく見えない…カヌーは全部浜に上げてあるから、海に出ているわけでもなさそうなのに。「見張りは、森の端で人が動いているのを見たと言っていたが…」とスティーブン。「森の中に集まって、宗教儀式でもしているのではないでしょうか?」とマーティン。ジャックは念のため、砲撃の用意をしておくよう命じてから、ボートを出させました。

上陸部隊は、ジャック、スティーブン、マーティン、リード、ボンデン他数名。ボートで上陸し、物音一つしない砂浜を歩き出しました。好奇心にかられて列から少し離れ、カヌーを見に行ったリード少年は、悲鳴をあげて駆け戻って来ました。「あそこに女性が…死んでいます。」

スティーブンとマーティンが様子を見に行き、死体を調べ−少し離れたところから、スティーブンが声をかけました。「天然痘の免疫のない者は、すぐにボートへ戻れ!リード、君は天然痘にかかったことがあるか?」「ノー、サー。」「それではすぐに服を全部脱いで、海に入って髪をよく洗え。ボンデン、リードの服を燃やしてくれ。」

スウィーティングズ島の住人、天然痘で全滅している

今ではほぼ根絶された天然痘ですが、種痘が普及する以前の当時は、ペストなどと並んでもっとも恐れられていた伝染病のひとつでした。5巻で出てきた「監獄熱」こと発疹チフスも恐ろしい伝染病ですが、あれはシラミ媒介でした。天然痘は空気感染なので、感染力はずっと強く、より恐ろしいわけです。

もちろんヨーロッパでも、天然痘はたびたび猛威を振るって多くの死者を出していたのですが…それより被害が大きかったのは、ヨーロッパ人がはるばる船に乗って運んできた天然痘にやられた、免疫のない地域の人々でした。南米の原住民はスペイン人がもってきた天然痘のために人口が激減し、それで南米の植民地化が促進されたとか、北米では原住民に天然痘菌のついた毛布を配って絶滅を図ったとか、言われています。

18世紀末にジェンナーが発明した種痘は、牛の病気だけど人にも感染する「牛痘」(ヒトが罹る場合、天然痘よりずっと軽い)に罹ったことのある人は天然痘に罹らないことに着目し、牛痘のウィルスを人にわざと感染させるという方法。この種痘の普及により天然痘は激減したわけですが…他地域の人々に比べてヨーロッパ人が比較的天然痘に強かったのは、牛が身近にいたせいでしょうかね。

閑話休題。そういうわけで、気の毒なスウィーティングズ島の人々は、捕鯨船がもちこんだ天然痘にやられてしまっていたのでした。

艦長はマチュリンとマーティン以外の上陸隊をボートに戻らせ、三人で島の様子を調べに行くことにしました。「ジャック、君は罹ったことがあるね?」「ああ、子供の時に。」

大きな家に入ってみると、そこで村人のほとんどが死んでいました。スティーブンは一応調べまわりますが、何もできることはないと言いました。「宗教儀式というのは当たっていたな。」家の中には、断末魔の苦しみの中で神に救いを求めようとしたのか、いけにえを捧げた痕跡がありました。「気の毒に。」

死臭の漂う中を、ジャックはスティーブンとマーティンの後ろをついてゆきますが、免疫があるとはいえ、内心こわくてたまりませんでした。前を行く二人がまったく平気な様子なのに、自分が怖がっていることに理不尽な怒りを覚えながら。…ジャックって、目に見える恐怖(戦闘とか)にはめちゃめちゃ強いけど、病気のような目に見えない恐怖には弱いのよね。

一旦ボートのところへ戻った三人。スティーブンは、マーティンと二人で果物を探しに行くのでみんなは一旦艦に戻って、乗艦する前にリードの髪を切って酢で全身を洗うように、このボートも酢で洗うように、作業には免疫のあるものだけがつくように、と指示しました。ジャックは「後でボートをよこす」と約束して、艦に戻って行きました。

スティーブンとマーティン、島を調べる

二人は村を後に、島を調べに行きました。ところどころに、もう骨になった村人の死体が転がっています。二人は、タロイモ、ヤムイモ、バナナなどの果樹園をチェックしながら島の中央に向かって進みました。いろいろな種類の蘭が咲き乱れている場所があり、マーティンは「動物はあまりいないが、植物は豊富だな」と言いました。その時、キツツキが木をつつくような音が聞こえてきました。

二人が音の方にそっと近づくと、蘭の茂みの向こうに、二匹の動物の姿が見えました。「猿だ。小型の猿だ。」スティーブンはマーティンに囁きました。「無毛種だな。」と、マーティンは答えました。

ところが、よく見えるところまで近づくと、それは女の子だということが判明。二人の、痩せた、黒人の女の子。二人はココナッツを岩にぶつけて割ろうとしていたのでした。スティーブンたちを見ると、二人は怯えたように抱き合いましたが、逃げようとはしませんでした。

スティーブンたち、生き残りの女の子を艦に引き取る

「病気から回復したのだろうが、飢えているらしい。」スティーブンが言いました。「いくつだろう?」「小児科は専門じゃないからわからないが、5歳か6歳というところだろう。かわいそうに、ココナッツが割れないんだ。」スティーブンが手を差し伸べて、「私がやってみようか?」と言うと、女の子たちはわけがわからないながらも、彼の仕草と声の調子は理解できたらしく、ひとりがココナッツを差し出しました。

スティーブンがランセットで穴を開けてあげると、のどが渇いていた女の子は、中身をごくごくと飲みはじめました。マーティンがもうひとりの子に、同じ事をしてあげました。

女の子たちは二人の手を引いて、泉のところへ連れて行きました。女の子たちが外せなかった重い蓋を彼らが外してあげると、二人はごくごくと水を飲み、割ったココナッツをがつがつと食べています。

「この二人は、艦に連れて行って、食べさせて寝かせないといけないな。果物を集める間に、他の生存者を探させよう。」とスティーブン。「ああ、ここに残していって飢え死にさせるわけにはいかないな。…でも、新種の猿だったらよかったのになあ。…おいで。」マーティンとスティーブンは女の子たちの手を引いて、浜に向かいました。途中でバナナなどを食べさせましたが、途中で疲れて寝てしまい、二人が抱いて運ぶはめになりました。浜に着くと、スティーブンはボートを呼ぶ合図をするため子供を降ろそうとしますが、女の子はぎゅっとしがみついて離しませんでした。

ジャックたちのボートが(天然痘に免疫のある)水兵たちを乗せて戻って来ました。ジャックは遠くから二人を見て、てっきりナマケモノかウォンバットかなにかを抱いていると思っていたので、子供なのを見て少し驚きましたが、水兵に艦に連れて行くように言いました。「でも、この子を起こしてしまうのでは?」とマーティン。「ミスタ・マーティン、あなたに子供がいないのがよくわかりますね。子供がこういう風に寝ているときは、何をしても起きないものですよ。」とジャック。さすが、三児のパパ…

子供のいる水兵たちが、父親らしい手馴れた様子で二人を受け取り、ぐっすり寝ている二人を運んで行きました。他の水兵たちが果物を集め、同時に生存者を探しましたが、生き残ったのはこの女の子二人だけのようでした。

ジャックは艦に戻ると、家禽係のジェミー・ダックスを呼びました。「君は子供がいるか?」「はい、7人か8人います。そのうち3人、いや、4人は女の子です。実のとこ、こんなに長い航海に出たのはそれが理由なんで。」「そうか。それでは申し訳ないが、甲板の日陰で女の子が二人寝ている。起きたら身体を洗って、髪を切って、ドクターの用意している軟膏をつけて、食事をさせて、子羊のいた所に寝かせてくれないか。手に余るようなら助手をつけるし、月に2シリングの手間賃を払おう。」「ありがとうございます。陸と同じだな。誰でも、自分の宿命からは逃れられねえってことですね。」