Chapter 9-1 〜 流刑地


タイトルを「愛の流刑地」にするという誘惑にかられました(笑)。この章は流刑地を舞台としているし、愛にもあふれているので(まあ、ある意味。)「愛の流刑地」は読んだことなくて内容も知らないのに、くだらないことを言ってすみません。

スティーブン、総督邸での「決闘」の後、艦に戻る

「これは血ですかい?」スティーブンの汚れた上着を見て、キリックが訊きました。「血の汚れなら、すぐに冷水につけなきゃいけねえんで。」

実は、とっくに血だということは分かっていたのですが。スティーブンが艦に戻る前に、この「決闘」の噂はサプライズ号中に広まっていたので(しかもかなり尾ひれがついて−陸軍将校を切り刻んだとか、相手は血の海にのたうっていたとか)。

みんな、こういう話は大好きなので、ドクターが艦の舷側を登るとき、手助けする水兵たちの手には、いつになく敬意と優しさがこもっていたり(笑)。

いろいろあって疲労困憊のスティーブンはそのまま寝てしまい、翌朝遅く起きると、ジャックは下痢ピーから回復して、艦の修理のことで陸に出かけていました。スティーブンはマーティンを呼んで一緒にコーヒーを飲みながら、昨夜の一件を説明しました。

「侮辱されたので、仕方なかった。しかし、二週間ぐらいで治る怪我にとどめるよう注意した」だって。さすがドクター。「水兵たちは、君はアッティラの再来だと大喜びで話していたよ。」とマーティン。

艦の装備が思うように進まず、ジャックは機嫌が悪い

そうするうちに、ボンデンや他の水兵がドクターのところへ来て、ここに流刑になっている友人・知人・親戚のリストを渡して消息を調べて欲しいと頼みました。どうせドクターはパディーンの消息を調べるだろうから、ついでにお願いします、ってことで。そう、流刑地ったって広いので、どこにいるか分からなければ訪ねても行けないのですね…そもそも、まだ生きているかどうかも分からないし。

そんなわけで、スティーブンは役所に行って消息を調べようとしたのですが…収穫なく艦に戻ると、ジャックが彼を待っていたのですが、やけに機嫌が悪そうでした。

「えらいことをしてくれたようだな。」ジャックは彼を睨んで言いました。「ここの役人も、それ以外の人も、残らず敵に回してしまった。どこへ行っても悪意にぶつかる。このぶんじゃ、いつになったら艦の装備を終えられるかわからないよ。」「私の方もそうだ。囚人の消息を問い合わせたら、いろいろ理由をつけて断られた。」「秘書官のファーキンズはロウ大尉の従兄弟で、ロウはマッカーサー一族とコネがある。一体全体、何を考えてロウを刺したりしたんだ?」

「剣を持つ手を傷つけただけだ。彼が私のカツラを叩き落したことを考えれば、控えめな反応にとどめたと思う。」「しかし、いきなり来てカツラを叩き落すなんてことはしないだろう?その前にケンカをしていたのでなければ−」「ディナーで、『バンクスはマッカーサーのような人物とは関わりを持ちたくないだろう』と言っただけだ。そうしたら、ディナーの後でいきなり襲ってきた。」「正式な決闘でないのに殺したら、たいへんなことになる。」「正式な決闘なら、もっと騒ぎは大きくなっていただろう…しかし、あの件については悪かったと思っている。ジャック、申し訳なかった。」

ストレートに謝られて、それ以上言えなくなってしまったジャック。でも、まだ機嫌が悪そう。でも、囚人たちの消息については「議員として」の立場で問い合わせをしてくれるそうです。

スティーブンにサー・ジョセフから手紙が来る

さて、シドニーには期待に反して家からの手紙は一通も届いていなかったのですが(喜望峰あたりで止まっているだろうとのこと。何しろ世界の裏側だからね〜)、逆ルートのインド経由で来た本国政府からの命令書は届いていたようです。スティーブンの方には、南米で予定している活動についての追加情報(暗号文)に加えて、サー・ジョセフから平文の個人的手紙も入っていました。

「マイ・ディア・スティーブン(君が光栄にも、友人としてクリスチャン・ネームだけで呼ぶことを許してくれたので

私に財産移管の全権を任せてくれるという手紙を君から受け取った時、とても光栄に感じた。しかし、私は君の望みを果たすことはできなかったのだ。君が手紙に『スティーブンより』としか署名していなかったからだ。君の銀行は『ファーストネームだけの署名では正式の委任状と認められない』と言い張り、私をたいそう怒らせたが、その後間もなくその怒りは消えた−財産を移す予定だったスミス・アンド・クローズ銀行が支払いを停止したという知らせを聞いたからだ。君の元の銀行は、いろいろ欠点はあるが財産基盤はしっかりしている。君の財産は元通りどころか、以前より殖えて彼らの金庫に無事しまってある−」


実は、スティーブンたら、ポーツマスから手紙を出す時、弁護士の書いた文言を写しているうちにぼーっとなって、ダイアナへの手紙とごっちゃになってしまい、妻への手紙に「S. Maturin」、サーへの手紙に「Stephen」とサインしてしまったのでした。

うっかり間違えただけとは露知らず、「ファーストネームで呼ぶことを許可してくれた」という手紙の文頭の言葉に嬉しさが溢れているサー。かわいい…

ファーストネーム・バイシス(ファーストネームで呼び合う仲)になることって重要なのですね。この頃の英国では、大人同士がファーストネームで呼び合うのは、よっぽど親しい仲という印なのかな。(現代のアメリカなんかでは、初対面でも平気でファーストネームで呼び合ったりしてますけど。)

それにしても、今度会う時、二人は「スティーブン」「ジョセフ」と呼び合うのでしょうか。あるいはもっとくだけて「ジョー」とか「ジョーイ」とか?(まさか)スティーブンの方もタメ口に訳さないとだめかも?!うう、なんか変なような…

それはともかく。失ったと思った財産が怪我の功名で無事だったことが分かり、こんな地球の裏側ではピンと来ないような、でも嬉しいような、嬉しく思う自分に嫌悪を感じるような、複雑な気持ちになったスティーブン。でも、結局「貧乏より金持ちである方がいい」という結論に達したようです。そりゃそうだ(笑)

スティーブンとマーティン、マーティンの大学時代友人ジョン・ポールトンを訪ねる

さて、話は変わって。マーティンさんはシドニーで、大学時代の友人ジョン・ポールトン氏と偶然再会していました。ポールトンは作家志望で、シドニー近郊ウールー・ウールー(Woolloo-Woolloo 変な地名だ。アボリジニの言葉なんでしょう)にある従兄弟の農場に、「執筆に専念しよう」という志で来ていたのですが、話し相手もいなくて寂しがっているということなので、スティーブンとマーティンは訪ねてあげることに。

ポールトンは、話し相手ができたことに喜び、三人は本や小説の話で、意気投合。ポールトンは、従兄弟の農場を交代で管理しているそうですが、寂しさにかなり精神的に参っているようです。

「ロンドンで忙しくしていた時は、田舎に行けば執筆がはかどるかと思っていたのですがが、間違いでした。わずらわしい手紙や社交や雑用はないのですが、ここは静かな田舎には程遠くて…緑もない、荒涼とした土地が広がっているだけです。ウールー・ウールーの近くには、アボリジニ名のある川の河口があるのですが、私はStyx(スティクス 三途の川)と呼んでいます。」

「ずいぶん陰鬱な名前ですね。」「この土地に比べたら陰鬱すぎることはありません。実際、黄泉の国よりひどいですよ。毎日のように囚人の鞭打ちがあり、まともに会話をできる相手がいない。付近の農場主たちは収穫の話しかしないし、囚人とは命令以外に話すことは禁じられているし、原住民とは言葉が通じないし…」「自然は慰めになりませんか?」「自然にはあまり興味がないのです。目が悪いので観察もできないし…とにかく、小説の結末がどうしても書けなくて困っているのです。マーティン、どうか途中まで読んで、アドバイスをもらえないか。植民地政府の書記に、金を渡して清書してもらっているんだ。ほとんどの書記は元知能犯の囚人だから、金次第では仕事そっちのけで何でもやってくれるのでね。」

スティーブンはそれを聞いて、書記に賄賂を渡して囚人の消息を調べることはできるだろうか、と聞きました。「オーブリーに言ってもらってもいいのですが、表立って強引なことをすると、それが囚人に悪影響を及ぼすかもしれないので…」「ファーキンズのような人間なら、それはありうるでしょうね。ペインターという男に頼めば簡単ですよ。しかし、密告者が横行しているので、あなた自身がお会いになることは勧めません。ロウとの一件で、あなたは地元の派閥を敵にまわしていますから」

スティーブン、囚人たちの消息調査を艦長の書記アダムスに頼む。

スティーブンが艦に戻ると、ジャックは疲れた顔をしていました。どうやら、艦の出航準備がうまくいっていないようで…マクォリー総督はいつ帰ってくるかわからないし、副総督は不運なことに、父のオーブリー将軍の部下だったことがあるので(それが「不運」というのが、オーブリー父がどんな将軍だったかを想像させますが)。とにかく、あらゆる補給・修理に支障をきたしていて、有能な艦長書記のアダムスがついてくれているからまだマシだけど…

スティーブンはそのアダムスに、植民地政府の書記とパディーンをはじめとする囚人の消息を調べる交渉をしてほしいと頼みます。アダムスはそういった交渉をさせたら非常に優秀な男なので…

「とにかく、どんなに金を使ってもいいから、パトリック・コルマン(パディーンの本名)の居所を早くつきとめてほしい。」と、スティーブンは言うのでした。

その後、ポールトンが先日の返礼に艦を訪ねてきて、ジャックは彼をディナーに招待しました。ポールトンは音楽も好きで、バイオリンを演奏することが分かり、ジャックも彼と仲良くなりました。

ポールトンはウールー・ウールーの農場のことを話しました。「馬で行くとここから一日かかるのですが、海からなら3時間ぐらいで行けます。農場の収穫をシドニーに運ぶブリックが停泊する湾があって、その湾に流れ込んでいる川には、水モグラという珍しい動物がいます。珍しい植物も水鳥も見られます。次に私が管理する番になったら、みなさんで是非いらして下さい。」

スティーブン、サラとエミリーを総督夫人のところへ連れて行く

ところで…スティーブンは、前に考えていた通り、サラとエミリーのことを総督夫人に相談しました。とにかく彼は、二人を寒いところに連れて行くのは不安だと思っているので…夫人は二人を連れていらっしゃいと言ってくれたので、スティーブンはジェミー・ダックスと二人で、ボンデンの作ったよそ行きの服を着た女の子たちを総督邸に連れて行きました。

二人の手を引いてシドニーの街を歩いていると、鎖につながれた囚人の一団が通りかかりました。一人が倒れて、鞭で打たれています。サプライズの上では、鞭打ちその他の暴力を一切見たことがないサラとエミリーは、それを見てひどく怯え、不安いっぱいの表情で総督邸に着きました。

総督夫人は二人にやさしくキスをして、素敵なドレスだとほめ、ジュースとケーキを出してくれました。「これから行くところには、同じ年頃の女の子たちがたくさんいて、友達と一緒にゲームをしたり、公園で遊んだりできるのよ。」二人はケーキをおかわりして、だんだん緊張がほぐれてきた様子なので、スティーブンはほっとしましたが…

二人が馬車に乗せられて、スティーブンが「あとでジェミーと一緒に会いに行くから、それまで良い子にしているんだよ。」と言った時、二人はまた不安な顔になりました。「私たち、お船に帰らないの?」「今日は、孤児院を見に行かなきゃな。」ジェミーが言いました。

馬車が走り去る時、二人は立ったまま、不安と悲しみでいっぱいの顔でスティーブンとジェミーを見つめていました。