2002年10月13日 ニューヨーク・タイムズ
再び海へ、星(スター)に導かれ
 by リック・ライマン



ロザリート、メキシコ

ラッセル・クロウは英国海軍の軍服の上着を脱ぎ、タバコのパックをポケットに滑りこませて、H.M.S.サプライズ号の右舷側を縦横に走るリギングに足をかけて言った。「上へ行きますか?」

何ですって?

水平のラットラインと垂直のシュラウドからなる揺れる網は、マストの中ほど、20mほどの高さを囲む木のデッキに収束している。下から見ると、デッキは一切れのパンのように小さく見えた。

「片脚をこの垂直のロープの両側に廻すのがコツなんです」クロウ氏はそう言って、ブルーグリーンの水を見下ろす空間に身を躍らせた。ここはフォックスのバジャ・スタジオ、海辺にある8エーカーの大水槽。カリフォルニアの太平洋岸の米国国境から車で30分のところにある。フリゲート艦の実物大レプリカであるこのサプライズ号は、水中のジンバル(水平を保つ装置)の上に乗っている。ジンバルによって、艦は揺れたり、傾いたり、水槽を横切って進む事が出来る。「それから、ロープをつかんで登る。」彼は言った。

彼はそう言い残し、高さを気にする様子もなく空へ向かって駆け登った。心配そうなプロデューサーや広報担当の群れが下で見上げている。「おや、まあ、まあ」一人が息を呑んだ。1mぐらい遅れて、彼より歳を取った、重い、運動神経抜群とは言えない新聞記者が後をついて行く。

38歳のクロウ氏は、「マスター&コマンダー:ザ・ファー・サイド・オブ・ザ・ワールド」の中で、ジャック・オーブリー艦長−サプライズ号の乗組員にとっては「ラッキー・ジャック」−を演じる。これはパトリック・オブライアンの広く愛されている20冊の本、ナポレオン戦争を舞台にした海洋小説シリーズの映画化だ。20世紀フォックスはこの映画を数本の「マスター&コマンダー」シリーズの最初の1本にしたいと考えている。予算1億2千万ドルのこの映画は、中心プロットをオブライアンの第10巻、「The Far Side Of The World」に採っているが、いくつかの登場人物や出来事が他の巻もから導入されるだろう、とプロデューサーのダンカン・ヘンダーソンは語った。(「マスター&コマンダー」はシリーズ第1巻の題名。)クロウ氏は、もし最初の映画が成功したら、引き続きオーブリーを演じることに興味を示している。

この映画はフォックスの2003年度の主力映画になるだろう。公開が夏になるか、ホリデー・シーズンになるかはまだ決まっていない。

ハリウッドは今、大作歴史映画に熱中している。バズ・ラーマンはレオナルド・ディカプリオで「アレキサンダー大王」を、ウォルフガング・ペーターゼンはブラット・ピットとエリック・バナのアキレスとヘクターで「トロイ」を、ヴァン・ディーゼルはアルプスを象で越えたカルタゴの将軍ハンニバルを演じることになっている。

実際、海洋映画を復活させようという試みは「マスター&コマンダー」だけではない。ディズニーは、テーマパークのアトラクションを元にしたファミリー冒険物「カリブの海賊」を製作中である。

海洋冒険映画はかつてハリウッドの最も人気のあるジャンルのひとつで、「バウンティ号の反乱」がアカデミー作品賞を獲り、エロール・フリンの「キャプテン・ブラッド」が人気を博した。しかし、西部劇など他の「SF誕生前のアクションもの」と同じく、海洋冒険映画はここ数十年の間に、バミューダ・トライアングルに落ちこんでしまった。ロマン・ポランスキーとウォルター・マッソーの「パイレーツ」(86年)、レニー・ハーリンが当時の妻ジーナ・デイビスを主役に据えた「カットスロート・アイランド」(95年)といった難破船は、巨万の富を海に沈めた。「カットスロート・アイランド」が大失敗したとき、海洋冒険映画はもう二度と作られないだろう、と多くの人が予想した。

「観客を再びこのジャンル引きこむという、やっかいな仕事のことを考えると落ちこむんです」「マスター&コマンダー」の監督、ピーター・ウィアーは言った。「誓い」や「トゥルーマン・ショー」を手掛けた、この言葉遣いの柔らかい、赤く日焼けしたオーストラリア人監督は、こう付け加えた−「だから、考えないようにしているんです。」

最近の映画の失敗にもかかわらず、ウィアー氏とフォックスの財務担当たちは、今こそ海洋冒険映画を蘇らせる絶好の時期だと、そして「マスター&コマンダー」シリーズは完璧な牽引役になると確信している。彼らは、2000年に亡くなったオブライアンの強力なファン層、彼の小説で語られる歴史の魅力的なディティール、そして最近のデジタル・コンピューター技術の発展が、失われた時代を映画に蘇らせるのをずっと容易にした事を理由に挙げている。

赤鏥色のレインパーカーから突き出しているウィアー氏の左手は、今日の撮影のアイデアを書きとめた字で覆われていた。10冊目の本をベースに置くというのは彼のひらめきだった。この本が、最もはっきりしたシンプルな筋立てだと感じたのだ。

「オーブリー−マチュリン」シリーズは、艦長とその親友、艦医で諜報員のスティーブン・マチュリン(「ビューティフル・マインド」のクロウ氏のプリンストンのルームメイト、ポール・ベタニーが演じる)の名からこう呼ばれている。これはそのうち1冊に過ぎない。原作では、1812年の戦争を舞台に、オーブリーはホーン岬を越えてアメリカの軍艦を追う。ウィアー氏のバージョンでは、舞台は1806年に移り、敵はフランスの大型フリゲート艦、アシェロン号に変えられている。これはある程度、9月11日以後の観客が星条旗が海に沈められるのを見て歓声を送る気にはなれないだろうと言うことを考慮してのことである。ネタバレ可能性あり==>そして、物語はジブラルタルでのオーブリーの政治的ごたごたからではなく、海から始まる。サプライズ号がアシェロン号に攻撃され、危うく逃れるシーンからだ。

こうして、台風吹きすさぶホーン岬を越え、ガラパゴス諸島まで、オーブリーの憑かれたような追撃は逆襲の旅となり、アシェロンは途中で何度か謎めいた姿を現し、迷信深い乗組員たちを怯えさせることになる。<==ネタバレ可能性あり

オブライアンの登場人物たちの多くが登場する。例えばオーブリーの気難しい従兵キリック(デビッド・トレルファル)、艇長のバレット・ボンデン(「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズでピピンを演じるビリー・ボイド)。

オブライアンのファンは数多く、また文学に造詣の深い人が多いが、彼らはこのプロジェクトをことさら注意深く見守っていた。彼らはウィアー氏の存在と、オスカー受賞者のクロウ氏が愛するオーブリー役にキャスティングされたことに勇気づけられているが、ハリウッドがシリーズを損ない、単純化してしまうのではないかと心配している。

このプロジェクトは約10年前に始まった。現在フォックス・フィルムド・エンタテイメント社の共同経営者であるトム・ロスマンがコネティカットでの休暇中に雨にあい、オブライアンの本を読んだ時である。彼は映画化権を買うよう、当時の上司、プロデューサーのサミュエル・ゴールドウィン・Jrを説得した。

この企画は、ディズニーで数年の間、実りのないまま検討を重ねられていた。ゴールドウィン氏は権利を買い取り、ロスマン氏のところへ持っていった。それからはプロダクションの中心はフォックスになった。ロスマン氏はオブライアンのファンであるウィアー氏に企画を持ち掛けた。

最初は「マスター&コマンダー」の脚本化に取り組んでいた。が、10巻目から始めるというのがウィアー氏の提案だった。クロウ氏は同じオーストラリア人である(訳者注:正確にはクロウはニュージーランド人)ウィアー氏とぜひ仕事をしたいと思っていた。しかし、彼はオブライアンの著書を読んだことがなく、送られて来た脚本にはそれほど興味が持てなかった。

「去年の12月にこの映画を正式に断った後、『おれは一体何してるんだ?』って考えて夜眠れなくなったんです。」クロウ氏は語った。「ピーター・ウィアーと仕事をするチャンスをふいにするなんて。ずっと夢見ていたことなのに。」

そこで、彼は本を読み、オーブリーに惚れ込んだ。(あまりに惚れ込みすぎたので、最後の数冊でオブライアンがこのキャラクターを道化っぽく変えたのにちょっと腹が立ったほどだと言う。)そして、彼は脚本を刷新するよう、ウィアー氏と共同脚本のジョン・コリーを説得した。いくつかのシーンを加えた。とりわけ、オーブリーとサプライズ号の若き士官候補生との子弟関係を表すシーンだ。

「子供たちを艦に乗せる責任を表したかったんです。」クロウ氏は言った。

映画人たちは、オブライアン純粋主義者の批判に対して守りを固めている。「本のスピリットとキャラクターのスピリットに忠実なら大丈夫だって思うんです。」ロスマン氏は語った。

比較的海の素人である役のベタニー氏を除く俳優の全員が、19世紀の船乗りの基本的知識に関して、一種の新兵訓練キャンプを経験した。「免除されたって言うより、僕の方からパスしたんです」ベタニーは言った。「訓練キャンプはもの凄く大変そうだったから、僕は勘弁してもらって、代わりに魚を切り刻んで肢体切断手術の練習をしていたんです。」

帆船の専門家でオブライアンの熱狂的ファンであるゴードン・レイコが、3人からなるテクニカル・アドバイザー・チームのリーダーを勤める。彼はプロダクションが映画作りのプロセスの制限の中で時代考証に最新の注意を払っていることに感心した、と語った。細部についても長い話し合いがなされる、例えば、艦のどの士官までが艦長のトイレを使うことを許されていたか、など。

もうひとつの争点はオーブリーのアクセントに関する事だった。相談を受けた歴史家たちはクロウ氏自身のオーストラリア訛りのままでも充分だと言ったが、クロウは観客が受け入れられないのではないかと思ってこの案を拒否した。クロウ氏は原作に書かれているオーブリーの育ちを考慮し−彼は成功した海軍(本当は陸軍)将校の息子なので−オーブリーはおそらく、しっかりしたアッパー・ミドル・クラスの英国アクセントで話すのではないかと結論づけた。

クロウ氏は、オブライアンの原典に厳密に拘る必要はないのではないかと考えている。映画としてより良くなる方法があるなら、そうした方がいい。「パトリック・オブライアンは、もう亡くなっています。」クロウ氏は言った。「それに、結局のところ、僕たちがここで作っているのは映画なんです。」

クロウ氏には、カメラが回っている時も回っていない時も、艦長の面影がある。ロザリートでの長い1日の撮影の間−絶対的自信と礼儀正しさのミックスで、他のキャストを正式な礼儀作法で紹介したかと思えば、ちょっと危ない梯子の下に立って人々がフェリーに乗るのを助けている。

「そこ、気をつけて」彼は言った。「最後の一歩が広いんです。」

彼が日曜にキャストとスタッフのフットボール・ゲームを企画した時、試合の本当の目的は海での活動のシーンのために団結を強めるためだ、と聞かされて選手の一人は驚愕した。「彼に言ったんです。『メイト、全部仕事のためだぜ。』」クロウ氏は言った。「仕事が全てです。」

それは記者を怒鳴り散らしたり、世界中のあちこちでビールを飲んで喧嘩騒ぎを起こすというタブロイド報道のラッセル・クロウではなかった。クロウ氏に関するゴシップが始終紙面を賑わせているニュヨーク・ポストは、3月に「彼は人が自分をどう思おうと知ったこっちゃない」と書いた。8月のデイリー・ニュースは、彼は「マスコミを憎んでいることを誇りにしている」と書いた。

昨年だけでも、英国の映画賞の後でTVのプロデューサーを怒鳴り、もみ合いになった(後で謝罪した)という報道や、プレ・オスカー・パーティでパパラッチョと間違えたカメラマンと争ったとか、ポップ・ミュージシャンのモビーと掴み合いを演じたとかいう噂があった。英国のデイリー・スターは、この夏、女性カラテ・チャンピオンがロザリートのバーで喧嘩騒ぎから彼を救ったと書き、一方ワシントン・ポストは、「マスター&コマンダー」で共演している俳優の一人と取っ組み合いになるのを女性が羽交い締めにして止めた、と報じた。

しかし、クロウ氏は、自分は確かに聖人ではないが、自分が乱暴者だという噂は勝手に一人歩きを始めている、と言った。

「ジャーナリストだと自称しているくせに、本物のジャーナリストのすることを一切しない連中がいます」クロウ氏は言った。「僕は色んな所で色んな事をしている事になっている。全部作り話です。まるで、どっかに僕がもう一人いて、あっちこっちでいかれた事をしまくっているみたいだ。」

「スタッフの一人が僕の所へ来て言ったんです。『あんたが日曜の晩にバーで喧嘩したって記事を読んだよ。でも後で、日曜の夜はあんたと一緒だったのを思い出した。』僕は答えて、『わが人生へようこそ。』」

この話はもういいよ、と言うように、彼は手を振った。

「そんなに気にしているように思われたくないんです。ほんとはあまり深くは考えてないんで」クロウ氏は言った。

でも、自分には今演じている役と共通するものがある、と彼は言った。最高の海の男、陸での生活は借金と失敗にまみれている男。

「海では、彼は凄く有能です。でも陸では、ほとんど救いようがない」クロウ氏は言った。「まるで僕みたいだ、と思います。」

撮影は6月17日に始まり、スケジュールではメキシコで18週間、ガラパゴスで1週間を要する。架空のサプライズ号に似ている英国のフリゲート艦H.M.S.ローズは、コネティカット州ブリッジポートの海に浮かぶ博物館だった。映画製作者がこの船を買い、パナマ運河を通ってバジャまで航行させた。その間、「タイタニック」も撮影されたロザリートの海辺の水槽に、ローズ号の実物大レプリカが建造された。

海での撮影はローズ号を使ってバジャ沖で行なわれ、アップのシーンはロザリートで撮影される。そしてここで、雲一つない明るい午後に、ラッセル・クロウは撮影の合間に、訪ねて来た記者を案内してマストを登っている。

「ゆっくり」彼は言った。「ロープに掴まる手が2つ、足が2つ。一度に一つづつ動かすんです。」

クロウ氏は自信に満ち、平然として、オーブリーの長い金髪を顔から払い、自分が真剣にやっているこの仕事を真剣にやらない奴には我慢ならない、と言った。映画の演技のレベルは昔に比べて低くなっていると思いますか、と訊くと、彼は苛立ったような顔をした。

「ダニエル・デイ=ルイスとか、ショーン・ペンとか、ロバート・ダウニー・Jrはどうです?」彼は言った。「みんな、仕事にかけては過去の誰にも引けをとらない。ただ、『ゲーム』に参加してないだけなんだ。」

クロウ氏は『ゲーム』に好感を持っていないようだった。ほとんどの大スターを消耗させる、イメージ作りとキャリアプランのゲーム。

仕事の話になると、彼の顔に楽しげな微笑みが広がった。例えば、夜の艦長室での、オーブリーのヴァイオリンとマチュリンのチェロのデュエットのシーンを説得力を持って演じられるように、苦労してヴァイオリンの練習をした話。

「綺麗な音が出せるところまで来たんです。」彼は誇らしげに言った。(ベタニー氏もチェロを学んでいるが、チェロに対してこんな暖かい気持ちは湧いていないようだ。「むかつく楽器だ」とベタニーは言った。)

彼は木のデッキの端にさりげなく腕を伸ばした。そうするためには、最後の6フィートを外側に登らなければならない−下に何もない空間に25度の角度で張り出した網の下側に掴まって、身体を上に引っ張り上げなければならない。記者は1mぐらい前でぐずぐずしていた。

「大丈夫、メイト」彼は言った。「ちょっと止まって、回りを見て。良い眺めでしょう?」

版権元:ニューヨーク・タイムズ 訳:管理人


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