Chapter 1-1 バルバドス島のサプライズ


11巻は、私のお気に入りの巻のひとつです。英語の中で私の好きな言葉に、"poignant"というのがあるのですが、この巻はまさにそれです。

でも、ひとつ警告−この巻、舞台はほとんど陸上です。いわゆる海洋物を期待して読むとがっかりするかもしれません。

さて。10巻と11巻の間に、サプライズ号はオールド・ソードベリー島でアメリカに拿捕された英国捕鯨船を奪還し、ピンチに陥っていた艦長たち上陸部隊を救出し、ノーフォーク号の艦長と水兵たちを捕虜にして、南米大陸をぐるっと回って西インド諸島まで来たのですが…例によってこの詳細はすっとばし、11巻は西インド諸島はバルバドス島から始まっています。

サプライズ号、捕鯨船を曳航してバルバドス島ブリッジタウンに入港する。

11巻は、入港するサプライズ号を迎える艦隊のPOV(視点)から始まっています。つまり、サプライズ号と、その艦長(および軍医)に対する第三者の噂話から始まっているわけで…これが結構楽しいので、本筋には関係ないけどざっと書いておきます。

当艦隊の司令官、サー・ウィリアム・ペリュー中将は、音楽好きなので、オーブリー艦長を招いて合奏するのを楽しみにしています。オーブリーがどうやら、拿捕船(提督自身にも大いに利益がある)を連れて来たこともあり、非常に好意的に彼を迎えています。

サー・ウィリアムの副官はウィリアム・リチャードソン、かつてはその酷いニキビ面のために「スポテッド・ディック」(「あばたのリチャードソン」の意。プディング「スポテッド・ドッグ」の別名でもある)と呼ばれていた青年です(4巻)。しかし、ニキビが治った彼は見違えるような美青年となって花開き(笑)、美青年趣味のケがあるウィリアム卿(「実行」はしないけど)に見そめ見込まれて、副官を勤めています。彼はかつての上官オーブリー艦長を「船乗りとしての基本を教えていただきました。あれほど素晴らしい海軍人は他にいません」と崇拝しています。

一方、旗艦艦長のグールは、ジャックに悪意を抱いているようで、艦を訪れている妻に悪口を吹き込んでいます。「…せっかくの拿捕賞金を競走馬や賭博に無駄遣いし、山師に騙されて大金を失った。愚かで軽率な奴だ。でも、一番の欠点はブリーチをちゃんと履いていられないってことだ。」(まあ、当っていなくはないが…)「一緒の艦で士官候補生だった頃、奴はサリーという黒人女を索類保管庫に隠したんだ。女が見つかった時は、仔牛みたいに泣きわめいていた。艦長は奴を平水兵に降格した。しかし、あれは艦長のトライプ(臓物)料理を盗んだせいもあったんだろう。…とにかく、奴は飲んだくれの放蕩者だ。一番最近聞いた噂では、赤毛のイタリア女とバレッタをうろつきまわっていたそうだ。」(こんな所までその噂が…)「友人のヘニッジ・ダンダスと『類は友を呼ぶ』だ。ダンダスには、私の知ってるだけでも6人私生児がいる…」(へぇ〜、ヘンさん、そうだったのか。)

グール艦長の言っていること、一部はは真実とはいえ…こういう風に、あることないこと書かれる…いや噂されちゃうところが、ジャック・オーブリーと彼を演じた俳優の、似ているところのひとつだなあ…などと思ったものです、これを読んだとき。

一方、水兵たちは海軍でも指折りの有名な「戦う艦長」を一目見ようと集まっています。浅瀬を避けてくるりと方向転換したサプライズの見事な操船を、プロとしての賞賛をこめて見つめる彼ら。その中には、バレット・ボンデンの兄ロバート・ボンデンもいました。…ボンデンって、どこに行っても兄弟だの親戚だのいますね。一族郎党みんな船乗りなのかしら。

そのバレットが指揮するギグで旗艦に向う艦長を、水兵たちが望遠鏡を連ねて眺めていると、艦長はサプライズ目指してわらわらと集まってきた娼婦のボートを一喝して追い払いました。「…弟は、オーブリー艦長は世界一だって思ってるよ。とびきり厳しいそうだがな。女は一切乗せねえそうだ。若い連中には気の毒だなあ、長いことそればっかり考えてただろうによ」と、「弟と違って好色漢」のボンデン兄。(兄はそっちの面では、弟と性質違うみたいです。と言っても、バレットがどういう性質なのかはイマイチよくわかりませんが)そこへ別の水兵が…「その厳しい艦長、もうすぐ仰天することになるぜ。」「あの黒人のことでか?」「腰を抜かすことになるだろうな、ははは」「ま、みんな人間、ついてねえ時ってのはあるもんさ。」

何だか意味深長な会話ですが…(うふふ)

ジャック、旗艦に出頭。艦隊司令官に今までのことを報告する。

ノーフォーク号が沈み、サプライズ号がその乗員を捕虜にした上、価値の高い捕鯨船を奪還したという報告を受けて、提督は上機嫌でしたが、捕虜の中にハーマイオニー号の反逆者がいると聞いて、怒りに顔色を変えました。「私の若い従弟があの反乱で死んだ。たった十三歳のあの子を、奴らは腕を折ってばらばらに切り刻んだ。奴らが桁端からぶら下がるのを見たら胸がすっとするだろうな。下劣な犬どもめ。」

ハーマイオニー号(実在艦)の反乱は、当時の海軍でもとりわけ悪名高かったようです。艦長のピゴットはとてつもない暴君だったのですが、反乱を起こした水兵たちは、軍医や主計長のような准士官から士官候補生まで殺した上、艦を敵国に売り払ったからです。このハーマイオニー号をスペインから取り戻したのが、ジャックが指揮する前のサプライズ号(やはり実在艦)。それで、サプライズ号は別名「ネメシス(復讐の女神)」と呼ばれています。

提督は即座に軍法会議を開くことにして、ジャックにも裁判官の一人として出席するように言います。軍法会議と絞首刑が大嫌いなジャックは(特に今回は全員が確実に絞首刑を免れないので)、早く英国に向いたいと思っていたのでがっかり。

ジャックの軍医がチェロを弾くことを聞いた提督は、音楽の夕べへの期待にたちまち気分を直し(「君の軍医はまさに宝だな」)、二人を夕食に招待するのでした。

ジャック、黒人青年が彼を訪ねてきたことを知る。

提督への報告を終えたジャックは、故郷から手紙が来ていないかと提督の秘書にたずねますが、残念ながら来ていませんでした。ところが、手紙は来ていないが、手紙を持ってオーブリー艦長を訪ねて来た人がいると聞かされます。黒人だが、奴隷でも船乗りでもなく、教育がありそうな人だった。

「教育のある黒人の知り合いはいないなあ。」ジャックはいぶかしく思いますが、もしかして、地元の弁護士の助手が英国での裁判沙汰にからんだ令状を持ってきたのかもしれないと思い当たります。ここで裁判に呼び出されたりしたらまずいので、令状の効力がない艦上に留まっていよう、と考えるジャック。

旗艦にはジャックのかつての部下も何人か乗っていて、ジャックが気づいて声をかけると嬉しそうに敬礼を返しました。しかし、彼らも、兄と一緒に甲板に出てきたボンデンも、なぜか妙に嬉しそうで、にやにや笑っている気がして、ジャックはまた首をひねるのですが…

ジャック、グール艦長と奥方に挨拶する。

その後、ジャックはかつての同艦仲間、グール艦長(ジャックが降格されていた期間の分だけ先任)に挨拶に行きます。

グール艦長には、士官候補生が共謀して艦長のトライプを盗んだ時、一緒に食べたくせに裏切って密告したという、やましい思い出がありました。(その逆恨みでジャックを嫌っているのです。)一方のジャックは、盗みの件は憶えているものの、グールが何をしたのかはさっぱりと忘れているので、彼にまったく悪意は抱かず、昔の仲間に会えて嬉しいとさえ思っています。

いや、いい奴だよなジャックって本当に。クロンファートの件(4巻)でもそうでしたけど、自分に対して不当なことをされた後、それを本当に忘れてしまえる人ってめったにいないですよ。

一方、グール艦長の奥さんは、新婚にもかかわらず既に親の決めた夫にすっかり嫌気がさしているので、夫が貶すオーブリー艦長にかえって好感を持ったりしています。(彼女のPOVがちょっと素敵なので、以下引用)

「…彼はグールに心のこもった結婚のお祝いを言い、二人を見て素直な、感じの良い笑顔を浮かべた。もともと好感を抱いていたグール夫人は、彼がさらに気に入った。彼がハンサムだと言われていたのはちっとも意外ではない、と彼女は思った。今でも、風雨にさらされた傷だらけの顔に若き日の面影はないとはいえ、そしていささか太り過ぎているとはいえ、彼は決して見苦しい容貌ではなかった。彼は大柄で、どこかライオンを思わせる風格があり、いかなる風格ともまるで縁のないグールを高みから見下ろしていた。マホガニー色に日焼けした肌にますます目立っている青い瞳は、気立ての良い人なつこい表情を湛えていた。」

彼女は英国を発つ前にソフィーと息子のジョージに会っていました。その話をすると、ジャックはたちまち顔を輝かせます。ジャックとグール夫人は、グール艦長そっちのけで、子供の話でひとしきり盛り上がるのでした。

スティーブン、ジャックを訪ねてきた黒人青年と会う。

ところで、スティーブンも旗艦の軍医に呼ばれて旗艦に来ていました。ところが軍医と話し込んだり、広い旗艦の中で迷ったりしてるうちに待ち合わせ時間に遅れてしまい、ジャックは彼をおいて先に帰ってしまいます。

幸い彼は昔なじみのリチャードソンを見つけ、彼がボートを出してサプライズまで送ってくれることになります。「…昔の仲間にも会いたいですし。プリングズ艦長に聞いたんですが、モウェットが今ではドクターより上官なんですって?信じられませんよ、やつが副長だなんて!でも、オーブリー艦長の居場所を尋ねたのはドクターだけじゃなかったんです。つい先ほど、同じ用で来た人がいて−ほら、あの人です。」

スティーブンが舷側通路を見ると、かつての航海仲間が、背の高い黒人の若者を囲んでいました。聖職者のような服装の若者は、帽子を取り…「ドクター・マチュリンでいらっしゃいますね?」

「こちらこそ、よろしくどうか」スティーブンはうろたえ、自分が何を言っているのかわかりませんでした。なぜなら−目の前の若者は、ジャック・オーブリーにそっくり、生き写し、瓜二つだったので…

つづく。